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2007/04/14

こぶし咲き…白き花に目も眩(くら)む!

[注意!! この記事には後日談があります。「この木なんの木、気になる木、機、器」の後半を読んでください。]

 仕事柄、都内を車で彷徨う。休憩は、大概、何処かの公園の脇。車などの通行の障害にならない場所を選ぶ。 トイレへ向おうとしたら、名前も知らない白い花が咲いているのに気付いた。
 青い空を背に風にゆらゆら揺れている。
 せっかくなので、車へ戻るすがら、携帯のカメラで撮ってみた。

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→ 4月12日、都内某公園で撮った「辛夷」?

 白木蓮? 違う…。辛夷だろうか。
 「辛夷 (こぶし)」なる頁を開いてみる。

 白木蓮と辛夷とは花びらの色や形、清楚な雰囲気などが似ているが、白木蓮は花が全開しないが、辛夷はまさに全開する。
辛夷 (こぶし)」によると、そろそろ開花の時期の終わりごろとなる。見れたのは幸運だったというべきか。

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2007/04/13

原子力発電って大丈夫なの?

 原子力発電って大丈夫なのか? このままでいいのか?

 テレビなどニュースで電力会社の事故隠しが頻繁に報道されてはいる。が、朝晩のワイドショーでこの話題が採り上げられることは、まずない。観たことがない。
 あっても、触れる程度。今朝も、痴漢とか芸能人ネタとかが主。
 ワイドショー的な番組に期待するのがお門違いなのかもしれない。
 社会的影響の大きさを考えると、番組制作の姿勢、何を採り上げるかの価値観は、娯楽だからといった話では済まないものを感じる。

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← 1999年刊とやや古いが、『孤立する日本のエネルギー政策』(日本弁護士連合会 編、七つ森書館)「本のエネルギー需要と供給を分析、米、独などのエネルギー先進国を現地調査した上で、「エネルギー政策基本法」を提言。日弁連公式レポート。」という。「書評 孤立する日本のエネルギー政策」参照。

 小生は、電力会社の事故隠しは、マスコミが連日報道するに価するニュースだと思う。 場合によってはどこかのテレビ局がキャンペーンを張ってでも体当たりで報道すべきほどの意義を持つはず。
 つい、先日も、臨界状態ギリギリの事故があったのに、隠されていたことが露見したばかり。ほとんど爆発寸前だった。
 大体、事故の実態を電力会社の調査に任せるなんて論外ではないか。第三者の調査でも実質、仲間内、身内みたいなものだし。

参議院 予算委員会議事録 2007年03月19日 石川県志賀原子力発電所の臨界事故隠蔽について」を読むと社民党の福島みずほさんと甘利明大臣との遣り取りが読めて面白い。

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2007/04/12

寅彦よセンスの欠けら分けてくれ

トンビに油揚げをさらわれていた!」は、寺田寅彦著の本『ちくま日本文学全集35 寺田寅彦』(藤森照信解説、筑摩書房)をネタにしている。
 この本に限らないが、寅彦の随筆をめぐってはあれこれ書いてみたいこともあるが、やはり、小生の御託よりは寅彦の本を読んでいるほうが楽しいし、人にも寅彦の文を読むことをまずは勧める。

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→ 路肩などに散ったサクラの花びらたち。路上の花筏? 散ってしまえば、踏みつけにされるだけ。見向きもされない。サクラが好きだというのなら、葉桜や路上の花びらをも愛したらいいのに。

 それでも、上掲書の中の幾つかのエッセイには触れたくなる。
比較言語学における統計的研究法の可能性について」などは、素人の手遊びとは到底思えない内容である。語源を探り、地名の由来を探り、極東の地に残っている文物に古今東西を思うのは小生にとっても無類の楽しみなのである。
 寅彦の<素人芸>のレベルの高さに驚くばかりだ。
 目にし耳にするあらゆる事物に驚きの心、センス・オブ・ワンダー(驚異の念)を以て常に接することの出来た人なのだろう。

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2007/04/11

トンビに油揚げをさらわれていた!

