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2007/03/17

バロックの音の魅力に身を任し

 ほぼ一年前の記事である「夜間飛行を堪能する」にコメントを戴いた。
 古い記事にコメント(やトラックバック)を貰うことは間々あること。
 でも、大概は、何処かの未知の方が情報を求めて、などの理由でネット検索して、小生の記事に遭遇するというパターンである。

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→ 3月15日の夜半過ぎ。都内某運河沿いの公園脇にて仮眠。目覚めて間もない午前4時頃、都内に初雪が降ったとか…。

 でも、今回は違う。
 今日の(16日)の記事である「見逃せし初雪他所に夢の中」の中で、昨年の日比谷大講習会のレポート記事である「今日は日比谷大講習会」なる小文を参照願うとして紹介している。
 その記事の中で、「夜間飛行を堪能する」をタクシー関連記事ということで紹介していたのだった。


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2007/03/16

見逃せし初雪他所に夢の中

 相変わらず、一昨日の一報の件があって、ちょっと気力が落ち気味。
 事情に付いては、「生きるとは今日を限りの回り道」の冒頭に書いてあるので、繰り返す必要もないだろう。
 我ながら気力の落ち込みを不甲斐なく感じている。
 といっても、どうしたらいいのか分からない。
 昨日(から今朝にかけて)の営業も、ぼんやりしがちで、何度となく余計なことを考えてはいけないと、気を取り直すことがあった。

 その上、今朝は、仕事が明けてから、会社で(大)集会があった。
 徹夜勤務の後の集会とあって、営業が終わってからは、まっすぐ帰宅し、一服後はすぐに寝入りたい小生には酷な集会である。
 普通なら6時過ぎに営業が終わり、7時前後には帰宅しているはずが、7時半に営業所前に止まったバスに数十名の乗務員が乗り込み、会場へ。
 会場には数十台のバス。何人が集まっているのか分からないが、二千人は越えているかも。
 会場である(今、改修工事中の)日比谷公会堂は、目一杯。
 9時半頃から集会が始まり、終わったのは正午近くになっていた。
 集会(講習)の終了後は、一旦、バスで営業所に戻り、それから帰宅の途に。
 家に着いたのは、一時過ぎだった。
 
 日比谷大講習会の様子を詳しく書く元気がないので(本来なら講習会で、どんな講話などがあったかを書くべきなのだろうが)、昨年の日記(レポート)を示しておく:
今日は日比谷大講習会
(これを読むと、昨年は会場で講習が始まるまでに時間があったので日比谷公園を散歩している。そんな元気もあったんだ!) 

 集会(講習会)の最中に眠るわけにはいかないので、仕事を未明の四時には切り上げ、営業所の休憩所で仮眠、会場へ向うバスでも本を片手にウトウトということで、午後の一時過ぎに帰宅しても、眠気はあるのに、眠れず、仕方なくカップヤキソバでお腹を満たして、とりあえず空腹感を誤魔化しつつ、洗濯、掃除などし、ネット散策までやったりして。
 結局のところ、ロッキングチェアーで寝入ったのは(ベッドに入る気にならなくて)4時半を回った頃だったような。
 目覚めたのは夕方の六時半前だから、今日の睡眠は二時間?!
 まあ、途切れ途切れの仮眠・惰眠を合計すると、数時間は寝ているはずだが。

 まあ、今日はこういうわけで、ブログ(日記)は実質、お休み!
 ところで、今日午前七時ごろ、東京都心でも初雪が観測されたという。
 見逃したのが悔しい!

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2007/03/15

生きるとは今日を限りの回り道

 つい先日、小生の知るある方が亡くなられた。直接、会う機会は近年、まるでなかったのだが、逝去の報を昨晩、電話で聞いて、がっくりきている。
 そういえば、昨日は、「朝まで待てない」(作詞 阿久悠・作曲 村井邦彦)や「たどり着いたらいつも雨降り」(作詞・作曲 吉田拓郎)などのヒット曲(ボーカル)や役者としても有名だった「鈴木ヒロミツ」氏の訃報を聞いたのだった。
 享年60! 若い!

