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2007/12/01

モンゴル相撲「ブフ」と朝青龍と

<朝青龍>臨時横審に出席、謝罪…「深くおわびします」と」(「Yahoo!ニュース」より)といったニュースが30日(金)に流れた。

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→ 中島 隆信 (著)『大相撲の経済学』(東洋経済新報社) (画像は、「Amazon.co.jp 通販サイト」より) 「大相撲の制度を経済学的視点から解き、これらの制度が揺らいできている点を指摘。不足する年寄株、転職に悩む力士など、日本経済が抱える問題の縮図がそこにある」という。弱いのは日本の関取陣だけではない。角界における日本勢の相対的な地盤沈下あるいは見劣りは、経済などを初めとした日本の文化全般の衰退の象徴でもあるやもしれない。喫緊の課題は、角界に限らないということか。日本パッシングは既に始まっているようだ。日本に来てくれるだけでもありがたい ? !

 関連して、モンゴル相撲について大よそのことを調べてみた。
 まずは、全般的な概要は下記を参考にする:
ブフ - Wikipedia
モンゴル相撲についてしらべてみた。 - たまごまごごはん
スポーツのトリビア 相撲は日本だけのものではないの? 早稲田大学助手 渡邉昌史」(ホームページ:「明和出版」)

スポーツのトリビア 相撲は日本だけのものではないの? 早稲田大学助手 渡邉昌史」にあるように、「「国技」を支える外国出身の力士」の活躍は年を経るごとに目覚しくなっている。
 そんな中、「大相撲の「多国籍化」」という現実(「昨年末の
登録で、幕下も含めると12カ国から総勢59名
」)が見られ、中でも「ハワイ勢からモンゴル勢へ」という現象(現実)が顕著である。

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2007/11/30

ベラスケス「侍女たち」の風景(前篇)

「furiae」…ベルグクヴィストの周辺(前篇)」でも書いたけど、「「ケプラーの夢(ソムニウム)」再び」で言及していたジョシュア・ギルダー、アン-リー・ギルダー 著『ケプラー疑惑 ティコ・ブラーエの死の謎と盗まれた観測記録』(山越幸江 訳、地人書館)を読了した。

 本書はいろんな理由があって手にしたのだが、その一つは、西洋における風景画の誕生、あるいはその画法などの変遷の歴史との絡みがある。
 西洋において風景画がどのように変遷してきたか。

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← Diego Velazquez『 Las Meninas (1656)』 (画像は、「ミシェル・フーコーによるベラスケス「侍女たち」の読解」より。この記事は後出する。本文共に参照のこと。)

 その全貌など小生には語るすべもない。せめて少しは勉強をと思い、越宏一著の『風景画の出現 ヨーロッパ美術史講義』(岩波書店)も過日、読了している。
「17世紀ヨーロッパにおける風景画の出現は,美術史のなかでどのような意味を持つのだろうか.絵画の画面から人物が消えてゆくプロセスを,古代壁画,聖堂壁画,タピスリー,中世書物の挿画,暦の飾画などをつぶさに見ながらたどってゆくことで,<風景>が芽生える長い道程が解き明かされる.ユニークな西洋美術入門.」といった内容。

 越宏一著の『風景画の出現』を読んで学んだことは多々あるが、同時にちょっと物足らないような気もしたのは事実。
 絵画の宗教的側面や時代を追っての徐々に風景が全面に出現していく、その移り変わりが分かるのは有り難いが、何故にそのように中世から近世へという時代にあって絵画における風景(画)の位置付けが変ったのかの、肝心の背景の説明が物足りないのだ。

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2007/11/29

「furiae」…ベルグクヴィストの周辺(前篇)

 本稿は11月16日に下書きを書いたけど、アップするタイミングを逃していたもの。
 もう、十日以上も経過してしまった。
 もっといろいろ情報を得て、充実させてからアップさせたかったけど、時間的に難しい。半端だけど、アップしておく。

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→ ジョシュア・ギルダー、アン-リー・ギルダー 著『ケプラー疑惑 ティコ・ブラーエの死の謎と盗まれた観測記録』(山越幸江 訳、地人書館) 読み物として実に面白かった。重版も当然だね。

 さて、今日は「「ケプラーの夢(ソムニウム)」再び」で言及していたジョシュア・ギルダー、アン-リー・ギルダー 著『ケプラー疑惑 ティコ・ブラーエの死の謎と盗まれた観測記録』(山越幸江 訳、地人書館)を読了した。
 際物(きわもの)的な本かと、最初は警戒していたが、すぐに真っ当な内容の本と気付いた。実に面白い。後日、なんとか書評と行かなくとも感想文くらいは書きたい。

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← ギャヴィン・プレイター=ピニー 著『「雲」の楽しみ方』(桃井 緑美子 訳 河出書房新社

 ついで、過日、図書館で発見したギャヴィン・プレイター=ピニー 著『「雲」の楽しみ方』(桃井 緑美子 訳 河出書房新社)を今日から読み始めた。
「大空にさまざまな表情を与えてくれる雲。来る日も来る日も青一色の空を見せられたら人生は退屈だ。本書は、英国でベストセラーになった、豊富な写真入りの愉快でへんてこな雲一族を真面目に紹介する世界初の科学ガイドブック。」って本だけど、雲や空、霧、水などなどがブログ上のマイブームテーマの小生にはうってつけの本である。
 冒頭を読み始めただけだけど、楽しそうな本。著者が書くのを楽しんでいるってのが伝わってくる本である。

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2007/11/28

谷内六郎…そこにあるけどそこになく

横須賀美術館」にて催されている展覧会「清宮質文展 生誕90年 木版画の詩人」を観に行ってきた。
 この展覧会では、清宮質文の木版画やガラス絵(水彩画)は勿論だが、常設展、谷内六郎展をまとめて観て来る結果になった。

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→ 『上總の町は 貨車の列 火の見の高さに 海がある』 (『週刊新潮』を創刊号 画像は、「谷内六郎(画)『週刊新潮』の表紙」より) 小生の谷内六郎世界との出会いも、ご他聞に漏れず「週刊新潮」だった。父の書斎の机の上にあった雑誌を、何故かこっそり盗み読んだ記憶が…。この創刊号については、「『週刊新潮』 創刊号 団塊バカ親父の散歩話-ウェブリブログ」が参考になる。復刊されていたとは!

