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2008/05/09

開かずの書棚を覗いたら(前篇)

 家には古い書棚がある。曇りガラスの開き戸のある立派なもの。
 別に年代物だとか値打ちがありそうだとか、そんなことじゃなく、単に古いってだけ。
 その証拠(?)にそもそも扉(戸)が開かない。

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← 久しく開かずのままだった書棚。特に右側は戸が全く動かなかった。何とか開けてみたら…。

 読書家で本に限らず物を大切にする父が、小生が物心付いた頃にはあったから、50年ほど前(?)に買ったものらしい。
 小学何年生の頃だったかは覚えていないが、その中にはエラリー・クイーンなどの推理小説など文学全集や文庫本がびっしり詰まっていた、という記憶…印象がある。
 小生が郷里を離れ学生時代も過ぎた頃、父母は田圃の規模を縮小した際に、元は土間だった場所を寝所(兼書斎)に作り変えた。
 父の古い書棚の蔵書の大半は、寝所などに組み込んだ書棚へ、あるいは整理・処分となったようだ。

 小生がフリーターだったかサラリーマンになった頃、いつものようにバイクで帰省し、小生の寝起きする奥の部屋の隣に昔と変わらず鎮座しているその古びた書棚の戸を何気なく開いてみたら、中には小生の本がびっしり詰まっていたのだった。
 小生が東京で暮らして買い溜めた本を、狭い部屋には置ききれず、捨てるのも忍びなく、ダンボールに詰め込んでは田舎に送っていた。

 そのダンボール箱はそのまま開梱しないで蔵に置いておいてくれればいい、電話ではそう伝えておいて。
 自分では、だから東京から送った本はダンボール箱に入ったまま蔵に蔵置されているものと思い込んでいた。
 それが、ある時、親切にもダンボール箱が開かれ、その古い書棚などにきちんと収納されていることに気付いた、というわけである。

 ちょっとショックだった。
 何故なら田舎に送付したダンボールには本や雑誌だけじゃなく、せっせと書き溜めてきた日記も同梱していたから。
 父や母のことだ、間違いなく読んでいる!
 以来、小生は手書きの日記は、もともと下手な金釘流の字だったけれど、それをさらにさらに崩して自分でも判読がほとんど困難な字に変えたものである。

 古い書棚、その<事件?>があった頃より更に年月が経ち、本が収納しきれなくなった。ダンボールは開梱されないまま蔵へ。
 しかも本が収納しきれなくなったばかりでなく、いつしか戸が開けづらくなってしまっていた。
 そもそも家自体が老朽化したこともあ。小生が居住する部屋は畳が波を打っているし、廊下には天井の透き間から風どころか枯葉などのゴミや埃が吹き込み舞い込んでくる。出入りする戸もぴったり閉めることはできない。
 古びた書棚のある部屋の畳みも同様。
 だから長年のうちに書棚もそれ自体の経年変化も加わって歪んできてしまったのだろう。

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→ こちらの書棚も相当に古くからある。ちゃんと開くので、中にどんな蔵書があるか大よそは把握している。ただ、周辺に荷物が山積みなので、この数年は覗いていなかった。

 さて、昨夜のことである。
 小生は読む本に窮していた。手元不如意で新刊は買えない(帰郷して先日初めて目出度くも一冊本を買った!)。富山の図書館事情が悪い(蔵書が淋しかったり、工事中だったり)。
 で、帰郷してからは引越し騒ぎで蔵書の大半を整理した、その嵐を掻い潜って辛うじて残った、主に箱入りの本をちびりちびりと読んで読書欲を誤魔化している。
 それもそろそろ読み尽くし、いよいよ読む本に窮してきてしまったというわけである。
 こうなると、開かずの扉を是が非でも開けなければならない。

 小生の居住する部屋の隣の部屋というのは仏間である。
 その仏間の一角に古い書棚がある。
 父母も寝静まった夜中、仏間の灯りを点け、書棚の前に立った。
 
 書棚の戸が開かないと書いたが、片側の戸が半分ほどは何とか開けられる。
 説明が遅れたが、書棚は上下になっていて、それを積み重ねている。
 且つ、それぞれの書棚は左右に仕切られている。

 なので、書棚の向って左側の半分の、そのまた一部は垣間見ることがこれまでも出来ていた。
 昨夜はいよいよ全開に挑戦、というわけである。
 記憶を辿ると、書棚の右側は、あるいはこれまで自分では一度も開いたことはなかった。
 そんなことにも今更ながら気付かされた。
 日記が下側の書棚の左側前方部に何冊も並べられていることに衝撃を受け、爾来、自分の中で開かずの扉扱いになっていたようでもある。

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← 曇りガラス戸の書棚の全体。赤茶けて見えるのは、父の煙草のせいか、もともとの木目の色合いなのか分からない。

 そっか、右側は、上下の書棚共に記憶では全く開けたことがなかったのだ。
 多分、いくらなんでも日記を発見した時には右側にだって、何が安置されているか、興味津々で、開けようと頑張ったに違いない。
 が、当時既に簡単には戸が滑らないようになってしまっていたのだ。
 だったら、いいや、開けない!

 そんな頃から何十年が経ったことだろう。
 二十年か。
 読む本がない。
 一冊だけは分厚いのを買っていて、あと一週間は読了できないはず。
 でも、寝床で読む本はないし、いずれにしても新刊は読み終わる。

 切羽詰った状態だった。
 開けるしかない。
 どんな本や雑誌が安泰なままに我が手、我が目に触れられることを待っているのか。

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コメント

なんだかワクワクしますね。
続きが愉しみです。

投稿: 石清水ゲイリー | 2008/05/09 12:59

石清水ゲイリーさん

小生のことですから、期待しないで待っててください。

投稿: やいっち | 2008/05/10 02:56

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