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2008/02/16

屋根裏部屋の秘密

 過日、郷里と東京を往復する機会がまたもあった。
 移動の時には必ず本を持参。
 今回は、前回のやや分厚い本の厄介さに懲り、文庫本を選択。

9784480425072

→ 『ちくま日本文学007 江戸川乱歩』(筑摩書房) 主な収録作品は、「白昼夢 二銭銅貨 心理試験 屋根裏の散歩者 人間椅子 押絵と旅する男 防空壕 恋と神様 乱歩打明け話 旅順海戦館 幻影の城主」で、解説は島田雅彦。ちょっと物足りない解説だったね。

 今回、選んだのは、久しぶりに江戸川乱歩
 図書館の新刊コーナーにあったので、即、手に取った。

 今更、江戸川乱歩が新刊?
 観ると、「ちくま日本文学」の中の一冊として今年一月に刊行されたばかりなのである。
 
 懐かしさ。
 本はあまり読まない小生だったし、特に推理小説は好まなかったのだが、ポーと特に江戸川乱歩は別格。
「怪人二十面相」やら「少年探偵団」やらを(あるいは江戸川乱歩の手によりリライトされたポーの作品なども含め)近所の貸本屋さんで借りて読み漁ったものだった。

 推理や謎解きは苦手なのに(好きだったら推理小説をも読み浸ったはず)江戸川乱歩作品を読んだのは、多分、謎解きの鮮やかさ以上に作品の持つ独特の雰囲気に惹かれたからではなかったかと思う。
 後に横溝正史などの作品も読みまくる時期が小生にはあるのだが、まあ、両者に共通する特徴に魅入られていたということだろうか。
 一言で言うと、推理小説より探偵小説が好きということだろう。

 といっても、「推理小説 - Wikipedia」なる頁を覗いても、両者の差異・異同は判然としない。
 極端に大雑把に言うと、古風な雰囲気があり、探偵が登場するのが探偵小説である(あくまで小生だけに通用する<定義>)。
 要は、探偵小説とは、金田一耕助や明智小五郎らが活躍し、同時に新しくとも昭和の二十年代か三十年代までの推理小説ということだろうか。

 江戸川乱歩というと、小生、屋根裏を連想する。
 それは、彼の「屋根裏の散歩者」という作品が好きだからでもあるが、小生には、屋根裏部屋や屋根裏(天井裏)への嗜好があるからのようでもある。

 屋根裏や天井裏については、例えば、東京は落合近辺のアパート暮らしの時代の思い出がある。やや、やばいもの。これは後日、じっくりと書く(かもしれない)。

 今日は郷里の屋根裏部屋や天井裏のことを少々。
 
 屋根裏部屋での受験生時代のことは、これまた後日に書くとして、天井裏の空間への妙な思いいれのことを少々。
 もっと言うと、妙な固定観念というか夢の中に繰り返し現れる奇妙な空間のことを書き留めておきたい。

Yaneura

← 屋根裏部屋からの眺め。中学から高校までの受験生時代、この部屋で悶々。当時は田圃と畑が広がっていた。窓際には特注で作った木製のベッドが今もある。ベッドの頭側には壁に組み込まれた書棚がある。

 屋根裏部屋には部屋のど真ん中に太い梁が通っている。
 なので、夜など灯りを点けないでうっかり部屋の中を進むと、頭をゴツンとししてしまう。
 一度ならず、そんな痛い経験がある。
 屋根裏部屋に上るには、茶の間の裏手のやや急な階段を登る必要がある。
 上り口に長い紐がぶら下っていて、その紐を引くと屋根裏部屋の明かりが灯るわけである。
 急いでいる時とか、ちょっとモノをとってくるだけのとき、灯りを灯すのが面倒で、階段を駆け上がり、入口の板戸をガラガラと開いて中に飛び込んでしまう。
 そんな時、まだ屋根裏部屋での居住に馴れない頃などに、梁に額がゴツンとするわけなのだ。

 その太い柱が隣の天井裏からグッと伸びてきて反対側の壁(その壁の外は他所の家との間の小路となっている)にぶつかっている(ぶつかる辺りは、屋根裏部屋はやや傾斜し低くなっている)。

