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2007/03/31

来週は全日本チンドンコンクール!

 来週末、つまり、4月6(金)・7(土)・8(日)の三日間、「全日本チンドンコンクール」が開催される。
 場所は、我が富山県富山市の中心部で富山城址公園も間近な通り。
 コンクールのコースも決まっている:
チンドン大パレード

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→ 4月6(金)・7(土)・8(日)の三日間、富山で「全日本チンドンコンクール」!

 これだけの規模で、しかも、三日間に渡って富山でチンドンコンクールが開催されるのである。
 どうせなら、サンバカーニバルを富山市で大々的に開いてもらえんもんやろか。
 そうすれば数十万のサンバファンで街中が埋め尽くされるのは間違いなし! しかも、三日間(二泊)の滞在が見込める!
 小生思うに、ブラジルから日本へ富山へ多くのブラジル人、日系人が来ている(し、向こうへも行っている)。
 いよいよ、富山を舞台に、サンバもブラジルの人たちもサンバやラテンまみれの日本の方たちも中国大陸に渡るべきときが来ているのではないか。
 中国、ロシア、果ては西南アジアへ雄飛すべき時!
 その拠点が富山だっていいはずではないか!

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2007/03/30

一杯のコーヒーが紡ぐもの

一杯のコーヒーが紡ぐもの (○月×日)

 学生の頃を含め、喫茶店でも自宅でも日に何杯と飲んできたコーヒー。

 なのに、ある年代を過ぎてからは全く飲まなくなった。
 というか、十年近く前だったか、帰省の折に、ふと、茶の間に瓶入りのインスタントのコーヒーがあることに気付いた…ぼんやりと。

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← Bob Dylan『Desire 』([Original recording remastered]、Columbia) この中に『コーヒーもう一杯(One more cup of coffee)』が収められている。「Amazon.co.jp 通販サイト」より。

 なんと父母が朝の目覚めなどに飲むのだという。
 父はシュガーとミルクを入れる。
 母は体調もあってか、ブラックで飲む。 但し、薄め。

 何年か前の或る日、父母が小生にも飲まないか、と言う。
 小生が知る限り、昔は父母はあまりコーヒーは飲まなかったはず。
 そんな父母が毎日、モーニングコーヒーを飲んでいる!

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2007/03/29

肉体なる自然を解剖しての絵画教室!

 布施英利(ふせひでと)著の『自然の中の絵画教室』(紀伊国屋書店)を読んだ。
 マニュエル・ロザンタール著の『ラヴェル~その素顔と音楽論』(伊藤 制子訳、春秋社)と一緒に借りてきた本。

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→ 布施英利著『自然の中の絵画教室』(紀伊国屋書店) まさに布施氏らしい特色の出ている本である!

 図書館では、美術関係の本の棚と音楽(踊り・映画・趣味などなど)の本のコーナーとは並びにあって、どっちかの本を物色していると、その流れで必ずといっていいほど、周辺の棚が視野に入ってしまって、結局、棚を端から端まで眺め渡してしまう。

 釣りじゃないけど、当たりのあるときはパッと本の背の題名が目に飛び込んでくる。
 ダメな時は、どの題名ももう、見飽きたような気になってしまって、当て所なく目線が彷徨ってしまう。
 本との出会いも、バイオリズムのようなものがあるのだろうか。
 何か、波か潮の干満のようなものがあるに違いないという気がする。

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2007/03/28

ラヴェルからストンボロー邸へ音の旅

 今年は、モーリス・ラヴェル没後70年だからというわけではないが、過日よりマニュエル・ロザンタール著の『ラヴェル~その素顔と音楽論』(伊藤 制子訳、春秋社)を読んできて、今日、読了した。

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← マニュエル・ロザンタール著『ラヴェル~その素顔と音楽論』(伊藤 制子訳、春秋社)

 読み始めたのは、小生がサンバ関係のイベントである(そして、もっと世に知られていいはずのイベントでもある)AESAカーニバルへ行ってきた日曜日だった。その経緯(いきさつ)などは、若干の感想を含め、「あれこれとトラブル抱えAESAカーニバルへ」の中に書いてある。

