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2007/12/31

出来たばかりの郷里の公園を散歩した

トールのひとりごと」というブログを折々覗いている。サブタイトルに「富山の街・建築マップ&トールの日記」と。
 富山生まれで、東京在住の小生には願ったり適ったりのサイトである。
 その最新の記事「クリスマス・イヴ」の冒頭に「富岩運河環水公園」の話題、そして「富岩運河環水公園」の夜景画像が載っている。
 富山関連のサイトをこの「富岩運河環水公園」の画像や情報を求めて、ネットサーフィンしていったら、素敵なブログを見つけた。画像も素晴らしい。

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→ 残念ながら「富岩運河環水公園」を写した自前の画像が所在不明。なので、富山市内を横切る松川の画像を。06年9月に撮影したもの。この川も「水の都・富山」のシンボルの一つ。遊覧船も走っている。

 せっかくなので(?)、5年以上前というHP所載の旧稿だが関連する記事ということで「我が家のマイブーム」などをブログにアップする。
 その素敵なブログとは:
Under the Blue Sky 別館 夜の富岩運河環水公園
 こういう写真を撮りたいもの。拝借したい!

 前置きはこれくらいにしておこう。旧稿をどうぞ。

目次:
我が家のマイブーム
出来たばかりの郷里の公園を散歩した

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2007/12/30

「KY」現象のこと少々

[以下は、12月29日の日記からの転記です。呟き風なのは私的なメモだからかな。]

今年、ある時期、「KY」現象なるものがちょっとばかり世上を賑わせた。
最初に聞いたとき、流行に疎い小生、なんのことだか分からなかった。
今年のNHKの大河ドラマの主役が「山本勘助」、つまり頭文字が「KY」なので、山本勘助のイメージを篭めた、何かの流行現象かと勘助って…じゃない、勘ぐっていた。

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→ 画像は、「スウェーデン壁紙特集」から。こういう画像って、郷愁の念を掻き立てる。紋切り型って分かっているんだけど。郷里は今頃、雪国か…。

つまり、勘助という軍師(参謀)の存在の意義や重要性を唱えるとか、外見がともかく実力こそ大事とか(勘助はブ男だったとされる。史実は分からない)、あるいは、KYに絡んでNHKさんが大河ドラマがヒットするように話題を仕組んだのでは…なんてことまで勘助…じゃない、勘ぐっていたものだ。

ところが、である。

「KY」とは、「現代用語の基礎知識2007」(自由国民社)によれば「空気を読め」の略。メディアなどではもっぱら「空気が読めない」の略として使われているとか。

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2007/12/28

70万ヒットしました

 ニフティのココログ版のブログ「壺中庵」へのアクセス総数(以下の3つの合計)が本日(28日)正午、70万ヒットを記録しました。

壺中山紫庵」(498750 → 07/12/30 50万ヒット)
壺中水明庵」(171792)
壺中方丈庵」(23790)

 2004年9月9日から、淡々と書き続けてきた結果と思っています。
 覗きに来てくれた方々、ありがとうございます。
 これからも、同じように続けていくつもり。
 応援、お願いします。

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富田木歩の周辺

 今日は一挙に二つの記事をアップ。
 一つ目の「アルトドルファー追記」はすでに未明、アップ済み。以下は、今日の第二弾だ。

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→ 版画「富田木歩」(昭和38年作・吉屋信子「墨堤に消ゆ」 小説新潮) (画像は、「版画「富田木歩」」より) 「墨堤に消ゆ」は吉屋信子のエッセイで、富田の句をいろいろと紹介している。この版画は、(小生の推測では)このエッセイに付せられたものなのだろう。『鬼火・底のぬけた柄杓 吉屋信子作品集』(講談社文芸文庫/2003)に所収となっているようである(本書については下記する)。

 さて、一昨日、「紙魚・白魚・雲母虫・本の虫」なる記事を書き綴っていて、あれこれ調べる中で富田木歩(とみたもっぽ)という俳人の存在を知った:

 ネットで紙魚という季語を織り込んだ句を探してみたら、下記の句が見つかった(「落葉のささやき 富田木歩 その6」にて):

なりはひの紙魚と契りてはかなさよ   富田木歩

 富田木歩なる人物は小生にとっては未知の方である。
 下記のサイトが非常に参考になる:
書評 (中島) 「鬼気の人 ー 俳人富田木歩の生涯」
 大して長くはない。一読することを願う。


「なりはひの紙魚と契りてはかなさよ」という句の中の「紙魚」、さらには「契り」に、いかに切ない、断腸の思いが篭っているか。それは彼の生涯を知れば自ずから分かるだろう。

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2007/12/27

ブログを改装した訳は

 看板を変えただけだから、模様替えというべきか。

「無精庵徒然草」は「壺中山紫庵」へ。
 これは従前通り、何でも日記。

「無精庵サンバ館」は「壺中水明庵」へ。
 これは大幅な変更なので、改装とか模様替えではなく、店舗の入れ替えに近いので、下記する。

「無精庵方丈記」は「壺中方丈庵」へ。
 これも従前通りで、基本的に俳句や川柳、小説を含めた創作の部屋である。

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← クロード・モネ「かささぎ」 (画像は、「クロード・モネ-音楽・映画、言わせておけば」にて発見) クリスマスに見つけた綺麗な画。このような絵も描けるモネだったが、目の病気もあったのだろうか、後年は全く未曾有の画境を彷徨うことになる。いかにも児戯めいた和風庭園を造って、アトリエで筆を揮う。自然は彼の脳裏にあったというべき? 悲劇か偉業なのか。絵を描くとは一体、どういうことなのか。

