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2007/01/13

マン世界エヒョー挿話に垣間見る

トーマス・マン全集6』 (円子修平訳、新潮社)を読了した。
 借り出したのは昨年11月の25日だったか。読み始めたのは、師走に入ってからだったろうか。
 案の定、越年。しかも、一月の半ばにならんとしている!
「ファウストゥス博士」そのものは、正月七日に読了しているのだが、帰省の間は手にしていないとはいえ、ゆったりしすぎ?
 でも、楽しい一ヶ月余りの読書だった。

 本巻には、「ファウストゥス博士」(円子修平訳)のほかに、「自作について」として、「『ファウストゥス』について」(円子修平訳)「『ファウストゥス博士』の成立」(佐藤晃一訳)などが載っており、最後に森川俊夫氏の手になる解題が付せられている。
(マンの諸著作に付いては、「トーマス・マン(Thomas Mann)」が参考になる。史実のゲオルグ・ファウストなどについては、「ゲオルグ・ファウスト - Wikipedia」参照。)

 マンの『ファウストゥス博士』の大よその内容は、ネットで幾らでも調べられるが、下記の説明(ドイツ文学に興味ある人!(2ちゃんねる) 73)が小生には分かりやすかった:
 マンの『ファウストゥス博士』はニーチェの生涯をモチーフにある音楽家の 芸術活動と破滅を描いた文学作品。梅毒で発狂し滅んでいく音楽家の人生 の悪魔との契約とドイツのナチスという名の悪魔との契約の二つをかぶせて描写し ています。ある意味、ゲーテ的ファウスト像へのアンチテーゼでもあり、悪魔がい くつかの登場人物に姿を変えて登場させられています。
 主人公の作曲家アドリアン・レーバーキューンが自ら作曲した『ファウストゥス博士の嘆き』という曲は、ベートーベンの『第九』への否定形であり、「音楽的」 ドイツが不遜なナチスという悪魔との契約によって、滅亡していくという運命が そこに描かれています。マンのドイツへの自己批判、その音楽観が反映されていま す。一九世紀末から二十世紀前半にかけての最大の問題作だと思います。 ある意味で文学の極北に到達した作品で、悪魔を描写することに最も成功した 作品ではないでしょうか。

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2007/01/12

ロッシーニ…オペラのためのソナタなり!

[今日の話題の主は「ジョアキーノ・ロッシーニ」「村田英雄」「金田正一」「クリスタル ケイ」など。]

 昨日、木曜日は営業の日。ということは、車中での音楽三昧の日(?)。
 まあ、三昧ってのは大袈裟だけど、でも、特に午後の二時からの、NHK-FMの「ミュージックプラザ 1部 -クラシック- 松川 梨香」はできるだけ聴くように心がけているのは事実。
 小生は音楽にも、ましてクラシックにはなおのこと疎いので、どんな曲を聴いても初耳だったり、新鮮だったりする。

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← ザ・ビートルズ「SGT.PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB BAND

 昨日はというと、チマローザ作曲の「歌劇“秘密の結婚”序曲」「歌劇“秘密の結婚”から 愛しい人よ、落ち着いて」「歌劇“秘密の結婚”から 息をなさっているなら」「歌劇“秘密の結婚”から 夜が白み初めないうちに」などが最初に架かったようだけど、残念ながら、聞きそびれた。
 というのも、一時半から二時半まで都内某所で仮眠を取っていたのだ。
(余談だが、文豪ゲーテはチマローザと同年生まれで、チマローザの曲を絶賛していた。聞き逃したのが惜しまれる!)

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2007/01/11

上村一夫…劇画なる世界に焦がれ戯画に生き

[今日の記事では、「山本有三」「ウィリアム・ジェームズ」「ちばてつや」「ジャコメッティ」「上村一夫」らを扱う。「劇画なる世界に焦がれ戯画に生き」というタイトルは小生自身を暗示。ちなみに、最初のタイトルは、「絵のような女絵師には会わざりし」を考えていたのだが…。]

1月11日 今日は何の日~毎日が記念日~」を覗くと、興味深い事項や人物の名前が多数出ていて、誰を、あるいは何を採り上げるか、迷ってしまうほど(以下、文中で敬称を略させてもらうが、有名人だからこその尊敬の念を込めて、である)。
(先に進む前に、「毎月11日」が「めんの日」だと、今日、初めて気がついた。なんでも、「「11」が細く長い麪に見えることと、「いい」と読めることから」だって。こいつぁ、うまくしてやられた。1本、取られた! 昨日のうちに、「安藤百福…我あるは即席麺の賜物さ」という麺に関係する記事を書いておいて、タイミングがピッタリ?!)

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← 45歳で亡くなった女絵師・ 上村一夫の世界。下記参照。

「1983年」の今日に「ワコールが肩ひものないストラップレス・ブラジャーを発売」したという。発売された当時は、ヌーブラの発表以上に衝撃的で、何故か小生、ドキドキしたものだった(あるいは、トップレス・ブラジャーと勘違いしたのか…。ちなみに、「トリンプ・インターナショナル、買い物袋としても利用できる特製ブラジャー「No!レジ袋ブラ」を製作」というニュースがある。そのうちヌーブラならぬヌーパンなんて出ないとも限らない…?)。

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2007/01/10

安藤百福…我あるは即席麺の賜物さ

 日清食品の創業者で元社長の安藤百福(ももふく 1910年3月5日 - 2007年1月5日)さんが、5日、96歳で亡くなられた。
 7日には告別式も盛大に行なわれたようである。
祭壇には、柔和な表情の遺影と法名「清寿院仁誉百福楽邦居士」と書かれた位牌(いはい)を安置、棺には愛用のサングラスやチキンラーメンが納められた」とか。

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← カップヌードル! 随分とお世話になってきた。今も常備!

