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2007/08/31

世界は音に満ちている…沈黙という恐怖

『アフリカの音の世界』は常識を超える!」で、塚田健一著『アフリカの音の世界―音楽学者のおもしろフィールドワーク』(新書館)を俎上に載せている。

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→ 塚田健一著『世界は音に満ちている―音楽人類学の冒険』(2001年、新書館)

 そこでは、以下のような簡単な感想を書いている:

 音楽の世界でも、日本の研究者が既にアフリカへのその始原の音を求めての研究の旅に出ていることが本書で分った。
 西欧の<楽譜>に象徴される音楽とは実に対照的な<音の世界>が塚田氏の、積極的に現地の人びとに溶け込む人柄も相俟って、興味深く示されている。
 本書で小生がサンバを初めとする音楽の探索を試みてきたことの、かなりの事柄に付いて、その淵源に逢着したような気がして嬉しかった。

 上掲書を読んで蒙を啓かれた小生、同じ著者の、「ジャングル、草原、山村、大都会、スラム…世界をかけめぐる音楽学者が聴いた驚きと発見あふれる音の世界」といった内容らしい、『世界は音に満ちている―音楽人類学の冒険』(2001年、新書館)を読みたいと書いている。

 その本を昨夜、読了した。

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2007/08/30

「ウラ版・浅草レポート」書きました!

ウラ版・浅草レポート「敗軍の将、兵を語らず」」書きました。多少(相当?)、創作の部分があるので、虚構の館でアップしました。
私的第27回浅草サンバカーニバル」と併せてご笑味を。

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2007/08/29

月探査機「かぐや」 打ち上げ迫る

 月曜日は営業の日、なのでラジオ聴取の日、というわけではないが、空車の時は耳はついラジオに。
 あれこれ話題はあったが、今日は、月の話を。
 火曜日は6年ぶりの皆既月食が東京を初め、全国的に見られるはずだった。
 が、東京に関しては生憎の天気で、都心からでもビルの蔭に隠れないような場所を確保することができれば、肉眼で十分、皆既月食が眺められるはずだった。
 場合によっては、皆既月食画像もゲットできたかもしれなかった。

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← 『「かぐや」ミッションマーク』 「「かぐや」のミッションマークは、私たちの暮らす「地球」(右側)から探査対象である「月」(左側)へと辿る一筋の「SELENEの軌道」を「SELENE」のSをモチーフにシンボリックに描いたもので、筑波大学芸術学系の学生によってデザインされ」たもの(詳しくは、「月周回衛星「かぐや(SELENE)」 - 「かぐや」ミッションマークについて」にて)。ちなみに、「「かぐや」を打ち上げるH-IIAロケット13号機の機体に、MHI打上げサービスのロゴマーク、「JAXAクラブ」のロゴマーク、キャラクターとともに、かぐやのミッションマークが掲載され」たとか。

 その場合、今日は「月についての二題話」として記事を仕立てるつもりだった。
 念のために断っておくと、「太陽、地球、月が一直線に並び、月が地球の影にすっぽりと入ってしまう皆既月食は18時52分から20時23分まで。その前後は月の一部が欠けてしまったかのように見える部分食が見られます」という天体現象である。

 で、残る一つは、「かぐや-H-IIA13号機」の話である。
 月曜日の夕方、NHK第一にて、加藤 學氏(宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究本部 教授 理学博士)へのインタビュー番組があったのである。

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2007/08/28

「サンバinシムラ」&「浅草画像」情報!

「サンバinシムラ」&「浅草画像」情報!」なる記事をアップ。
 「志村銀座まつり「サンバinシムラ」」が9月2日(日)に開催されます!

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2007/08/27

バスキアの剥き出しの詩情の傷ましき

夜汽杏奈による短編小説・詩・イラスト・絵画・コラボレーション作品等を掲載」という「夜汽車の夢」なるサイトをほんの数十分前に発見。
 小生のあるサイトに足あとを残してくれ、その「夜汽杏奈」という奇妙な名前に惹かれて、つい、そのサイトを覗いてしまった。
 ホームページの中は、迷宮というわけではないが、個々の作品を見て回ったら、何日掛かるか分からない。

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→ 夜汽杏奈『富士も美しいパラレルワールドの宴~鳥人間世界の和と輪~』(B1サイズ 728mm×1030mm イラストレーションボード  アクリル絵の具&ポスターカラー 2007.5.15) (画像は、「夜汽車の夢」より。「夜汽杏奈 ART 絵画 イラスト CG作品紹介」なる頁を是非、覗いてみるべし!)

 まずは、好きなイラストや絵画の部屋への扉を開いてみる:
夜汽杏奈 ART 絵画 イラスト CG作品紹介
 彼女自身の説明を転記してみる:

 主にイラストボードにアクリル絵の具とポスターカラーで思いのままに描いています。ほぼ私の作品は、描かずにはいられない…このあり余るエネルギーは何処へ向かえばよいの?…完成イメージなんてありません。何を描くかもほとんど決めていません。描いてみないと何が飛び出てくるか、分からない。ワクワクでどきどき。そんなシュチュエーションから生まれたものが多いかもしれません。

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2007/08/26

「私的第27回浅草サンバカーニバル」アップ!

第27回浅草サンバカーニバル」をめぐり、日記風レポート「私的第27回浅草サンバカーニバル」を書きました。画像は??