 まず、「無精庵」は止めた。
 これは前々から止めたかった(「ぶしょう」じゃなく、「せいしがない」の意に誤解されそうだし)。ブログを始めた時、ブログってものの性格や、ブログをどれほど続けられるか自分でも分からなかった。
 なので、とりあえずということで、某創作系のサイトでのHN(ハンドルネーム)だった「無精庵」をブログの頭に被せたのである。
 既にブログを始めてからほぼ40ヶ月になろうとしている。ここまで続くとは思っていなかった。
 ま、下記する事情があるので、ついでだとばかりに、「無精庵」とはおさらばである。

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2007/12/26

紙魚・白魚・雲母虫・本の虫

 ふと、「紙魚」という言葉が思い浮かんだ。
 何故だろう。何故、唐突にこんな言葉が浮んできたんだろう。
 それほど考える必要はなかった。
 数日前、部屋の中の本の大半を処分したからだ。
 漫画の本を除くと、図鑑を含め本と呼べるものを買い始めたのは小学生の終わり頃からだったろうか。

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→ 過日、処分した本の一部。床に積んだ書籍の山の背後には図録が棚に納まっている。全てが消えてしまった。

 そう、本らしきものを読み始めたのは低学年の頃からだった。
 ガキの頃は近所に貸本屋さんがあって、ほぼ毎日、通っていた。
 借りるのはほとんどが漫画の本だったが、段々そこに所謂本が混じってくる。
 どんな本を借りたかは覚えていないが、小学生の高学年の頃から中学にかけては、SF関係の本が多かったように記憶する。
 というより、SF(空想科学)関係の本を読んだ記憶しか残っていないのである。文学関係の本は中学の終わり頃からようやく手が出始めたし、科学(の啓蒙)本は、そんなに冊数を読むわけではないし、図鑑に近い、挿絵(写真)の多いものを求めていたので(あまり活字が細かいとか多いと敬遠していた)、そういった傾向の本は貸本屋さんにはなく、特別にお小遣いを貰って、町の本屋さんで買い求めたのだった。
 記述をどれほど理解できたかは心もとないが、当時から挿画(写真)には魅せられていた。写真や挿絵で空想を逞しくするほうが好きだったように思う。

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2007/12/25

増山麗奈:そんなあなたに会いたくて(前篇)

 本稿は、新装開店の「壺中水明庵」へ移しました:
増山麗奈:そんなあなたに会いたくて(前篇)

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2007/12/24

「レンブラントの風景・風俗素描(後篇)」へ

 レンブラントらの素描(デッサン)画を見ていて、ふと、数年前に行った「ドレスデン版画素描館所蔵 ドイツ・ロマン主義の風景素描」展の時の印象を手元の画集(図録)を見つつ、思い出していた。

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← 『ドレスデン版画素描館所蔵 ドイツ・ロマン主義の風景素描』(ユリウス・シュノルの「風景画帳」、フリードリヒ、コッホ、オリヴィエなど 国立西洋美術館) 「シュノルは10年におよぶローマ滞在中、旅行先に素描道具を携帯し、自分が心引かれた風景を記録しました。風景画帳は、ドイツに帰国したシュノルが、イタリアでの風景素描から115点を選んだアルバムです」 …この図録は小生には宝物だ。

「ドレスデン版画素描館所蔵 ドイツ・ロマン主義の風景素描: ユリウス・シュノルの「風景画帳」、フリードリヒ、コッホ、オリヴィエなど」というもので、油絵・水彩など彩色された絵画を見慣れた小生には、物珍しさもあり、また、高名な画家が裃(かみしも)を脱いだような親近感を覚えたりしたものだ。
 ここしばらく我がブログで風景画を特集してきて(多分、あと一ヶ月ほどは特集が続くと思う)、また、デッサンをネットを通じてであろうと眺めてきて、少しは目も肥えた小生が今一度、上掲の展覧会を見ることが叶うなら、きっと違う感想を抱いていただろうと思ったりする。

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2007/12/23

髪は長~~い友達

 考えてみれば不思議なことかもしれないけれど、考えないので不思議ではないことっていろいろある…多分。
 人の髪って、何処まで伸びるのか。
 考えたことのある人は結構いるのではなかろうか。

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→ 我が守り神である白猫さんの、在りし日の雄姿。3年前までは近所で見かけたのだが…。毛並みの話なので、久々に登場願った。懐かしい!

