« 2007年2月25日 - 2007年3月3日 | トップページ | 2007年3月11日 - 2007年3月17日 »

2007/03/10

三宅島で公道レースだって?!

 一昨年だったか、三宅島で公道レースを行なうという構想があると、ラジオで聴いた。またしても、石原都知事の発案のようだった。
 この話題は、オートバイレース好き、イベント好き、都政ウオッチャーの間を即座に駆け巡ったようだ。
 発表当時、マスコミを賑わし、いろんな方がいろんな意見を、あるいは期待を持たれていた。
 例えば、「“村おこし”三宅島の公道オートバイレース:中島:コラム:スポーツ報知」という昨年六月の記事が今も読める。

750f_p31

← 88年から91年まで乗っていた「CBR750F スーパーエアロ

 冒頭に、「東京都の石原慎太郎知事が、三宅島でオートバイレースを来年にも開催したいと話している。噴火の“後遺症”で観光客誘致もままならず、復興に苦しんでいる島に、何とか活気を取り戻したいとの考えからのようだ。」とあり、さらに続けて、「この考えは思いつきではないようで、(石原都知事は)公道を使ったオートバイレースとして最も長い伝統を持つマン島TTレースを、三宅村の平野祐康村長らと共に5月29日に視察している。マン島TTは5月から6月にかけて2週間がレースウイークとなっていて、昨年は狂牛病騒ぎで中止になったが、今年は2年ぶりの開催で大賑わいだ。」とある(カッコ内は小生が補った)。

 マン島TTレースについては、この頁に大よそのことが書いてある(文末サイト参照)。


続きを読む "三宅島で公道レースだって?!"

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2007/03/09

今年も沈丁花が咲きました

 このところ、沈丁花の話題をあちこちのブログで目にする。
 そういえば、小生の居住している邸宅(集合住宅と呼称する輩もいるが)の門前に沈丁花が咲いていることに、徹夜仕事を終え早朝に帰宅した際、気づいた。
 まだ薄暗い時間帯だったが、エントランスの明かりや街灯の明かりに、沈丁花のその小さな花々が白く清楚に浮かび上がっていた。
 恐らくは、前日の朝、出かけるときにも咲いていたはずなのだが、まるで記憶にない。

Jinchoge1

→ 石川さゆり「沈丁花」(作詩:東海林良 作曲:大野克夫)

 沈丁花というと、その可憐な白い花の健気さもさることながら、その香りに特徴がある。
 ……というか、そんな特色が挙げられることが多い。

 小生には、「「匂い」のこと…原始への渇望」なる雑文がある。
 その中に、下記のような部分がある:

 季語随筆などを書き綴っていて、季語や俳句に纏わる様々な植物を扱うと、素敵な香りを放つという話に往々にしてなる。街中を散歩していて、ふと、金木犀の香りが漂ってきたので…とか、沈丁花の香りがする、一体、何処から香ってくるのか、香りを辿っていくと、そこに沈丁花が咲いていた、なんて記述に出会ったりすると、そうなのか、羨ましいな、そんなことがあるのかと感動してしまう。
 健常な人は、そうなのか、自分にはそんな経験はまず、ない。

 何故に、「香りを辿っていくと、そこに沈丁花が咲いていた、なんて記述に出会ったりする…と、羨ましい」のかは、上掲の記事を覗いてみて欲しい。

続きを読む "今年も沈丁花が咲きました"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007/03/08

「土を喰う日々」からあれこれと

3月8日 今日は何の日~毎日が記念日~」を覗く。今日もいろいろあったことが分かる。
 採り上げたい事件や人物は少なからずあるのだが、今日が誕生日である作家の水上勉のことを少々かなと思う。

 というのも、あるサイトで小生の拙稿である「ウロボロス…土喰らうその土さえも命なる」が面白いと紹介されていたのを昨日、7日に見つけた。

701

← 水上勉著『土を喰う日々』(新潮文庫)

 紹介されるのは光栄なのだが、感想は付されていなかったので、どこがどう面白かったのか分からないのが歯がゆい。
 その拙稿の中で水上勉著の『土を喰う日々』(新潮文庫)を採り上げていたのである。
 まあ、これも何かの縁だろうし、せっかくの機会なので、思いつくままメモっておこうと思ったわけである。
 けれど、水上勉のことを採り上げるにはいささか準備不足の感が否めない。
 なので今日は、彼の本『土を喰う日々』に啓発されて数年前に書き綴った瞑想の数々を断片的に示すのみに留めておく。

続きを読む "「土を喰う日々」からあれこれと"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007/03/07

箸のこと端までつつき橋架けん

 昨夜、NHKラジオ第一の「ラジオ深夜便」で、箸の話(インタビュー形式)があった。
 どうやら、「箸作りから箸遣い」という題名で、インタビューを受けているのは、箸製造業の浦谷兵剛氏のようだった(聞き手は、須磨佳津江さんだったかどうか、心もとない)。
 箸は、日本固有の文化ではなく、東アジアに広く共通する文化で、今や、日本食などの海外への普及もあって、欧米にも広まっている。

2007_0301070228tonai0019

→ 今日のテーマは箸! 「はし」つながりというわけではない(こともない)が、橋の上からの光景。2月28日、港区の札の辻なる橋である。ここからの東京タワー方向の眺めも絶景?!

箸 - Wikipedia」によると、「世界の約3割の人が、箸で食事をしているとの統計もある」とか。
 箸が日本固有の文化ではないとしても、箸(や御飯茶碗)については、箸の形も含め日本特有の習慣めいたものはある。
 一番、日本の特色となっているのは、「古来から日本の家庭の箸の使い方で特徴的なのは、属人器であり、各人の専用の箸(茶碗も)が家庭内で定められていることである」という点だろう。
 小生は東京では一人暮らしなので、箸もスプーンも割り箸も何もかも、我輩のもの!
 けれど、既に離れて数十年となる郷里の家には今もマイ箸がある!

