「フルスイング」にフルウルウル!(後篇)
「大きな耳、小さな口、優しい目」
主人公(高林:高橋克実)が通信教育で教師の資格を取り、二週間という規定の教育実習のため、とある高校に行く。
主人公(以後、高林と表記する)は、妻子(息子。中一。少年野球チームに所属。でも、将来の夢は鉄道マン!)がいる。単身赴任。できれば長年務めた野球のコーチという仕事を続けたいと思っている。だから、周囲からもどうせ腰掛だろうという冷ややかな目で見られるわけだ。
指導教諭の天童からは、「あなた、本当に教師をやるつもりですか」と問い質されたり。
→ 新垣一馬(あらがきかずま)…小林克也(こばやしかつや)
高林は初めて教壇に立って、何を喋ればいいか戸惑う。
いつもニコニコ笑顔を絶やさない彼も、顔がややひきつっている…ような。
壇上のロートルの新米教師、それも実習生を目にして、生徒たちも、お手並み拝見と冷ややかだったり好奇心たっぷりだったり、隙あらばからかってやろうと虎視眈々だったり、あるいは、全く無関心を装っていたり(問題児の和人が、初回のドラマの黒子役)。
高林はしばらく、生徒たちを見渡す。口を開くタイミングを見つけかねている。
そのうち、高林は後ろの黒板に向かい、白墨で(黄色だったか白だったか、ピンク色だったか覚えていない)黒板に板書する。確か数センチの白墨で、その細くなっている先で書くのではなく、白墨の腹の部分を使って、幅三センチほどの文字でデッカク、「夢」と。
この夢がキーワードであり、ドラマの最後でも生きてくる。
書き忘れたが、というか、すっかり忘れていたのだが、ドラマの初回の題名(テーマ)は、「再びの、夢」である。
人間は何のために生きているか。人間を人間たらしめているものは何か。それは夢だ。夢があるから生きられる。夢のために頑張れる。夢がある限り、何があってもくじけない…。
(実を言うと、小生は不覚にも既にこのほとんど冒頭の場面で涙が滲み出していた。かろうじて、堪えたけれど。ここで泣いてしまったんじゃ、ドラマのこれからのせっかくの演出、盛り上げが意味を成さなくなる!)
熱弁を滔滔(とうとう)と、本気で話す中年教師の<頓珍漢な弁舌>を当然ながら生徒たちは冷ややかに眺めるだけ。
高林は本気なのだ。真正面から立ち向かう人間なのである。
が、斜に構えるのが、そう、空気を読むのが生きていくうえで穏当な処世術だと思い込んでいる生徒たちには眩しい熱意、鬱陶しい情熱に過ぎない。
人前で本音を言うなんて、愚の骨頂…。
(そうなんだよね。世界の中心で、なんて抽象的な言い方ならともかく、人前で、衆人環視の中で、みんな白けて冷ややかな視線が痛いほど感じられる中で、胸のうちの熱い思いを堂々言うなんて勇気が要る!)
高林は話を終えると、教壇を降りて、教室の生徒たち一人ひとりにお前の夢は何だと聞いて回る。
夢なんかないよ。
そうか、ないか。
君はどうだ?
夢、サラリーマン。波風立てずに生きていければ…。
そうか、サラリーマンか。立派な仕事だ。
君は? 君の夢は何だ?
中に一人、警察官ときちんと応える女子生徒もいるが、逆に浮いているという雰囲気が漂う。
(ドラマの二回目では、この女子生徒を巡ってドラマが展開する。)
そうして、教室の後ろ、隅っこで机に突っ伏して黙り込んでいる生徒がいる。
君の夢は何だ?
……。
そう、問題児扱いされている森和人だ。和人は何も喋らない生徒ということで、先生方も困り果て、担任のあや(吹石一恵)も含め半ば諦められている。
両親がそれぞれに浮気(?)して和人を捨てて出ていって、一人置き去りにされ、小父さんの家に預けられて育った。不信感と孤独感の塊。
この和人が口を開くのか…。
← 鮫島あきら(さめじまあきら)…本田博太郎(ほんだひろたろう)
最初の授業を終えると、大学ノートを何冊も買う高林の姿があった。それをいぶかしく見つめる若い女子教諭の時任あやの姿が。
二週間したら学校を去る。実習生には<同期>である若い若松裕(わかまつひろし)もいる。彼は無難に実習をこなして無難に教師になりたいと思っている。
が、高林は耳を貸さない。段々、彼の本気魂が目覚めてくる。フルスイングが信条なのだ。
せっかく出会った生徒たちを見棄ててはいけない。
そうだ! 生徒たち一人ひとりの顔を、名前を覚えよう。顔と名前を一致させよう。生徒を知ろう!