 今日は、何も書く気になれない。
 なので、以下、ネット上のみではあるが、心情的には深い付き合いのあった(少なくとも小生は勝手にそう思っていた!)、小生にとってはヒロインだったある方の訃報を聞いて書いた追悼文、あるいは、その頃書き綴った葬送、あるいは死を巡る随想といった文章群の中から幾つか転記する。

 思えば、小生はこの女流作家さんに刺激を受け、随分と創作意欲を掻き立てられたものだった。彼女と創作の応酬をしたりもしたが、それ以外にも、彼女と交流があった一年前後の間に百を越える掌編を書いたものだった!

 誰にも遅かれ早かれ、生きるという回り道などできなくなる日が来る。
 だからこそ、その日その日を大事に、とは思うけれど、時にはしんみりしてしまうのも、仕方ないよね。

 

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2007/03/14

「沈 丁 花」余聞余分

今年も沈丁花が咲きました」にて、話の流れで旧作の「沈 丁 花」を当該記事の文末に載せている。
 その「沈 丁 花」にpfaelzerwein 氏よりコメントを戴いた。
 旧作だけあって、ホームページにアップした際にも別の方(S・Y氏)よりコメントを戴いていた(正確に言うと、本作は、数年前まであったニフティの文学(創作)のフォーラムにて最初に創作しつつアップ(03/09/30 )し、その後、ホームページにアップ(03/10/01)したもの。コメントは、フォーラムにアップさせた際にS・Y氏より戴いたものである。無精庵というは創作のフォーラムでの小生のハンドルネームである)。
 掌編の本文及び以前戴いたコメントは別窓に掲載しておいた。この時もS・Y氏に戴いた評にあれこれ思ったものだったが。

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← 今冬は東京には記録に残るような雪は降らなかった。その代わりというわけではないが、植え込みに小雪の降りかかったような情景などを……。

 今回、事情(ニフティにおける一部海外のIPアドレス規制か?)があってミラーサイトpfaelzerwein氏より戴いたものをここに転記する(本来は、ココログの当該の記事に寄せるはずだったという。pfaelzerwein氏のサイトは、「Wein, Weib und Gesang」)。

 浮き彫りにされている人称(自称・他称・不定称など)の混乱の問題は、以前にも他の方から(本作に寄せてではないが)指摘を受けたことがある。以下の問い掛けへのレスは、どうしたものか……。著作権者であろうはずの小生(創作時の小生は、若干、飛んでいるので、雲を摑むような存在だ!)らしく保留にしておく!:

オレはオレのオレ自身のもの  by pfaelzerwein

いつもながら若々しい感性に驚いています。東京都知事選出馬とはいかがしょう。日活青春映画のワンシーンのようですね。なので、これを俺シリーズでなくて三人称に読み変えてみますと、「何故?」にの効果が強まるようです。それとも「沈丁花」の香りも含めて一般化してしまうと、やはり趣旨に反するのか?

「オレははっきりと、いつのことだったかを覚えている」のオレと、「オレはあの時、どうして彼女を拒否した? 」のオレと、「オレは彼女が好き」のオレは各々違うオレですね。オレの混用は、最終的に語り手オレを浮き出させる事になりますが、すると最も興味を抱かせる「何故?」の問い掛けはオレのオレ自身のものになりますね。そこで自閉してしまうと、タイトルの「沈丁花」の香りも広がらずに閉じてしまう。このあたりの具合の悪さが、創作意図にもなっているように察しましたがどうでしょうか?

「沈丁花の小花の束に顔を埋めて」いるのは二番目のオレで正解と思いますが、どうでしょう。著作権者の反応が楽しみです。


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2007/03/13

ディケンズ…虐げしは何者か?