 関連して「「ミスター・ヌードル」安藤百福氏の功績評価 米紙」といったニュースも聞こえてきた。
「9日付の米紙ニューヨーク・タイムズは5日に死去した日清食品創業者で即席ラーメンを開発した安藤百福氏の功績を称える社説を掲載。「ミスター・ヌードル」とのタイトルに感謝を示すカットをつけた異例の扱いで同氏を追悼した」というのだ。
 さらに、「社説は即席ラーメンが、ホンダの「シビック」やソニーの「ウォークマン」などのように戦後日本の会社組織が生み出した「奇跡」でなく、あくまで安藤氏個人の開発であることを強調。この開発で日清食品は大企業になり、現在「世界中の1億人が毎日食べ、2006年にはカップヌードルは250億食に達した」と世界の国民食ともいえる存在になったサクセス・ストーリーとして紹介している。」とか。

 一人暮らし歴の長い小生、即席ラーメン歴も長い。
 高校までは田舎で家族と一緒だったから、兼業農家でもあり、畑もあって、食に関しては恵まれていた…。
 但し、逆に野菜が嫌いで、しかも、お袋の作ってくれる料理より外食、それが無理なら、出前が楽しみだったような。

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2007/01/09

松瀬青々…淋しさを青山に見る薄道

1月9日 今日は何の日~毎日が記念日~」によると、今日は「青々忌」だという。
 これは、「ホトトギス派の俳人・松瀬青々の1937(昭和12)年の忌日」なのだとか。
 小生には、松瀬青々(まつせ せいせい)という存在は初耳。

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← 年末の帰省。一週間の滞在を終え駅のホームに立ち遠望する。

松瀬青々生誕地」なる頁を覗くと、以下の説明が得られた:

青々は本名を弥三郎、明治2年当地で生まれた。幼少のときから漢詩、詩歌を学び、俳句を新聞や「ホトトギス」なとに投句していた。子規に賞賛され、明治32年上京して1年ほど「ホトトギス」の編集に従事した。帰阪後は朝日新聞社に入社、朝日俳壇の選句を担当、大阪に活況をもたらした。明治34年「宝船」「倦鳥(けんちょう)」を主宰、大阪俳壇の基礎をきづいた。昭和12年没。

「子規に賞賛され」たということは、写生的な句を作った人なのか。
 ネットの威力を生かすということで、ネット検索で渉猟してみる。

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2007/01/08

印象は百聞に如くはなし

[話題に上るのは、ドビュッシーやラヴェル、サティ、ジョビン、布袋寅泰やローリー寺西の各氏。]

 昨日は営業の日。三連休の真ん中の休日というのは、営業的にはかなり厳しい日。
 それでも、運も預かって、最悪の結果にならなかったのは良しとしないといけないのだろう。
 というわけで、車中では読書と音楽三昧。
 無論、どちらも断続的に断片的に。実際には、レポートであれこれ書いてきたように、神経はお客さん探し、安全のこと、路上の綺麗な人に向っている?!

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→ 都内某所で仮眠しようとしたら、ボンネットにハトが。

 ただ、日曜日の営業で嬉しいのは、普段は聴けないラジオ番組を楽しめること。
 ジャズ番組も幾つかあるが、やはり、J-WAVE「NOEVIR SAUDE! SAUDADE..」を聴けるのが嬉しい。
 この番組では、アントニオ・カルロス・ジョビンの誕生日が1月25日ということもあり(生誕80周年)、アントニオ・カルロス・ジョビン特集を組んでくれている。
(関連情報として、「中原仁のCOTIDIANOジョビン命日に「Nosso Tom」録音完了」を紹介しておく。)
 アントニオ・カルロス・ジョビンについては、昨年秋、CD三昧を楽しんだものだった:
アントニオ・カルロス・ジョビンから西条八十の周辺

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2007/01/07

美と醜と相身互いの深情け

[本日のテーマは、カール・ローゼンクランツの「醜の美学」論考を手掛かりに、美と醜との鬩ぎあいなど。]

 本日、ようやくトーマス・マンの『ファウストゥス博士』を読了。
 但し、本巻(『トーマス・マン全集6』(円子修平訳、新潮社))には他の作品も所収されているので、『トーマス・マン全集6』全部を読み終えるのは来週末か。
 以前、何かのブログ(書評だったか?)で、ルキノ・ビスコンティ監督の映画「ベニスに死す」のことが話題になっていた。

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← ウンベルト・エーコ著『美の歴史』(植松 靖夫【監訳】・川野 美也子【訳】、東洋書林)

 無論、映画は、トーマス・マンの小説「ベニスに死す」が原作なのだが、実は、この映画はマンの『ファウスト博士』も念頭に置かないと、映画を深く鑑賞できないとか。
 ルキノ・ビスコンティ監督の映画「ベニスに死す」を観た人は結構、いるんじゃなかろうか。どんな感想を抱かれたのだろう。図書館にあったら借り出すけど、CDしかないから、当分、見ることは叶わない。
 ちと、残念。

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