 三面記事なのか社会面の隅っこ、あるいは世界の珍しいニュースということで、何メートルも髪を伸ばし続けているひとのことを、時折、テレビそのほかで見聞きする。
 で、ついでながら、やはり誰しも考えたことがあると思うが、少なくとも酒の席か暇の徒然のお喋りのネタとして、腋毛やあそこの毛はどうなのかってことも、疑問として論議(?)されてきたことと思う。

 腋毛は、髪の毛のように伸び続けることはないのか。
 胸毛とか下(しも)の毛などは、伸び続けるようにはなっていないのか。

 あるいは、腋毛にしても胸毛にしても下の毛にしても脛毛(すねげ)にしても、本来的には伸び続ける素質(才能? 可能性?)があるのだが、生憎と、人類が衣服を着用するようになり、日陰の存在のように押し隠されてしまって、出る杭は打たれるではないが、伸びる髪だが邪魔なので衣服や肌に擦れて縮れ、あるいは日陰の身であることで世を儚んでいじけひねくれて、伸びるものも伸びることはないのか。

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2007/12/22

アダム・エルスハイマー:夜の静謐と幻想の人(後篇)

[本稿は、「アダム・エルスハイマー:夜の静謐と幻想の人(前篇)」より続くものである。身辺の変化がある。関連してこの数日、何人かの人と話す。親身になって話し相手になってくれる人がいたというだけで嬉しかった。でも、小生は頑なな奴。聴く耳を持たない奴って思われただろうな。自業自得ってことか。今日、何年ぶりかで出前を取った。味噌ラーメンと鳥のから揚げと御飯。美味しかったし嬉しかった!]

エジプトへの逃避」など、本来はその絵画作品の手前に描かれる、聖書に由来する物語の描き方にこそ関心が集まるべきなのだが、エルスハイマーは実は、そんな物語(ほとんど片手間に、あるいは申し訳程度)よりも、本来は背景のはずの風景にこそ関心があったのではないかと思えてくる。

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→ ピーテル・パウル・ルーベンス(Pieter Paul Rubens) 『The Head of Medusa, c 1618 』 (画像は、「Mythos Agora Fine Art Prints Peter Paul Rubens」より) ルーベンスは何だってこんな絵を描いたんだろう。神話由来だから? でもこの絵の凄み!

 その意味で、神話や聖書や宗教的縛りから人間の肉眼での観察(道具として望遠鏡や顕微鏡などを使うことも含めて)にこそウエイトが置かれていく、そんな時代の転換を一つの絵画作品の中で如実に示されているともいえそうな作品なのかもしれない。
 いずれにしても、『Flucht nach Ägypten(エジプトへの逃避)』は見飽きることのない作品であることは間違いないのではないか。

 ここまで書いてきて、「トスカーナ 「進行中」 In Corso d'Opera Devil in the Detailー細密画の巨匠」なる頁を発見。

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2007/12/21

浮世絵版画に文明開化:小林清親(前篇)

 本稿は、新装開店の「壺中水明庵」へ移しました:
浮世絵版画に文明開化:小林清親(前篇)
浮世絵版画に文明開化:小林清親(後篇)

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2007/12/20

レンブラントの風景・風俗素描(承前)

[ 本稿は、「レンブラントの風景・風俗素描(前篇)」に続くもの。
 長くなったので、続篇を二分割した。

 創作「メモランダム(その1)」を昨夜書いてアップ。
 一昨日に俄かに身辺状況が慌しくなる事情が生じ、昨日はバタバタ。ストレスがたっぷり。
 鬱憤晴らしというわけじゃないけど、久しぶりに変てこな虚構作品を書いてみた。
 書き出しはチラッと「マルテの手記」をイメージしていたんだけど、途中から日和ってしまった。(本稿をアップ当日追記)]

レンブラントの風景・風俗素描(承前)
(レンブラントの作品、特に風景の素描などは是非、クリックして拡大してほしい。)


 以下、本稿は、「レンブラントの風景・風俗素描(承前)」へ移動しました。

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2007/12/19

ライスダール…さりげなく劇的に(後篇)

[本稿は、「ライスダール…さりげなく劇的に(前篇)」の続篇である。風景画が絵画のジャンルとしてのピークを迎えるのは19世紀。が、それはまた陳腐化というのか、まさに家の壁に相応しいオシャレな飾り物と化してしまう。でも、今日、アップするライスダールの活躍した17世紀は勃興期の人。自然への畏敬の念に満ちている。が、そうした彼の作品をも我々は綺麗な絵としてしか鑑賞できなくなっているのではないか。風景画の陳腐化というより感性の磨耗でありセンス・オブ・ワンダーという感覚の欠如こそが真相なのかもしれない。

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→ 川瀬巴水画『大森海岸』(画像は、「hanga gallery Kawase Hasui」より)

 コメント欄にも書いたが、何故か昨夜の9時台の途中から「川瀬巴水」関連の記事へのアクセスが急増した(夜中の1時までに750回ほど)。時間帯からして「開運!なんでも鑑定団」が切っ掛けに思えるのだが、本当のところは分からない。
 風景画というより叙景画、叙情画、情緒画である川瀬巴水の世界。あまり対比する意味はないと思うが。(19日、アップに際し追記)]


ライスダール…さりげなく劇的に(後篇)

「独立したジャンルとしての「風景画」の成立は17世紀オランダに始まると言ってよい」とした上で、下記の記述が続く:

17世紀のオランダにおいて風景画が栄えた背景には、市民階級の勃興がある。カトリックのスペインの支配から独立を果たし、プロテスタントの共和国であった当時のオランダにおいては、海外貿易による富を背景として富裕な中産市民層が勃興した。教会や大貴族に代わって新たな絵画の注文主・享受者となった中産市民階級の家屋を飾るにふさわしい絵画とは、大画面の宗教画や歴史画よりは、より小規模な風俗画、静物画、風景画などであったろう。

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2007/12/18

渡辺崋山が蟄居を命じられた日

 今日12月18日は、「 今日は何の日~毎日が記念日~」によると、「1839年 江戸幕府が渡辺崋山に蟄居、高野長英に永牢を命じる」という日なのだとか。

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← 渡辺崋山『月下鳴機図』 (画像は、「渡辺崋山 - Wikipedia」より)

 何故に脈絡もなくこんな話題を持ち出すかというと、単に小生が渡辺崋山という人物に興味があり、そして彼の画が好きだからである。
(同時に、事情があって小生自身、ほとんど蟄居の生活をずっと送っている…、ということもあって、僭越ながらちょっと境遇をダブらせていることも…ないではない ? !)

渡辺崋山 - Wikipedia」によると、時の蘭学者たちのリーダー的存在であると看做されていた渡辺崋山は、幕府の保守派、特に幕府目付鳥居耀蔵に朱子学派に対する裏切り者と思われ、また「蘭学者が幕府の政治に介入することを好まなかった」という:

1839年(天保10)5月、鳥居はついにでっちあげの罪を設けて江川や崋山を罪に落とそうとした。江川は老中水野忠邦にかばわれて無事だったが、崋山は家宅捜索の際に幕府の保守的海防方針を批判し、そのために発表を控えていた『慎機論』が発見されてしまい、幕政批判で有罪となり、国元田原で蟄居することとなった。

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2007/12/17

ハドソンリバー派絵画:F・E・チャーチ(後篇)

[数年来の懸案だった、ユニットバスの換気扇のタイマースイッチを土曜日、ようやく修理。嬉しい! さて、いよいよ何かと切羽詰ってきた小生だが、「ハドソンリバー派絵画:F・E・チャーチ(前篇)」の続篇をアップする。こうした風景は今もアメリカに残っているのだろうか。ブログの画面が白いと(小生の場合)読みづらいので、淡いグリーンを背景にした。どうだろうか。(17日アップ当日記す)]

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→ Frederic Edwin Church 『Untitled』 (画像は、「Frederic Edwin Church (1826 - 1900) Artwork Images, Exhibitions, Reviews」より)

 いかにもアメリカ的でスケールがヨーロッパとは比較にならないほど雄大だが、決して西部ではないことに、妙に感動してしまう。二百年も遡らない過去の東部のアメリカの(少なくとも一部は失われてしまった)風景を描いた人びとがいたわけである。

アメリカを代表する野外彫刻パーク・美術館のストーム キング アートセンター(STORM KING ART CENTER)は、ダイナミックなハドソン峡谷に囲まれ、調和の良い風景と自然に恵まれた環境に位置する」というが、所蔵するアーティストも性格を異にするようだ。

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2007/12/16

アダム・エルスハイマー:夜の静謐と幻想の人(前篇)

 今日はちょっと寄り道して、異色の画家にスポットライトを当てる。
 それは、アダム・エルスハイマーという名の17世紀のドイツの画家。
 まあ、大きくは風景画(家)というテーマの一環である。小生には発見だった。

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→ Adam Elsheimer 『Der Brand Trojas』 (画像は、「Adam Elsheimer - Wikipedia」より)

 ネットではあまり情報が得られない(あるかどうかも分からない)。
西垣の上級者用楽天探求2006-09-19」なるブログ記事が参考になる。
 なんたって、冒頭近くに、「今日はナショナル・ギャラリーでのエルスハイマー特別展 に張り切って出発」とあるのだ。

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2007/12/15

レンブラントの風景・風俗素描(前篇)

[いよいよというべきか、今日はレンブラントの登場。レンブラントというと、どんな絵画を思い浮かべるだろうか。やはり、自画像? 50枚以上は自画像が残っているらしいし。いやいや代表作とも言うべき「夜警」(実は昼間の光景なのだが…。この絵にまつわるエピソードが面白い!)だろうか? 根っからのオランダ人。そして自分へのこだわり。知る人は知っているだろうが、「油彩だけでなく、エッチングや複合技法による銅版画やドローイングでも知られる」のである。今回は、必ずしも一般的ではないかもしれない側面にスポットを当てる。なんたって、「水」「雲」「空」「海」「川」「霧」が我がブログの今のマイブームテーマなのだ。ドローイングは特に画像を拡大して観ることを薦める。あ、個人的なことを書くと、我が部屋のユニットバスルームの換気扇のタイマースイッチが直った。これで、その気になれば入浴も何もできる!!(15日アップ当日追記)]


 事情があり、記事(本文)を「壺中水明庵」へ移動させました(09/03/13 記):
レンブラントの風景・風俗素描(前篇)

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2007/12/14

ベクシンスキー:廃墟の美学(後篇)