 さて、ちょっとしたサプライズ(?)情報を。
2008年は日本ブラジ ル交流年」なる記事の中で、「Neguinho da Beija-Flor ネギーニョ・ダ・ベイジャ=フロール来日中!」という情報を伝えると共に、「8月25日には浅草サンバカーニバルにも<参加>される」と、浅草への<参加>情報を伝えている。

 何ゆえ、<参加>と表現したのか。
 それは、ネギーニョ・ダ・ベイジャ=フロールが我がG.R.E.S. リベルダージに強力な助っ人として加わるという事前情報があった、けれども、オフレコに近い情報なのでネット上では伝えられなかったのである。

 しかし、もう、サンバカーニバルは終ったし、「中原仁のCOTIDIANO第27回浅草サンバカーニヴァル - livedoor Blog(ブログ)」において、「全体に大きなサプライズはなかったが、リベルダーヂのプシャドール(リード歌手)勢の中に、来日中のネギーニョ・ダ・ベイジャフロールが掛け声役で参加していたのにはビックリ」(太文字は小生の手になる)という文章が見出されたこともあり、情報がネット上で裏書きされたと看做し(実は、小生はスタッフしていて、姿を見ていない。ただし、音響装置の間近に居たので、声は聞いているはず)、ここに情報として掲げるわけである。

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2007/08/25

小出楢重:日本の日常の中のヌード

 本稿は、事情があって本ブログから「壺中水明庵」へ移動させました(08/06/29 記)。

[「ジャン=レオン・ジェローム (1:ヌードを描くアトリエを嫉視する?)」へ飛ぶべし!]
[「ジャン=レオン・ジェローム (2:ヌードを描く光景の淫靡さ)」も見る?]

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2007/08/24

「夕焼け雲」書きました

 掌編(短編)「夕焼け雲」書きました!

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2007/08/23

25日(土)は浅草サンバカーニバルの日!

 今週土曜日は、言うまでもなく浅草サンバカーニバルの日である:
浅草サンバカーニバル公式ページ:第27回
(この表紙の末尾に、「リンクに関するお願いと規制について」という注記があり、「浅草サンバカーニバルのオフィシャルページにリンクをはる場合は、事前に当事務局の許可をお取りください。許可なきリンクは固くお断りします」とある。小生は、既に事務局より許可を得ている。)

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← 「G.R.E.S. LIBERDADE---浅草サンバカーニバル:2007年 パレードテーマ---」 リンク先へ飛んでみてね。そのまま戻らなくてもいいよ!

 当然ながら、一昨年・昨年と三位となった我がサンバチーム(エスコーラ)・リベルダージ(G.R.E.S.LIBERDADE)も出場する。
第27回パレードコンテスト出場順」を見てもらいたいが、我がリベルダージの所属するS1リーグ(トップリーグ)には、10チームが居並ぶ。その「スタート時間:14:15」であり、昨年の順位で上位のチームほど遅いスタートとなるので、我がG.R.E.S. リベルダージは最後から三番目のスタートと相成るわけである。

 宿敵(?)である強豪G.R.E.S. 仲見世 バルバロスは連続優勝を果たしているので、どのチームも強豪であり一つでも順位を上げること、と言いつつ密かに(あるいは露骨に?)トップを目指しているのだが、やはり、打倒G.R.E.S. 仲見世 バルバロスを期していると思っていいだろう。

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2007/08/22

真夏の夜は怪談…でも怖い!

 昨日、火曜日は営業の日。
 例によって空車の間はラジオが楽しみ(それと、タウン・ウオッチングも。といいつつ素敵な人はいないかとキョロキョロ。もっとお客さんを探せって? そうだよね)。
 営業しながらの、まさにながら聴取なので、ラジオで聞ける話は何もかもが断片的で、尻切れトンボに終ってしまう。ちゃんと聴いていても、要点をつかむのが苦手な小生、聞きかじりの言葉や話がもともと朦朧然としている小生の脳味噌の中で、渾然一体…とは行かず、錯乱状態のままに欠けらたちが頭蓋骨の壁面に散らばっている。

 幾つか、話題をせめてリストアップだけしておいて、後日、何かの記事を書く際のネタにしたい(という切ない願望も篭めて、メモしておく)。


1)ドライブレコーダー映像を警察に提供
2)アメリカに蘭を普及して
3)小泉八雲と松江と怪談と:真夏の夜は怪談パーティー

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2007/08/21

宇宙の神秘に対する畏敬の念

 拙ブログ「物理学界がいま最も注目する5次元宇宙理論」にて紹介(ただの言及?)していたリサ・ランドール氏の本二冊のうち、『NHK未来への提言 異次元は存在する』(リサ・ランドール 著/若田光一 著、NHK出版 Online Shop)を読了した。
 宇宙飛行士として有名な若田光一さんがリサ・ランドール氏にインタビューする形で話が展開する。

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→ 画像が一つもないと無愛想なので、今日は特別に小生の部屋を机の付近を中心に大公開。世間体もあるので、かなり整理整頓しました。それこそ、ベテラン大物女優さんがテレビに登場する際、顔に思いっきり強い光を当てるように!