 清宮質文の世界に接するだけでも小生のキャパシティを超えているのだが、自転車やバス・電車を乗り継いで赴く美術館となると、海辺にあってちょっとした旅気分になれるものの、なかなか気軽にというわけにはいかない。
 絵の鑑賞で満腹感を味わうってのは贅沢というより、感性には酷な感じさえ印象的には残ってしまう。
 だからというわけではないが、日にちを掛けてゆっくり観て来た各作家らの周辺を扱っていきたいと思っている。

 目と心には焼き付けたつもりでいるので、その時の感覚や印象を大切に、ボチボチと、そう刻まれた世界を追懐するように楽しみつつ周辺を散策していく。

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2007/11/27

じゃがいもは皮ごとふかしホクホクと

 今日は、「小春日和」をテーマに何か書こうと思っていた。
 昨日の営業の中で、東京など関東では「小春日和」といった日和の日々が続いているといった話題が出たこと、さらに、ジャガイモの新種が研究所段階では出来ていて、今は一般に売り出すための安全性などの検証が行なわれているという話題も聞いた。
 そのジャガイモの新種の名前が何故か「コハル」(「小春」か「こはる」かは分からない)なのである。

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← 五月みどりコロッケの唄』 (浜口庫之助 (作詞者) 
宮本光雄 (編曲者) 桧原さとし (作曲者) キングレコード株式会社(発売) 画像は、「コロッケの唄- 五月みどり」より)

 で、小生、「コハル」つながりということで、一席を設けよう…まあ、雑文を一つ仕立てようかなと思った次第。
「小春日和」と「コハル」では二題であり、もう一つ何か見つけて三題噺にしたい。
(不思議なもの、そして面白いもので、棒が2本では立たないのが、3本だと平面の上に立つように、お話も二題だと心もとないのが、三題噺となると話に膨らみのようなものが自然と出てくる。話が立体的になるものなのである。)
 その点、「こはる」という言葉なら何かしら見つかるはずで、三題噺が成り立つのは必定(強引にでも三題噺に仕立てちゃう)!

 けれど、小生の目論みは淡く呆気なく潰え去った。
 というのも、小生のこと、「小春日和」をテーマに何か書いているに可能性がかなりの確率である。
 実際、「小春日和」でネット検索してみたら、案の定だった。
 まさに、題名そのものの小文を綴っていたのだ:
小春日和

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2007/11/26

織田一磨…消え去りし世を画に遺す

 横須賀美術館にて催されている展覧会「清宮質文展 生誕90年 木版画の詩人」を観に行ってきた。
(この展覧会が開催されていることは、拙稿「「清宮質文展 生誕90年 木版画の詩人」 ! !」で案内してあった。)

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→ 織田一磨《駿河台(自画石版画集「東京風景」より)》1916年5月 (画像は、「横須賀美術館」の中の、「イベント」頁より)

 この展覧会で感じたことそのほかは追々書いていくとして(日記風レポートは既に「「清宮質文展」:図録に始まりパンフレットに終わった一日でした」にてメモした)、今日は、この展覧会で得た収穫の一つである、織田一磨という名の版画家を採り上げたい。

 横須賀美術館では、「「清宮質文展」:図録に始まりパンフレットに終わった一日でした」の文末にもメモしたが、所蔵品展として、「小特集:織田一磨《東京風景》」が開かれていたのだ。

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2007/11/25

「ホッと一息、でも憂鬱」アップ

ホッと一息、でも憂鬱」をアップしました。

「むしむしパワーが地球を救う!」だってさ(後篇その1)」なる記事の冒頭近くで、「さて、世は今日から三連休だとか。でも、小生には関係なし。その理由は後日、書く…かも」などともったいぶった言い方をしていたもの。

 ま、「ホッと一息、でも憂鬱」は、単なる日記であり愚痴であり、胸中の吐露であり、やっぱり愚痴、呟きです。

 はっきり言って、いつも以上につまらないです!


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「清宮質文展」:図録に始まりパンフレットに終わった一日でした

 昨日24日(土)、横須賀美術館へ行ってきた。
 今日で二週間前となる拙ブログ記事「「清宮質文展 生誕90年 木版画の詩人」 ! !」で案内していた展覧会「清宮質文展 生誕90年 木版画の詩人」を観に行ってきたのである。

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← 横須賀美術館へ向かうバスの車内から海を眺める。 車窓のガラス越しなのに真っ青な空!

 行くのは決めていたけれど、いつ、行くか。
 でも、土曜日の未明、土曜日が前日に続き快晴になるのは分かっていた。
 それでも、行くかどうかは決めかねていたが、とりあえず、土曜日の分の記事は早めにアップしておく。急に思い立って行くことになっても困らないように。

 来週は仕事がある。来週の日曜は用事があって外出は無理。
 再来週に伸ばすと、天気だってどうなるか分からないし、予定がないわけじゃなく、そもそも上掲の展覧会の会期は短い。
 だったら、今日だ、ということで、土曜日の午前十時過ぎに決める。

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