[本稿は、「ベクシンスキー:廃墟の美学(前篇)」の続編です。前篇でも書いたけど、本稿は翌日(正確には日付上、当日になっていたが)に試験を控えているというのに、ついついネット散策に夢中になり、あれこれ調べつつ書いたもの。内容に、というわけではないが、書いたり画像に眺め入ったりしていたその夜の自分の胸中などがちょっと懐かしい。滅びの美学。廃墟の美学。こうしたものにどうして人は囚われるのか。ベクシンスキーの場合は、ナチ下という過酷な体験がある。なんたってポーランドの人だからね。日本だって、ほんの数十年前、多くの都市が廃墟と化した。高層ビルが林立していても高速道路や地下鉄が縦横に走っていても、ちょっとした事件で美麗なビル群が廃墟と化してしまう。天国と地獄は常に背中合わせなのだ…が、そうしたことを忘れやすい、目を背けたいと思うのも人の慣わし。……と言いつつ、この数日、訳の分からないものが詰まったダンボール類を片付ける作業に没頭していた。見えなかった壁が多少なりとも見えてきて、感激。日常にあっては、こんなことも嬉しい。天と地もあるが、極大もあれば極小もある。崇高なる美もあれば、卑近な癒えもある。その両端に股裂きなのが人間なのか…な?(14日(アップ当日)追記)]


以下、本文は「ベクシンスキー:滅亡の美学(後篇)」へ移動しました。 (10/03/03 記))

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2007/12/13

ライスダール…さりげなく劇的に(前篇)

[本稿は、7日(木)に書いたもの。ようやくアップに扱ぎつけた。風景画となると、ロイスダール(ライスダール)を逸するわけには行かない。ライスダールの特徴は、(本文に示しているけれど)風景画に必ずのように雲が描かれている点にあると思える。雲の様子の変幻で光と影の織りなすドラマ、そして瞑想を誘う時の移ろいまでもが示されているようだ。ところで、ケネス・クラーク著の『風景画論』がなかなか読み応えがあったので、久しくその存在を気には掛けていたが今ひとつ手が伸びなかった、同氏著の『ザ・ヌード ―理想的形態の研究』(高階 秀爾 翻訳 , 佐々木 英也 翻訳 ちくま学芸文庫 筑摩書房刊 但し小生は単行本である美術出版社版で読む。ヌード画を大きな写真で観たいから!)を読み始めた。来年辺り、ブログ記事のメインの題材を風景画論から人物画へ、じゃなく、一気にヌード画に移るかどうするか思案中。深みに嵌まりそう!]

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← ケネス・クラーク 著『ザ・ヌード ―理想的形態の研究』(高階 秀爾 翻訳 , 佐々木 英也 翻訳 ちくま学芸文庫 筑摩書房) 「本書は、裸体像をテーマとした理想的な造形表現が、西欧美術の中でどのように変貌しながら生き続けていったかを跡づけたもので、該博な知識と鋭い観察に支えられたユニークな芸術論」だとか。

オランダ風景画の巨匠アルベルト・カイプ」なる記事の末尾で、ヤーコプ・ファン・ロイスダール(あるいはライスダールと表記)というやはりオランダの画家が気になると書いている。
 上の下書きは、11月19日頃に書いたもの。
 そのうち忘れちゃうかなと思っていたが、アルベルト・カイプ関連情報をネットで集めている過程で何作か観たロイスダールの絵の風景画の印象が脳裏に残っているようで、やはり、多少なりとも特集を組んでおきたくなった。

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2007/12/12

アルトドルファー:風景画の出現(後篇)

[本稿は、「アルトドルファー:風景画の出現(前篇)」の続きです。昨日(11日)、スーツを入手した。十数年ぶり。いろいろ面接もあるので、仕方なく。今日(12日)は流し台の脇の調理用ヒーターやらユニットバスの換気扇のタイマーの修理に人を呼んだ。でも、都合があってか修理は後日。ガッカリ。]

ロト (聖書) - Wikipedia」なる頁には作者名らしきものが見当たらない。
「ヘンドリック・ホルツィウス(Hendrik Goltzius)」なのか。
 今は、彼のことを調べる余裕がないので、興味のある方は、下記へ:
Hendrick Goltzius - Wikimedia Commons

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← ヘンドリック・ホルツィウス(Hendrik Goltzius) 『Jupiter and Antiope』(1616) (画像は、「Hendrick Goltzius - Wikimedia Commons」より) 母乳アートの走り?

 あるいは、下記が詳しい:
古楽画廊-ヴァイオリン(25) Early Music Art Gallery  ―――リュート(25)―――」(ホームページ:「Early Music Art Gallery―――古楽画廊―――」)

 冒頭の一節のみ転記する。以下は、当該の頁で:

ハールレムで活躍したヘンドリック・ホルツィウスは、初期はオランダのマニエリスムを代表する版画家でした。火傷のために右手が使えなかったと言われますが、絵画の複製では素晴らしい技量を示し、「ローマの英雄 The Roman Heroes」 (1586)のシリーズに代表される、独創的な作品も残しています。

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2007/12/11

ハドソンリバー派絵画:F・E・チャーチ(前篇)

[文末近くで千住博氏著『美は時を超える』(光文社新書)を紹介している。と言いつつ、この記事を書いている最中(12月3日)に知った本なので、未読。数日後、早速、予約し借りてきた。…が、本の題名がうろ覚えで、同氏著の『絵を描く悦び』(光文社新書)を借りてしまった。著者名と出版社名や新書って条件には合致している ? ! 尤も、この本も絵画に限らず創作活動に携わる人には励ましの書、初心に還る書として、なかなかの本だった。それはそれとして、やはり、本稿に関係ある本だし、『美は時を超える』は近いうちに読むぞ!]

