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2007/08/04

阿久悠「愛すべき名歌たち」よ、永遠に

 作詞家(小説家でもあった)阿久悠さんが8月1日に亡くなられた。
 奇しくも一昨日、読了したジョージ・エリオット著『ロモラ』関連の記事を書こうと思ったが、急遽、変更する。

 8月1日というのは、小生自身にとっても因縁の日。
 小生の名前・国見弥一の弥一(81)は、「国見弥一のプロフィール」で若干、触れておいたように「高校三年の夏、この日、小生は、神通川の土手に立ち、川面や向こう岸の呉羽山などを眺めながら、それまでの理科系志望から哲学志望に変更することを選んだ」、忘れ難き日なのである。

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← 8月2日、皇居の前を通りかかった。雲が妖しい。この日の夕方、遠く九州に台風が上陸したのだった。

 幸い、今夜、「NHK総合テレビの「プレミアム10」は急遽放送予定を変更して追悼特別番組「ありがとう阿久悠さん 日本一のヒットメーカーが生んだ名曲たち」を放送し」てくれたので、その番組を最初から最後まで見ていた。聞いていた。
 彼はテレビという映像の時代を強く意識した作詞家であって、ラジオやLP(あるいはCD)などで聴くのもいいが、歌手の衣裳や舞台も含め、トータルに歌手を歌を演出しようとしてた。
 何故、そうなのか。それは、歌が時代に即しているものであり、時代という舞台があってこその歌だからということとも深く関わっているのだろうと思う。

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2007/08/03

「ハーフロック」アップ!

 7月21日付けの日記「今日はNASVAへ」の中で小生は以下のようなことを書いている:

 前夜は、例によって遅くまでブログ書き。
 といっても、創作。「Mystery Circle 企画MC 《Funny story Mystery Circle》」に参加しようと、下記の条件に沿った創作をしようとした:
Mystery Circle 企画MC 《Funny story Mystery Circle》

 一読して分かるように、条件が細かすぎて、生真面目に条件を守っていたら、普通なら省くはずの情景(背景)描写に手間取り、肝心の話の中身になかなか入れない。
 背景説明だけで、小生が普段書く掌編の長さを越えてしまった。

Photo

→ ハーフロック(「ウイスキーを楽しむ ウイスキー・ミュージアム サントリー」より)

 とうとう、夜中の二時ごろ、ギブアップ!
 それから、慌てて就寝したのだけど、眠れない。
 小説を途中で頓挫させたという口惜しさがあったし、朝、7時に起きれるか心配だったし、あれこれ悶々としてしまい、寝入ったのは何時だったのだろう。しかも、夢をあれこれ見る!


 つまり、小生は20日の夜、せっせと創作を試みていたのだが、細かな条件に沿った背景を書き込むのに手間取り、とうとう書きあげられず、翌21日になんとか仕上げたのだった。
 小生にはちょっと苦手な分野で、掌編は大概、長くても二時間で書きあげるのが、二日に渡って仕上げる羽目に。

 当該頁で本作が8月1日、アップされたので、本日、拙ブログでもアップします:
ハーフロック

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2007/08/02

「梅雨明け宣言」出たけれど

 月初めなので、恒例の目次を作成しておく。先月七月一カ月分である。
 例によって、「題名」(テーマ 作成日)の順となっており、題名でテーマは基本的に示されている(はずである)。太字は、キーワードやテーマの焦点を示す。

「岡本太郎「明日の神話」観てきたぞ」(目次・索引, 美術エッセイ 2007/07/01
「「ブルームーン」…この酒は甘いぞ?!」(掌編 2007/07/02
「子供のお使いでした!」(タクシーエッセイ 2007/07/03
「何か忘れてやしませんか…ホントだ!」(書評エッセイ 2007/07/04
「試験より健診結果が心配でした」(タクシーエッセイ 2007/07/05
「雫垂る木槿の面に空映し」(俳句・川柳, 季語随筆 2007/07/06
「車内はラジオ三昧です!」(永井潔、硲伊之助 2007/07/07
「誰も皆踊る姿にしびれます」(絵画の中のダンサー 2007/07/08
「サンバとは音・歌・踊りの饗宴さ」(サンバ日記 2007/07/09
「「第29回 薬王寺・柳町 七夕まつり」画像情報」(2007/07/10