 本というより小冊子というべき体裁のものだけど、理論の深みはどこまで理解できたかは別にして、なかなか刺激的だった。
 リサ・ランドール氏は比喩を使って、本来は高度に数学的な話を分るように(分ったような気になるように)説明するのがとても上手い。

 物理学や数学などの一般向けの本は、数式が一つでもあるだけで売り上げがガクンと減るという。まあ、一つや二つくらいあっても、一種のビジュアルだと思えば、洗練されたセンスがあるようで、いいような気がするが。
 数式でしか正確には表現も考察も難しい(あるいは不可能な)新しい概念や発想を喩えや図式で上手く説明する才能は、こうした啓蒙書の書き手には不可欠のものだ。
 日本にもそうした書き手が居るのだろうが、さすが欧米には少なからず居て、小生も相当にお世話になってきた(「黒星瑩一著『宇宙論がわかる』」など参照)。

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2007/08/20

エリオットとスピノザとモームと

 あれこれあって、なかなか落ち着いて読書する気分になれない。
 それでも、なんとかようやくだが、ジョージ・エリオット著の『フロス河の水車場』(工藤好美・淀川郁子訳、『世界文学大系85』 所収、筑摩書房)を読むことができる(…もう、時間がなくてもとにかく手に取る!)。

 ジョージ・エリオット(1819-1880)については、「英国女流作家探索-私だけの特別な一冊を求めて-」の中の「George Eliot(ジョージ・エリオット)のプロフィール・作品・翻訳本の紹介」が親切だし参考になる。

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← 渡辺 千枝子 著『ジョージ・エリオットとドイツ文学・哲学』(創英社)

 少しは関心を持って詠んできたつもりだが、実際には『サイラス・マーナー』『ロモラ』(これは2回)を読んだだけ。まだまだ『ミドルマーチ』『ダニエル・デロンダ』『急進主義者フィーリクス・ホルト』『アダム・ビード』などの大作群が残っている。
『フロス河の水車場』だって、今から読むわけだから、実質、手付かずと言うべき作品だし。

 ジョージ・エリオットについては、(日本語の)ネットの世界へのささやかな貢献(?)として、ジョージ・エリオット著『ロモラ』(工藤昭雄訳、集英社版 世界文学全集 40)から下記の記事を提供している:
「ジョージ・エリオット」解説
「ジョージ・エリオット」作品について

 ここでは、「George Eliot(ジョージ・エリオット)のプロフィール・作品・翻訳本の紹介」の、簡潔で要を得た紹介を転記させてもらう:

 Mary Ann Evansはナニートンで生まれ、1841年までそこで過ごす。文筆活動を始めた1856年、彼女の社会的立場が不安定だったためペンネームが必要だった。そこで、恋人のジョージ・ヘンリー・ルイス(妻子持ち)への敬意を込めて「ジョージ」とつけた。ルイスの死後、20歳も年下のジョン・ウォルター・クロスと正式に結婚したが、7ヵ月後ロンドンで息を引き取る。エリオットはフランス語、ラテン語、イタリア語、ヘブライ語、ギリシア語など語学が堪能で、広い教養を備えていた。当時ディケンズと並ぶ人気作家だった。ギャスケル夫人から多大な影響を受けている。

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2007/08/19

人間と経済の実態を描くタフさを思う

 今日は思うところがあって、テレビアニメ「忍たま乱太郎」(「NHKアニメワールド:忍たま乱太郎」参照)にちなむ思い出を書こうと思ったが、少々思い入れがあり過ぎて(?)、取りやめ。

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← テレビアニメ「忍たま乱太郎」(「NHKアニメワールド:忍たま乱太郎」参照)

 このところ愚痴のようにして、何度となく書いているが、今、担当している車にはFMが受信できない。AMのみ。
AMだって、ヴァラエティに飛んだ放送があるとは思うけど、夏ともなると、NHKは高校野球(甲子園)、夕方六時ともなると民放はプロ野球で、必ずしも野球ファンではない小生(大リーグの日本選手の活躍ぶりは気になるが)、聴く番組がなくなってしまう。
 それでも、夜になると、少しは聞ける番組も出てくるし、選ぶ余地が生まれてくる。

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→ 高杉 良著『消失―金融腐蝕列島・完結編』(ダイヤモンド社)

 言えることは、FMが聞けない分、音楽に親しむ機会(時間)が車中で減ってしまったということ、その結果、多彩な音楽ジャンルに触れる機会が減ったことだ。
 ま、これは仕方がないとして、それでも、小生の苦手なインタビュー番組などを聴く機会は間違いなく増えている。
 小生、人の話を聴くのが苦手(学校の授業も含めて)。まして、一応は営業中である。最初から聞きかじりになるのが分りきっている。音楽なら、1分でも2分でも聞ければ、ある程度、纏まったメロディなり音楽世界に束の間であろうと、浸ることはできる。
 が、人の話となると、多少でも起承転結の一節を聞かないと、何がなんだか分らない。

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2007/08/18

「熊野」を「ゆや」と読むとは知らなんだ

「漱石の白くない白百合」の色話」は、半藤 一利 著『漱石先生ぞな、もし』(文芸春秋社)からの、色話と言いつつ、少しも色っぽくはない、まあ、言わずもがなの話である。
 本書からは話題は幾らでも拾えるが、ここでは少々分不相応な話題をあと一つだけ(後学のため)メモしておく。

 本書を昨日、読了したのだが、その中で、「熊野」と書いて「ゆや」と読ませている記述に遭遇し、やや驚いた。「熊野」で、どうして「ゆや」なのか。
 うっかり八兵衛ならぬ、弥七ならぬ、うっかり者の弥一こと、やいっちは、最初、何故か「やひ」とルビが振ってあるのかと思った。