 先週末まで事情があって十日ほど帰省してきた。列車の旅となると友が欲しい。人間の友は都合よくは見つからないが、本なら見つかるかもと図書館へ。
 バッグの隅っこに、場合によってはジャケットのポケットに収まるような手ごろな本。且つ間違いなく読書を楽しめる本、ということで、物色した挙句、無難というか安全牌に頼ることに。
 それは、寺田寅彦著の本『ちくま日本文学全集35 寺田寅彦』(藤森照信解説、筑摩書房)である。

97844801023551

← 『ちくま日本文学全集35 寺田寅彦』(藤森照信解説、筑摩書房) ちなみに、画像にある似顔絵は寅彦本人の作だと推察される。本書に「自画像」というエッセイがある。

 高名な物理学者であり且つ俳人であり漱石山房の有数な人物であり、小生にとってはなんといっても無類の随筆家である寺田寅彦(の本)との付き合いは随分と長い。
 上掲書に所収のエッセイも、大概が一度か二度は他の寅彦集本で読んでいるはず。
 念のために所収となっている随筆の題名を示しておく:

団栗、竜舌蘭、糸車、蓄音機、映画時代、銀座アルプス、物売りの声、病院の夜明けの物音、自画像、芝刈、蓑虫と蜘蛛、鳶と油揚、電車の混雑について、日常身辺の物理的諸問題、物理学圏外の物理的現象、自然界の縞模様、西鶴と科学、怪異考、化物の進化、人魂の一つの場合、日本楽器の名称、比較言語学における統計的研究の可能性について、神話と地球物理学、俳句の精神、連句の独自性、映画と連句、地図を眺めて、天災と国防

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2007/04/10

掌編「蜃気楼の欠けら」アップ

 掌編「蜃気楼の欠けら」をアップしました。

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2007/04/09

あのゴミも浜辺に寄せし夢の文

 小生は10歳の頃から嗅覚に障害を負ってしまった。
 だから、匂いに鈍感。
 でも、だから、匂いや感覚(五感)の話題にやや敏感。
 これまでも匂いに関連する記事はあれこれと書いてきた。末尾に幾つか順不同で挙げておく。

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→ 「棕櫚の樹や麦の話と二毛作」のトップ画像「棕櫚(シュロ)」を真逆から撮ったもの。思いっきり、逆光! 念のために断っておくが、背後の館は他人の家である!

 ここでは、「匂いを体験する」(2006/02/26)を取っ掛かりにする。

 この記事では、「目で見る芸術としての絵画、耳で聞く芸術としての音楽はあるが、鼻で嗅ぐ芸術というものはない」云々という某人の問題意識や香水のことを話題にしているが、実のところ、記事の後半がメインである。
「小生は以前、一部屋のアパートに住んでいたが、珍しくユニットバスが付いている」まで頁を下げてもらいたい。
 ユニットバスの給水タンクの薬剤(小林製薬のブルーレット?)が引き金となって小生に巻き起こした異常に鮮明な感覚の覚醒事件なるエピソードが語られている。

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2007/04/08

棕櫚の樹や麦の話と二毛作

 先月、あるブログの記事を読んでいて、添えてある画像に感じるものがあった。
 画像の中の棕櫚、というより正確には、付されている文章にちょっと刺激を受けたのだ。
 子供の頃、家の庭に棕櫚(シュロ)の樹が三本生えていたと書いてあった。

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← 郷里の家の庭にある棕櫚の樹二本。疑問はこの樹を巡って。

 でも、一番、そうだったのか! と思わせられたのは、「繊維状の樹皮で縄を綯ったこともあったなあ」というくだりだったのである。

 小生の郷里の家の庭には今も棕櫚の樹が二本、生えている。
 棕櫚なのか、蘇鉄(ソテツ)なのか、実のところ、小生には分からない(多分、唐棕櫚だろうと思うのだが、トーシローには決めかねる)。
 分からないどころか、小生は我が家の庭に植えられている樹はヤシの木なのかなと、少なくとも思っていたような気がする。
 下手すると、今も、うっかりするとヤシの木と呼びたくなってしまう。
 いつまで経っても、ヤシの実がならないし、あまり高く育ちそうな気配も漂ってこない。

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