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2007/07/01

岡本太郎「明日の神話」観てきたぞ

 月初めなので、恒例の目次を作成しておく。先月六月一カ月分である。
 例によって、「題名」(テーマ 作成日)の順となっており、題名でテーマは基本的に示されている(はずである)。太字は、キーワードやテーマの焦点を示す。

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→ 「東京都現代美術館」のある公園全景。

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← 美術館へ続く緑のコリドーの木陰には小鳥たちが一杯。

 土曜日の朝、不意に思い立って、「東京都現代美術館」で来年の四月まで特別展示されている岡本太郎の『明日の神話』を見に行ってきた。
 朝、十時半ごろだろうか、何故か不意に見たくなった、会いたくなったのである。
祈り込め「明日の神話」これからも」で、勉強も兼ね、岡本太郎の「明日の神話」の紹介をしているのだが、書いていながら実際に観に行くのはそのうちと思っていた。

 けれど、天気が予報に反して良さそうだったこと、今年の秋までは、タクシーの勉強会で週末を中心に塞がっていることが多いことなどから、仮に行くとしても秋も深まってからとなってしまう、そんな情けない見通ししかない。
 だったら、今日だ。今日、行って悪いわけは何もないじゃないか、というわけである。
 ベッドから跳ね起きたら、もう十一時。食事は、後回し。食事を済ませると、お茶か珈琲が飲みたくなる。一服したら一眠りしたくなる、仮眠から目覚めたら、午後も遅めの時間となっている、そんな休日の過ごし方が自分にはありがち。

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→ 「東京都現代美術館」入り口通路の側面外観。

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← 入り口の光景。左側のマルレーネ・デュマス展は、観なかった。

 なので、食事はしないで、十一時過ぎにはもう、最寄のバス停へ向っていた。雨の心配も日中はなさそう。日差しも強くなさそうなので、ハットも不要だろう(ハットについては判断が間違っていた。美術館へ向う道すがら、強い日差しに悩まされた。美術館の最寄り駅から美術館へは十分以上歩く必要があったのだ)。

 東京都現代美術館に足を運ぶのは数年ぶり。といっても、前はバイクで来ているので、バス・電車で向ったのは初めて。
 歩いてくると、近くには小さな橋がやたらとあること、清澄庭園や美術館のある公園の大きいことを実感させられた。公園には人々がのんびり過ごしているのは当然として、木陰に数多くの小鳥たちが餌を探し回っているのに気付かされる。
 そんな公園を尻目に、やや唐突に近代的な建物がニョキッと姿を現す。建築家・柳澤孝彦(TAK)の設計になる、いろいろ取り沙汰されることの多い東京都現代美術館である。

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→ 常設展コーナーに入ると、岡本太郎やマーク・ロスコや吉原治良、白髪一雄らの作品が出迎えてくれる。が、その奥へ入ると、ドドーンと岡本太郎の「明日の神話」が。その威容に圧倒される。縦5.5メートル、幅30メートル

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← 「明日の神話」の左部分。

 企画展もやっているのだが、小生の目的はあくまで岡本太郎の「明日の神話」を見ることにある。常設展コーナーへ真っ直ぐ。スゥ・ドーホーの≪Reflection≫に夢幻的で浮遊感を覚えつつも、あとで時間があったら(というより、空腹を缶ジュースで誤魔化していただけなので、気力が萎える前に、というべきか)見ることにして、まっすぐ岡本太郎の「明日の神話」の展示室へ向おうと思ったら、いきなりというか、突然というか、心構えもできないうちに巨大な展示室に迷い込んでいた。
 高校の体育館より大きく天井も高い空間がまるごと、岡本太郎の「明日の神話」の展示に捧げられている。
 彼の絵画作品が巨大だとは写真や数字などで知らないわけではなかったが、実物の迫力はやはり格別。圧倒的な存在感で迫ってくるのだった。

 後述する他の部屋の作品群は撮影が許されていないのだが、岡本太郎の「明日の神話」は撮影が許されている。
 なので、小生、作品を心行くまで堪能すると共に、細部や全体像を何枚となく撮影した。
 作品という現物を見て気付いたことはいろいろあるが、瑣末(?)なことを書くと、作品の中央部、ある意味作品の心臓部に当ると思える人体が炸裂する爆風によってバラバラに引き裂かれ、脊髄が露わになり、骨が四方八方へ飛び散ろうとする、その骨が、他の部分が平面の画であるのと違って、ググッと盛り上がった風に描かれていること。
 やはり、解体される骨(かどうかは分からないが)の無残さに相当の思い入れがあるのだろうと察せられた。
 他に、恐らくは、ビキニ環礁東方での水爆実験で漁船「第五福龍丸」が被害に遭い、放射能症などで死傷した事件が絵画に描き込まれていることも確認できた。
(小生が生まれる数日前に起きたこの事件については、「☆第五福竜丸☆」などを参照。)

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→ 「明日の神話」中央の解体される人体像の部分を下方から撮影。骨(?)が盛り上がっているのが分かるだろうか。