 が、当然ながら屋根裏部屋だけはベニヤ板かと思えるような薄い板で天井裏の広いだろう空間とは画然と仕切られている。
 ただ、その梁がニョキッと出ている部分は、板が綺麗には覆われていないので(梁は太い丸太。仕切りの板は角が角ばっている。必然的に若干の空隙が生じる)、強烈な灯りを以てその透き間から覗き込めば、天井裏が一望できるはず。
 屋根裏部屋の直下は茶の間。家族が食事にしろ団欒にしろ集まる部屋。天井裏は仏間や座敷、奥座敷、離れ、そして廊下などの上である。
 梁と仕切り板の間の空隙はあるものの、とうとう今日まで天井裏の散歩は試みたことがない。

 さて、「夢の中に繰り返し現れる奇妙な空間」……。どうしてそんな根拠のない、人の錯覚を利用した特殊な空隙があるはずという思い込みが自分に生じているのか、自分でもよく分からない。
 とにかく、屋根裏部屋の、天井裏の空間との仕切りとは反対側の板壁の裏側には、一見するとただの壁であり、壁の外はつまりは家の外となっている、はずなのである。
 が、何故なのか、いつの頃からなのか分からないのだが、その低く傾斜している壁の隅っこには秘密の空間があると思い込むようになった。

 板の壁、しかも、モルタルか何かがしっかり塗られている。
 仮に秘密の空間が屋根裏部屋の隅、あるいは屋根裏部屋の壁際の床下の一角にあるとしても、どうやってもその空隙を覗き込むことはできない構造になっている。
 それこそ、モルタルの壁を叩き壊すか、床をぶち抜くか、壁の板を壊すしか手がない。

 ところが、空隙を覗き込むには実は秘密の方法がある。

 茶の間の裏の急傾斜の階段で屋根裏部屋と階下とを行き来するのだが、実は、その階段の上り口の真上にその秘密の長細い空隙への入口があるらしいのである。
 その入口に達するには、階段を真っ当に上るのではなく、階段の両側の板壁を攀じ登って、階段の入口の真上に辿り着くしかないのである。

 小生の中の固定観念によると(夢のお告げ)によると、そうした秘密の空間は、家の天井裏の両側にある。ほぼ正反対の位置で、どちらも細長い、やや平べったい空間なのである。
 その空間には先祖代々の宝物が収められているというのである。
 
 屋根裏部屋の壁際の空間はなかなか確かめづらいのだが、その反対側の空間は、何度となく目視してそうした空間はありえないことを確かめている。
 ただし、一時期は反対側は座敷であり、縁側になっていて、その廊下の頭上には棚が設置されていて、その上に桐箱入りの掛け軸か何かが積み重ねられていた(という記憶がある)。

Yaneurashodana

→ 屋根裏部屋の一角にある書棚。三十年以上、埃を被ったまま…。

 そして、屋根裏部屋の隅っこ、壁際の床下部分にしても、外見から判断すると、空隙など生じようがないと頭では、つまり、目が覚めている時には、重々分かっている。
 が、何故か、物心付いて間もない頃から、中学、あるいは高校に入った頃までは、頑固なまでもそうした空間の存在することを信じたい気持ちが小生の心に巣食っていて、どうにも拭えないのだった。
 年代からして、小生が乱歩か誰かの物語かそれとも、テレビ番組に毒されて、我が家にも何か秘密があるかもしれない、いやきっとあるに違いない…。

 幸か不幸か我が家には天井裏があるし、床下もあれば屋根裏部屋もある。

 その屋根裏部屋は、小生が中学生になって自分の部屋として宛がわれるまでは、姉の部屋だった。姉の受験が終わったので代わりに今度は小生が居住するようになった。
 つまり、中学になるまでは姉の部屋であり、開かずの扉の向こう側であり、うっかり入れない部屋であり秘密の空間、謎の空間であり続けたのである。

 それと、座敷側の天井(実際には上記したように天井裏ではなく、廊下の頭上の特設の棚に過ぎないのだが)にはガキの目には宝物が入った桐の箱などが並べられていると思えてならめこともあり、対照的な位置にある、屋根裏部屋の壁際、床下辺りには<当然>のように何かがあってしかるべきと思い込むようになったらしいのである。
 漫画か小説の読み過ぎ、テレビの影響をまともに受け過ぎなのだろうが、家の構造をきっちり理解し得ない粗雑な頭脳のゆえに、ガキには窺い知れない天井裏には何か秘密があると思いたくてならなかったのだろうと思う。
 
 だからって夢の中にまでその目の錯覚を利用した、一見すると空隙などありえないと思わせる構造の中に、実は内密の空間があるという思いが、それも幾度となく現れ出てくるのだから、小生の欲深な固定観念にも困ったものである。
 年を重ね、秘密の空間などない。あるのは味気ない空白の時空だけだと分かってくると、そうした濃密な時空を信じたくてならなかったガキの頃の思い込みが懐かしくてならない。
 それにしても思い込みの本当の原因は一体、何だったのだろう?