何冊ものノートはそのためのものだったのだ。
大学ノートに生徒たち一人ひとりの頁を作り、デジカメで撮った写真を貼り、名前やプロフィールを書き込んでいく。ノートに敵、つまり立ち向かう相手のデータを詳細にメモするのはm、野球のコーチをしていた頃からの習いなのだ。今、実習生として教師をしていて、その経験を生かしたに過ぎないのだ。
生徒たちは最初は写真を撮られるのも嫌がる。
でも、登校の際や廊下で擦れ違った際に、顔を見るなり、生徒の名前を呼んでにこやかな表情で声を掛ける様子に段々、好感を抱いていく。
すると、今度は、生徒たちのほうが逆に先生、写真、撮ってと言ってくるようになる。
でも、あの問題児だけは、相変わらず、撮影は拒否する。
問題児扱いされている和人は一部のほかの生徒に虐められたりもする。偶然、目にした高林は助けに入り、思わず生徒を叩いたりして、問題となる。
そこは高林を暖かく見守る校長先生の新垣一馬(小林克也)がうまくとりなして事なきを得るのだが。
大概の今の学校は校長先生が一番、不祥事に神経を尖らしているはずじゃないかって、思わず小生など突込みを入れたくなるが、そこは我慢。テレビに突っこんでもブラウン管の高圧電流でやられるだけだ(今まで二度、ひどい目に遭ったじゃないか)。
いいんだ。いつか、その気になったら撮る。生徒が心を開いてくるのを待つんだ。無理強いはしない…。
ここでだったか、どこかで聞いたような言葉が高林の口から出てくる。
「大きな耳、小さな口、優しい目」
(これだよね。言うは易く行なうは難し。この言葉、原作者の方、それともモデルとなった方の言葉なのだろうか。どうやら、「(有)ロジカル・コミュニケーションのブログ 大きな耳、小さな口、優しい目」というブログによると、「高畠さんのプロ野球コーチ時代のポリシーで、選手に何かを無理に教えようとするのでは無く、選手自らが悩んで考えて、そして教えを請いたいとなったときに手を差し伸べる(相手がコーチを安心して頼ってくるまでじっと待つ)、というような考え方」らしい。)
相手が心を開くのを待つ、というのは高林の野球のコーチとして長年、選手らに接して中で培った経験から得た知恵だ。
相手がお願いしますと、本気になってその気になる機が熟するのをじっくり待っている。
但し、相手がやってきたら、いつでもオープンな心で受け入れ、指導したり話し合ったりする。笑顔で!
大学ノートの生徒たちの名前や写真、将来の夢、性格などの記載がドンドン充実してくる。生徒たちとのホットな交流。
問題児の指導教諭である若い女性教諭(時任あや)も、高林の活躍ぶり、高林を見る生徒らの目の輝きに目を丸くしている。
若い女性教師の時任あやは、剣道の選手として全国的に有名で、彼女は自分は学校側には広告塔としての役目しか期待されていないのよと、高林の熱意には呆れるだけだったが、段々、熱意に打たれてくる…。
デジカメで生徒らの写真を撮り名前を覚える日々が続く。
そのうち、例の問題児が高林の様子をそっと見守るようになっている。
高林が女子生徒に頼まれ写真を撮ろうとすると、口を一切開かないはずの彼が、
「先生、そっちから撮っちゃダメだよ」という。
高林も生徒らも驚く。ジッと問題児の和人を見る。森くんが口を開いた。
みんなは驚いて口をあんぐり。
先生、我に帰り、
ダメ?