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← 『熊野』 (ゆや) (画像は、「熊野 (能) - Wikipedia」より)

「やひ」というと、通常、漢字では「野卑」と書く。でも、仮に「熊野」と書いて「やひ」なら、あるいは「野卑」という言葉の語源は、何か深い謂(いわ)れがあるのではないか。
 語源話の好きな小生、これはブログの格好のネタになると、密かにほくそ笑んだのだった。

 が、本書を読了し、さて、記事に仕立てようと、当該の箇所(頁)を開いてみると、気のせいか「やひ」ではなく「ゆや」とルビが振ってある。
 あれま。どうしたことか。
 一晩のうちに、本書のルビが、あるいは本書そのものが差し替えられたのか。

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2007/08/17

「漱石の白くない白百合」の色話

 自宅では、昨日のブログ日記にも書いたように、F.キングドン・ウォード著の『植物巡礼 ―― プラント・ハンターの回想 ――』(塚谷 裕一訳、岩波文庫)をヒマラヤやチベットなどの高峰や奥地を想像しながら読んでいる。
 車中では、半藤 一利 著の『漱石先生ぞな、もし』(文芸春秋社)を寸暇を惜しむようにして(このところ忙しくて本を読む時間が侭ならない…)読んでいる。

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→ 半藤 一利 著『漱石先生ぞな、もし』(文芸春秋社) (画像は、「Amazon.co.jp 通販サイト」より)

 本書については、前々から読みたかったし、唾も付けていたのだが(拙ブログ日記「漱石とモナリザ・コード」で、「「妻の半藤末利子は、作家松岡譲と夏目漱石長女筆子の四女で随筆家」だという半藤氏の書いた「漱石先生ぞな、もし」などの漱石関係の本も読み浸ってみたい」などと書いている)、過日、図書館の書架を物色して歩いていて目が合ったので、即、手に取ったのだった。

 さて、本書をひも繙(ひもと)いていて、びっくりする記述に出会った(大袈裟か)。
『植物巡礼』も『漱石先生ぞな、もし 』も、並んでいる書架(コーナー)がまるで違う。たまたま、それぞれの興味・関心に従って手にし、両者を自宅で、あるいは車中で読み進めているに過ぎない。

 その『漱石先生ぞな、もし』の中で、『植物巡礼』の訳者である塚谷裕一氏の名前を目にしたのである。
 当然ながら植物学者として参照されているのだから、登場したって不思議ってことはないが、たまたま手にしている二冊が「塚谷 裕一」氏繋がりということに、ちょっと縁を感じたという(考えようによってはつまらない)話である。

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2007/08/16

プラント・ハンター! キングドン・ウォード

 過日より、F.キングドン・ウォード著の『植物巡礼 ―― プラント・ハンターの回想 ――』(塚谷 裕一訳、岩波文庫)を読み始めている。
 出版社の謳い文句は以下の通り:

植物探検家F.キングドン-ウォード(1885-1958)は,人生の大半を東アジアでの調査に捧げ,英国の寒冷な気候に耐える植物を数多く採集した.人々の周りを彩る,サクラソウ,モクレン,シャクナゲ,ユリ,リンドウ,そして愛好家の心をとらえてやまないシップ,青いケシや,茶,棺の木などとの出会いや様々なエピソードを記す.

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← F.キングドン・ウォード著『植物巡礼 ―― プラント・ハンターの回想 ――』(塚谷 裕一訳、岩波文庫)

 このブログもだが、この訳書は横書きの本。学校の理科などの教科書みたい。句読点も転記した紹介文と同じ。読みづらい。でも、興味本位で、そしてこんな奴がいたんだという驚きの念で読み続けている。

 まずは、「プラント・ハンター」とは如何。まあ、植物採集家なのだろうが、転記文にあるように、「植物探検家」と訳すべきなのかもしれない。
 でも、英語のままのほうが格好いいか。

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2007/08/15

花火大会と空襲の間に佇む

 お盆の真っ最中である。お盆の帰省ラッシュが今度は往路のラッシュとなっている。
 猛暑日(「群馬県の館林で気温が40・2度を記録」!)の続く夏も、さすがに今頃ともなると、花火大会というイベントも大方は終ったようだ。

 尤も、東京に付いては、「日刊スポーツ主催 2007 神宮外苑花火大会」(公式サイト)が「2007年8月16日(木)」に催される。明日だ!
 しかも、予備日(17日(金))まで設けてある。

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→ 山下清『富田林の花火』(画像は、「山下清「富田林の花火」 ギャラリー小山 自由が丘にある画廊 山下清の絵画,版画を通信販売(通販」より)

 東京23区在住のものにはこれが最後のチャンスなのか(他にもこれから開催されるものがあるのかどうか、小生は知らない。調べたら、「世田谷区たまがわ花火大会」が「多摩川河川敷」にて「8/18(土)に開催されるようである)。

 今の所、小生は今年も一つも花火大会の会場へ足を運んでいない。

 ただ、都心を中心に都内をうろうろするという仕事柄、花火大会会場、あるいは見物スポットへのニアミスは少なからずある。

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2007/08/14

卑弥呼(古代の女性)像が変る!

 義江明子氏著の『つくられた卑弥呼―“女”の創出と国家』(ちくま新書)を読了した。この手の本には目のない小生、図書館で本書(の背)を目にした時は、刊行されて十年も経っている、ありがちな本なのかなという印象を受けた。
 タイトルが、何というか、悪くはないが、目立てばいいっていう感じを受けてしまったのである。

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← 義江明子著『つくられた卑弥呼―“女”の創出と国家』(ちくま新書) 秀逸! 古代や古代史を見る目が変る!