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← 「明日の神話」右側やや下の部分。「☆第五福竜丸☆」事件が象徴的に描かれているのか。

東京都現代美術館MOT [『明日の神話』特別公開]」にも紹介されているが、「『明日の神話』に至る最初の空間では、暗い空間の床に点々と置かれ白い光に照らされる岡本太郎の彫刻とともに、マーク・ロスコ吉原治良白髪一雄など岡本太郎と同年代の作家の作品による原初の表現とも言うべき作品がが『明日の神話』へと誘」う。
 マーク・ロスコや吉原治良、白髪一雄らの抽象絵画風の作品は、90年前後から95年頃に懸けて、散々見て回ったもので、懐かしい友人らと再会したような気分。

 一方「『明日の神話』の後には、ヤノベケンジ八谷和彦宮島達男など、太郎の「神話」のエネルギーを引き継ぐ世代による新しい技術との融合によって生み出された作品を展示し、過去から未来へと続くストーリーをつむぎます」という展示室は、可能性は感じるが、作品のスケール感というかエネルギーの沸騰する感じが乏しい。
 そんなものを求める小生が時代遅れなのだろう…か。

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→ 韓国人アーティストであるスゥ・ドーホー(Do-Ho Suh)の≪Reflection≫は、「ファブリック・アーキテクチャーと呼ばれるシリーズの作品」で、彼のソウルにある生家の門をイメージしているらしい。<水面下>に注目。

「都心の地下は穴がいっぱい謎だらけ」(松濤温泉シエスパ 2007/06/21
「「永遠の歌姫伝説~美空ひばり生誕70年」から」(岡村 和恵さんの話から 2007/06/22
丘 の 河 童」(掌編作品 2007/06/25
「ハット得て夏の日差しに負けません」(帽子談義 2007/06/24
UFOは宇宙そのもの謎の船?」(空を飛ぶ夢 2007/06/25

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← スゥ・ドーホー(Do-Ho Suh)の≪Reflection≫を横から観た。

 常設展示のコーナーの出入り口には美術グッズの販売コーナーがある。そうしたものに目のない小生だが、書籍を買う余裕のない小生、さっさと素通り。そのまま美術館を後にするつもりだったが、「PUBLIC SPACE PROJECT」なる展示が入場無料で楽しめるとあり、せっかくなので覗いてみた。
 これは、「アーティストの支援とアートへのアクセシビリティを広げることを目的に、7400㎡におよぶ広大な展示スペースをもつ東京都現代美術館を使って、若手アーティストの支援とアートへのアクセシビリティを広げることを目的としたプログラム」なのだという。
 小生は若手作家らの作品を見て回るのが好き。可能性を感じてしまう。何十人という作家を一度に見ることができるなんて、嬉しい限りだ。名前は書かないが(撮影も許されなかったので、画像での紹介もできない)、何人か気に入った作家もいた。
 気に入ったというより、横溢する才能に惚れ惚れしてしまった。凄い、凄い。

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→ 美術館を出て、ちょっと左手のほうを眺めたら、緑のコリドーが目を和ませてくれた。

「ベリーなる美神の舞いを見てきたぞ」(ベリーダンス三木成夫と? 2007/06/26
助数詞にゃ匹夫の勇も空回り」(匹と頭 2007/06/27
時計草明日は会えると信じてる」(季語随筆 2007/06/28
「誰も皆アウトサイダーの行く末は…」(アウトサイダーアートガストン・シェサック 2007/06/29
「祈り込め「明日の神話」これからも」(岡本太郎原爆 2007/06/30

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コメント

岡本太郎の「明日の神話」は原爆(だけじゃないけど)が大きなテーマになっている。
そんな話題を採り上げたら、いきなり冷や水を掛けるような発言が飛び出した。
そう、久間防衛相の「原爆投下に関し「しょうがない」の発言」である:
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070701-00000001-maip-pol
今日になって撤回したようだけど、本音は露見してしまった(以下、弁明の部分も含め転記する):
 久間章生防衛相は30日、千葉県柏市の麗沢大学で「我が国の防衛について」と題して行った講演で、太平洋戦争終結時に米国が広島、長崎に原爆を投下したことについて「米国はソ連が日本を占領しないよう原爆を落とした。無数の人が悲惨な目にあったが、あれで戦争が終わったという頭の整理で、今しょうがないなと思っている」と述べた。被爆地・長崎の出身でもある現職閣僚が、原爆投下を部分的に肯定したとも受け取れる発言に対し、野党は閣僚の罷免を求めるなど激しく非難しており、波紋が広がっている。
 久間防衛相は当時の戦況について「(米国は)日本が負けると分かっているのに、あえて原爆を広島と長崎に落とした。これなら必ず日本も降参し、ソ連の参戦を食い止めることができる、という考えだった。間違えば北海道まではソ連に取られてしまった」などと分析した。
 原爆投下については「米国を恨む気はないが、勝ち戦と分かっている時に原爆を使う必要があったのか」と疑問を呈し、その一方で「国際情勢や戦後の占領を考えると、選択肢として戦争の場合は(原爆投下も)あり得るのかなと思う」と言及した。
 久間防衛相は同日夜、東京都内で記者団に対し、自身の発言が問題視されていることについて「ソ連の意図を見抜けなかった日本の判断ミスについて言った。そのために、私の(選挙区である)長崎なども悲惨な目にあった。しょうがない点もあるが、相手の意図を見抜かなければならない。それで『米国(のこと)はもう恨んでいない』と(いう趣旨のことを言った)。原爆を是認したわけではない」と釈明した。【田所柳子】
(以上、転記)