続きを読む "箸のこと端までつつき橋架けん"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/03/06

今日の日で古今東西くくれども

 この頃は、「3月6日 今日は何の日~毎日が記念日~」を夜半になると覗いてしまう。
 習慣というより、もう、半ば癖のようになっている。
 今日と云う日も古今東西、いろいろなことがあり、いろんな人物が生まれ、あるいは亡くなっている。単なる時系列上の一点に過ぎないのだけれど、そこに縁や何かを感じ取ってしまうのが人間なのだ、なんていうのは大袈裟か。
 例えば、某所で誰かが病気で、それとも事故や事件で亡くなったとする。すると、その某所は、墓所と同じように縁(ゆかり)のある場所として看做され、何らかの思い入れを以て眺められることになる。

Michelangelo_pieta003

→ ミケランジェロ「ピエタ(Pieta)1499年」(「サルヴァスタイル美術館 ~西洋絵画と主題解説~ ミケランジェロ」より)

 小生など、仕事柄、都内を車で走り回っている。
 すると、都内の交差点やガードレール、あるいは緑の分離帯などに花束がポツンと置かれてあるのを目にすることがある。
 それも、日に何度も、ということがある。
 何も同じ場所を通り過ぎたから、ではない。
 そう、交通事故現場なのである。それも、花束がわざわざ手向けられているということは、死亡事故だと思って間違いない。
 都内は人口比率からすると死亡事故の数は北海道や千葉その他に比べると、相対的に少ない。
 それでも年間、数百件の死亡事故がある。

続きを読む "今日の日で古今東西くくれども"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/03/05

国芳の多彩な画業猫ゆずり?

3月5日 今日は何の日~毎日が記念日~」を今日も覗く。
 あれこれ興味のある事項がある。
 ピエール=シモン・ラプラスなど、「ラプラスの悪魔」(「ラプラスの魔物あるいはラプラスの魔」などとも)なる有名な主張もあって、天文学や物理学ファンや、さらにはある種の哲学好きには瞑想に誘う人物である:

もしもある瞬間における全ての物質の力学的状態と力を知ることができ、かつもしもそれらのデータを解析できるだけの能力の知性が存在するとすれば、この知性にとっては、不確実なことは何もなくなり、その目には未来も(過去同様に)全て見えているであろう。(『確率の解析的理論』1812年)

Hyakki_l5

→ 今 市子「百鬼夜行抄」(「平成18年度(第10回)文化庁メディア芸術祭 優秀賞 百鬼夜行抄 文化庁メディア芸術プラザ」より)

「後に明らかにされた量子力学により、原子の位置と運動量の両方を正確に知ることは原理的に不可能であることが分かり(不確定性原理)、また、原子の運動は確率的な挙動をすることが示され、ラプラスの悪魔でさえも未来を完全に計算することはできないということになった」というが、必ずしも命脈が絶たれた主張というわけでもないようだ。

 ここには、さすがにキリスト教などの絶対神の存在への畏怖の念が読み取れるようでもある。
 物理学の観点からは魔物は、とりあえずは棺桶に眠らされたのかもしれないが、罪と自由という宗教的な疑問との絡みからは今も厳しい問い掛けに繋がっていると思われる。

続きを読む "国芳の多彩な画業猫ゆずり?"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007/03/04

ドンドンアップしている!

無精庵方丈記」なるブログ、ドンドン、アップしています。
 最近、駄文系が多いけど、いいよね!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

藤原新也…鳥葬も地・水・火・風の証かも

[表題の「鳥葬も地・水・火・風の証(あかし)かも」については、「鳥葬」なる頁など参照。]

3月4日 今日は何の日~毎日が記念日~」を覗いてみる。
 気になる事件や人物が少なからずいる。
 今日が誕生日の人というと、『四季』のアントニオ・ヴィヴァルディ、『カインの末裔』『或る女』の有島武郎(高校時代に『或る女』を読んだ興奮は今も鮮やか。ガッカリしたくないので、未だに再読を控えている)、理論物理学者のジョージ・ガモフ(ガモフの本には随分、お世話になった)、俳優の天知茂、写真家の藤原新也……。

Gamow0113

← ジョージ・ガモフ著『不思議の国のトムキンス 新版ガモフ全集1』(白揚社) 小生はまるで理解など及ばないながらも、中学生の頃、読み漁っていたっけ。懐かしさもあって、91年頃に出た『G・ガモフコレクション』(白揚社)を揃えようとした。中途でやめたけど。

 今日が忌日の人には、考古学者のシャンポリオン、俳優でもあったアントナン・アルトー、歴史学者のカール・ヤコブ・ブルクハルト(学生時代、ブルクハルト著の『イタリア・ルネサンス期の文化』( 柴田 治三郎訳、中央公論社・世界の名著)も読んだが、カール・レヴィット著『ブルクハルト── 歴史の中に立つ人間』(西尾幹二/滝内槙雄訳、TBSブリタニカ)を読んだっけ。本書を読んだのは、小生、何故かカール・レヴィットの著作に魅せられていたこともあり、また、確か、ブルクハルトというのは、ニーチェが畏敬の念を抱いている人物だったからでもあって、これらの関心事を同時に満たしてくれる本ということで選んだような)、鈴木信太郎(ボードレールの『悪の華』)……。

続きを読む "藤原新也…鳥葬も地・水・火・風の証かも"

| | コメント (6) | トラックバック (0)

« 2007年2月25日 - 2007年3月3日 | トップページ | 2007年3月11日 - 2007年3月17日 »