 が、本書は「2005-04-10出版」であり(僅か2年前の刊行!)、著者の義江明子(よしえ あきこ)氏も素人ではなく、「現在、帝京大学文学部教授。専門は日本古代史・女性史。(夫は、日本中世史研究者の義江彰夫)」というれっきとした歴史学者なのである。
 名前を知らないのは、小生の無知さは別にして、専門が「専門は日本古代史・女性史」ということで、女性には特に弱い小生、少々馴染みが薄いということもあるのかもしれない。

 まさに女性の視点からの著書。
 よって、女性の側の贔屓の引き倒しという面がないのかどうか、当初はつい、多少は(失礼ながら、不遜ながら)眉唾的な記述がないかと警戒心を持って読み始めてしまった(正直に書きすぎているかな?)。

 が、読み始めて、その論述の確かさと説得力ある記述にあっさり屈服してしまった。

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2007/08/13

「07馬橋パレード」情報

07馬橋パレード情報」なる記事をアップしました!

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2007/08/12

朝青龍バッシングはやっぱり異常だ!

[「朝青龍バッシング」問題については、「むらログ 朝青龍バッシングに高まる批判」や「むらログ こうして悪役に仕立てあげられる朝青龍」など「むらログ」の最近の一連の記事が一番、纏まっているし、かつ穏当なサイトだと小生は思っている。(8/19 追記)]

 朝青龍の<サッカーや仮病>にちなむバッシングはマスコミも角界も一般世論も異常なものがあった。
 しかも、 未だに一方的と思われる朝青龍バッシングが続いている。

 小生は既に簡単なメモを書いている:
朝青龍バッシングは異常じゃないの?

 このたび、「中田英寿氏HPで“仮病疑惑”に初言及「頑張れ、朝青龍!!」(SANSPO.COM スポーツ)ということで、当事者の一人でもある(マスコミの報道ぶりに辟易したという意味でも当事者の一人だ)中田英寿氏が今回の問題についてメッセージを発した。小生もほぼ同じ見解を抱いている。
 一部、転記する:
nakata.net -- 中田英寿オフィシャルホームページ 2007.08.10

正直、外から見ている俺には、何が本当で何が間違っているのか分からない。さて、朝青龍は本当に仮病だったのだろうか?少なくとも朝青龍本人が、それを認めたわけでもないのに、仮病であると断定したかのような報道がされているように感じる。優勝するほどの活躍をした人間が、歩くことも出来ないような怪我をしていたとは想像しにくい。もし、どうにか耐え抜いてきたけれど、次の場所に向けて横綱のなにふさわしい取り組みをするためには、怪我を完治させるために、巡業を見合すという選択もありえると思う。

もし怪我は紛れもない事実で、その治療のために場所後即、モンゴルに帰国しているとしたら?深刻な怪我は腕なので、子供たちとのほんの少しサッカーをするくらいであれば、それほどの支障もなかったとしたら?モンゴル政府と日本政府からの要請があり、さらに俺も参加すること決まっているモンゴルの子供たちのためのイベントで、日本とモンゴル両国のためにも、子供たちのためにもと、良かれと思ってやったことだったら?

巡業休業のことは何も知らなかったが、試合後に、俺は実際に、朝青龍自身から腕をかなり痛めていると聞いた。食事の皿を取るときにさえ痛がっていた。モンゴルには、その治療のために帰ってきたと聞いた。治療にいい温泉があるんだとも言っていた。

とはいえ、誤解を招くような行動には、もちろん問題はあったのだろうが、今回の騒動は、外から見ている限り、ここぞとばかりに、メディアも朝青龍をいじめているようにしか見えない。彼が横綱としてふさわしいとかそういうことは相撲の世界を分からないし、自分がコメントできることではない。横綱は強ければいいというものではないという、相撲の考え方もわからないわけではない。

ただ、二十一場所も、モンゴル人でありながら、たった一人で横綱として日本の相撲界を支えてきた。すばらしい結果を残しているアスリートであることは紛れもない事実だ。

すべての人に、この辺のことをもう一度考えてもらいたいと思う。メディアや周りの意見に簡単に惑わされない”自分”を持ってもらいたいと思う。

そして最後になったけれども、友達と言わせてもらえるのなら、朝青龍には、この騒動に負けることなく、一日も早く怪我を克服し、よりいっそう強い横綱として土俵に戻ってきてもらいたいと思う。

頑張れ、朝青龍!!


                        (転記終り)
 全文は、会員サイトである、「club.nakata.net」や「nakata.net mobile」などで読むことができる(らしい。小生は会員ではない)。

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2007/08/11

<降格>した冥王星、新たな主役に!

 車中では空車の時はラジオ三昧である。以前の車ならFMラジオが聴けたので、音楽三昧だったのだが、今、小生が担当している車にはAMラジオしか付いていない。カーナビは付いているが、まさしくナビの単機能。テレビなんて夢のまた夢。
 民放は若者向けの音楽(小生には音楽に聞こえない!)番組が中心で、熟年(?)の小生らの年代はほとんど相手にされていない。
 未明近くに演歌を扱う番組があるくらい、かもしれない。
 地方切捨ての政治というが、ラジオでは(民放は特に)熟年など大人が切り捨てられている。聞くに堪える番組をとなると、夜中を待つしかない。

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→ 「ヘリオスフィア」 (画像は、「太陽系 - Wikipedia」より)

 なので、自然、ラジオというと、NHK第一放送がメインとなる。
(尤も、今は頼みの綱のNHKさんも高校野球一色。ガッカリ!)