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← 千住博著『絵を描く悦び』(光文社新書) 冒頭に書いたように、『美は時を超える』と間違えて借りてきた本。でも、いい本だった。創作活動には無縁の小生だが、アーティストの真率な姿勢に感銘を受ける。

 ギャヴィン・プレイター=ピニー 著『 「雲」の楽しみ方』(桃井 緑美子 訳 河出書房新社)を読んでいたら、「雲」を描いたフレデリック・エドウィン・チャーチ (Church, Frederic Edwin(アメリカ1826-1900))という名の画家の絵に言及している箇所があった。
 小生は全く知らない画家。

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→ フレデリック・エドウィン・チャーチ 『Blueberry Hill, Vermont』 (画像は、「古き佳きアメリカンアートなど|★マーケティング戦略ビューロー@P-styleブログ★」で発見)

 フレデリック・エドウィン・チャーチという名だけでネット検索したら、下記のサイトがトップ近くに浮上:
肉筆複製画・美術品・絵画販売 ハドソンリバー派絵画

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2007/12/10

オランダ風景画の巨匠アルベルト・カイプ(後篇)

[本稿は、「オランダ風景画の巨匠アルベルト・カイプ(前篇)」の続きです。]

 アルベルト・カイプのことをもっと知りたくて、ネット検索を続けたら、下記の頁が浮上してきた:
古楽画廊-リコーダー(36)」(ホームページは、「西洋古楽(Early Music)関係の絵画画像を集めてみました」という「Early Music Art Gallery 古楽画廊」)

 この頁では、下記のような説明が得られる:

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← アルベルト・カイプ『釣り師と牛のいる風景 Herdsman with Cows by a River』(1650) (画像は、「アート at ドリアン 西洋絵画史・ギリシャ神話・聖書の物語」より)

オランダ南西部のドルドレヒト Dordrecht で生まれたアルベルト・カイプは、肖像画家であったヤーコプ・ヘリッツゾーン・カイプ Jacob Gerritsz. Cuyp (1594-1651/2) の息子として生まれました。彼は様々なジャンルの絵を描きましたが、今日では、1950年(1650年?)頃から描くようになったイタリア風の風景画によって知られています。

ところで、カイプはドルドレヒトから居を移さなかった上に、1660年代からはほとんど作品を残さなかったため、ターナー Joseph Mallord William Turner (1775-1851) やコンスタブル John Constable (1776-1837) らが活躍し、風景画が隆盛を極めた18世紀イギリスにおいて再評価されるまでは、ほとんど忘れられた存在でした。

ユトレヒトの親イタリア派風景画家、ヤン・ボト Jan Both (1610-1652) の影響を受けたと考えられるカイプの風景画は、オランダの風景に南国風の強い光のコントラストが加わり、早朝や夕暮れの光景は、ターナーの絵に大きな影響を与えています。

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2007/12/09

ベラスケス「侍女たち」の風景(後篇)

[本稿は、「ベラスケス「侍女たち」の風景(前篇)」の続編(後篇)です。]

 小生の手には余るので、ネットで見つけたあるサイト(「ミシェル・フーコーによるベラスケス「侍女たち」の読解」)の説明を援用させてもらう。

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→ バンヴィル,ジョン【著】〈Banville,John〉 高橋和久 小熊令子【訳】 『プラネタリー・クラシクス ケプラーの憂鬱』(工作舎) 本書は小説である。「ケプラーの憂鬱-詳細」参照。「「初めに形ありき!」宇宙における調和は幾何学に基礎があると信じ、天球に数学的な図形を探し求めたヨハネス・ケプラー。本書は、天文学に捧げた彼の半生を追いながら、科学的真理は幻想から生まれることを描いたヒストリオグラフィック(歴史記述的)・メタフィクションである。1981年度英国ガーディアン小説賞受賞作」だという。ケプラーは、プラトンの立体の夢を追ったのだろうか。

「フーコーの『言葉と物』も、それに近いと言えば近いことを問題にしています。「言葉」と「物」の乖離です。われわれは、「物」を見ているようで実は「言葉」を見ている。そういう意味で、われわれが生きている世界は「表象の世界」です。フーコーさんは、われわれが生きるこの現実としての「表象の世界」を鮮明に語るために、ベラスケスやドン・キホーテを取り上げているのです。物なら物という実体的な裏付けを欠いた「表象」が浮遊し、そんな「表象」たちが互いに他を支えあう形で自己完結している世界。そこにどんな力学が働いて「権力」や「主体」や「知」が生まれるか。これを説明するためです。」という説明も面白いが、ここは飛ばす。

 以下が肝心な点だろう:

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2007/12/08

ベクシンスキー:廃墟の美学(前篇)

