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2007/10/16

ラジオ聴き、右の耳から左へと(2)

 ほとんど月に一度の楽しみとなっている、ベリーダンスのライブを楽しんできた。
 二人のベリーダンサーの踊り。それぞれに個性が大分違っていて、その二人を代わる代わる単独で、あるいは二人同時でという形で見ることができた。
 今は感想を書く余裕がない。

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→ 日本で初めてのベリーダンス専門誌が誕生! 『Belly dance Japan ベリーダンス・ジャパン Vol.1』(ムック、イカロス出版 9月7日発売) これは創刊号。残部少なし!

 数年前、あるサンバダンサーの屋内でのライブを見て書いた感想の一部を転記しておく:

 踊りの世界はまさに踊りの世界として自らの目と肌と体で受け止めるしかないのだろう。それは音楽に感激し、メロディーラインに乗り、リズムに体が揺さぶられる、ただ、そのことを堪能するようなものだろう。曲を聴いて、それなりの分析や薀蓄などを傾けられるのかもしれないが、まずは、聴いて(あるいは歌っているところを見て)楽しめるかどうか、なのである。

 あるいは、そんなことの一切は、まるで見当違いであって、大地というより、この世界、この宇宙そのものをイメージしているのかもしれない。それとも、大地から宇宙へ至るエネルギーの通路としての自らの体を意識しているのであって、踊るとは、そのエネルギーの充溢と発散のことなのかもしれない。つまりは、自在に動く体への喜びなのかもしれないし、自らの肉体と大地や世界や宇宙との交歓そのものを実現させているのかもしれない。

 むしろ、時に体をしなやかにくねらせるダンスを眺めながら、アフリカの乾いた草原を豹かライオンのような猫族の猛獣が、特に獲物を狙うでもなく、ただ足音も立てずにのし歩く、その様を想ってみたりしただけだ。白っぽい土煙。吹き抜ける熱い風。何処か血生臭かったりする大気。容赦なく照り付ける太陽。影と日向との輪郭が、匕首よりも鋭い大地。
 肉体。人間は、どうしても、モノを想う。思わざるを得ない。言葉にしたくてならない。
 言葉にならないことは、言葉に縋りつくようにして表現する奴ほど、痛く骨身に感じている。

肉体は、肉体なのだ。肉体は、我が大地なのである。未開のジャングルより遥かに深いジャングルであり、遥かに見晴るかす草原なのであり、どんなに歩き回り駆け回っても、そのほんの一部を掠めることしか出来ないだろう宇宙なのである。
 肉体は闇なのだと思う。その闇に恐怖するから人は言葉を発しつづけるのかもしれない。闇から逃れようと、光明を求め、灯りが見出せないなら我が身を抉っても、脳髄を宇宙と摩擦させても一瞬の閃光を放とうとする。

 踊るとは、そんな悪足掻きをする小生のような人間への、ある種の救いのメッセージのようにも思える。肉体は闇でもなければ、ただの枷でもなく、生ける宇宙の喜びの表現が、まさに我が身において、我が肉体において、我が肉体そのもので以って可能なのだということの、無言の、しかし雄弁で且つ美しくエロチックでもあるメッセージなのだ。
 そんなことを思わせてくれた裸足のダンスなのだった。
                (「裸足のダンス」より転記)

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← 10月13日の夜、青山にて。

 昨日のダンスライブでは、ダンサーの方たちとお喋りする機会を持てた。

 どうしてダンスするの、という野暮な質問。

 楽しいから。解放感みたいなのを感じるの。

 その一言で、小生の野暮な雑文など呆気なく吹き飛んでしまうよね!

 そうそう、ライブ会場への往復の車中では(バス、JR、都営地下鉄)、久しぶりにマルセル・プルースト(1871-1922)の『評論選Ⅱ 芸術篇』(保苅瑞穂編 ちくま文庫)を読んでいた。
 勉強会の都合があって、図書館からの図書の借り出しは控えめにしている。いつになっても読了できない恐れが多分にあるからだ。
 なので、ダラダラ読んでも構わない本ということで、蔵書の中から物色。先週末から『プルースト評論選Ⅱ 芸術篇』を読み始めているというわけである(以前、書評風な感想文を綴ったことがある。でも、「蝋燭の焔、それとも読書」のほうが、よりお勧めかも)。

 読むほどに、文章で優雅に且つ繊細に、そして緻密な観察力を以て踊っていると痛感させられる。
 我がドンくさい体では踊れない。それでは文章で踊れたらと思うのだけれど、プルーストなどを読むと、まるで次元の違う踊りが披露されていて、読んで楽しんでいるうちに、段々、憂鬱になってきてしまった。

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→ 10月13日の営業も残すところ数時間という14日の丑三つ時。都内の某運河脇の公園にて。

 さて今日は、前回同様、仕事中、ラジオで聞きかじった話を幾つか脈絡なくメモっていく。
 前回は11日(木)のことだったが、今日は13日(土)の営業中、ラジオで聞きかじったことを。

● 13日(土)の昼間、「ハドロサウルス類の国内最古級の頭骨化石 熊本・御船」(「asahi.com:朝日新聞の速報ニュースサイト」より):

 熊本県御船(みふね)町で、白亜紀後期(約1億~6500万年前)に繁栄した草食恐竜「ハドロサウルス類」の頭骨とみられる化石が見つかったと町恐竜博物館が13日、発表した。白亜紀後期でも世界で発見例の少ない前半(約8500万年前)の化石とみられ、福島県で86年に見つかった背骨や歯と同様、国内最古級という。

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← ポール・デスモンド(Paul Desmond) 『オルフェのサンバ』(RCA)

●「テイク・ファイブ」の作曲者として有名なポール・デスモンドの『オルフェのサンバ』を久しぶりに聴いた。そういえば、映画『黒いオルフェ』を観ようと思い始めて既に1年以上を経過するのに、未だに実現していない。
 映画『黒いオルフェ』を小生がブログの話題の俎上に載せたのは、「06花小金井パレードへ(2)」や「オルフェ…目と耳と古今東西駆け巡る」などである。

● ドビュッシー作曲の「月の光」を聴いた。ラジオ第一でもこうした曲を聴けるってのは嬉しい。
 ドビュッシーについては、「印象は百聞に如くはなし」など、これまで何度か彼の周辺ということで、採り上げてきた。

97844800375272

→ マルセル・プルースト著『評論選Ⅱ 芸術篇』(保苅瑞穂編 ちくま文庫)

●「富山冤罪事件」関連のニュースが何度もラジオで。
「富山県氷見市の元タクシー運転手(40)が同県警に婦女暴行と同未遂の2件の容疑で誤認逮捕され服役した富山冤罪(えんざい)事件の再審判決があった」という日なので、当然だろう。

 本件については、拙ブログ「冤罪を晴らす日まで生き延びろ」で採り上げている。
 孤立無援の中で冤罪や虐めやいわれなき中傷、根も葉もない悪い噂などを被ったり、受けたり、流されたり、されたりしている人は案外と多いのではないか。
 苦しくとも自分を信じ、真実を自分なりの方法で書き残したり訴えたりして、とにかく生き延びて欲しいと切に思う。
 身につまされる思いでこうしたメッセージを関係者たちに伝えたい!

● 先週の或る日、都内で一日での交通事故による死亡者数が一挙に5人を記録した。
 慢性渋滞の東京だが、普段は交通死亡事故というのは一日に1人あるかどうか、である。
 異常事態なのか。それとも、何か重大な事故が発生したのか。タクシードライバーたる小生としては気になる。

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