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2007/11/13

ネットでインド現代美術を散歩する(前篇)

 事情があって外出が憚られる。好きな画廊や美術展巡りも今は自制。でも、あれこれ観たいという欲求まで抑えるわけにはいかない。なので、ネットで画廊・美術展めぐりをする。
 本稿は、11月6日に書きかけていたもの。とりあえず、前篇として提供する。

 いつか何処かで眺めたような画風のものもあるけど、さすがインドと思わせる作家・作品も多い。徹底して探索したら、どんな作家が見つかるか想像を超える!

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→ ピラジ・サガラ Piraji Sagara 『The Lost Legend』 (画像は、「absolutearts.com - Art News - Contemporary Art - Artist Portfolios」より) 次のピラジ・サガラなどと併せて眺めると、あくまで印象の上でなのだが、ジャン・フォートリエの「人質」などをふと連想しないでもない。「弐代目・青い日記帳  「モダン・パラダイス展」」参照。

 インド現代美術の一端をネットギャラリーで眺めてみたい。現代美術といっても、今回紹介するのは既に中堅の域を超えて既に古典と言わないまでも現代美術の歴史の中に一定の位置を占めている作家が多いかもしれない。
 ネットで容易に見出せる作品ということになるので、必ずしも現代作家たちの代表作とは言いかねるかもしれない。
 そこは絵を見る側のほうが想像で補ってもらうしかない。

 例えば既に終った美術展だが、「インドの現代絵画―時代をとらえる力 福岡アジア美術館」(期間:2007年3月29日(木)~2007年6月26日(火))にあるように、「90年代以降経済成長を続け、近年IT産業でも注目を集めるインド。同時に美術界も勢いづいて、多くの作家たちが国際的に活躍するようになりました。このダイナミックに変化する時代のなか、インドの現代美術作家たちは、国内の問題からグローバル社会の問題までを鋭くとらえ、作品に表現しています」という。

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← ピラジ・サガラ Piraji Sagara 『Man with fish』 (画像は、「absolutearts.com - Art News - Contemporary Art - Artist Portfolios」より)

 また、「インドでは、1991年に新しい経済政策が導入され、経済の自由化、民営化、規制緩和などの改革が進められた結果、90年代を通じて年平均6%の経済成長を実現しました。その成長に支えられて、美術作品を購入できる中間層が増え、また美術作品を売買するギャラリーの数も増えました」とも指摘されている。
 その意味では、今回、紹介する作品群は、そうした時代背景に生れたものもあるに違いない。

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→  サナット・カール Sanat Kar 『We Love, we create and then...』 (画像は、「Sanat Kar」より)

 同じ頁によると、「経済成長は深刻な社会問題も引き起こしています。発展する都市に多くの労働者が移住し都市問題が起き、都市と農村の貧富の格差は大きくなり、急激な開発によって環境が悪化しています。また、カーストによる差別や男女の格差、イギリスの植民地支配による負の遺産など複雑にからまる支配―被支配の関係が残っています。そして、9.11以後、国内のヒンドゥーとムスリムの宗教対立はますます激しくなってい」るという現実も厳然としてある。

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← サナット・カール Sanat Kar 『Ikebana』 (画像は、「Sanat Kar」より)

 日本の社会を見たとき、人によっては平穏無事でぬるま湯に漬かっているような穏便な世相という感覚を抱いている人もいるだろう。
 が、全く逆に自殺者数が何年にも渡って3万人を越えるという現実を見ると、テレビのバラエティ的な世界や、やはりテレビなどのマスコミで脚光を浴びる、林立する超高層ビル群や豪奢な建築物、そして海外のブランドショップの日本進出、外資の侵出とは裏腹に、貧富の格差の増大やその固定化という憂うべき事態が進行していて、日本の社会が液状化現象を起こしつつあるのではと危機感を抱いている人もいるに違いない。

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→ サナット・カール Sanat Kar 『Maya Series』 (画像は、「Mahua The Art Gallery Paintings Sanat Kar」より)