[本稿は、11月23日の未明というべきか、22日の夜半過ぎ、丑三つ時になろうかという頃に大よそを書いていたもの。これも、アップするタイミングを逸してしまい、とうとう二週間を経過してしまった。この草稿を書き終えて、慌てて就寝。何故って、23日には試験が予定されていたのだから。この廃墟の画家とも呼称すべきポーランドの画家を扱う記事を今日という日にアップするのは、ある意味、時宜を得ているとも思う。言うまでもなく、今日は「対米英開戦記念日(太平洋戦争開戦記念日)」であり、「日本軍がハワイ・オアフ島・真珠湾のアメリカ軍基地を奇襲攻撃し、3年6箇月に及ぶ大東亜戦争対米英戦(太平洋戦争)が勃発した」日である。日本は僅か数年後には多くの都市が廃墟と化す。が、世界には今、現に廃墟と化しつつある地が世界中にある。]

(以下、本文は、「ベクシンスキー:滅亡の美学(前篇)」へ移動しました。 (10/03/03 記))

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2007/12/07

アルトドルファー:風景画の出現(前篇)

[本稿も、11月22日頃に書いていたもの。やはり、アップするタイミングを失していた。22日といえば試験の前日! さてその試験については、どうやら通過したよう。通過の通知が昨日6日、届いたのだ。が、その6日に、小生のドジで、とんでもないトラブルを招いた…招きそうになった。でも、この夕焼けを見て帰宅したら、朗報が届いていた。その顛末は、この日記を読むと、実によく分かる!

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← 12月6日の夕焼け。都内某所にて。

 過日より、就寝前や寝起きのときなどに、越宏一氏著の『風景画の出現 ヨーロッパ美術史講義』(岩波書店)をちびりちびりと読んでいる。豊富な画像が載っていて、本文の記述も興味深く、それこそ濃厚な風味のワインを喫するように少しずつ。
 本書のことは、拙稿「空と山を眺め描くのみ…ラスキン」の中で言及している。
 が、その時は、本書はネットでその存在を知っただけで、まだ手にしていなかった。

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→ アルブレヒト・アルトドルファー 『ロトと娘たち Lot and his Daughter』 (画像は、「アート at ドリアン 西洋絵画史・ギリシャ神話・聖書の物語」より) 「ロト」の話題は末尾で触れる。

 せいぜい、本書の内容紹介文を転記して示すのみ:

17世紀ヨーロッパにおける風景画の出現は,美術史のなかでどのような意味を持つのだろうか.絵画の画面から人物が消えてゆくプロセスを,古代壁画,聖堂壁画,タピスリー,中世書物の挿画,暦の飾画などをつぶさに見ながらたどってゆくことで,<風景>が芽生える長い道程が解き明かされる.ユニークな西洋美術入門

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2007/12/06

飛行機雲は陽炎の如く?(後篇)

[本稿は、「飛行機雲は陽炎の如く?(前篇)」の続編です。]

 でも、曲がりなりにも大人となった今、子供の頃のようなわけにはいかない。
 子供の頃は、郷里(富山)にあっては、飛行機雲を見る機会自体が稀だったこともあるのだろう(か)。

 段々、自分なりに飛行機雲なんて珍しくもなんともないし、要するに、寒い朝、息を吐いたら息が白くなる、その原理と基本的に同じだと分かってくると、神秘性も幻想味も薄らいできてしまった…のだろう。
 それとも、感じる心が荒んできてしまったのか。心のゆとりがなくなっているのか。

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← 「中村紘子 ピアノ・リサイタル」 2008年2月16日(土) 18時開演 サントリーホール

 さて、以下の話はもっと野暮な話。

 本書を読んで、飛行機雲は地球温暖化(小生はこの表現は大袈裟だと思う。あくまで大気や大地(の表面)の温暖化であって、地球自体が温暖化しているわけじゃないのだし。まあ、事態の生物や環境にとっての深刻さを思うと、地球温暖化という表現のほうが警告を喚起する意味でも、相応しいということなのだろうけど)と深い関連があることを知らされたのである。
 環境問題や科学、そして気象学などに関心のある方には、3年ほど前にも若干世上を賑わせたことでもあるし、常識なのかもしれないが、まあ、自分のためにもメモしておきたい。
 当初は、関連頁を本書から転記しようと思ったが、転記すべき頁が十頁ほどにもなるので断念。
 ネットで関連サイトを物色し、明示することにした。

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壺中庵記事一覧頁作成

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2007/12/04

「furiae」…ベルグクヴィストの周辺(後篇)

[本稿は、「「furiae」…ベルグクヴィストの周辺(前篇)」の続編です。なお、日記文「ボタン付け」をアップしました。]

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→ リンダ・ベルグクヴィスト(Linda Bergkvist) 『as the crows sing.』 (画像は、「furiae」より。題名は自信がない!) どういう世界なのか。

 あるいは「私立PDD図書館」によると:

○[ロ神]自然の法に反する罪に対する復讐(フクシュウ)を象徴する三女神。殺人、特に近親者の殺害の罪を追及する。 「フリアイ」とも呼ぶ。

 ここまでネット検索で捜していて、ようやく求めていた説明の得られるサイトを見つけた:
エリーニュース - Wikipedia

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2007/12/03

オランダ風景画の巨匠アルベルト・カイプ(前篇)