「ソ連の意図を見抜けなかった日本の判断ミス」を言う前に無謀な戦いに突入した軍部当局の判断、暴走した陸軍、後押ししたマスコミや世論、そして早い段階で終戦に持ち込めなかった当局の交渉力、やんごとなき方の決断の遅れなどが問われるべきだろう。
事情が理解できたら原爆投下も仕方がないというのなら、イスラエルそのほか、いろんな国が喜んで投下する。だって唯一の被爆国の防衛相が是認しちゃったんだからってね。

投稿: やいっち | 2007/07/01 18:47

思い立って見て来られて良かったです。この作品についてはBLOGを通して、この一年ほどで知ることが出来ました。私も是非一度、現物を確認したいと思っています。

政治的な発言が問題となっているようですが、原爆資料館だけでなく、こうしたものを素直に見て、初めて共通の土台で語り合えるものと思います。

そこでは、米国の戦略や冷戦構造、本土上陸決戦を防いだ意味や沖縄の史実などの議論を越えた世界観が必要となります。そして、こうした芸術に対しておかしな見解がなされるならば、文化などはそもそも必要が無いのです。

政治家や文化人がどんなに人を魅了したり、「話せる人間」であろうとも、こうした根本的な世界観と責任感を伴う知性が無いならば、彼等が何を語っても無駄なのです。憲法改正などと言う前に、その歴史の意味を充分に議論して各々自らが確認出来ないならば、そこに将来などはありませんね。

投稿: pfaelzerwein | 2007/07/03 05:09

pfaelzerwein さん、コメント、ありがとう。
小生、情けないことに、長崎原爆資料館も原爆ドーム(広島平和記念資料館)も見ていません:
http://www1.city.nagasaki.nagasaki.jp/na-bomb/museum/
http://www.pcf.city.hiroshima.jp/
十六年前だったか、オートバイで広島を通って島根(東京→島根→富山→東京)を抜けたことがあったのですが、休みがギリギリで、広島を通っただけ。
ただ、思うのは、小生が小学生の頃までは、戦災のあと(空襲のあと)が富山市内の方々に残っていて、瓦礫で入り口の塞がった防空壕などを見た光景のこと、我が家の蔵の壁に米軍の戦闘機の機銃掃射の弾痕が残っていたりした生々しさです(当然、我が家は全焼)。

アメリカ軍がやったことは、対ロシアがどうだとか、戦争を早期に終わらせるといった真っ当そうな理由を越えて、悪意を感じます(長崎と広島にわざわざ違うタイプの原爆を投下するなど)。
原爆の使用は文句なく軍民を無差別に殺傷するということを意味します。どう弁解しても、軍の施設だけを狙ったとは言えない。
空襲にしても、米軍は民間人を無差別に殺戮しました。

仕方ないことという言い方は(少なくとも日本人の口からは)間違っても出してはいけないこと。
憲法改正を(ポーズなのかどうか)唱えるより、まず、日本の負の財産を一掃することから、つまり足元を固めることから始めるべきでしょうね。

折しも、久間防衛相辞任の一報、ついで、後任に小池百合子首相補佐官という報が伝えられています。
なんだか、仲良しクラブで大臣の座を盥回ししているようで、ちょっと心配な人事なのですが。

投稿: やいっち | 2007/07/03 16:45

弥一先生、初めまして。ある日、明月記を見てから、ほぼ毎日ずらっと読んでます。実は、多少の負債を負っていて、生活を切り詰めてきたので、たまに先生の生活の様子が書いている文章を読むと身につまされてきました。すみませんです。が、先生は、最近、帽子を購入されたり、ダンスを見に行ったり、美術館にも行かれているようですね。先生が借金を完済されたのかどうか、わからないですのですが、なんか先生が調子出てきている様子なので、こちらも元気が出てきてます。こんな読者がいることも覚えておいてください。あんましコメントできませんが、よろしくお願いいたします。

投稿: ラベリンとん89 | 2007/07/15 09:06

ラベリンとん89さん、コメント、ありがとう。
小生は旧態依然たるものです。ほとんど開き直り。空元気って奴です。
美術館だって、昔は月に二度は行ったのが、今は年に数回あるかどうか。
まあ、おカネがなくたってそれなりに生活を楽しむってわけです。
なんたって、図書館で本やCDを借りられるので、読書(と音楽)と執筆という楽しみは貧乏していても楽しめる。小生の場合、当面、これで十分です。

投稿: やいっち | 2007/07/15 21:47

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