久しぶりの雪の正月に思う
帰郷して五日目になる。
朝方には晴れていた空が、午後になると俄かに空模様が一転して掻き曇り雪になる…。あるいは、日中も夜も冷たいながらになんとか雨だったものが、夜半近くになって、あれ、雨音が聞こえなくなっている、さてはと、カーテンを開き窓の外の様子を窺ってみると、案の定、深々と雪が降っている、そんな経験を早くもこの数日の間に何度となく経験した。
← 三年前の雪景色
冬の富山にあっては珍しくもなんともないこと。
当然のことだが、雪掻きも三度やった。
まあ雪掻きというほど大して降り積もっているわけではなかった。スコップを使う必要もなく、スノーダンプを何度か往復させれば十分な程度のもの。
それでもガキの頃にせっせと雪掻きした経験やスコップを握った感覚は蘇ってくる。
六年ほど前の小文に、「久しぶりの雪の正月に思う」がある。近年の年始にしてはやや多めの雪が正月早々に降って雪掻きを余儀なくされた時の体験や感懐を綴ったものである。
ちょっと懐かしいので旧稿を温める意味もあり、再掲する。
「久しぶりの雪の正月に思う」
元旦の夜遅くから雨が雪に変わった。既に夕暮れ時には冷たい雨と風で、雪の予感があったのだが、案の定だった。雪の少ない近年の北陸では、久しぶりの雪の正月になる。
ところが、二日になると雪の風情を楽しむどころの騒ぎではなく、ドンドン降り頻って、夕方には二十センチほども積もり、雪景色を見ながらの御屠蘇気分というわけには、とてもいかなくなってしまったのである。
老いた父と母との三人で、ささやかな夕餉の時を終えて、一服もそこそこに、小生は、中年の鈍った体に鞭打とうと、合羽を羽織って、時折横殴りの雪模様の中、せっせと雪掻きに励んだ。
そのうちに子供の頃のことが思い出されてくる。
昼行灯で、碌に家の手伝いなどしないガキだった小生も、何故か雪掻きだけは大好きで、手伝いを仰せつかっても知らん顔だったのに、午前、午後、夕食前、夕食の後、寝入る前と、事情を知らない人が見たら、意地になってやっていると思われるかもしれないほどに、熱心に雪降ろしや雪掻きをしたのだった。
ほんの十分もしないうちに体が火照ってくるのが分かる。汗で下着がびっしょりと濡れる。合羽を着てても、首筋の透き間から、あるいはズボンに凍みて全身がぐっしょりとしてしまう。
でも、家の周りも、狭い庭もしっかり道をつけるまでは、手を休めることができない。
楽しかったのだ。雪の降るのを見るのも、降り積もった雪を降ろすのも、手で払ってどかすのも、時には体を雪の原に転がして、一気に一面を固めてしまうのも。
夜半近くになっても、時にはお袋が起きだしてくる時間よりもずっと早い時間に目が覚めて、パッと着替えて表に出て、手製の橇で雪の小山から滑り降りたり、古びたスキー板を履いて、田圃の原ならぬ雪原を何処までも走り回る。
誰一人、そんな未明の頃に出歩くはずはない。新聞配達の連中さえ、まだ活動を始めていない。まして、田圃の原なのだ。自分が歩いたり滑ったりする跡が、唯一の人の気配を示すものなのだ。ガキの我輩の目の先には、なだらかな雪の原が広がっているだけ。明りなど、ほとんどといっていいほど、何もない夜明け前の銀世界なのだが、雪明りのせいで、この時ばかりは地が天を照らし出そうとしているかのようだった。
やがて遊び疲れると、ずぶ濡れのまま、炬燵に飛び込んで、次第次第にお尻までしとどにぬれたズボンなどが乾くのをジッと待つのだ。
真っ白な世界は沈黙の世界そのものだ。人影も疎らになり、家の中の温もりをほんの少し離れて、甘い孤独を堪能する。誰もいない世界で、群青に輝く透明な空と白い世界の間にただ一人立つ淋しげな自分を愛惜する。
久しぶりの雪の正月を迎え、さすがに隠し切れない衰えかけた肉体をおして、雪掻きをしてみると、つい熱中してしまう自分がいることに、何となく微笑ましかったり、ホッとするような気分を味わった。
ほんの数年で五十の大台に乗るとはいえ、自分の中にまだまだ燃えるための火種くらいは燻っていることを確認できたような気になれたからだろう。
多くのものを失った。多くのものが自分には元々ないのだと思い知らされた。この先、望みえるものはいかに少ないかを感じてもいる。
それでも、心の奥の熾火は、灰に埋もれながらも燃え残っている。
自分はまだ、決して終わった人間ではないのだ。
汗でびっしょりの体を炬燵に深く潜らせながら、ふと、そんなことを思ったのである。
(02/01/03作)
参考:「真冬の明け初めの小さな旅」
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