それじゃ、逆光だよ。こっちから撮るんだよ。
そうか、こっちか。こっちからか。これでいいか。
女子生徒らを撮り終えると、次は君だ、と和人を撮ろうとすると、和人は逃げる。
和人の将来の夢はカメラマンなのだ。でも、ノートにそう書かれるのは拒む。
なりたくたって、家庭の事情が許さないよ…。
夢なんか持てるはずがない…。
→ 天童誠一郎(てんどうせいいちろう)…里見浩太朗(さとみこうたろう)
そんな光景を校舎の二階の窓からじっと見ている若い時任あや教諭。
(どうして、いつも、そんなにタイミングよくいい場面を見るんだろうね。)
生徒らとの交流が深まり、高林の本気度も高まった頃、電話が来る。妻からだ。
ほとんど諦めていた野球のコーチの話があるという嬉しい(はずの)内容。妻も夫が喜ぶはずと心から思っている。
が、高林の顔は何故か曇る…。
改めて高林の指導をする天童が問い質す。本気で教師をするつもりなのか、と。
高林自身、自分に問い掛ける。
煩悶。長年続けた野球のコーチの魅力。
一方では心を開き始めた生徒らが可愛い。
昼休みなのか、学校の屋上で、同期の実習生二人で一服。
本気で真正面で生徒らに向う高林を見て、一緒に実習に来た若い教育実習生のイケメン・若松裕(わかまつひろし)は、やめときなよ、という。
どうせ二週間で去っちゃうんだよ。どうしてそんなに懸命にやるの…?
高林は若い実習生の若松に聞く。君の将来の夢は何だ。
つまらない返事しか来ない。
そんな若松の前で高林を慕ってやってくる生徒たち。
どうして、自分のようにイケメンでもない高林を女子生徒らが集まってくるのか…。
若い実習生も、ある意味、高林の生徒の一人なのかもしれない。
高林は大学ノートでの生徒らのデータ帳作りを続けている。
嫌がっていた生徒も撮影に応じる。
実習の最初の日、将来の夢はサラリーマンと言っていた生徒も、ノートにサラリーマンと書いてあるのを見て、先生、オレの本当の夢は消防士(だったかどうか忘れた)なんだと、とうとうホントの夢を先生に伝える。先生、ちゃんと訂正してくれよ!
夢が空欄だった生徒も、段々、その項目が埋まっていく。
さて、問題児扱いされていた和人の頁はどうか。
先生は、その子の頁だけは作っているが、森和人の写真はない。代わりに、なんと先生自身の写真を貼ってある。
それを見た和人が、
先生、ボクの写真を撮って、と言った。
やった! ついに生徒から心を開いてきたのだ。
そうして、和人を囲む形でクラスメートらが集まり、全員を撮る。
ついには先生が和人と交代して、和人が先生を中心にしてクラスメート全員の姿を撮る。
野球のコーチへのスカウト話に乗るか、それとも…と迷う高林。
実習期間の或る日、東京へ戻った。少年野球の練習をする息子を見守る高林と妻の路子(みちこ)。
その場で高林は教師になるという決意を伝える。
高林の決意を聞いて、妻の路子は驚く。せっかくの野球のコーチの話はどうするの。
← 時任あや(ときとうあや)…吹石一恵(ふきいしかづえ) 「スタジアムに吹く風~大歓声につつまれて~ フルスイング」によると、「昔、(高畠コーチと?)敵として戦った近鉄吹石選手(現楽天チーフスカウト)の娘さんとの競演というのもいいね」だって。
とうとう高林の二週間の実習も最後の日となる。
教壇に立つ。
高林は黒板に「夢」と書いて、改めて夢について語る。
先生は自分の人生を語る。将来はプロ野球の選手になりたかった。そのために頑張ってきた。でも、何度となく襲ってくるトラブル。
それでも、頑張っていよいよ夢が叶うかと思ったら、肩を故障して叶う寸前のところで夢は破れてしまった。
でも、野球が好きで、コーチとして頑張ることに決めた。
一人ひとりの選手を見守ってきた。
無論、夢を持っていても、将来の夢として持つことの出来ない和人を意識して語っているのだろう。
夢を持っていたら、くじけることはない。夢が人間を人間らしくする。
高林は生徒たちのデータが書き込まれたノートを手にしている。
忘れないでくれ。君たちが将来、くじけそうになり苦しくてならないときも、少なくともここに一人、君たちの夢を応援する者がいるってことを。
やがて、ノートに和人の夢が書き込まれる。カメラマンになるという夢が。