[このところ半端なままに放置している草稿が多い。本稿も、11月19日頃に書きかけていたもの。やはり、アップするタイミングを探しているうちに二週間が経過してしまった。情報をもっと充実させてからアップさせたかったが、そんな時間を今の小生には見出すことは無理そう。 
 尚、「夢の話・二題半」なんて得体の知れない小文をアップした。
 実際に見た夢の話なのだが、それが二題半というのには、事情がある。
 三題になるはずが、、目覚めた瞬間には大よそは覚えていたのが、いざ書き始めてみたら、三つ目の夢が既に半ば以上は記憶の彼方に消え去ってしまったから、二題と半端になってしまったという情けない事情があるのだ。(アップ時に記す)]

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← アルベルト・カイプ Aelbert Cuyp 『River Sunset』 (画像は、「Aelbert Cuyp paintings prints reproductions」より)

オランダ風景画の巨匠アルベルト・カイプ(前篇)

 過日、『プルースト評論選 Ⅱ芸術篇』(保苅瑞穂編 ちくま文庫)を寝床で読んでいたら、アルベルト・カイプという画家への言及が気にかかった。
 プルーストの文章では褒められているのかどうか定かではないが、ある山野の風景を叙述する際に、彼(の絵)が参照される形で名が挙がるとは、少なくともプルースト(1871-1922)の生前(のフランス)においては人気があった、あるいは知名度があったということなのだろう。

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2007/12/02

川瀬巴水 旅情詩人と呼ばれた版画絵師 没後50年展

[月初め恒例の目次の記事です。先月11月一ヶ月分の目次。太字は、記事のテーマやキーワード。目次の前後の文章は、過日観てきた川瀬巴水展を巡っての日記(メモ)です。]

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→ 「川瀬巴水(かわせはすい) 旅情詩人と呼ばれた版画絵師 ―没後50年―」展のポスター。小生、展覧会を見終えて郷土博物館の窓口で、本展の図録を購入。その際、昨年、同じくこの博物館で催された高橋松亭展の図録がないかと尋ねた。実は年初に来た際にも訊いているが、売り切れだって言われているのだが。やはり、ダメだった。でも、この川瀬巴水展のポスターがないのかって、訊いたら、あるって! ダメもとでも確かめてみるもんだね。ちょっと嬉しかった。(但し、このポスター画像は、「あるYoginiの日常 「川瀬巴水 没後50年」展 大田区立郷土博物館」から。)

「furiae」…ベルグクヴィストの周辺(前篇)」の前書きでも書いたけれど、過日、「川瀬巴水(かわせはすい) 旅情詩人と呼ばれた版画絵師 ―没後50年―」なる展覧会に行ってきた。

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← 「川瀬巴水(かわせはすい) 旅情詩人と呼ばれた版画絵師 ―没後50年―」展のポスター裏面。(画像は、「magrittianの道程川瀬巴水 旅情詩人と呼ばれた版画絵師 ―没後50年.」より。このブログには、「制作過程を追うことの出来る作品をご紹介」ということで、『渡邊版 「墅火止平林寺」 木版畫順序摺』の製作過程画像が載っている。必見!) 

 場所は「大田区立郷土博物館」である。
 なんと、入場料が無料! 川瀬巴水のあの版画(実物!)を無料で観ることができたのだ。
 ちなみに、今日、12月2日(日曜日)が最終日である!
多くの世界初公開を含む約300点の作品・資料が展示されます」というのだ、見逃しては勿体無い!

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2007/12/01

モンゴル相撲「ブフ」と朝青龍と

<朝青龍>臨時横審に出席、謝罪…「深くおわびします」と」(「Yahoo!ニュース」より)といったニュースが30日(金)に流れた。

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→ 中島 隆信 (著)『大相撲の経済学』(東洋経済新報社) (画像は、「Amazon.co.jp 通販サイト」より) 「大相撲の制度を経済学的視点から解き、これらの制度が揺らいできている点を指摘。不足する年寄株、転職に悩む力士など、日本経済が抱える問題の縮図がそこにある」という。弱いのは日本の関取陣だけではない。角界における日本勢の相対的な地盤沈下あるいは見劣りは、経済などを初めとした日本の文化全般の衰退の象徴でもあるやもしれない。喫緊の課題は、角界に限らないということか。日本パッシングは既に始まっているようだ。日本に来てくれるだけでもありがたい ? !

 関連して、モンゴル相撲について大よそのことを調べてみた。
 まずは、全般的な概要は下記を参考にする:
ブフ - Wikipedia
モンゴル相撲についてしらべてみた。 - たまごまごごはん
スポーツのトリビア 相撲は日本だけのものではないの? 早稲田大学助手 渡邉昌史」(ホームページ:「明和出版」)

スポーツのトリビア 相撲は日本だけのものではないの? 早稲田大学助手 渡邉昌史」にあるように、「「国技」を支える外国出身の力士」の活躍は年を経るごとに目覚しくなっている。
 そんな中、「大相撲の「多国籍化」」という現実(「昨年末の
登録で、幕下も含めると12カ国から総勢59名
」)が見られ、中でも「ハワイ勢からモンゴル勢へ」という現象(現実)が顕著である。

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