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2008/01/13

コタツムリ今昔

 電気炬燵と富山の人間との意外な関わりをテレビで知り、富山県人としてその周辺を探るべく、「電気炬燵と歩めなかった半世紀?」なる雑文を綴った。
 するとそのさなか、久しぶりに「コタツムリ」という言葉に遭遇した。

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→ 松澤絵理著『コタツムリ』(新風舎

コタツムリ」という言葉は、今やもう死語と化しているのだろうか。
 先に進む前に、ある年代より若い人には耳馴染みではない可能性があるので、まずは「コタツムリ」の意味を説明しておくべきか。

炬燵 - Wikipedia」によると、「炬燵」の「表現、呼称」なる項に以下のように説明されている:

現在の「こたつ」の漢字表記はもっぱら「炬燵」であるが室町時代には「火闥」、江戸時代には「火燵」と表記された。なお、燵は国字である。また略称として「こた」があるがあまり用いられない。しかし、丁寧語の「お」をつけた「おこた」という言い方は多く女性に用いられている。

また、炬燵と一体化して生活することを「かたつむり」をもじって俗に「こたつむり」と呼ぶことがある。

 うーむ。これだけの説明では物足りない。しかも、この言葉が出来上がった経緯が分からない。
 比較的近年に出来上がった(そしてあっさり消え去っていった)この言葉なのだ。
 成立過程が分からないわけがない。

 すると、さすがに先覚者(?)はいるもので、下記のサイトが見つかった:
コタツムリ(こたつむり) - 日本語俗語辞書

 簡にして要を得た説明なので、ここに転記する:

コタツムリとは、日本版カウチポテト~こたつに入ってばかりいる人のこと。

【年代】 1988年  【種類】 合成語

コタツムリの解説
コタツムリとは暖房具の一種「こたつ」と「かたつむり」から成る合成語で、もともと当時の流行語だったカウチポテトに対する日本版として作られた言葉である。うさぎ小屋と呼ばれる日本の住宅事情でカウチポテトは不向き、そもそもカウチを知っている人がどれだけいるのかと提言したうえで、日本人のビデオ鑑賞はこたつにミカンが似合うとし、コタツムリという言葉が生まれた。現在、この意味では死語となっているが、一旦こたつに入るとなかなか出てこない人や、そういったさまを表す言葉として使われている(人気アニメ:キテレツ大百科1990年1月21日放送分『ポッカポッカ!コタツムリで春がきた』の影響?)。また、2007年には書籍のタイトルにもなっている。


 文中には、「2007年には書籍のタイトルにもなっている」とある。
 リンクが貼ってあると覗きたくなる小生、調べてみたら、松澤絵理著『コタツムリ』(新風舎)だった。
 せっかくなので内容はというと:
奇想天外な結末が楽しいキャラクター絵本。
ちゅうい!! もし、あなたが ほんとうに コタツムリに なりたくないのなら よるおそくまで こたつで ねていては いけません
でも、本当に本当に気をつけなければいけないのは、コタツムリは大きくなってしまうということ。

 新風舎というと、つい先日、 「民事再生手続き開始決定のお知らせ」なるニュースがマスコミを少し賑わせた。
 松澤絵理氏の本の運命や如何に。
 ついでながら、小生も新風舎から処女出版している。我が処女本の命運は最早尽きている(のか)!

 …気を取り直して、「コタツムリ(こたつむり) - 日本語俗語辞書」の説明に戻る。
「「こたつ」と「かたつむり」から成る合成語で、もともと当時の流行語だったカウチポテトに対する日本版として作られた言葉であ」り、「当時の流行語だったカウチポテトに対する日本版として作られた言葉」なのだと初めて知った。 
 しかも、造語された年代も1988年。バブルがあと一年か二年ほどで弾ける、ある意味、ジャパン・アズ・ナンバーワンの驕りの絶頂にあった頃のことばなのだ。

 世界に冠たる日本をほんの一瞬、感じた頃でもあった。

 そんな、たとえ幻想であり束の間の儚い夢だったとはいえ、経済的文化的政治的に絶頂期にあったその頃に、カウチポテトなる言葉が海の向うから(勿論、アメリカに決まっている!)、こんなやや内向きな用語(?)が入ってきたこともちょっと不思議だが、対抗して(?)、わざわざ「カタツムリ」なんて言葉を作り出したってのも不思議な気がする。
 何でもかんでも訳したかった? 海外で(アメリカで)流行るものなら何でもかんでも取り入れないと(カネにモノを言わせて買い付けてしまわないと)我慢がならなかった?

 その頃は海外旅行も珍しくなくなっていたはずである。小生でさえ、80年代には香港、シンガポール、韓国へ雄飛(??)した経験があるくらいだもの。
 その気になったら、カウチポテト…じゃないコタツムリなんてしなくなって、海外でも何処でも行けたはずではないのか。

 なのに何故、コタツムリなのか?

 カネがあるということはどういうことなのか。
 きっと、バブルということもあって、あまりに急に(一部の人には)カネ回りがよくなって、カネの使い方が分からなかった。
 なので、何でも買って、自宅で鑑賞できるってことじゃなかったのか。外で働く時間より遊ぶ時間が増え、外出の機会も増えるが、自宅で優雅に過ごす人も多かったのだろう。
 自宅で過ごすとなれば、インテリアを整え、部屋の中を美麗にし、ビデオを買い捲り、趣味のいい道楽とばかりに値の張る絵画を買い集め、食べ物も作るより出前(配達)を利用し、通販で買い、ポテトチップを食べながら、コカコーラをがぶ飲みしながら、買い漁ったビデオやら芸術性の高い絵画などを鑑賞して過ごすってこと。

 これが究極の贅沢だったのだろうか。

 成金の贅沢なんて、こんなものだったのかもしれない。カネの使い方が分からなかったのだ。国だってアメリカの言いなりになって公共事業に一定の期間内に数百兆円を使うべしと命じられて、唯々諾々従っているくらいだもの、民間は国のやることを見習って、浪費に明け暮れるしかなかったってことなのだろう。
 実に寂しい話である。国民性の程度が知れる。お里が知れるってことかもしれない。

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← 国見弥一著『化石の夢』(新風舎) 「化石の夢」なんてタイトルにしたら、本当に夢が化石になっちゃった!

 お寒い話になったが、思えば、現代の日本はまたまたコタツムリの時代に突入しつつあるのではと思えてくる。
 当然ながら、同じ「コタツムリ」であっても、用法はまるで違う。
 ベクトルが逆である。

 世界的には(一部の日本人もらしいが)カネ余り現象だというが、多くの人々は生活に窮しつつある。

 カネがあって、何でも買えて、それでカウチポテト…コタツムリだった嘗ての輝かしい姿を意味するのではなく(!)、カネがなくて、仕事にあぶれていて、少々体調が悪くても病院へはできるだけ行かないようにし、買物は最小限生活必需品に抑え、人付き合いも義理を欠かない程度に節度を保ち、そうして部屋の暖房も(灯油は高いし、電気代も掛かるし)厚着で補うようにし、食べるものも材料が少々得体の知れないモノが混入されていても安いものを選び、賞味期限切れなど何のその、そうしてできれば、炬燵の中に閉じ篭って息を潜めて生きる…そうした時代状況を象徴する意味合いで、今日「コタツムリ」という言葉は使われるのではなかろうか。

 暖房の話から始まったはずの話が、なんだか、貧乏ったらしい話に終わってしまった。

 考えてみたら、なんのことはない、自分の生活状況をさらけ出しているだけじゃないか!
 おあとがよろしいようで。

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