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2007/10/19

木原光知子さん、死去!

 10月18日未明、木原光知子さんが亡くなられた(本名は「木原美知子」)。くも膜下出血のためという。
 享年60(59歳没)というのは、あまりに若い。若過ぎる!

2007_1019071003tonai0029

← 16日の営業も終わりに近付いた17未明。都内某所にて。ぼやけてしまった…。

 小生は彼女と面識があるわけではない。
 でも、彼女のテレビでの一言のお蔭で泳げるようになったと思っている:
泳げたぞ!

 ひたすら冥福を祈るばかりです。

参考
木原光知子さん死去…東京五輪競泳代表、タレントでも活躍」(YOMIURI ONLINE(読売新聞)

   ~~~  ~~~  ~~~  ~~~

[mixi ] で戴いたコメントへのレス(戴いたコメントの内容は小生のレスで察してください。本文は、「泳げたぞ!」へ):

Aさん
鼻のほうは、まだ(治療は)中途半端。
小生は文中にあるように退院し会社に出た当日に首を申し渡されたのですが、会社側は小生が会社に居るのが辛くて、あるいはサボって会社を一ヶ月に渡って、それも二度も休んだと思い込んでいたようです。
でも、二度とも鼻など呼吸器系の手術のため。
あと二度ほど手術をしたら、まともなるかもしれないのですが、首になって路頭に迷って、とうとうその機会は見送ってしまいました。

ダイビング、いいな。興味はあるけど、ちょっぴり怖い。
泳ぎの写真とかないのかな。

木原光知子さんのことは、1964年の東京オリンピックのヒロイン。でも、以後はあまり関心を持っていなかったのですが、94年の失業時代、リハビリを兼ねてプール通いしていた頃、よし、せめて25メートルは泳ぐぞ(室内プールは25メートル)と思い立ったはいいけど、やっとのことで25メートルを泳いでも苦しくて苦しくて、とても往復などできない。
そんな時、NHKテレビ(教育)で木原光知子さんの水泳教室を放映していて、ある日、ブログで書いた言葉(ヒント)に出会ったというわけです。
タイミングなのでしょうけど、彼女には勝手ながら感謝している。あの一言がなかったら、ずっと25メートルが限界であり続けたはず。
誰かのちょっとした一言や振る舞いが、思いも寄らないところで誰かに影響を与える…。
人間の縁の不可思議さと素晴らしさだと思うのです。
                      (転記終り)


[それにしても、今日の記事、「水、海、と来ると、次は雲である! 」、そして18日に書いた「雲行き怪しき禁書(?)の禁(1)」と水(雲)に絡む記事を書いたって、小生、木原光知子さんと余程、縁がある?!]

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コメント

やいっちさんは東京オリンピック世代ですよね。すると、木原さんは凄く有名な人ですよね。その後のスポーツ畑出身タレントの奔りとして、私などもTVなどで良く見かけました、その割にネットでの扱いは控えめな印象。スキャンダラスでないと金にならないのですかね。私の印象は思っていたよりも世代的に若く、お気の毒としか言えない。そのが享年がショックです。

一言アドヴァイスを拝見しました。なかなか素晴らしい。まともな泳法を研究している私には朗報です。来年ぐらいに試してみたいです。私もクロールの息継ぎなどを考えていたのですが、その他の泳法でも息を溜めすぎるのが問題と思っていました。つまり否応無く浮かび過ぎて、推進力を付け難い。それをリズミカルに出してやれば、潜りを含むどの泳法にも活きてきそうです。

投稿: pfaelzerwein | 2007/10/19 16:03

pfaelzerwein さん、コメント、ありがとう。
例の件、記事にされていましたね。さすがです。

東京オリンピック世代なのは事実。本文に後記(転記)しましたが、今日、別のところで戴いたコメントへのレスを参照してくれればとおもいます。
まあ、マスコミも若い女性でないと余程のことがない限り、採り上げたりはしない。つい最近まで地道に活動されておられたようですね。
まさに団塊の世代のシンボル(アイドル)的存在の一人だったのかも。
その意味でいよいよこれから彼女の活躍が今まで以上に必要だったように思えます。
それだけに、あの若さで亡くなったことは返す返す惜しい。

勉強もですが、水泳も無手勝流。無我夢中でやっていて壁にぶちあたっていた、丁度そのとき、藁にも縋る思いで(何も彼女を「藁」扱いしてるわけじゃない)水泳教室を見たら、まさにドンピシャで小生が一番欲しかったアドヴァイスをしてくれたのです(別に小生に、ではないけど)。
テレビでその話を聴き、自分になりにロッキングチェアーに腰を埋めながら、普段、日常において息ってどんなふうにやっているか、確かめてみました。
なるほど、息は吸うというより、吐いている。吐くと、擬似真空状態となった肺という袋に体が自然に息を取り込もうとする。
自覚的に(意識的に)息を吸っているんじゃないと気付く。
さらに、敢えて無理して息を吸おうとすると、息が、つまり肺が苦しくなる。
この苦しさって、プールで息継ぎをする際に感じる苦しさに通じるものがある!!
これが閃きでした。
無論、息を吐けばって、無理に吐くのも変。要はナチュラルに吐けばいい。
しかも、多少水中で、あるいは水面の波立っているところで吐いても、口中の水もろ共、吐き出せるというメリットもある!

小生は上記したように、勉強も含め無手勝流です。愚かなのか理解力が決定的に欠けているのか、人に学ぶのが苦手(それを人は勉強が出来ないと呼ぶ?!)。
泳法の極意など小生には分からない。
とにかく、自然体の息(息継ぎ、呼吸法)を日常でも、そして水中(水泳中)にあってもできればそれで十分だということなのでしょう。
ちょっとしたヒント、人の一言って、人の縁にもつながり、想像を超えて貴重なものだと痛感する次第です。

投稿: やいっち | 2007/10/19 18:01

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