 日本に新たに擬似カースト制が生まれつつあるのではという危機感は小生も共有しているところである。
 ネットという武器があるので、現代の若い作家たちの作品を見ると(それが音楽であれ絵画であれ小説であれ)、根底的な不安に脅かされているのではと思わざるを得ない時が少なからずある。

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← スニール・ダス Sunil Das 『Untitled』 (画像は、「Indian Paintings - Saffron Catalogue」より)

「美術作家たちは、この急速な経済の成長がもたらした社会変動のなかで、自分たちが生きている同時代の問題を真摯にうけとめ、自らの考えと複雑な社会の状況を重ね合わせたり、距離を置いたり、異なる立場から見たりするなどして、この時代をとらえようと試みています」というが、インドが今、日本で言えば高度成長経済化で経験した社会の歪みを現実の事態として目の前にしつつあるというより、世界のグローバル化という現実を踏まえるなら、こうした試みはインドだけの事柄ではなく、日本にあっても若い人を中心に試みられつつあるのではなかろうか。

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→ スニール・ダス Sunil Das 『Horse』 (画像は、「Indian Paintings - Saffron Catalogue」より)

 さて、問題はこれから、ここからである。
インドの現代絵画―時代をとらえる力 福岡アジア美術館」での指摘によると、「それらを作品に表現するときには、インドの作家たちが体で覚えるようにして受け継いできたインド古来の宗教儀礼や祭り、大衆芸術や民俗芸術などの造形表現の豊かさ、鮮やかな色使いなどが、作品に再び生かされてい」るというが、では、日本の若手たちは一体、何を受け継いできて、その土壌の上で華を咲かせようというのだろうか。

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← スニール・ダス Sunil Das 『Untitled』 (画像は、「Indian Paintings - Saffron Catalogue」より)

 無論、日本にも分厚い伝統があり文化があり、どんな作家であれ、美や真や理想や夢を徹底して追及しようとするなら、いつかどこかで過去の作家たちが突き当たった問題に立ち向かわざるを得なくなるに違いないし、そうした課題を先輩たちがどう解決してきたか、あるいは挫折してきたかという現実から目を背けることはできないだろう。

ネットでインド現代美術を散歩する(後篇)」へ続く。

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コメント

昨日メンテナンスやってましたね。
インド現代美術ですか、ベトナム現代美術は東京ステーションギャラリーで開催されたんですよね。
フランスの植民地でしたからフランス的教育がおこなわれて、フランス的美術が展開されていました。
インドといえば僕の思い出すのはたばこと塩の博物館のミティーラ画などの伝統美術の展覧会です。
中越地震でミティーラ美術館という体育館を借りたような施設は大打撃を受けたんですよね。
その復興を記念してということでしたが、たばこと塩はいつも入館料100円だから気軽に入れる。
勤労感謝の日から始まる「幕末日本」も必ず行きます!

投稿: oki | 2007/11/14 22:10

okiさん
メンテナンス、必要なんだろうけど、時間が長いね。
pfaelzerwein さんに13日の朝、八時前に貰ったコメント、レスを14日になった今朝も書けず、とうとう寝て起きた午後になってようやくという始末。

体調、戻られたようですね。また、各地へ出歩かれている。ちょっと羨ましい。

インドは、数千年の蓄積があるから、宗教も文化も奥が想像を絶して深くて広い。
教科書に書いてある以外にも、どんなものがこれから出現するか、ワクワクする。

製造業の分野は比較的弱いみたいだけど、その分、ソフトパワーが凄そう!
IT技術や経済、数学の分野、美術もだけど映画、音楽…。中国と違ってまだ人口抑制をしていない(あるいは効果が上がっていない)から、人口もまだまだ増えそうだ。一昨年、11億人を突破。
「2100年には18億人近くになるというのが大方の専門家の見方」だって!
しかも、人口構成が若い(若い人の比率が高い)から、高齢者問題も当分、先の話。

とにかく、今世紀の半ばから後半は(あるいは来世紀も)インドの時代かも(アメリカは落日へ向かって静かに沈み始めたという予感が小生には直感上、あります)。

いずれにしても、世界はまだまだ動くね!!

投稿: やいっち | 2007/11/14 23:21

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