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2007/06/04

「日本人になった祖先たち」の周辺

まったりの週末の日々夢と去り」にて題名だけ紹介した松島義章著『貝が語る縄文海進  南関東、+2℃の世界』(有隣新書64)、篠田謙一著『日本人になった祖先たち―DNAから解明するその多元的構造』(NHKブックス)、小峯和明著(藤沢周平の前書き)『新潮古典文学アルバム 9 今昔物語集・宇治拾遺物語』のうち、『日本人になった祖先たち』と『今昔物語集・宇治拾遺物語』を読了した(デュ・モーリアの「レベッカ」も)。

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→ 篠田謙一著『日本人になった祖先たち―DNAから解明するその多元的構造』(NHKブックス)

 このうち、「縄文から弥生への移行は平和的に行なわれたのか?渡来した集団の規模は?さまざまな疑問に縄文・弥生人の遺伝子分析から答える意欲的な一書」という篠田謙一著『日本人になった祖先たち―DNAから解明するその多元的構造』(NHKブックス)について、若干の紹介を試みる。
 まあ、感想文にもならない。感想だと、非常に面白かった。DNA研究の成果が齎す日本人の由来についての最新の知見を知ることができて嬉しかった、で終わる。
 せっかくなので、本書で示されている考えの幾分かを紹介しておきたい。

 DNAと人類(新人)の起源論というと、本書でも紹介されているが、ミトコンドリア・イブ説を知る人は少なからずいるだろう。
ミトコンドリア・イブ - Wikipedia」に拠ると:

 ミトコンドリア・イブとは、人類の進化に関する学説のひとつで、人類のルーツがアフリカの一人の女性に集約する、という説。アフリカ単一起源説を支持する有力な証拠の一つである。
 人体の細胞の内部のミトコンドリアが、母からしか伝わらない(ミトコンドリアは卵の細胞質から受け継がれる)という性質に基づいて、ミトコンドリアDNAの変化を追跡した結果、すべての人が持つミトコンドリアDNAはアフリカのある一人の女性に由来する(彼女自身もミトコンドリア・イブと呼ばれている)、という結果が出た。

イヴの七人の娘たち』(大野 晶子訳、ソニーマガジンズ)の著者であるブライアン・サイクスは、「mtDNAの解明を進め、ほぼすべてのヨーロッパ人は、「イブの七人の娘たち」のうちの誰か一人の子孫だと主張した。つまりヨーロッパ人のmtDNAの系図には、驚くほど少数の幹しかないということ」を示したりしている。

 本書によると、近年、ミトコンドリアDNAのみならず、Y染色体DNAから探る研究も進んできて、Y染色体DNAから探る人類の共通祖先も、人類史の比較的新しい時代にアフリカで新人の祖先が生まれたことが示されたという。
 つまり、「ミトコンドリアDNAとY染色体DNAというまったく違うDNAを用いた研究で同様の結論が導かれたことによって、新人のアフリカ起源説は、ますます磐石なものになったように思え」るという。

 ミトコンドリアDNAの全塩基配列を用いた系統樹を見たことのある人も居るに違いない。
 ここでは、本書からではなく(若干、違いがあるが)、「日本人はるかなる旅展」からの図を示しておこう:
日本人はるかな旅展 遺伝学的証拠

 この図から分かることは、「現在全世界に住んでいる人類集団が四つのグループに分かれること」である。
 但し、決して、三大人種(白人、黒人、黄色人種)などではない!
 図を見れば分かるように、四つのクラスター(系統樹によって区分されるグループのこと)のうち、三つまでがアフリカに住む人だけで成っていて、「残りの一つのなかに、先のクラスターに含まれなかったアフリカ人と、それ以外の世界のさまざまな集団に属する人たちが集ま」ったのである。
 要するに、ヨーロッパ人とアジア人とアフリカ人を一緒にして」一つのグループができあがっているのである。
 もう一度、図「日本人はるかな旅展 遺伝学的証拠」を眺めてみてほしい。

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← 海部陽介著『人類がたどってきた道 “文化の多様化”の起源を探る』(NHKブックス 1028)