 先日は「財団法人 日本総合研究所」の会長である寺島実郎氏の話を聴けて有意義だった。
 同氏の見解は小生にはとても参考になる。アメリカのみならず中国を重視した将来展望をとか、中国の経済発展には環境対策が喫緊の課題であり、日本が環境技術を通じて新たに戦略的なODAを考えるべきだとか、あれこれ興味深い話があった。
 が、営業中の聞きかじりだし、同氏の著書を読む機会を得て、改めて何か書くかもしれない。

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2007/08/10

「ジョージ・エリオット」作品について

 本稿は、「「ジョージ・エリオット」解説」に続くものである。掲載した文章の性格そのほかについては、当該頁を参照願いたい。

 過日、筑摩書房版の『世界文学大系 85 ジョージ・エリオット』(工藤好美/淀川郁子訳)を借りてきた。
 下記作品が所収となっている:

「フロス河の水車場」 ジョージ・エリオット(George Eliot)Tr:工藤好美/淀川郁子
「とばりの彼方」 ジョージ・エリオット(George Eliot)Tr:工藤好美/淀川郁子
「ジョージ・エリオット論」 ヴァージニア・ウルフ(Virginia Woolf)Tr:淀川郁子

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← 画像は、Usherさんに教えていただいた頁である、「George Eliot - Wikipedia」より。

 ジョージ・エリオットの作品を読むのも楽しみだけど、ヴァージニア・ウルフの文章も読めるなんて望外の喜び。まして、「ジョージ・エリオット論」 だなんて!
 まあ、小生のことだから、短くても二ヶ月は読了に要するだろうけど、ゆっくりじっくり大河に身を任せ、重厚な世界を堪能したい。

 ジョージ・エリオットについては:
George Eliot(ジョージ・エリオット)のプロフィール・作品・翻訳本の紹介
George Eliot - Wikipedia

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2007/08/09

島崎藤村『桜の実の熟する時』の周辺

 久しぶりに、河盛好蔵著の『藤村のパリ』(新潮社)を読んでいる。
 久しぶりに…。僅か、5年ほど前に読んだ本。
 なのに、小生、本書を手にして半ばまで読み進めてしまっているのに、数年前に読んで感想を書いてメルマガに掲載したこと、さらには、3年にもならない前にブログに再掲していることをすっかり忘れていた。

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→ 河盛好蔵著『藤村のパリ』(新潮社)

 そう、以下に掲げる拙稿「島崎藤村『桜の実の熟する時』の周辺」の冒頭の一節に、「小生はいよいよ藤村の世界にのめり込んできた。昨年は二ヶ月かけて『夜明け前』を読んだし、今年は『破戒』を読んだ。『破戒』はこれで三度目の読了となる。『若菜集』などの詩集は通読しただけでも二度はある。過日は河盛好蔵氏の『藤村のパリ』を読み、その感想文については既にここでも掲載済みである」とあるのを読んで初めて、気がついた。
 というより、まだ半ば信じられなくて、当時の拙稿を探し出して初めて、そういえばそんなことがあったっけと、遅まきながらに悟った次第なのである。
 我ながら情けない。
 こんな小生だから、人様の記事を何処かで読んでいても、そのことをすっかり忘れ、さも、自分の意見のように、賢(かしこ)ぶって、分ったようなことを書くかもしれない。いや、きっと、書いているんだろうな…。

 まあ、それはそれとして、小生、島崎藤村について、あるいはその周辺を巡って幾つも拙文を晒してきた:
島崎藤村『桜の実の熟する時』の周辺
島崎藤村『家』あれこれ/
島崎藤村『春』を読みながら
島崎藤村『夜明け前』を、今、読む(1-4)
             ~  「同上(15-17)
河盛好蔵著『藤村のパリ』
岡本綺堂『江戸の思い出』あれこれ

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2007/08/08

『アフリカの音の世界』は常識を超える!

 文化人類学者である塚田健一氏著の『アフリカの音の世界―音楽学者のおもしろフィールドワーク』(新書館)を先週末に読了。2000年に刊行された本なので、新しい本とは言い難いだろうが、面白かったとは言い切ることができる。
 謳い文句では、「耳を圧倒するハーモニー、ずらして組み合わせる巧妙なリズム、西洋音楽の常識を解体するゆたかな音の世界。灼熱の大地を縦横にフィールドワークする音楽学者が、その魅力をいきいきと描く。」となっている。

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← 塚田健一著『アフリカの音の世界―音楽学者のおもしろフィールドワーク』(新書館)