ここのところはドラマのピークとなるシーンであり、泣かせる科白なので、下記を参照に高林の言葉を再度、示しておく:
「フルスイング 第1話 「再びの、夢」 渡る世間は愚痴ばかり」:
そして高林の最後の教育実習の日が来た。
最後の授業として
高林はもう一度、夢の話をした。
二週間前、わしはこの教室で夢は人生の中で一番大切なものだと思っていると話した。何故なら
夢は君らを強くする
夢は君らを励ます
夢は君らが迷った時、道を照らす星になってくれる。
わしの夢は野球選手になる事だった。わしは甲子園を目指した。
しかし、甲子園には行けなかった。わしは社会人野球に入った。
しかし、自分が入社したその年にその野球部が休部した。だからわしは大学に入って大学野球から始めた。
そして大学野球で優勝して念願のプロ野球選手になれた。
夢を投げ出さんで本当によかったと思った。
でも、入団したその年に左肩脱臼の大怪我をしてしまいたった4年で現役を引退してしまった。
思い出してくれ
夢は君らを強くする夢は君らを励ます
夢は君らが迷った時、道を照らす星になってくれる。
色んな人の応援を受けてわしは打撃コーチになった
選手を育てて選手の夢を実現する事がわしの新しい夢になったそれから30年我を忘れて夢を生き続けた。
この人生、残りわずかじゃ。ここに君らの夢がある。
まだ若い夢。
出来たての夢。
形のないものだってかまわない。君らの夢がわしらの宝じゃ。
これからわしは君らの夢を応援するで。
どこにおっても何をしとっても東京に戻ってもプロ野球のコーチに戻っても君らの夢を応援する。
いいか。
君らの夢を応援する人がこの世に最低一人でもおるって事を覚えていて欲しい挫折したりくじけそうになった時にはその事を思い出して欲しいんじゃ。
この言葉が森和人らの心を揺り動かすわけである。
そして、最後のシーン。
再び、録画し、何度もドラマを見たという「「フルスイング 第1話 「再びの、夢」 渡る世間は愚痴ばかり」から、最後のシーンを再現してもらう:
その翌年の春、高林は59歳の新人教師として桜台高校に赴任した。私はプロ野球という世界で野球一筋に生きてきましたが昨年の教育実習で皆さんと出会挑戦者魂が再び沸き起こってまいりました。
夢を持ち、諦めずに突き進めば夢は必ず達成できるものです。
私はここに骨を埋める覚悟でみなさんと一緒にやっていきます。
皆さんの将来の糸口を探す手助けをするために
命を懸けてバックアップしていきたいと思います―――。
=== === === === ===
→ 門田隆将/著『甲子園への遺言 伝説の打撃コーチ高畠導宏の生涯』(講談社) ドラマ「フルスイング」の原作。
関連情報を列挙する。
高橋克実さんの役者としての活動履歴などについては、「SIS company inc. Web 高橋克実」や「高橋克実 - Wikipedia」を参照のこと。
さらに、下記を参照する:
「東京中日スポーツ高橋克実『そっくり』で初主役!故・高畠コーチになる NHKドラマ 落合&イチローを指導芸能(TOKYO Web)」:
同ドラマは、プロ野球の球団で打撃コーチを30年にわたり務め、落合博満やイチローら数多くの名選手を育てた故・高畠導宏さんが、還暦を前に高校教師となった実話を基に作られた。
(中略)
国語教師を演じた吹石は「自分にとって本気とはどういうものか考えさせてくれるきっかけとなった作品。実力以上の何かを引き出していただいた」と感慨深そうに語った。
番組の出演者については:
「フルスイング おもな登場人物 NHK 土曜ドラマ」(ホームページ:「フルスイング NHK 土曜ドラマ」)
ドラマのモデルである打撃コーチ高畠導宏さんについては:
「フルスイング みどころ NHK 土曜ドラマ」:
「教える」ことに人生の全てを捧げた一人の男がいました。打撃コーチ高畠導宏さん。七つのプロ球団を渡り歩き、落合、イチロー、小久保、田口を始め、30人以上のタイトルホルダーを育てた名伯楽は、還暦間近で福岡の高校の教師になりました。高畠さんは30年のコーチ人生で培った優れたコーチング力で、悩める思春期の子どもたちと現場の教師たちを大きく変えていきます。
