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2007/08/11

<降格>した冥王星、新たな主役に!

 車中では空車の時はラジオ三昧である。以前の車ならFMラジオが聴けたので、音楽三昧だったのだが、今、小生が担当している車にはAMラジオしか付いていない。カーナビは付いているが、まさしくナビの単機能。テレビなんて夢のまた夢。
 民放は若者向けの音楽(小生には音楽に聞こえない!)番組が中心で、熟年(?)の小生らの年代はほとんど相手にされていない。
 未明近くに演歌を扱う番組があるくらい、かもしれない。
 地方切捨ての政治というが、ラジオでは(民放は特に)熟年など大人が切り捨てられている。聞くに堪える番組をとなると、夜中を待つしかない。

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→ 「ヘリオスフィア」 (画像は、「太陽系 - Wikipedia」より)

 なので、自然、ラジオというと、NHK第一放送がメインとなる。
(尤も、今は頼みの綱のNHKさんも高校野球一色。ガッカリ!)

 先日は「財団法人 日本総合研究所」の会長である寺島実郎氏の話を聴けて有意義だった。
 同氏の見解は小生にはとても参考になる。アメリカのみならず中国を重視した将来展望をとか、中国の経済発展には環境対策が喫緊の課題であり、日本が環境技術を通じて新たに戦略的なODAを考えるべきだとか、あれこれ興味深い話があった。
 が、営業中の聞きかじりだし、同氏の著書を読む機会を得て、改めて何か書くかもしれない。

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2007/08/10

「ジョージ・エリオット」作品について

 本稿は、「「ジョージ・エリオット」解説」に続くものである。掲載した文章の性格そのほかについては、当該頁を参照願いたい。

 過日、筑摩書房版の『世界文学大系 85 ジョージ・エリオット』(工藤好美/淀川郁子訳)を借りてきた。
 下記作品が所収となっている:

「フロス河の水車場」 ジョージ・エリオット(George Eliot)Tr:工藤好美/淀川郁子
「とばりの彼方」 ジョージ・エリオット(George Eliot)Tr:工藤好美/淀川郁子
「ジョージ・エリオット論」 ヴァージニア・ウルフ(Virginia Woolf)Tr:淀川郁子

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← 画像は、Usherさんに教えていただいた頁である、「George Eliot - Wikipedia」より。

 ジョージ・エリオットの作品を読むのも楽しみだけど、ヴァージニア・ウルフの文章も読めるなんて望外の喜び。まして、「ジョージ・エリオット論」 だなんて!
 まあ、小生のことだから、短くても二ヶ月は読了に要するだろうけど、ゆっくりじっくり大河に身を任せ、重厚な世界を堪能したい。

 ジョージ・エリオットについては:
George Eliot(ジョージ・エリオット)のプロフィール・作品・翻訳本の紹介
George Eliot - Wikipedia

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2007/08/09

島崎藤村『桜の実の熟する時』の周辺

 久しぶりに、河盛好蔵著の『藤村のパリ』(新潮社)を読んでいる。
 久しぶりに…。僅か、5年ほど前に読んだ本。
 なのに、小生、本書を手にして半ばまで読み進めてしまっているのに、数年前に読んで感想を書いてメルマガに掲載したこと、さらには、3年にもならない前にブログに再掲していることをすっかり忘れていた。

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→ 河盛好蔵著『藤村のパリ』(新潮社)

 そう、以下に掲げる拙稿「島崎藤村『桜の実の熟する時』の周辺」の冒頭の一節に、「小生はいよいよ藤村の世界にのめり込んできた。昨年は二ヶ月かけて『夜明け前』を読んだし、今年は『破戒』を読んだ。『破戒』はこれで三度目の読了となる。『若菜集』などの詩集は通読しただけでも二度はある。過日は河盛好蔵氏の『藤村のパリ』を読み、その感想文については既にここでも掲載済みである」とあるのを読んで初めて、気がついた。
 というより、まだ半ば信じられなくて、当時の拙稿を探し出して初めて、そういえばそんなことがあったっけと、遅まきながらに悟った次第なのである。
 我ながら情けない。
 こんな小生だから、人様の記事を何処かで読んでいても、そのことをすっかり忘れ、さも、自分の意見のように、賢(かしこ)ぶって、分ったようなことを書くかもしれない。いや、きっと、書いているんだろうな…。

 まあ、それはそれとして、小生、島崎藤村について、あるいはその周辺を巡って幾つも拙文を晒してきた:
島崎藤村『桜の実の熟する時』の周辺
島崎藤村『家』あれこれ/
島崎藤村『春』を読みながら
島崎藤村『夜明け前』を、今、読む(1-4)
             ~  「同上(15-17)
河盛好蔵著『藤村のパリ』
岡本綺堂『江戸の思い出』あれこれ

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2007/08/08

『アフリカの音の世界』は常識を超える!