 過日、「ラジオ聴き音の風景たっぷりと」の中で、「東南アジアの民族音楽、サウンドスケープ、サウンドアートを研究する。ジャワ音楽をシスワディほかに師事。1980年代よりガムラングループを主宰し、カナダ、インドネシアへの海外公演を成功させる」という人物であるマルガサリメンバーの中川 真氏を紹介した。
 あるいは、「秀逸! 工藤隆著『古事記の起源』」の中で、「古事記」研究が、21世紀に入って、中国を初めとするアジア規模で、そのルーツや淵源を(今に残る形を通じて)探る新しい段階に入りつつあることを紹介している。
 音楽の世界でも、日本の研究者が既にアフリカへのその始原の音を求めての研究の旅に出ていることが本書で分った。
 西欧の<楽譜>に象徴される音楽とは実に対照的な<音の世界>が塚田氏の、積極的に現地の人びとに溶け込む人柄も相俟って、興味深く示されている。
 本書で小生がサンバを初めとする音楽の探索を試みてきたことの、かなりの事柄に付いて、その淵源に逢着したような気がして嬉しかった。
 単純に、ヘエー、そうなのという感動を覚えたりしたことも何度もある。

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2007/08/07

物理学界がいま最も注目する5次元宇宙理論

 宇宙論や素粒子論好きの小生なのだが、迂闊にもNHKテレビで特集番組を放映された昨年来、巷(ちまた)でも話題沸騰(?)となっている人物、そしてその方の理論について、今朝までまるで知らない(気付かない)で来た。
 我ながら情けない。これも、書店へ寄らない(当然、本は買わない。雑誌も無論。新聞は取っていない)生活が40ヶ月以上続いている結果なのだろう。
 テレビもモバイルなので、画面をじっと見るのが億劫だし、その前に新聞がないので、その日、あるいは近々、どんな番組が放映されるのかの情報に思いっきり疎くなっている。

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→ リサ・ランドール著『NHK未来への提言 異次元は存在する』(NHK出版 Online Shop) 下記するインタビュー番組が早くも本になっているのだ!

 まあ、愚痴はこれだけにして、その話題とは、リサ・ランドール(Lisa Randall)博士の異次元理論の件。

 小生が気付いたのは、全くの偶然で、今朝、昨日の営業を終えて帰宅し、洗濯等しつつテレビを観ていたら、彼女が登場したのである。NHKテレビ。
 そう、目下、来日中なのである。

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2007/08/06

はぐはぐを望みしもついちぐはぐに!

[以下は、ミクシィでの今日の日記からの転記]

なんともちぐはぐ…はぐはぐしたい
 今日は午後から個人タクシーの勉強会がある。なので、土曜日の営業を夜半過ぎに終えて早退し、三時前後に帰宅、朝の四時前には就寝。
 すぐに眠れず、テキストを手に少々勉強。
 それでも寝入ったらしく、九時前に目覚めた。

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← 8月4日、都内某公園で見かけた植え込み。小花たちが可愛い。

 テレビを見つつ食事をし、少々勉強…し始めたところで、眠気。家を出る予定の時間にはまだ余裕があるので、仮眠を取ろうとした。
 すると、宅配便が来た。田舎から。
 その受領の事務で眠気が暫時、去り、仕方なくテキストを開く。
 と、また、すぐに眠気。睡眠不足(ほぼ徹夜勤務なので足りないのは歴然)。
(ちなみに、昨日の営業には、過日の羊羹パック開封事件で穴を開けてしまったズボンを試しに着用。風通しがいい?! )
 
 そもそも、夜中に自転車に乗って会社から帰ってきて、あと数百メートルのところで、路上に横たわる人を発見したのが生活のリズムというか予定の狂った一因なのだ。

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2007/08/05

「ジョージ・エリオット」解説

[表題が「「ジョージ・エリオット」解説」となっているが、小生如きがおこがましくも本作品について解説を加えようというのではない。小生が読んだ下記の本の解説を<転記>するという意である。]
[このたび、「芸術への審美的欲求と想念」という副題の付いた、Usherさんの畏敬すべきブログサイト「Fonthill Abbey」にてリンクをしてもらうことになった。光栄…というより、率直に嬉しい! 小生のほうはという、既にこっそり勝手にリンクさせてもらっている!]

 ジョージ・エリオット著『ロモラ』(工藤昭雄訳、集英社版 世界文学全集 40)を8月1日、読了した。前回、本書を読んだのは94年のことだから、13年ぶりの挑戦ということになる。
 94年の失業時代、プールに通って体のリハビリをし、毎日、十枚の創作をし、毎日、読書した。せっかくのぽっかり空いた短からぬ月日ということで、可能な限り文学にしても過去に読んだことのない作家を渉猟した。
 あるいは文学に限らず、名前を知っているか否かに関わらず、ジャンルを問わず、手にしたことのない作家(書き手)の本を読んだものだった。

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→ 画像は、「ジョージ・エリオット - Wikipedia」より

 この間のことは、「古田武彦著『人麿の運命』の周辺」において大よそのことを書いている。
 その一年余りの間の読書で発見した作家(書き手)は少なからず居るが、その筆頭の一人は、まさにこのジョージ・エリオットであり、『ロモラ』だったのである。
 今回、13年ぶりに二ヶ月余りをかけて読み返してみて、あの感動が改めて蘇るようだった。せっかくなので、感想文を綴るところだろうが、小生には手に余る。
 むしろ、ジョージ・エリオットという作家について多少の紹介を試みるほうが有益だろう。

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2007/08/04

阿久悠「愛すべき名歌たち」よ、永遠に

 作詞家(小説家でもあった)阿久悠さんが8月1日に亡くなられた。
 奇しくも一昨日、読了したジョージ・エリオット著『ロモラ』関連の記事を書こうと思ったが、急遽、変更する。