自ら、悩み、迷い、葛藤する姿をさらけ出す素敵さ。高みから何かを教えるのではなく、「生きる力」を伝えようとする熱意。「俺だけの先生」「私だけの先生」と子どもたちに思わせる「好きにならずにいられない」教師の姿がそこにありました。
わずか1年でがんに倒れ、志半ばで逝去した新米教師「高さん」と、彼の思いを受け止め、成長していく子どもたちと教師たちの感動の実話をドラマ化します。
尚、ドラマの初回のストーリーについては、下記のサイトが的確(より正確)なようだ:
「たまちゃんのドラマページ・NHK「フルスイング」第1話 - あらすじ・レビュー・感想」
また、このドラマのテーマ曲は、夏川りみさんのニューシングル『あの花のように』 である。
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コメント
こんばんは。
そんなドラマがあったのですか、テレビを見ないから知らなかった。
僕も教育実習しましたが日本語と英語とドイツ語が混ざった変な実習、デカルトについて論じました。
それはともかく、指導教官がやはりきちんと、生徒一人一人のクラブ活動、委員会活動、購読新聞を把握していたんですね。
その教師は札付きの右寄りで当時は産経なんか購読している家庭はいなかったから、試験問題を産経の「正論」からだしたりー。
今度ドラマみてみますね。
投稿: oki | 2008/01/24 23:37
okiさん
実習の経験があるのですね。でも、三ヶ国語が混じってのデカルト論とは!
学校は、やはり地域の特色が濃厚に出ますね。我が富山も保守王国らしく、何かの儀式の際には、必ず全員が立って君が代斉唱、国旗掲揚。
小生はこれで学校が嫌になったような気がします。
押し付け。権威。高校には日教組の組合員は一人しか居らず、他の教師からは仲間外れにされていた。
変わり者扱い。
小生は小学校の3年から担任になってくれた先生が心の恩師です。
それまでの先生は(それ以後も)、腫れ物を扱う(見る)ような接し方だったのが、その先生だけは、褒める時は褒める、ダメな時はしっかり叱る、そんなメリハリのある先生でした。
叱られながらも(親にさえ、腫れ物扱いだったから)嬉しかったこと、この世に自分に少しは関心を抱く人が居ることに驚いたものです。
ある意味、その先生が居たお蔭で閉じ篭りがちな心が開いたような気がします。
後にも先にもそんな先生(友人・知人・親も含めて)はいなかったなー。
ドラマの中の問題児扱いされている森和人君の気持ちが痛いほど分かる気がします。
投稿: やいっち | 2008/01/25 01:08
コメント&TBどうもありがとうございました。
私は十数年前に数学の高校教員の教育実習を行いました。
その頃の私は自分に精一杯で
生徒達の事を考える余裕なんてありませんでした。
学校生活は勉強や部活も大切。
でも、それ以上にもっと大切なものがある。
改めてその事に気付いて欲しい。
そんな制作サイドの思いが強く感じられる作品です。
この作品を見てると
せめて1学年に最低1人は高さんみたいな先生が欲しいですね(笑)
投稿: ikasama4 | 2008/01/27 08:46
ikasama4さん
このドラマ、見て感激したので、つい、TBしたりコメントしたり。
先生の経験のあるひと、モデルとなっている人を知っている人、スポーツ関係者の間でかなり評判がいいドラマのようです。
小生のようなロートルにも心を打つドラマでした。
ああいう先生がいるといいなと思いつつ、二回目の女子生徒のように、「うざい!」ってことになるのかな。
それでも、居てほしいと思いますね。
フルスイング!
多くの人に見て欲しいドラマです。
投稿: やいっち | 2008/01/27 11:53
第二話も見たし、今日の第三話も見ちゃった。
投稿: やいっち | 2008/02/02 22:08
第四話は見逃したけど、第五話そして第六話というか最終回も見た。
部屋で一人なので、涙は勝手に流させておいた。
そのあと、『美の巨人たち』で、黒いピカソと呼称されたりもしたバスキア特集を見た。
バスキアの絵は凄い!
見ているうちに、その鮮烈さに圧倒され、叙情性の凄み、孤独感の凄惨さに、またまた目頭が熱くなった。
投稿: やいっち | 2008/02/24 02:42