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2007/04/07

あの世の沙汰もカネ次第?

 帰省している。自転車で富山市内を、あるいは車で市内から数十分圏内を走って回る機会が幾度かあった。
 気付くことは、お年寄りの方が実に多いということ。昨日からは新しい学期が始まるようだが、それまでは春休みということもあり、それなりに子供たちの姿も見かけた。
 お年寄りたちと子供たち、せいぜい高校生くらいまでの若い人は見かけるが、二十代、三十代の若い人を見かけることが実に少ない。

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→ 富山・滑川の岸壁にて富山湾の海を遠望。

 富山は、それとも地方は、学生よりも上の若い世代は何処に消えたのか。仕事中だから、車などで小生が出歩いた日中に見かけないのは当然?
 そうかもしれない。
 でも、出稼ぎなのかどうかは分からないが、仕事を求めて、刺激を欲して都会へと流れ去っていったのではないか、そんな推測をしてみたくなる。

 帰郷していて、たまたま小生の身の回りだけの事情なのかどうか分からないのだが、実に葬式や法事、何回忌の法要、その他の祭事が多い。
 それに絡んで思うことは(お寺さんの在り方も含め)いろいろあるのだが、まあ、詳しい実状をどれほどに知っているかというと、自分でもあやふやだと感じるので、あれこれ存念はなくはないのだが、今日は触れない。
 

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2007/04/06

花冷えや山も今宵は凍えしか

 昨日は、二十四節気の1つ清明(せいめい)だった。「中国で清明節は祖先の墓を参り、草むしりをして墓を掃除する日であり、「掃墓節」とも呼ばれた」という。
 というわけでもないが、花冷えの昨日、祖先の墓ではなく近親の祭壇に対面してきた。

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← 焼香の帰り、車中にて撮影。晴れていたし、はるか前方には立山連峰が見える、はずだったのだが。…黄砂のせい?

 郷里に居て、何件もの法事や一回忌や三十三回忌、通夜、葬式などがあった。この数年、祝い事も重なっているが、こうしたことも妙に重なっている。無論、小生の遠からぬ親戚筋で。
 小生は富山生まれだが、18歳で郷里を離れたもので、田舎の祭事にはほとんど不義理している。父母の兄弟・姉妹筋さえも欠礼している。不義理の限りを尽くしているのだ。
 せめて、幼少の頃、お世話になったある里のおばさん(母の姉)の祭壇に線香を上げてきた。
 自分が焼香を終えて、次は母となった。母は足が弱く、姉とともに体を支えていないと焼香できない。
 普段、あまり感情を表に出さない母が、もう、お骨が箱に収まってしまっている祭壇の姉に向って、泣きじゃくるようなふうに声を掛けている。
 そのほか、あれこれあって、なんだか寒いばかりの心境になっている。なんだか何も見えないような感覚。

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2007/04/05

無精庵方丈記にて更新

無精庵方丈記」に雑文をアップ:
水母・海月・クラゲ・くらげ…
「光陰矢の如し」の周辺

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2007/04/04

スカタンな話をもったいぶってみた

 過日、某サイトで「スカタン」という言葉に出会った。
 というか、「スカタン」自体は全く未知の言葉ではないし、ずっと以前、何処かで読んだか見たか聞いたかしたことのある言葉なので、再会したというべきなのか。
 でも、「スカタン」相手に再会もないだろうから、まあ久しぶりにこの言葉を目にした、という程度の表現に留めるほうが宜しかろう。
(念のために断っておきますが、本稿は駄文です!)

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→ 松本修著『全国アホバカ分布考』(太田出版) (画像は、「Amazon.co.jp 通販サイト」より)

 さて、「@nifty辞書」に拠ると「スカタン」の意味は以下の如し:

(1)当てがはずれること。だまされること。
(2)見当違いなことやへまなことをした人をののしっていう語。とんちんかん。まぬけ。すこたん。

 詮索好きな小生としては意味もだが、できれば「スカタン」の語源、あるいはこの言葉の出来てきた経緯を知りたい!