 まあ、つまらない屋根裏部屋の秘密の話であった。

                              (08/02/15作)

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コメント

屋根裏部屋はいいですね。
むろん「屋根裏の散歩者」も。

子どもの頃の我が家にも、
押入れの中から(取り外し可能な)梯子状の階段で上がる屋根裏部屋があって、
たまにこっそり昇って遊んだものです。

弥一氏の場合は今も屋根裏部屋あるのがいいですね。
そういえば蔵もあるし。

「東京は落合近辺のアパート暮らしの時代の思い出がある。やや、やばいもの」というのは、興味をそそりますな。
早く読んでみたい!


投稿: 石清水ゲイリー | 2008/02/16 10:27

石清水ゲイリーさん

屋根裏部屋、秘密の空間、天井裏、不思議な魅力があります。

> 押入れの中から(取り外し可能な)梯子状の階段で上がる屋根裏部屋があって、たまにこっそり昇って遊んだものです。

ぞくぞくします。うらやましい。

「東京は落合近辺のアパート暮らしの時代の思い出がある。やや、やばいもの」ってのは、取って置きの話題です。
しばーらく、お待ちください。

投稿: やいっち | 2008/02/16 12:56

私はこの「秘密」に他のものを読み取りました。自身のイメージとも重なるのですが、それが何処から来るのかを考えている内に、またまた夢で魘されてしまいました。

通常考えている以上に人間の心理は複雑そうで、やはり深層の心理に隠されている「秘密」があるのですね。そうしたものに近い夢を見て、なるほど家というのは家族構成や関係と深く結びついていて、そこに自身で抑圧している感情や自己欺瞞のようなものの原点があるようです。

そうした名付けられているようなコンプレックスとして容易に片付けられるのと、各々の実際の心理的な処理はどうも大分異なるようで、まさしくそれが深層に追いやられているようです。

それがなぜ複雑であるかは、近親のそれが自我形成に深く関わっているからなのでしょう。まさにそこに不思議な国の秘密の部屋があるようです。

投稿: pfaelzerwein | 2008/02/17 12:04

pfaelzerweinさん

やっぱり読みが深いですね。

> それがなぜ複雑であるかは、近親のそれが自我形成に深く関わっているからなのでしょう。まさにそこに不思議な国の秘密の部屋があるようです。

ある深さまで辿ると急に巨大な固い岩盤に突き当たり、手も足も出せなくなるようです。
近親の何かもあるのでしょうが(屋根裏部屋が姉の居室だったことは敢えてヒントであるかのように書き添えておきました)、同時に物心付く以前のアゴニーにも因があるようです。
「刀葉林の夢」
http://atky.cocolog-nifty.com/houjo/2008/01/post_a79f.html
上記の執拗な夢と併せ考え遡及すると何かが見えてくるのかな。

この先の探求は小生の手にあまり、通常の方法では多分無理と思われ、無意識をも解放するだろう創作に頼るしかないような。

屋根裏部屋の秘密の闇は案外と深いようです。

投稿: やいっち | 2008/02/17 18:31

御無沙汰しております。

久しく覘いて「アッ!」と叫んでしまいました。私の書架にも『ちくま日本文学全集 江戸川乱歩』が有りますが、奥付は1991年。
成程、これ復刊されたのですね。

私の印象に強かったのは「屋根裏の散歩者」よりはむしろ「人間椅子」。何かフェティッシュやエロスを感じるような…。

投稿: Usher | 2008/02/17 22:14

Usher さん、久しぶりの登場そして更新ですね。

そう、『ちくま日本文学全集 江戸川乱歩』の復刊です。
今度は文庫本の体裁で。

「屋根裏の散歩者」も「人間椅子」も好きだけど、さすがに「人間椅子」に絡めてのエッセイは書けなかった。

「屋根裏の散歩者」と「人間椅子」とを併せての映画がありましたね。
「陰獣」、見逃してしまった。

今は、同じ全集で「尾崎翠」の巻を読んでます。男には多分、決して書けない尾崎翠ワールドで眩暈しそう。

投稿: やいっち | 2008/02/18 00:51

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