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2007/08/08

『アフリカの音の世界』は常識を超える!

 文化人類学者である塚田健一氏著の『アフリカの音の世界―音楽学者のおもしろフィールドワーク』(新書館)を先週末に読了。2000年に刊行された本なので、新しい本とは言い難いだろうが、面白かったとは言い切ることができる。
 謳い文句では、「耳を圧倒するハーモニー、ずらして組み合わせる巧妙なリズム、西洋音楽の常識を解体するゆたかな音の世界。灼熱の大地を縦横にフィールドワークする音楽学者が、その魅力をいきいきと描く。」となっている。

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← 塚田健一著『アフリカの音の世界―音楽学者のおもしろフィールドワーク』(新書館)

 過日、「ラジオ聴き音の風景たっぷりと」の中で、「東南アジアの民族音楽、サウンドスケープ、サウンドアートを研究する。ジャワ音楽をシスワディほかに師事。1980年代よりガムラングループを主宰し、カナダ、インドネシアへの海外公演を成功させる」という人物であるマルガサリメンバーの中川 真氏を紹介した。
 あるいは、「秀逸! 工藤隆著『古事記の起源』」の中で、「古事記」研究が、21世紀に入って、中国を初めとするアジア規模で、そのルーツや淵源を(今に残る形を通じて)探る新しい段階に入りつつあることを紹介している。
 音楽の世界でも、日本の研究者が既にアフリカへのその始原の音を求めての研究の旅に出ていることが本書で分った。
 西欧の<楽譜>に象徴される音楽とは実に対照的な<音の世界>が塚田氏の、積極的に現地の人びとに溶け込む人柄も相俟って、興味深く示されている。
 本書で小生がサンバを初めとする音楽の探索を試みてきたことの、かなりの事柄に付いて、その淵源に逢着したような気がして嬉しかった。
 単純に、ヘエー、そうなのという感動を覚えたりしたことも何度もある。

 小生の下手な紹介より、例えば、(同姓同名でなければ)作家の池澤夏樹氏も本書の書評を試みられているのでその頁を紹介しよう:
塚田健一「アフリカの音の世界」 書評者名:池澤夏樹初出:毎日小書評初出年月日:2000年7月
 一部、転記を試みる:

 たとえば、筆者がガーナである太鼓の練習をした話(音楽人類学者というのは、行く先々で見知らぬ楽器や唱法の練習をするものらしい)。他の二人に合わせて小さな太鼓を打つ。何度やっても「合っていない」と言われる。東京芸大ではショパンやベートーベンの曲を弾きこなしていたピアニストなのに、どこがいけないのかさえわからない。さて一週間後、その間は楽器には触れもしなかったにも関わらず、彼は正しく演奏できるようになっている。そこで暮らすうちに「音楽的生理」がアフリカ化したのだ。
 三人が太鼓を打つとして、西洋音楽ならばまず合わせる。しかしアフリカではそんなのはおもしろくないと一蹴される。一拍ずらし、半拍ずらし、その複雑なずれを楽しむ。ルヴァレの子供たちにとって「三拍子の歌をうたいながら二拍子で手拍子を打つことなど朝飯前だ」。

 さらに興味深いエピソードを本書からピックアップしてくれている。
 まさに、「文化人類学は「野生の思考」(C・レヴィ=ストロース)への好奇心ではない。それは、われわれが身につけられなかったもの、おろかにも捨ててしまったもののリスト」なのであり、本書は文化人類学の本であるかどうかは別にして、欧米化され多くを失ってしまったわれわれに、失われたものの掛け替えのなさを痛感させる。

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→ 塚田健一著『世界は音に満ちている―音楽人類学の冒険』(2001年、新書館) 「ジャングル、草原、山村、大都会、スラム…世界をかけめぐる音楽学者が聴いた驚きと発見あふれる音の世界」だって。読みたい!

「楽しい曲を聴いた時のウキウキした気持ち、悲しい曲を聴いた時のさみしい気持ち、このような感性を大切にしながらリズム感音感を身につけ、即時性や創造性を生むのがリトミック教育です」という、「定成音楽教室」の中の今年6月のコラムが嬉しい:
忘れられた鼓動
 
 このコラムでは、本書(塚田健一著『アフリカ音の世界』)から、小生も同様に気に入った記述を転記する形で紹介してくれている:

 「ドキッ」「ドキッ」という心臓の鼓動はニ拍子かと思っていたが、どうもそうではないらしい。よく聴くと、弁膜を開くときの音が間に入ると「トクトゥ」「トクトゥ」と三拍子のリズムになっているそうだ。「太鼓の音は心臓の音だ」アフリカの人々はよくいう。そういえば、アフリカの音楽は三拍がひとまとまりになって聞こえてくる曲が多い。もしそうだとすると、アフリカの人々はいつも心臓の弁膜の開く音など聞いているのだろうか。それはおそらく、狩りのときだろう。森の中で獲物にねらいをさだめて、じっと息を凝らす。まわりは無音の真空状態となって、自分の体内の音だけが浮き上がって聞こえてくる。心臓の鼓動だ。