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2007/08/01

神坂次郎著『時空浴』…「鈴木姓」をめぐって

 車中でラジオに聴き入っていて知った作家・神坂次郎氏のことを「『今日われ生きてあり』の意味」で採り上げている。
 といっても、この記事を書いた時点では同氏の著作を全く読んでいなかった。
 で、早速、この記事を書いた週末に図書館で同氏の本を物色。
 とりあえず、車中(といっても、電車での移動の最中)に読むに手ごろな本を選らんだ。
 それが、神坂次郎氏著の『時空浴―熊野・高野から』(日本放送出版協会)である。

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← 神坂次郎著『時空浴―熊野・高野から』(日本放送出版協会)

 出版社側の謳い文句に拠ると、以下のよう:

 故郷和歌山に根を下ろして執筆活動を続ける作家は、ひとり旅の達人でもある。
“日本の異界”熊野、聖地高野山からはじまる旅。それを作家は「時空浴」と呼ぶ。
 時空を越えての旅は、韓国・中国からインドさらにはポルトガルにまで至る、三十年におよぶ旅の記録を集大成した壮大な歴史紀行。

 テーマや善し! 小生も熊野と言わず、こんな紀行をしてみたいものだ。
(余談だが、小生には、「「天地水 月光浴」そして「色彩浴」」なる記事もあるし、「月 光 欲」というほのぼの系の掌編もある。←「月光浴」という題名でない点に注意!)
 岩盤浴なんて言葉も知ったが、時空浴なんて言葉もあったんだね。同じ浴でも、スケールが違う。

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2007/07/31

朝青龍バッシングは異常じゃないの?

[下記は、ミクシィでの日記からの転記]
朝青龍のこと

朝青龍は、母国のモンゴルに帰ったら国のヒーロー。サッカーもモンゴル政府の関係者からの依頼があったからとか。義理は何処にあってもあるのだと思う。
それより、今度の日本での騒ぎ方は異常だと思う。朝青龍も、キツネに抓まれた気持ちで居るのでは。
背景に、朝青龍への日本の相撲ファンの妬み、日本の関取の嫉妬が多分にあると感じられます。
日本の関取が弱く、モンゴルやロシア、ハワイなどの関取で持っている角界なのに、そんな事情を他所に(新弟子も不在!)、何かの難を見つけると、鬼の首を取ったように騒ぐ。小生は、日本のお寒い事情を感じてしまうのです。
口惜しかったら、日本の関取が実力で強くなって横綱になってみせるしかないのでは。
とにかく、今の騒ぎようは日本人として、恥ずかしい。
                           (転記終わり)


 朝青龍の<仮病疑惑>、<夏巡業サボり>に関する一連の報道は、テレビなどマスコミで広く報道されている。ワイドショーの格好のネタにもなっている。
 あまりにバッシングがヒステリックなまでに一方的に(小生には)思えるので、へそ曲がりな小生は、敢えて、世の意見とは違う見解を示しておく。

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日本発世界的スポーツの誕生!?

[相撲関連の記事を本日付で載せるに際し、過去の記事(03/01/17配信メルマガにて公表)を参考のためアップさせておく。(7月31日、アップ時付記)]

日本発世界的スポーツの誕生!?

 貴乃花が窮地に立っている? のかどうか、相撲には疎い小生には判断がつかない。ただ、正に今が正念場らしいとは感じる。北の湖や千代の富士のように晩節を汚すことのないように願う。
 王貞治のように30本もホームランを打つ力がありながら現役を引退した事実もある。ヒット狙いに転向すれば、まだ数年は野球界で十分、働けたはずなのに。
 でも、王はホームランバッターとしてのプライドを重視したのだ。夢を壊したくはないと思ったのだ。これこそファンへの最大のサービスではないか。横綱の重み。

 相撲はわが日本の国技である、ということは誰しも認めるだろう。古事記に既に相撲が登場している。第十一代垂仁天皇の御代に、野見宿祢と当麻蹶速とが天皇の御前で日本一を競ったといいう記述がある。これが最初の天覧相撲とされている。その後、聖武天皇、桓武天皇、高倉天皇らも相撲を天覧している。
 織田信長も、御前で相撲をさせている。「近江国常楽寺において相撲上覧。勝者宮居眼右衛門に与えた弓が弓取りの始まりと伝えられる」という。
 詳しくは下記のサイトを参照:
 http://www.sumo.or.jp/museum/culture/history/rekishi.html(←既に無効)

