人間国宝3人が弥生の木器の復元に挑む
日曜日の夜、引越しの作業の手を休め、職人技に見惚れていた(再放送だったようだ)。
もっと言うと、現代の木製品の名人たち(人間国宝3人)と、言うなれば弥生時代の名工との真剣勝負を目の当たりにしたような、緊迫した空気が漂い、おごそかな気持ちさえ抱かされた。
その番組の内容は下記:
→ 「青谷上寺地遺跡を代表する木製容器」 (画像は、「NHKおはよう鳥取-とりネット-鳥取県公式サイト」より)
「番組 ETV特集 (NHK教育 2008-02-17 2200)」(ホームページ:「チャンネルガイド」)によると:
「ETV特集弥生人が残した謎の木製品・現代の人間国宝3人が復元に挑む▽美しき器に隠された二千年前の歴史ロマン」(NHK教育 放送日時: 2月17日(日) 22:00-23:00 【語り】野田 圭一)
鳥取県の弥生遺跡・青谷上寺地遺跡の謎を解明する。同遺跡は土壌が特殊な粘土質のため、普通なら腐ってしまう木器や鉄器、人骨が大量に出土し「弥生のタイムカプセル」と呼ばれる。1万2千点もの精巧な木器の出土は考古学界の注目を集めている。なぜこれらの木器は作られたのか。謎の解明に挑む3人の人間国宝の木工芸作家と、協力を名乗り出た気鋭の考古学者たちを紹介。木工芸作家らは、遺跡出土鉄器の復元品である工具を使って木器の復元に取り組む。その作業から弥生人の木への造詣を読み解くことができ、日本人の木の文化の原点も浮かび上がる。一方、学者たちの研究ではこの遺跡が高い技術を持った日本最初期の職人が活躍する場だったことや、材木など原材料の搬入と加工品の海上輸送の機能を持った工業村だったことが明らかになりつつある。
木器の出土の歴史的な意義そのほかもさることながら、上記したように、現代の匠(たくみ)たる人間国宝3人の格闘ぶりが見物(みもの)だった。
(ちなみに、この遺跡は以前、弥生人の脳ミソが残っていたという話題の発信源となった遺跡として有名だ。 → 「青谷上寺地遺跡展示館」)
← 「多彩な鉄製加工具」 (画像は、「NHKおはよう鳥取-とりネット-鳥取県公式サイト」より)
「NHKおはよう鳥取-とりネット-鳥取県公式サイト」にて出土した「青谷上寺地遺跡を代表する木製容器」や「多彩な鉄製加工具」の画像を観ることができる。
これらを目の前にして、現代の名人たちが鍛え抜かれた技術と経験で木器を再現(復元)しようという場面が何とも息を呑む作業の連続で目を離せないのだ。
従来の常識だと(小生の偏見か乏しい知識…あるいは偏見に過ぎないのかもしれないが)、縄文式土器はある意味土俗的な、生命感溢れる芸術性の高いものであるのに対して、弥生式土器などは機能性と量産性が優先され、機能美はあっても縄文美に比高しえる芸術性に乏しい、言ってみれば利便性はともかく所有感的にはつまらないというものだったはずだ。
が、今回この番組を見て、少なくとも小生は弥生時代の製品について認識を新たにした。
時に無骨だが荒々しいまでの生命感の横溢などは、岡本太郎そして梅原猛や故・宗左近らが発見・喧伝し称揚したことは知られている(「宗左近著『日本美・縄文の系譜』」や「岡本太郎著『今日の芸術』」、「蛍光で浮ぶケルトと縄文か」参照)。
→ 「青谷上寺地遺跡出土桶形容器」 (画像は、「青谷上寺地遺跡展示館」より)
確かに縄文的なパワーは弥生式製品には求むべくもない。
が、洗練され磨きぬかれた技術には縄文式土器を作った縄文時代の職人(この呼称が妥当なのかどうか分からないが)に決して劣ることのない気迫をひしひしと感じた。
たとえ注文されての制作なのだとしても、作っている人が何より自ら楽しんでいることが復元の過程を通じて感じ取られたと、職人の方が感想を漏らされていた。
職人でなければ分からない奥深いところで共感の念を覚えたのだろうと、この道一筋の人の表情観ながら、この道一筋の匠をつくづく羨ましく思ったものだった。
番組は、どの場面もどの名人の格闘ぶりも見応えがあったのだが、たとえば遺跡出土鉄器の復元品である工具を使っての桶形容器の復元製作風景が興味深かった。
全く見慣れない工具に戸惑いつつもやがてその工具の機能を理解し会得する一人の職人に感心した。
その工具は、先が捩れているような、じつに奇妙な工具なのである。
どうしてこんな奇妙な捻り具合なのか。
実際に使ってみることで、その工具がある工程で使うに、如何に理に叶っているかが得心がいったのである。
ある職人は弥生時代の高杯の制作に挑戦する。
高杯の流麗なまでに湾曲した部分の制作の仕方、工具の使い方が分からず、名人にはあるまじきことながら、とうとう彼は指先を怪我してしまうのだった。
弥生時代の出来上がりの製品を前にしての不始末。
番組はしばらくほかの場面が映し出され、小生としては、気を揉みつつも、他の職人の妙技に見惚れ、復元なった指物箱や桶形容器などの木器の優美でさえある姿に目を奪われてしまうのだった。
が、やがてまたかの高杯の制作に挑戦しつつも難儀していた職人が登場する。
彼は、木工芸の名人と呼ばれた彼の父の写真を見ている。
彼の父の制作作業中の姿勢に注目している。
何故、そんな姿勢なのか。
← 「桶形容器の復元製作風景」 (画像は、「青谷上寺地遺跡展示館」より)
そこからあるヒントを得る。
謎の工具の使い方が分かったのだ。
彼はある意味、弥生時代の作品と格闘することで彼の父の名人たる秘密の一端に触れえたというわけである。
そうでもなければ、一生、分からず仕舞いだったかもしれなかったのである。
その瞬間の彼の感懐というものは、どれほど深くまた鮮烈であったかは、苦しみもがいた彼にしか分かりえないことなのだろう。
何も分からない小生なのだが、勝手に胸が熱くなったのだった。
ちょっと残念だったこともある。
木器を作るにあたり、弥生時代の名人も現代の匠もまず、いい木を選ぶことから仕事がはじまる。
問題は、いい木をどうやって探し出すか、である。
弥生時代の名人は、堅牢な木器を作るため、年輪の密に均等に詰まった木を選び出している。
その選択に、現代の名人は納得する。
そんないい木は、千本に一本しかない。
現代なら便利な機械を使って沢山切り倒して、その中からいい木を選べばいい。
しかし弥生時代にあってはそうもいかない。
おそらくは、そんなに当てずっぽうに多くの木を切り倒さないで最適の木を見分ける方法があったのだろうと、現代の名人は推察するのだ。
が、番組では推察で終わってしまうのである。
多分、今の所、その点は謎なのだろうが、ホントに謎なのか、番組の都合上、割愛したのかがよく分からなかったのだ。
どうにも気になるところである。
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