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2007/04/03

快川紹喜…心頭滅却の意味如何に

 昨日、月曜日も黄砂がほぼ全国的にひどかったようだ。日本もひどいが中国本土はもっと凄まじい黄砂現象に見舞われているようである。
 来年の夏は北京オリンピックが開催される。黄砂被害が影響しないのかと懸念されるが、黄砂の時期は過ぎているだろうから、大丈夫なのだろう(か)。
(「中国では、BC1150年頃に「塵雨」と呼ばれていたことがわかっている。また、BC300年以後の黄砂の記録が残された書物もある」というから、黄砂の歴史はあまりに長い! さすがに四千年の文明を誇る国だと、妙なところで感心したり…。)

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← 格好いい!!(大河ドラマ「風林火山」)より

 久しぶりに「4月3日 今日は何の日~毎日が記念日~」を覗いてみた。覗く時は連日のように覗くが、覗かない時はまるで開こうとしない。
 どうやら、最近、朝方にNHKラジオ第一の5時半頃に放送される「今日は何の日」を聞き逃しているから、人に影響されやすい小生、上掲のサイトを開く気にならなかったものと思われる。
 さて、ぼんやり頁を眺め降ろしていくと、忌日の項に気になる記述があった:

1582年 快川紹喜 (臨済宗の僧)  織田信長に抗し自焼

 小生の勘違い・記憶違いでなかったら、快川紹喜というと、「心頭を滅却すれば火も自ら涼し」で有名な禅僧ではなかったか。
(尤も、小生のあやふやな記憶の中では、「心頭滅却すれば火もまた涼し」だったはずだが…。)

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2007/04/02

黄砂に抱かれて草むしり!

 既に昨日となったが、4月1日の日曜日は予報では晴れだった。
 実際、前日は風雨に雷と春の嵐の様相を呈していたのがウソのような穏やかな日和となった。
 小生は今、事情があって郷里にいる。
 例によって束の間の家事見習いをしている。

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→ ヘミングウェー作「武器よさらば」(高村勝治訳、「グーテンベルク21」)

 晴れているが春の日差しで風もなく、外の作業が苦しくはないような気がする。
 いかにも春らしく、晴れの日が続くとも限らない。
 ということで、草むしりすることにしたのだった。

「クラスターなき世の中で暮らしたい!」(クラスター爆弾 2007/03/01
「春雨を待ちわびる日々花粉症!」(剣幸(つるぎ みゆき) 目次 2007/03/02
「南北に東西越える劇を見る」(鶴屋南北とシェイクスピア 2007/03/03
藤原新也…鳥葬も地・水・火・風の証かも」(2007/03/04
「国芳の多彩な画業猫ゆずり?」(歌川国芳 2007/03/05
「今日の日で古今東西くくれども」(あの日、あの場所で 2007/03/06
「箸のこと端までつつき橋架けん」(箸のこと/ロラン・バルト 2007/03/07
「「土を喰う日々」からあれこれと」(2007/03/08
「今年も沈丁花が咲きました」(思い出話?! 2007/03/09
三宅島で公道レースだって?!」(2007/03/10

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2007/04/01

バルザック誰もが主役の小説か

 今日4月1日はエイプリルフールの日。「四月馬鹿」とか時に「万愚節」とも言う。
 小生は、一昨年「万愚節(ばんぐせつ)」で大凡のことは書いたので、今日は、まさに人生がエイプリルフールそのもののような作家を俎上に載せる。

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← バルザック『ウジェニー・グランデ』(山口年臣訳、「グーテンベルク21」)

 つい、一昨日、「一杯のコーヒーが紡ぐもの」と題した記事を書いた。
 別にコーヒー繋がりを意識したわけでもないし、やがてはこの話題を持ち出すつもりで上記の日記を書き連ねたわけではないのだが、昨日、土曜日、過日より読み進めていたオノレ・ド・バルザック著の『ウージェニー・グランデ』を読了した。

 ただし、小生が読んだのは、『コレクターズ版 世界文学全集 23』(日本ブック・クラブ)で、この第23巻には、デュマ・フィスの「椿姫」(鈴木力衛訳)とバルザックの「純愛」(安川茂雄訳)が所収となっている。
 このうち、バルザックの「純愛」とは、「ウージェニー・グランデ」のことなのである。

 ととと。冒頭でコーヒー繋がりがどうした、などと書いているのに、肝心のことを書いていない。
 実を言うと、バルザックファンなら知っているだろうが、バルザックは無類のコーヒー党なのである!

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