 文化人類学者である塚田健一氏著の『アフリカの音の世界―音楽学者のおもしろフィールドワーク』(新書館)を先週末に読了。2000年に刊行された本なので、新しい本とは言い難いだろうが、面白かったとは言い切ることができる。
 謳い文句では、「耳を圧倒するハーモニー、ずらして組み合わせる巧妙なリズム、西洋音楽の常識を解体するゆたかな音の世界。灼熱の大地を縦横にフィールドワークする音楽学者が、その魅力をいきいきと描く。」となっている。

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← 塚田健一著『アフリカの音の世界―音楽学者のおもしろフィールドワーク』(新書館)

 過日、「ラジオ聴き音の風景たっぷりと」の中で、「東南アジアの民族音楽、サウンドスケープ、サウンドアートを研究する。ジャワ音楽をシスワディほかに師事。1980年代よりガムラングループを主宰し、カナダ、インドネシアへの海外公演を成功させる」という人物であるマルガサリメンバーの中川 真氏を紹介した。
 あるいは、「秀逸! 工藤隆著『古事記の起源』」の中で、「古事記」研究が、21世紀に入って、中国を初めとするアジア規模で、そのルーツや淵源を(今に残る形を通じて)探る新しい段階に入りつつあることを紹介している。
 音楽の世界でも、日本の研究者が既にアフリカへのその始原の音を求めての研究の旅に出ていることが本書で分った。
 西欧の<楽譜>に象徴される音楽とは実に対照的な<音の世界>が塚田氏の、積極的に現地の人びとに溶け込む人柄も相俟って、興味深く示されている。
 本書で小生がサンバを初めとする音楽の探索を試みてきたことの、かなりの事柄に付いて、その淵源に逢着したような気がして嬉しかった。
 単純に、ヘエー、そうなのという感動を覚えたりしたことも何度もある。

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2007/08/07

物理学界がいま最も注目する5次元宇宙理論

 宇宙論や素粒子論好きの小生なのだが、迂闊にもNHKテレビで特集番組を放映された昨年来、巷(ちまた)でも話題沸騰(?)となっている人物、そしてその方の理論について、今朝までまるで知らない(気付かない)で来た。
 我ながら情けない。これも、書店へ寄らない(当然、本は買わない。雑誌も無論。新聞は取っていない)生活が40ヶ月以上続いている結果なのだろう。
 テレビもモバイルなので、画面をじっと見るのが億劫だし、その前に新聞がないので、その日、あるいは近々、どんな番組が放映されるのかの情報に思いっきり疎くなっている。

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→ リサ・ランドール著『NHK未来への提言 異次元は存在する』(NHK出版 Online Shop) 下記するインタビュー番組が早くも本になっているのだ!

 まあ、愚痴はこれだけにして、その話題とは、リサ・ランドール(Lisa Randall)博士の異次元理論の件。

 小生が気付いたのは、全くの偶然で、今朝、昨日の営業を終えて帰宅し、洗濯等しつつテレビを観ていたら、彼女が登場したのである。NHKテレビ。
 そう、目下、来日中なのである。

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2007/08/06

はぐはぐを望みしもついちぐはぐに!

[以下は、ミクシィでの今日の日記からの転記]

なんともちぐはぐ…はぐはぐしたい
 今日は午後から個人タクシーの勉強会がある。なので、土曜日の営業を夜半過ぎに終えて早退し、三時前後に帰宅、朝の四時前には就寝。
 すぐに眠れず、テキストを手に少々勉強。
 それでも寝入ったらしく、九時前に目覚めた。

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← 8月4日、都内某公園で見かけた植え込み。小花たちが可愛い。

 テレビを見つつ食事をし、少々勉強…し始めたところで、眠気。家を出る予定の時間にはまだ余裕があるので、仮眠を取ろうとした。
 すると、宅配便が来た。田舎から。
 その受領の事務で眠気が暫時、去り、仕方なくテキストを開く。
 と、また、すぐに眠気。睡眠不足(ほぼ徹夜勤務なので足りないのは歴然)。
(ちなみに、昨日の営業には、過日の羊羹パック開封事件で穴を開けてしまったズボンを試しに着用。風通しがいい?! )
 
 そもそも、夜中に自転車に乗って会社から帰ってきて、あと数百メートルのところで、路上に横たわる人を発見したのが生活のリズムというか予定の狂った一因なのだ。

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2007/08/05

「ジョージ・エリオット」解説

[表題が「「ジョージ・エリオット」解説」となっているが、小生如きがおこがましくも本作品について解説を加えようというのではない。小生が読んだ下記の本の解説を<転記>するという意である。]
[このたび、「芸術への審美的欲求と想念」という副題の付いた、Usherさんの畏敬すべきブログサイト「Fonthill Abbey」にてリンクをしてもらうことになった。光栄…というより、率直に嬉しい! 小生のほうはという、既にこっそり勝手にリンクさせてもらっている!]

 ジョージ・エリオット著『ロモラ』(工藤昭雄訳、集英社版 世界文学全集 40)を8月1日、読了した。前回、本書を読んだのは94年のことだから、13年ぶりの挑戦ということになる。
 94年の失業時代、プールに通って体のリハビリをし、毎日、十枚の創作をし、毎日、読書した。せっかくのぽっかり空いた短からぬ月日ということで、可能な限り文学にしても過去に読んだことのない作家を渉猟した。
 あるいは文学に限らず、名前を知っているか否かに関わらず、ジャンルを問わず、手にしたことのない作家(書き手)の本を読んだものだった。

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→ 画像は、「ジョージ・エリオット - Wikipedia」より

 この間のことは、「古田武彦著『人麿の運命』の周辺」において大よそのことを書いている。
 その一年余りの間の読書で発見した作家(書き手)は少なからず居るが、その筆頭の一人は、まさにこのジョージ・エリオットであり、『ロモラ』だったのである。
 今回、13年ぶりに二ヶ月余りをかけて読み返してみて、あの感動が改めて蘇るようだった。せっかくなので、感想文を綴るところだろうが、小生には手に余る。
 むしろ、ジョージ・エリオットという作家について多少の紹介を試みるほうが有益だろう。

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