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2007/11/04

「種月耕雲」か「釣月耕雲」か(後編)

 本稿は、「「種月耕雲」か「釣月耕雲」か(前編)」の後篇である。
 この手の文章は内容からしてあまり読まれないのは分かっているのだが、それはまあ、致し方ないとして、つい好奇心で調べ始めた以上は、ネットで分かる範囲で暫定的となるのは必定ながらも、一定の結論は出しておきたい。
 その上で素養のある方に、あるいはもっと探究心のある方にフォローしてもらえればと思う。

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→ 一昨年だったかの正月に富山の海辺で撮った松林越しの雲。これは何という名の雲だろう。鉛色の垂れ込めた分厚い雲が当たり前の冬の富山(北陸)でこんな晴れ渡った空なんて珍しい。言うまでもないだろうが、本稿にしても、小生のマイブームテーマである「雲」つながりの一環なのである。だから、雲の画像を載せている!

 ということで、さて、次は、「種月耕雲」である。

 似て非なる言葉なのか、似て、実際に含意も似ている言葉なのか。一体、誰の言葉なのか。やはり、道元の言葉なのか。

種月耕雲」でネット検索すると、トップに浮上するのは、下記の頁だった:
名古屋なんでも情報 - 284 種月耕雲

 沈鬱な日記なのだが、当該頁から申し訳なくも、関係する箇所だけ転記させてもらう:

 昨日の通夜は、胸にぐっと迫るものがあった。今や禅師と呼ぶべき、かっての同僚の曹洞宗住職の法話は皆の心を打った。会場に満ちあふれた参列者に向かい、彼は坊主らしからぬ生の言葉をぶつけた。わが友の法名の原案は「種月耕雲居士」という。彼らしいいい法名だ。
 禅宗の国仙和尚の一番弟子良寛和尚の書「種月耕雲」が出典のようだ。月に種をまき雲を耕す心意気を示すもののようだ。理想を心に高く持ち、出来そうもない事でも出来ると信じて努力する。普通は最初からお月様に種を蒔いて雲など耕す事出来ないと思い込み、地面に種蒔いて地面を耕す事しかない。これは途方もないチャレンジ精神を象徴する言葉なのだ。まさにわが友の心意気である。冥福を祈る。

 結論だけ書くと、「種月耕雲」とは、良寛和尚の書のようである。
 但し、だからといって、直ちに良寛の発した言葉だと決め付けるのは早計だろう。

「種月山耕雲庵再建碑」とか「種月山耕雲庵」が出てくる頁があるが、別件のようなので素通りしようと思ったが、あにはからんや、少なくとも「種月山耕雲」という言葉はなかなか重要な意味を含んでいることが分かった。
 
 上に示したように、「禅宗の国仙和尚の一番弟子良寛和尚の書「種月耕雲」」が残っていることは分かった。
 でも、「種月耕雲」という言葉自体が良寛の発した言葉なのかどうかは画然としない。
 ただ、良寛が「種月耕雲」と記した書を残したというだけである。

 ネット検索すと、「良寛の道を求めて⑥ 信州行脚」という頁が浮上する。

 関係する箇所だけ転記する:

 方丈様は、国仙和尚の書を前にしながら、「この国仙和尚の書は、天明三年すぐ近くの種月山耕雲寺で行われた夏安居で、当時の越斂という若い僧が書いていただいたものです。おそらく耕雲寺には、国仙和尚に従って若き良寛さまも来ておられたのでしょう。」と気さくに話してくださった。天明三年といえば、良寛二十七歳にあたる。良寛も若き日、国仙和尚に従ってこの伊那谷を訪れたこともあったのであろうか。

 うーむ。微妙。
 この文章から察するに、良寛が訪ねた時には既に「種月山耕雲寺」というお寺があったものと思える。

 まあ、「耕雲」は道元の言葉なのだから、良寛の時代より遥かに古いのは当然として、「種月」はどうなのだろう。「釣月」の転訛なのか。

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← 『相棒』 惜しい! 長官室(あるいは官房長室)の壁の掛軸が捉えられている写真なのだが、肝心の部分が切れている! (画像は、『テレビ朝日|相棒6 season6予告編』より)

霊樹山耕雲寺-村上市 - 新発田歴史談話会 新潟県北部の史跡 - Yahoo!ブログ」を覗いてみる。

 すると、「耕雲寺」の創建は応永元年(1394)であり、「岩室村種月寺」は文安3年(1446)の創建だと分かる。
 いずれにしても、「耕雲」はもとより「種月」も、良寛が発した(作り出した)言葉でないことだけは確かなようだ。
 では、肝心の「種月」は誰が最初に発した言葉なのだろう。あるいは中国の古典(漢詩)から選び出された言葉なのか。

 ま、まさか、道元の言葉を書にした掛け軸の「釣月耕雲」が、あまりに達筆で、道元より後の世の誰かが、知ったかぶりで、つい浅はかにも「種月耕雲」と読んでしまい、それがまあ、偶然にも、あるいは幸いにも、「釣月」に勝るとはさすがに言えないとしても、「種月」だって、なかなかそれなりに味わいもあるしスケール感もあるから、受けも良くて、道元の本来の言葉とは無縁に、禅の世界で代々伝えられ受け継がれてきた有り難い言葉の一つとして残り、「書」の言葉としても使われるようになった……なんてことは、ないよね?!

 まあ、この辺りのことは課題として残しておくことにする。そもそも、道元の言葉「釣月耕雲」だって、ひょっとして由緒ある典拠(中国の典籍)があるのかもしれないし。
 素養のない人間が漢詩などを扱うと、これだけのことを調べるだけでギブアップ状態。

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→ 小生が月と雲のある夜空を撮ると、こうなる。ちょっとしみったれている!

 そもそも、本稿を書き下ろした動機というのは、表題にあるように、先週24日(水)に観たテレビドラマ『相棒』で長官室の壁に掛けてあった掛け軸に書いてあった言葉は、「種月耕雲」かそれとも「釣月耕雲」だったのか、それを確かめたいということにあった。
 観てすぐにメモすればよかったが、その時は、流しておいた。が、今、小生の中でのマイブームである「雲」との絡みもあって、時間が経つにつれ段々、気になってならなくなったのだった。
 ということは、仮に「種月耕雲」や「釣月耕雲」などの言葉の生み手が分かっても、肝心の番組での小道具として使われていた掛け軸の言葉そのものは判明しないままに本稿を終えるしかない運命にあったわけである。

 最初から分かってはいたことである。あるが、しかし…。
 うーむ。やはり、徒労か。
 徒労には慣れているが…。

 疲れた!

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