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2007/08/01

神坂次郎著『時空浴』…「鈴木姓」をめぐって

 車中でラジオに聴き入っていて知った作家・神坂次郎氏のことを「『今日われ生きてあり』の意味」で採り上げている。
 といっても、この記事を書いた時点では同氏の著作を全く読んでいなかった。
 で、早速、この記事を書いた週末に図書館で同氏の本を物色。
 とりあえず、車中(といっても、電車での移動の最中)に読むに手ごろな本を選らんだ。
 それが、神坂次郎氏著の『時空浴―熊野・高野から』(日本放送出版協会)である。

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← 神坂次郎著『時空浴―熊野・高野から』(日本放送出版協会)

 出版社側の謳い文句に拠ると、以下のよう:

 故郷和歌山に根を下ろして執筆活動を続ける作家は、ひとり旅の達人でもある。
“日本の異界”熊野、聖地高野山からはじまる旅。それを作家は「時空浴」と呼ぶ。
 時空を越えての旅は、韓国・中国からインドさらにはポルトガルにまで至る、三十年におよぶ旅の記録を集大成した壮大な歴史紀行。

 テーマや善し! 小生も熊野と言わず、こんな紀行をしてみたいものだ。
(余談だが、小生には、「「天地水 月光浴」そして「色彩浴」」なる記事もあるし、「月 光 欲」というほのぼの系の掌編もある。←「月光浴」という題名でない点に注意!)
 岩盤浴なんて言葉も知ったが、時空浴なんて言葉もあったんだね。同じ浴でも、スケールが違う。

 既に本書は読了した。面白かったこともあり、車中(電車中)での移動も多かったこともあって、あっさり読み終えてしまったのだ。
 あれこれ採り上げたい記事が載っていたが、ここでは「鈴木氏のルーツ」の話題を本書からピックアップする。

 そもそも、「時空浴―熊野・高野から」という題名(テーマ)と、何ゆえ「鈴木氏のルーツ」と結びつくのか。
 実は(知る人は、既に分かるだろうが)、大いに結びつきがあるのだ。

「世界でいちばん苗字の数の多いのが日本。その日本のなかでも多い姓は「鈴木」で二百万人」と、本書の「鈴木氏のルーツを訪ねて――熊野三山」という章の冒頭にある。
 以下、本章から抜き書きしつつ鈴木氏と熊野三山との関係その他を説明していく。

「鈴木姓の来歴は、気が遠くなるほど古い。『古事記』や『日本書紀』などの神話説話のなかに、すでにその姿がうかびあがっている。始祖、饒速日命五世(にぎはやひこのみこといつせ)の孫、千翁命(ちおきなのみこと)の血脈をうけ、熊野神に稲穂を捧げて穂積(ほつみ)の姓を賜った鈴木氏は、いらい熊野三党(宇井、鈴木、榎本)の一つとして勢威大いにふるったと史書は伝える。」

「この鈴木一族が「天下の大姓として族党の多き他にその比をみず」といわれたのは、中世から近世にかけて諸国に湧きあがった狂熱的な熊野権現への信仰に応えた鈴木氏が、諸国各地に熊野神を祀り、その地方の指導的な立場にあったところによる。熊野の鈴木氏はのちに南方発荘司の旗親として北進し、熊野権現九十九王子社の別格「五体王子」の一つである藤白の地に移る。諸国に散在する鈴木氏のほとんどは、この藤白鈴木(穂積氏流・始祖いらい百二十二代)の分流である。この藤白鈴木からは源義経に仕えて奮迅した鈴木重家、その弟の亀井六郎重清を出し、奥州平泉への途次、病を得て三河の地に留まった伯父の鈴木重次は、のち徳川家譜代の三河鈴木党の祖となる。紀州鈴木氏には、このほか雑賀郷に住み剽悍な鉄砲集団をひきいて戦国風雲のなかを疾駆した雑賀党主の雑賀孫市がいる。孫市、本姓は鈴木である。」

「車は、山すその海南の市街を見おろす高台にある藤白神社に到着。(略)鈴木屋敷にむかう。鈴木宗家、家紋は稲穂丸、替紋は藤の丸、幕紋は熊野烏(くまのがらす)。」

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→ 7月27日、都内某公園で。断っておくが、画像の草は「ススキ」ではない! ついでに断っておくと、小生の苗字は「鈴木」ではない!

「藤白神社の境内から北東に二、三分歩いていくと、左手にその鈴木屋敷が見えてくる。鈴木宗家百二十二代の鈴木三郎重吉(しげよし)が戦前の昭和十六年、六十七歳で亡くなるまで、ここに住んでいた。老の歿後は無人のまま、吉田宮司が管理しておられる。」
「鈴木屋敷を見学したあと、ふたたび藤白神社にもどり、そこで長大きわまりない壮大な「鈴木宗家の大系図」を拝見する。なにしろ、冒頭は神々の紳士録さながら神韻縹渺(しんいんひょうびょう)、歴史の霧の彼方からはじまっている大系図である。」
(「百二十四代の天皇家より二代新しいだけという名族、鈴木」…。)

「日本最大の苗字といわれる「鈴木」は、もともと古代日本語のススキを瑞祥文字に写しとったものである。鈴木は当て字なのである。が、いったん漢字を当てられ定着してしまうと、その漢字を理解しようとして、どうにも振りまわされてしまうことが多い。文字は異なっていてもさまざまなススキ・ススギ・スズキは、いずれも同じものにちがいない。」

「鈴樹・鈴置・鈴記・鈴杵・鈴城・周木・須々木・須々岐・寿々木・寿松木・寿州木・周々木・薄・鱸・渚鋤・錫木・鐸木・進木・寿寿喜・雪・鈴紀・涼木・涼樹・盆」と、こうして並べていくと、じつに数が多い。このスス・キの語幹と思われるススには「すがすがしい」とか「清涼(すず)しい」または「神聖な」とかの」意味がこめられているようだ。」(一部、漢字表記が出来ず、ススキ(スズキ)名関連の姓を略した。残念!)


参考:
鈴木家の人々

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コメント

やいっちさん、おひさしぶりです。神坂次郎は「熊野まんだら」を読んだことがありますが、とても勉強になりました。天皇にご進講されたこともあるとか。朝青龍はすっかり悪役で本当に可哀想だと思います。暑い折ですので体調に気をつけてくださいね(^^;。

投稿: magnoria | 2007/08/02 21:05

magnoria さん、来訪、コメント、ありがとう。
小生、magnoria さんのサイト、最近は覗くだけになっていますが、気になるサイトなので、来訪は続けさせてもらっていますよ。

神坂次郎の本は、今回、初めて読みました。一冊の本の中に古代や熊野の知識がぎっしり。
読んで気に入ったので、次は彼の出世作的な作品を読みたいと思っています。

朝青龍への処分は、せっかちすぎると思います。将来に禍根を残すことは間違いないでしょうね。
相撲協会は、現地(モンゴル)で調査し、マスコミも取材すべきだったでしょう。
相撲協会は、その上日本の大事な横綱を擁護すべきだったと思います。関取を大事にしない、親方連中の感情論だけでバッシングに堕す世論に迎合するなんて短慮過ぎます。
サッカーに遊びとして興じるくらいに目くじら立てるなんて大人気ない。相撲という格闘技の激しさでサッカーをしたわけではないのだから、大目に見て構わなかったはず。
心配なのは、彼の不在の二つの場所で新たに大関や横綱が決まったりする事態。
鬼の居ない間に、強い相手とぶつからない形で昇格するのは最悪の事態ではなかろうかと思うのです。

投稿: やいっち | 2007/08/03 11:19

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