 マイケル・モーガン著の『アナログ・ブレイン  脳は世界をどう表象するか?』(鈴木光太郎 訳、新曜社)を先週来、読み続けている。
 題名からも分かるだろうが、実験心理学と認知神経科学の専門家が書いた、最新の脳科学の本である。
 この分野の本を読み漁ったというわけではないが、文章の明快さと説の斬新さも相俟って、なかなかの好著だと思う。

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→ マイケル・モーガン著『アナログ・ブレイン  脳は世界をどう表象するか?』(鈴木光太郎 訳、新曜社) 脳科学関連の本では久々の快著だ。過日、図書館に行ったら、新規購入本の書架で見つけ(というか、本のほうから目に飛び込んできた!)、慌てて手にしたっけ。

アナログ・ブレイン 新曜社」を覗いてもらえば、本書の性格が分かってもらえるだろう。小生が下手な紹介や読解を示すのは控えておく(まだ、半分余りしか読んでいないし)。
 読了していないのだが、貧乏していなかったら、間違いなく購入していただろう(買いたい!)本である。多少の時間を置いて、再読を試みるかもしれない。

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2007/03/12

雨降りや傘差し運転やっちゃった!

 今朝というべきか、昨夜というべきなのか迷うが、妙な夢を見た。
 今朝か昨夜なのか迷うというのも、今朝、起きたのは十時頃。就寝したのはというと、朝の(!)六時を回っていた。
 常識的には今日の朝に寝入り、今日の午前中に目が覚めたという表現にすべきなのだろう。
 ただ、小生の感覚からすると、時間的には朝の六時であっても、それは昨夜の延長、真夜中の終わり、ちょっと長すぎる気味はあるが、いずれにしても、昨日の長~い夜の果ての未明に眠りに就いたという感じなのである。

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← 十日撮影。タクシーの運転席周辺画像。機器・装備が満載。カーナビが装備され、いよいよデジタル無線が始まる。

 夢というのは小生のこととて他愛もない。

 多分、小生の田舎でのこと。結婚式の会場へ向うことになった。
 結婚式といっても、小生が結婚するのではなく、多分、姪っ子か甥っ子の結婚だったような気がする。
 生憎の雪模様の空。
 北陸特有の陰鬱な曇天から雪(雪だとしても水っぽい感じがした。あるいは冷たい雨)が降っている。
 足元は、氷雨で泥濘(ぬかるみ)となりつつある雪の道。
 根雪や圧雪も溶け始めていて、舗装された道路が轍(わだち)に沿って黒っぽく垣間見えているから、三月も終わり頃だろうか。

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2007/03/11

年経ても維新の息の今にあり

 車中では勝小吉著の『夢酔独言』(『平子龍先生遺事』を収録。勝部真長=編、平凡社ライブラリー)を読んでいて、日を追うようにして自宅では勝 海舟著の『氷川清話』(江藤 淳・松浦 玲編、講談社学術文庫)を読んでいる。
『夢酔独言』は、勝海舟の父君・勝小吉の著述で、天衣無縫というか、幕府の旗本の末裔ながら、力を発揮する場もなく、幕府から碌も貰えず、憤懣やるかたない滾り立つエネルギーを無闇に発散させている。

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→ 勝小吉著『夢酔独言』(『平子龍先生遺事』を収録。勝部真長=編、平凡社ライブラリー)

 彼は学問が性に合わず、文など書けなかったが天保の改革の時、老中より蟄居を申し付けられ、その際、文筆を覚え、このような特異な、得がたい著述を著した。自分の情けない人生を反面教師にしろと。
 ある意味、これもまた我が侭勝手な理屈ではあるのだが。
 本書で改悛の情を示したというべきなのか。だから、息子の名前も海舟と名付けた! …なんてのは冗談として。

 勝 海舟著の『氷川清話』は、云うまでもなく、幕末に手腕を発揮し、江戸城無血開城を果たし、幕末から明治維新の特に江戸の町の混乱を最小限に抑えた功労者の自伝である。

 要するに勝海舟本人と父との親子鷹ならぬ親子本を読んでいるというわけである。
 いずれも無類の持ち味を持つ稀有な本。女性は分からないが、男子だと結構、ワクワクしつつ読める本だろう。

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