 ラヴェルの名を知らない人は少ないと思うが、念のためラヴェル最後の直弟子で、指揮者&作曲家であり、本書の著者であるロザンタール共々、下記参照:
モーリス・ラヴェル - Wikipedia
マニュエル・ロザンタル - Wikipedia

 小生などは、いくらラヴェル最後の弟子とはいえ、ラヴェルと会話を交わした人物が近年まで御存命だったということに驚いたりするが(驚く小生が無知なのだろうが)、「マニュエル・ロザンタル - Wikipedia」や「マニュエル・ロザンタール逝去 残された名盤の数々」を読むと、99歳目前まで生きられたのだというから、さもありなん、かもしれない。

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2007/03/27

サンバとは命の紡(つむ)ぐメッセージ

「サンバの例が示しているのは、「音楽を音符に書きしるすことはできない」ということだ。リズムをスィングさせるためには様々に異なるリズム的要素の的確なバランスが必要であり、従がってスイングするある一点に対するスイングしないサンバの数は無限にあるということになる。スイングを保証するに足るだけの情報を音譜のなかに盛り込むことは不可能だ。サンバを事前に知っていなかったら、作曲家がその使用に供されるべくいかに多くの記譜上の猿知恵を盛り込もうと、私たちはこれぽっちもサンバの真の感覚を伝える演奏をすることはできいだろう。」
(引用は、既に削除された(?)「http://members.aol.com/R5656m/VillaLobos.htm」なるアドレスサイト内における、ピーター・バスティアン著『音楽の霊性―ニューエイジ・ミュージックの彼方へ』(沢西 康史訳、工作舎)より)

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→ 画像は、Charlieさんの「A.E.S.A Carnaval 2007 Yokohama」(「Charlie K's Photo & Text」参照)より。


大地…鼓動

 サンバの音楽もダンスも奥行きが深いのは無論だろうし、奥の院には洗練された世界もあるのだろう。
 でも、小生がすきなのは、いい意味での野性の感覚。原始性。
 言うまでもなく、技術においての素朴さという意味ではなく、感性においての生な世界がたっぷり濃厚に反映されていること。
 大地の感覚。サンバにおいて打楽器が多いのは、大地の鼓動であると同時に、それ以上に心臓の鼓動、そう、ビートが肝心だということだろう。

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2007/03/26

「AESAカーニバル」レポート案内

 昨日、「AESAカーニバル」へ行ってきました。
 簡単な日記風レポートをアップ。画像も鮮明ではないものの、少なからず:
あれこれとトラブル抱えAESAカーニバルへ

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2007/03/25

食い意地や定められしは下りのみ

 尾篭な話だが、あるサイトでのお喋りの流れで、ひょんなことから下痢や便秘の話しになった。
「トイレで力みすぎです」と言われ(書かれ)、便秘で苦しんだ旧稿を思い出したのである。
 エッセイというよりドキュメント風な拙稿は、下記:
ドキュメント 脱 糞 だ! (旧タイトル:痔物語、あるいは、我が生涯最悪の日)」(平成13年7月8日午後作)
 この小文自体、「ある人の痔の手術物語をネットで読んで、つい小生が国見弥一を名乗る遥か以前の懐かしき苦闘を思い出し」て書いたのだった。

 上掲の文を紹介したら(原稿自体は評判が良かったのだが?)、「ゴーダマ・シッダルタ(釈迦)も下痢で涅槃に逝ったそうですね」という情報を寄せてくれた。

 小生、えっ、そうだったっけ、である。
 この小生だって、若い頃があり、釈迦や仏教、キリスト教、イスラム教なども少しは勉強したことがある。「親鸞の弟子である唯円によって、書かれたとされる」『歎異抄』は、高校時代、二度三度と読んだものだった。
歎異抄』などを読んだその成果は、絶望的なほどに残らなかったが。
 ただ、理系志望だった小生を哲学へ転向させる結果に大きく預かっていたような。

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