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2007/07/30

「線香花火の思い出」など

 昨日のブログ日記「ラジオ聴き音の風景たっぷりと」にて、以下のように書いている:

 昨日28日の夕方、隅田川の傍を通った。といっても、首都高速の上からのこと。開催される一時間ほど前に実車で高速を走りつつ、眼下の隅田川をチラッと眺めたのである。隅田川に屋形船が一杯、浮んでいた。まるで花の筏みたいに。
 でも、花火大会は見れなかった。今年も。隅田川の花火大会、小生は一度も見ていない。

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→ 7月28日、都内某公園にて。月齢は「13.6(中潮)」だったようだ(「こよみのページ」参照)。

 文中、「花筏 (ハナイカダ)」という言葉がある。
 これは(まさに「花筏」という花もあるが)、ここでは「桜の花が散って花びらが水に帯状に浮かんで流れるさまを「筏」に見立てていうことば」として使っている。
 やや似たような言葉に、「花筵(はなむしろ)」がある。
 これは、「花見の時に敷く莚」の意味もあるが、「和歌では(略)散り敷いた花びらを莚に見立てた語として使われ」ることもある(「花 莚」参照)。
 小生などは、「散り敷いた花びら」の光景について、「紅筏(べにいかだ)」という言葉を僭越にも推奨しているのだが。

 ところでさて、隅田川(に限らず)の花火大会を見逃した口惜しさもあるが、せっかくなので、小生の花火関連の記事を(旧稿を温めるという主旨で)紹介しておきたい。
 まずは、掌編「花火大会の夜に」である。
 昨年の7月30日に作っている。昨年も花火大会を見逃している!
 この掌編というにはやや長めの小品では自転車が小道具として使われている。
 翌月の8月、お盆過ぎにバイクを手放し自転車を愛用するようになる、その予感があったのだろうか(ちょっと、強引か)。

 さらに、「線香花火の思い出」という5年前の今頃書いたエッセイがある。小説は物語であり虚構、エッセイは実話という方針を立てている小生、まさにこれは思い出話である。
 といっても、なんてことない、語るには価しないような、ささやかな思い出に過ぎないのだが。
 旧稿を温めるという意味もあるので、以下、転記しておく。

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2007/07/29

ラジオ聴き音の風景たっぷりと

 昨日、土曜日は営業の日。真夏日になってしまい、熊谷では35度以上だったとか。
 タクシーの中は冷房が効いていて涼しいのではと思われる方もいるようだけど、さにあらず。
 確かに車外よりは涼しいかもしれないが、主に後部座席に乗るお客さんが乗った瞬間に涼しいと感じるようにするには、運転手本人には涼しいどころか寒いほどの温度に設定しておく必要がある。

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← 鮫島有美子『千の風になって~新しい日本の抒情歌』(コロムビアミュージックエンタテインメント) 昨夜の話の中で、オペラを含め、ステージで歌を歌うことにプレッシャーを感じたことがないという話が妙に印象に残った。天性の歌手でありエンターティナーだってことなのか。

 その冷たい風の直撃を受けないよう、日頃、用心は怠っていないつもりだが、それでも、夕方、そろそろ冷房を弱めに設定し直す頃には体がだるくなっている。
 しかも、休憩時、風向きを変えるのを忘れ、冷気を口にまともに受けてしまって、喉の弱い小生、今、喉が痛い!
 このまま、風邪へと真っ逆様に落ち込んでいくような予感。
 
 冷房については、車内はなんとか低めに設定できても、頭部やウインドーに近い部分は、遠赤外線なのか、容赦ない日光の日差しの余波を喰らってしまって、冷房の効果も相殺されてしまう。
 つまり、体の胸から下や、ウインドー側でない部分は冷房で冷え、その他の部位は遠赤外線効果で暖まってしまって、体が斑(まだら)模様に冷やされたり温められたり。
 なんとか、車のボディを断熱効果のある素材にしてもらいたい。車のボディ用の断熱素材が開発され、遠赤外線効果を低減できるようになったら、エアコンの温度設定も抑え気味にできるはず。

 昨日28日の夕方、隅田川の傍を通った。といっても、首都高速の上からのこと。開催される一時間ほど前に実車で高速を走りつつ、眼下の隅田川をチラッと眺めたのである。隅田川に屋形船が一杯、浮んでいた。まるで花の筏みたいに。
 でも、花火大会は見れなかった。今年も。隅田川の花火大会、まだ、小生は一度も見ていない。

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