 8月1日というのは、小生自身にとっても因縁の日。
 小生の名前・国見弥一の弥一(81)は、「国見弥一のプロフィール」で若干、触れておいたように「高校三年の夏、この日、小生は、神通川の土手に立ち、川面や向こう岸の呉羽山などを眺めながら、それまでの理科系志望から哲学志望に変更することを選んだ」、忘れ難き日なのである。

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← 8月2日、皇居の前を通りかかった。雲が妖しい。この日の夕方、遠く九州に台風が上陸したのだった。

 幸い、今夜、「NHK総合テレビの「プレミアム10」は急遽放送予定を変更して追悼特別番組「ありがとう阿久悠さん 日本一のヒットメーカーが生んだ名曲たち」を放送し」てくれたので、その番組を最初から最後まで見ていた。聞いていた。
 彼はテレビという映像の時代を強く意識した作詞家であって、ラジオやLP(あるいはCD)などで聴くのもいいが、歌手の衣裳や舞台も含め、トータルに歌手を歌を演出しようとしてた。
 何故、そうなのか。それは、歌が時代に即しているものであり、時代という舞台があってこその歌だからということとも深く関わっているのだろうと思う。

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2007/08/03

「ハーフロック」アップ!

 7月21日付けの日記「今日はNASVAへ」の中で小生は以下のようなことを書いている:

 前夜は、例によって遅くまでブログ書き。
 といっても、創作。「Mystery Circle 企画MC 《Funny story Mystery Circle》」に参加しようと、下記の条件に沿った創作をしようとした:
Mystery Circle 企画MC 《Funny story Mystery Circle》

 一読して分かるように、条件が細かすぎて、生真面目に条件を守っていたら、普通なら省くはずの情景(背景)描写に手間取り、肝心の話の中身になかなか入れない。
 背景説明だけで、小生が普段書く掌編の長さを越えてしまった。

Photo

→ ハーフロック(「ウイスキーを楽しむ ウイスキー・ミュージアム サントリー」より)

 とうとう、夜中の二時ごろ、ギブアップ!
 それから、慌てて就寝したのだけど、眠れない。
 小説を途中で頓挫させたという口惜しさがあったし、朝、7時に起きれるか心配だったし、あれこれ悶々としてしまい、寝入ったのは何時だったのだろう。しかも、夢をあれこれ見る!


 つまり、小生は20日の夜、せっせと創作を試みていたのだが、細かな条件に沿った背景を書き込むのに手間取り、とうとう書きあげられず、翌21日になんとか仕上げたのだった。
 小生にはちょっと苦手な分野で、掌編は大概、長くても二時間で書きあげるのが、二日に渡って仕上げる羽目に。

 当該頁で本作が8月1日、アップされたので、本日、拙ブログでもアップします:
ハーフロック

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2007/08/02

「梅雨明け宣言」出たけれど

 月初めなので、恒例の目次を作成しておく。先月七月一カ月分である。
 例によって、「題名」(テーマ 作成日)の順となっており、題名でテーマは基本的に示されている(はずである)。太字は、キーワードやテーマの焦点を示す。

「岡本太郎「明日の神話」観てきたぞ」(目次・索引, 美術エッセイ 2007/07/01
「「ブルームーン」…この酒は甘いぞ?!」(掌編 2007/07/02
「子供のお使いでした!」(タクシーエッセイ 2007/07/03
「何か忘れてやしませんか…ホントだ!」(書評エッセイ 2007/07/04
「試験より健診結果が心配でした」(タクシーエッセイ 2007/07/05
「雫垂る木槿の面に空映し」(俳句・川柳, 季語随筆 2007/07/06
「車内はラジオ三昧です!」(永井潔、硲伊之助 2007/07/07
「誰も皆踊る姿にしびれます」(絵画の中のダンサー 2007/07/08
「サンバとは音・歌・踊りの饗宴さ」(サンバ日記 2007/07/09
「「第29回 薬王寺・柳町 七夕まつり」画像情報」(2007/07/10

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2007/08/01

神坂次郎著『時空浴』…「鈴木姓」をめぐって

 車中でラジオに聴き入っていて知った作家・神坂次郎氏のことを「『今日われ生きてあり』の意味」で採り上げている。
 といっても、この記事を書いた時点では同氏の著作を全く読んでいなかった。
 で、早速、この記事を書いた週末に図書館で同氏の本を物色。
 とりあえず、車中(といっても、電車での移動の最中)に読むに手ごろな本を選らんだ。
 それが、神坂次郎氏著の『時空浴―熊野・高野から』(日本放送出版協会)である。

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← 神坂次郎著『時空浴―熊野・高野から』(日本放送出版協会)

 出版社側の謳い文句に拠ると、以下のよう:

 故郷和歌山に根を下ろして執筆活動を続ける作家は、ひとり旅の達人でもある。
“日本の異界”熊野、聖地高野山からはじまる旅。それを作家は「時空浴」と呼ぶ。
 時空を越えての旅は、韓国・中国からインドさらにはポルトガルにまで至る、三十年におよぶ旅の記録を集大成した壮大な歴史紀行。

 テーマや善し! 小生も熊野と言わず、こんな紀行をしてみたいものだ。
(余談だが、小生には、「「天地水 月光浴」そして「色彩浴」」なる記事もあるし、「月 光 欲」というほのぼの系の掌編もある。←「月光浴」という題名でない点に注意!)
 岩盤浴なんて言葉も知ったが、時空浴なんて言葉もあったんだね。同じ浴でも、スケールが違う。

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