 新人(ホモ・サピエンス)の世界進出についても、本書とは図がやや違うが、「日本人はるかな旅展 新人(ホモ・サピエンス)の世界進出」なる図で、数万年に及ぶ新人の世界進出ぶりを見てみよう。
 ホモ・エレクトスになって初めての「出アフリカ」についで(それら世界に広がった旧人はアフリカを除き全て死滅したと考えられている)、第二の「出アフリカ」ということになる。壮大なドラマの始まり。
 何ゆえに故郷のアフリカの地を出たのか、ハッキリしたことは分かっていないようである。クリストファー・ストリンガー/ロビン・マッキー著『出アフリカ記 人類の起源』(河合 信和 訳、岩波書店)なんて、読んでみたいものだ。
(小生は以前、邪馬台国の所在を考える上で、何も日本列島やその周辺に視野を限るのではなく、広く南太平洋規模で考えてみる必要があるのではと主張したことがある。邪馬台国の所在が何処にあるにしろ、魏志倭人伝で言及されている国々については、場合によっては、南米の何処かってこともありえるのではと考えているのである。荒唐無稽? でも、卑弥呼が最終的には出雲か奈良の何処かへ招かれたのだとしても、出自は視野を広く保っておいていいのではなかろうか。
 ついでながら、ラジオで聴いた情報や海部陽介著『人類がたどってきた道 “文化の多様化”の起源を探る』(NHKブックス No.1028)を読んでの情報に典拠しつつ書いた拙稿「朱夏…夏の海」の後半の記述をチラッとでも読んでみて欲しいものだ。
 関連なしとしない記事として、拙稿「夢にてもいざ鄭和の大航海」なんてのも、小生は書いたことがある。人類の、人間の冒険心、野心、探究心、征服欲は凄まじいものがある。)

 さて、本書は二百頁ほどの本だが、情報が豊富である。
(風邪で仕事を休まなかったら、今週いっぱいを掛けてゆっくり読むはずだったが、一気に読み終えてしまった。)
 ネットで見つかる書評などを参考に、本書から(あるいは本書に付いて)興味を引きそうな論点や説を紹介しておく。
日本人になった祖先たち 記者が選ぶ コラム 本よみうり堂」では、「南方系の縄文人が住んでいた日本列島に、北方系の弥生人が渡来し、徐々に混血して現在の日本人が成立した。日本人の起源については、この「二重構造論」が今も主流となっている。著者が研究しているミトコンドリアDNA分析による成果でも、概(おおむ)ねこの理論を支持しているが、ことはさほど単純ではないことが分かってきた」として、本書に記述される縄文人(そして弥生人)の系譜に注目している。
 本書を読んで、ちょっと驚くのは、「朝鮮半島南部に今も縄文人と同じDNA配列を持つ人がかなりいることだ」という点だろう。「渡来人は弥生顔の人だけかと思ったら大間違いらしい。日本人のルーツをたどるには、東アジア全体の人の流れを考える必要があることを、分子生物学の成果は教えている」というのである。
 縄文人・弥生人についても、もっと虚心坦懐な姿勢で、少なくとも日本列島と朝鮮半島スケールの視点で研究が進められていくべきなのだろう。
(参考のため、「日本人はるかな旅展 分子レベルでみた日本人のルーツ」なる図を覗いてみるのも面白い。)

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→ 崎谷満著『DNAが解き明かす日本人の系譜』(勉誠出版)

志野原生 四百三十五人がくれた旅行券」がホームページの「日本人になった祖先たち」なる頁を覗いてみる。
 本書に書いてあるのだが、「日本人は世界一酒に弱い民族だ。ことに弥生人の進出度の強かった北九州から近畿を中心とする中央日本一帯はダメだそうだ」とか、所謂、漢民族の遺伝的背景の複雑さ多様さ、などなど。

 ただ、「NHKの、北九州縄文人人骨のDNAが、バイカル湖のブリヤート人と酷似していると言う指摘」は、確かに話題になったし、小生もテレビを(再放送で)見て遥かな思いに浸ったものだった。
 しかし、この主張の根拠に篠田謙一氏の研究成果(データの一部)が用いられているが、同氏は決して、「北九州縄文人人骨のDNAが、バイカル湖のブリヤート人と酷似している」といった安易な主張はしていない。
 この点については、本書でも参照されている崎谷満著の『DNAが解き明かす日本人の系譜』(勉誠出版)からの引用が示されている、「日本人の遺伝子 (+言語系統とヒト移住) [ EP end-point 科学に佇む心と身体Pt.2]」の、崎谷満著の『DNAが解き明かす日本人の系譜』(勉誠出版)を紹介する項が参考になる:

 NHKは『日本人はるかな旅1』で,人類遺伝学者篠田謙一氏のミトコンドリアDNAのデータの一部を利用して,「日本人」のルーツがブリヤート民族であるかの放送を行った. この筋書きは,データを利用された篠田氏が与り知らないところで決められたものであり(篠田氏私信), 人類遺伝学者の間でかなり物議をかもした問題である. Y染色体分析の観点から見ると, 日本列島に移動して来たC3系統の亜型と, 現在のブリヤート民族のC3系統の亜型とが一致するというデータがまだ存在しないため, せいぜいその共通祖先がC3系統に含まれるとしか言えない. またミトコンドリアDNA多型分析から見てもブリヤート以外のもっと多くのヒト集団が日本列島へ移動してきたことが分かっている(篠田2003Sci.Hum.Bensei42:10-18). そしてもっと重要なことであるが, 日本列島で主流になっている先住系ヒト集団はD2系統であり, 他にも02b系統や03系統の大グループが存在するため, この僅かなC3系統のヒト集団でもって「縄文人」や「日本人」全体を代表させるわけには行かないであろう.

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← ブライアン・サイクス著『イヴの七人の娘たち』(大野 晶子訳、ソニーマガジンズ)

 最後に本書の末尾近くから、若干の転記を試みておく。とても示唆的に思えるからだ:

 狩猟採集民として出発した私たちの祖先は、最初は緩やかな拡散によって、そのテリトリーを広げていきました。農耕を開始した一万年前以降には新たな移住の波が世界に起こり、それが一段落することで現在につながる地域的な違いが生じました。その後、歴史時代を通じてこの地域差は固定化されていきましたが、大航海時代以降の人類の歴史は、細分化した地域集団の境界を曖昧なものにしていきます。ヨーロッパとアフリカからは、大量の人々が新大陸に進入し、そこでは遠い昔にアフリカを出て以来、数万年間出会うことのなかった世界中のDNAが集合しました。近代社会になって、交通の発達とともにヒトの移動には拍車がかかり、今や、程度の違いはあるにせよ世界のどこの地域に行っても、人類の持つほとんどのDNAを見いだすことができるようになっています。
 この傾向は、石油資源の枯渇などによって社会の状況が大きく変革することでもない限り、促進されることはあっても停滞することはないでしょう。したがって今後も私たちの社会では、人類が長い時間をかけて蓄積してきた地域に固有のDNAの組成が解消する方向に進むと考えられます。それは日本でも例外ではなく、数百年とうタイムスパンで考えれば、今の私たちとは異なるDNAを持つ日本人が多数を占める日がくるというのも荒唐無稽な話ではないと思われます。歴史的に考えれば、現在は縄文・弥生移行期以来二度目となる、外部からのDNAの流入と国内での均一化が進んでいる時期であるとも捉えられます。Y染色体のDNAなどを見ると、日本の社会は大きな混乱もなく渡来した人たちを受け入れて、新たな社会を作ったようにも見えますが、二度目の今回はどのような経過をたどるのでしょうか。伝統や文化を大切にしながら、新たな社会を構築していく、私たちの知恵が試されることになるでしょう。

 ところで、転記した文中に、「今後も私たちの社会では、人類が長い時間をかけて蓄積してきた地域に固有のDNAの組成が解消する方向に進むと考えられます」とある。
 小生も基本的には理解しえる見解だと思う。

 気がかりなのは、「私たちの知恵が試されることになるでしょう」とあるように、均一化(DNAの組成が解消する方向)の進み方にある。
 つまり、比較的平和な形で均一化が進むのか、それとも、イスラム文化圏と(ユダヤ教に引きずられているかに見える)キリスト教文化圏との血で血を洗う戦いの果てに、いずれかの文化圏(宗教)の人々が、他方の文化圏(宗教)の人々を圧倒する形で均一化の方向へ向うのか。
 それとも、共倒れして先進諸国の大半が疲弊し衰退して、(やはり)最後はアフリカに残っているクラスター群の中から別の新・新人が現れるのを待つしかないのか。
 現代はその岐路にあるような気もするのだが。

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