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2007/09/05

自転車のある日々一年目!

 先月8月19日、小生がオートバイ(スクーター)を手放して一年となった:
「馬橋パレード…オートバイとの別れ」(2006/08/19
 そして、同じく先月8月23日には、通販で注文した自転車が届いた日から一年:
「自転車ライダー生活本日開始」(2006/08/23
 そして、8月25日には「自転車で初出勤」(2006/08/25)と相成るわけである。

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→ 我が愛車! (画像は、昨年11月19日の記事「06東京国際女子マラソン…やるだけのことはやったのだ!」より)

 先月8月の下旬は、三十年以上のライダー生活とさよならし、自転車を使う日々を迎えて一年となるので、自分にとってはとても記念すべき日であり、何か書こうと思っていたが、浅草サンバカーニバルのこと、タクシーの勉強会のことなどがあって、手付かずだった。

 なので、今日、メモだけしておく。
 自転車についての具体的なことは「自転車 - Wikipedia」に任せる。

 自転車を入手したことで生活が根底からとは言わないが、それでもそれなりにどころではない程度には生活が変貌した。

 例えば、「馬込文士村…あれこれと思い秘めての散歩かな」(2007/02/17)なんて記事があるが、これは自転車に乗り、かねてより課題というか果たしたい願いだった地元である馬込を馬込文士村のルートを辿ることで訪ねて回ったのも、思い立ったのは自転車があればこそだったような気がする。
 自宅から徒歩では、行ける場所は一箇所に限られてしまう。そもそもそんな気になれない。
 天気にさえ恵まれていたら、自転車で美術館へ文学館へ、そして名所・旧跡や神社・仏閣へと一日で結構、走り回れるわけである。

「雨降りや傘差し運転やっちゃった!」(2007/03/12)なんて記事も、「傘を差しての自転車は何十年ぶり」ということで、少々はしゃぎ気味の文章になっている。
 学生時代などにはそれなりに経験があるが(でも、郷里もだが、学生時代を過ごした仙台でも傘差し運転は厳しく取り締まられていて、なかなか出来なかった記憶がある)、五十を越えての傘差しは新鮮な感覚を呼び覚ました。
 やはり怖いのは会社からの帰りにどうしても通ることになる長いやや急な下り坂である。自転車のブレーキ性能を疑うわけではないが、雨だとスリップも考えられ、傘を差しているから、脇道からの車や自転車の飛び出しに気付くのも遅れがちだし、とにかく怖かったのだった。
 その後、何度となく傘差し運転は経験する羽目になったが、どうしても傘を使うのなら、透明なビニール傘がいいと自分の中では結論付けている。
 雨が前方から叩きつけていて、傘も前方に差し掛けなくてはならなくても、透明だから視界は良好である。夜間でも街灯の明かりで十分、安全な走行を確保できた。

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← 9月3日、夕闇迫る芝公園にて東京タワーを望む。

「おじさんとおじいさんとの出会いかしら」(2007/05/23)では信号のない十字路で、重い荷物を荷台に積んでいてブレーキを掛けずスピードを緩めないおじいさんに小生の自転車の後輪に衝突された、なんて事故もあった。これは警察を呼んで調書を取ってもらった。
 
「ハット得て夏の日差しに負けません」(2007/06/24)という変な記事もある。
 これは、五月にサンバの外(横浜レンガ倉庫の広場)でのイベントがあって午後半日、炎天下、日差しを遮るすべもなく、立ちっ放しで見物やら撮影やらしたのだが、これが体に堪えたらしく、のち、二週間ほど疲労と日射病での風邪で寝込んだり仕事を休んだりする羽目になった。
 で、自転車に乗る際も、日中、晴れている限りはハットを被ることにしたのだった。

 日付が昨年に戻るが、「06東京国際女子マラソン…やるだけのことはやったのだ!」(2006/11/19)という記事がある。雨の中、その日、行なわれた06東京国際女子マラソンで、高橋尚子選手らの応援に行ったのだが、その際、使ったのが自転車だった。しかも、その日は雨だったのだ。
 自転車だからこそ、歩くには遠い、バスや電車を使うと繋がりが悪くて小生には半端な場所である平和島へ出かけることが出来たのだった。


 昨日、自転車のタイヤに空気を入れた。
 実は小生、空気入れを持っていない。いつかは買おうと思いつつ、自転車を買ってから一年が経過してしまった。
 先々週辺りから、タイヤの空気が足りないことに気付いていた。
 で、駅前の自転車屋さんへ行こうかと思ったけれど、そこでは前にも空気入れを使わせてもらっている…なのに、その店では未だ何も買っていない…どうも行きづらい…ということで、今回は別の店を探そうと思った。
 が、日曜日、勉強会があったので、できるだけ商店街をタイヤがペチャンコの自転車を駆って、自転車屋さんを探して回った。

 でも、一時間十分以上の走行で、とうとう一軒も自転車屋を見つけることができなかった!
 小生の自転車は電動である。バッテリーを目一杯充電したら、一時間半は十分、電気を使って走れる。まして、平地なら二時間は電池が尽きるはずがない。
 なのに、その日は合計で一時間も走らないうちにバッテリーの電池が尽きてしまった。残りの三十分近くは、自分の体という駆動力だけが頼り。

 まあ、会社への通勤と違ってほぼ平地だが、それでも、ペチャンコのタイヤでは段差や道路の微妙なアンデュレーションが苦しいのである。

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→ 同じく9月3日の夜、高輪・天神坂下にて。信号待ちしていたら、脇に社が。あるいは、「古壽老稲荷神社」か。どういう歴史や経緯(いきさつ)があるのだろう。昔、近くに菅原道真の祠(ほこら)があったため、天神坂と命名されたというが。小生、この近くに8年ほど暮らしていたのだが、恥ずかしながら、この稲荷神社の存在に気付いていなかったような…。

 月曜日は、営業の日で、自転車通勤。以前、空気はほとんど抜けたタイヤのまま。

 バッテリーは当然、目一杯充電してある。
 が、会社の往復でバッテリーはほぼ使い切ってしまった。昨年の夏は一階の充電で二往復できたのに。
 
 そして、火曜日、仕事が明けの日で、夕方買い物に出かけた際、近所のある店で近くに自転車屋さんはないか、空気入れを買いたいのだがと言ったら、空気入れならウチにあるよと使わせてくれた。
 
 久しぶりに空気を入れて、タイヤが蘇った。力が漲ったようなタイヤになった。
 そのタイヤで走ったら、バッテリーは使っていないのに(近所だけの走行の場合、バッテリーは外したままで走っている)、その軽快なこと。
 交差点などスピードを緩める場所ではギアを小まめにシフトして、再度、走り出す際に少し出も楽なように工夫する。
 昨年から比べると、随分、体力が付いたと思いたい。
(なのに、今年は何故か二度も、二週間直らない風邪を経験した!)

 さて、本日は、せっかくだから、自転車を駆る時の形而上的とも思える浮遊感覚などについて書きたかったが、これはまた後日ということで、本稿はお終い。

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コメント

サイクリングにいい季節なりますね★

投稿: ラララ | 2007/09/05 01:47

ラララさんはサイクリングするのかな。

今日は台風が襲来。
穏やかな気候の秋が待ち遠しい。

投稿: やいっち | 2007/09/06 22:03

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