 われわれにとって、これは遠い遠い過去の記憶である。現代社会にあくせく生きるわれわれには、その音はもはや聞こえない。しかし、その音をかつてわれわれもたしかに聞いていたのである。木にとまる蝉を採ろうとしてじわりじわりと手を伸ばしていった瞬間に聞こえてきたあの音だ。この音を失うということがわれわれにとって何を意味するか、それをアフリカの深い森の中に入って考えてみることにしよう。

 森の民ピグミーの人々こそ「弁膜の開く音」を本当も意味で知っている人々にちがいない。内なる音と外なる音を知る人々。彼らこそ、何を隠そう、じつはアフリカ最古の民族の一つなのだ。ピグミーはかつてアフリカ大陸の広い地域に住んでいたが、後に大陸の北西部からやってきたバンドゥーと呼ばれる人々に追いやられ、現在のように点在して住むようになった。彼らの追いやられてその歴史は、そのまま心臓の鼓動の神秘を忘れてゆくわれわれの心の歴史とも、妙に重なりあっている。


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← 拓植 元一・塚田 健一編『はじめての世界音楽―諸民族の伝統音楽からポップスまで』(1999年、音楽之友社) 「世界のポピュラー音楽も射程に入れて音楽文化の変容する側面に関心を払う一方、地域の説明もアジアを中心にすえた世界地図の西から東へと進んでいく構成をとっている」のだとか。

 紹介する余裕がなくなった。メモだけ。
 拙稿「ハープのことギリシャからエジプトへ」でハープ(リラ、楽弓)のルーツ話を若干しているが、本書にはまさハープという楽器の大本かと思わせる興味深い話が載っている。
 このリラが北アメリカ(南米だけではなく)に伝わり、やがてバンジョーとも関わっていく…。
 この件だけでも、記事に仕立てたいほどだ。

 あるいはヨーデルの話、コブシ(演歌で言うコブシのこと)の話、葬式の話、初潮の話(踊るということ!)、ヒョウタンの話、ベル・パターンの話…。

 ベル・パターンの話だけ、若干、触れておく。
 拙稿「古都サルバドール・サンバの始原への旅」の中で、「カンドンブレ」という独自の宗教儀礼の音楽を話題の俎上に載せている。
 本書で関連する記述が見つかったので、少し、転記を試みる:

 十六世紀に征服者として南アメリカに入ったスペイン人とポルトガル人は、プランテーションなどの労働力としてアフリカから奴隷を輸入し始める。大陸中部のコンゴ川流域やアンゴラ、それに西アフリカからだった。奴隷として新大陸に運ばれた彼らは、同時に自分たちのアフリカ文化をも一緒にもって行ったのである。たとえば、ブラジルに渡ったアフリカの奴隷は、そこでカンドンブレという独自の宗教儀礼を発展させた。これはアフリカの伝統的な宗教にカトリックが合体してできたもので、そこで行なわれる憑依儀礼の音楽はまことにアフリカ的だ。三台のくり抜き太鼓とアゴゴという打楽器が儀礼の伴奏をする。このアゴゴは前述のガンコグイと同じ鉄ベルで、ナイジェリアには今日でも同名の楽器がある。じつはこの楽器こそ、ブラジルでアフリカのベル・パターンを演奏している楽器なのである。数百年前、アフリカの黒人奴隷は鉄ベルとともに、ベル・パターンをもこの地に運んできたらしい。
 それだけではない。このベル・パターンは、リオのカーニバルのサンバの演奏のなかにもアゴゴのパートとして顔を出す。しかもそこでは強いシンコペーションを伴ったリズムとして西洋音楽的に再解釈され、典型的なラテン系のリズムとして登場してくるのである。
 さて、このラテン系のリズムが今世紀に入って欧米を経由してアフリカに逆輸入されたとき、どうなったか。それを聴いたアフリカ人は、長い間会っていなかった旧友に出会ったかのように「血が沸いた」という。そしてそれが、パパ・ウェンバなど、今日のアフリカン・ポップスの源泉の一つになったことを思うと、音楽の歴史とはまことに皮肉なものだといわなければならない。

(余談だが、本書によるとアフリカから奴隷として連れ去られた人数は二千万人だとか! 途中、奴隷船の船底で感染症や自殺で相当数、亡くなったというが、その数が含まれるのかどうかは分らない。「黒人奴隷クンタの20年間 =「世界商品」の生産と黒人奴隷制度=」などを参照のこと。)

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