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2007/05/20

「公園の手品師」の時代、再び

 ホームページを開設して6年余り、ブログに嵌まってからも、あと三ヶ月余りで3年となる。
 過去のいろんな記事を何かの折に読んで、メッセージを呉れたり、ネットの輪に加えてくれたりという機会にも恵まれることがある。
 旧稿である「「公園の手品師」の時代」もそんな僥倖を与えてくれた小文の一つである。
 そんな機会に際しないと、二千個ほども書いてきた過去の雑文(一年360個以上を7年以上。しかも、あくまで公表したものに限るとしての数)を読み返す気にはなかなかなれない。
 というか、別に無責任というわけではないが、どんな記事を書いたかも、忘れてしまうことさえある。
 コメントやメール、そのほかでアクセスしてもらって、ああ、自分はこんな記事も書いたんだと、自分で感動することもある。

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← 昨年の夏、都内某所の路肩にて。妖しい月影に見守られながら夢路へと。

 さて、「「公園の手品師」の時代」を久々に読み返してみて、末尾近くの「不況がどこまで続くのか誰にも分からないようだ。しかも、今が経済的状況の点でどん底かどうかさえ、確(しか)とは云い難いのが情ない」という一文が気にかかった。
 この随筆を書いて5年と半年以上を経過しているが、今も状況が一向に変わっていない!

 それはそれとして、文中にも引用してある「公園の手品師」という曲の歌詞の中の、「銀杏(イチョウ)」が気になった。
 中学や高校などの授業中というと、窓の外の銀杏並木をずっと眺めていたという印象ばかりが鮮明なのである。
 というのも、小生なりの肉体的事情があって、授業には到底、集中できなかったからなのだが、でもそのお陰で、陽光に映えてキラキラする光景という眼福をたっぷり得たのだから、不遇とばかり思うのは賢明ではないのかもしれない。

公園の手品師」の時代

 表題の言葉だけでフランク永井の名を連想される方は、一体どれほどいるだろうか。小生はフランク永井の大ファンというわけではないが、彼の歌は好きである。
 最近は、さすがにピークは過ぎたが、カラオケはすっかり日本の生活の中に根付いている。

 ところで、世界初のカラオケ用に録音された曲、第一号はフランク永井の『羽田発7時50分』と言う曲だったということは、あまり知られていないかもしれない。
 フランク永井というと、演歌や歌謡曲ファンなら、真っ先に思う浮かぶのは「君恋し」だろうか。それとも、「有楽町で違いましょう」だろうか。あるいは「おまえに」だろうか。他にも、「夜霧の第二国道」、「霧子のタンゴ」、「羽田発7時50分」etc.と、ヒット曲はたくさんある。

 さて、演歌や歌謡曲が全盛だった頃、小生はこれらの歌は当然のごとく知っていたが、表題の歌は聞いたことはあるかもしれないが、必ずしも好きな曲だとは云えなかったし、それどころか聞けばフランク永井の歌と分かっても、好きな曲を挙げろと云われたときにこの曲が浮かんだかどうかというと、ちょっと怪しい。
 恐らく、若い自分にはこの歌の味など分からず、むしろ田舎者には東京への憧れがあって、ロマンチックで且つ都会的で洒落た雰囲気の漂うヒット曲の数々に魅了されていたというのが実際のところだったと思う。

 ところで、小生は仕事柄、車中でラジオを聞くことが多い。ニュース以外では、できるだけ音楽番組を選ぶようにしているのだが、その音楽も最近は若者向けの曲ばかりを流す傾向が強く、寂しい思いをしている。
 そんな中だからこそだろうか、たまに演歌系・歌謡曲系の曲を流す番組に遭遇すると嬉しい。近年はそんな機会を与えてくれるのは、まず、NHKに限られているようである。民放は最早、中年以上の人間は相手にしていないのかもしれない。
 フランク永井もラジオでしばしば聞けるというわけにはいかないのは、他の演歌系・歌謡曲系の歌手と同様である。

 それでも、たまにフランク永井の曲が掛かることがある。
 不思議なのは、この数年に限るのだが、彼の曲が掛かるとしたら、あるいはリクエストがされるとしたら、必ずと言っていいほどに選ばれるのは、表題の「公園の手品師」なのである。「君恋し」でも、「有楽町で違いましょう」でも、「夜霧の第二国道」でも、「おまえに」でもないのだ。
 この一年では、「夜霧の第二国道」と「おまえに」とを一度ずつ聞いただけである。あとは、「公園の手品師」ばかりなのだった。
 小生も年を取ったのか、幾度も聞いているうちに、ますますこの曲が好きになった。
 ちなみに歌詞の一部を下記に示しておこう:

 鳩が飛びたつ 公園の 銀杏は手品師 老いたピエロ
 薄れ日に 微笑みながら 季節の歌を
 ラララン ラララン ラララン 唄っているよ
 貸してあげよか アコデイオン 銀杏は手品師 老いたピエロ

 雲が流れる 公園の 銀杏は手品師 老いたピエロ
 口上は 言わないけれど なれた手つきで
 ラララン ラララン ラララン カードをまくよ
 秋が行くんだ 冬がくる 銀杏は手品師 老いたピエロ

 (以下、略)
                 作 曲 : 吉田 正  作 詩 : 宮川哲夫

 これをフランク永井独特の落ち着いた歌いまわしと甘く暖かな低音の魅力たっぷりに、しみじみと聞かせてくれるのである。
 フランク永井の数々のヒット曲の中で、「君恋し」でも、「有楽町で違いましょう」でも、「おまえに」でもなく、特にこの曲のリクエストが多いということは、そこに何か理由があるのではと考えるのも無理はないだろう。

 やはり、時代性なのだろう。
 小生にしても、いつ生活破綻に追い込まれるか知れない、ギリギリの生活をしている。仕事の合間の休息も、食事も公園の脇に車を止めて、ということが多い。
 すると、公園のある土地柄にもよるが、ホームレスの方たちが植え込みなどの陰に暮らしの場を得ているのを目撃する機会も多くなる。
 冗談ではなく、ホームレスの方たちを見ると、明日は我が身と思ってしまうのだ。
 そして年を取った自分や、こんな人生になったんだなぁという感懐もある。残りの人生に絶望しているわけではないが、無条件の期待があるはずもない。

 歌詞では公園の手品師は銀杏ということになっているが、自分には公園で眺められる風物の全てが手品師であり、また、少々生意気かもしれないが、自分自身が老いたピエロのように感じられたりする。
 そう、小生に限らず、この歌を実感を以って聞いている人が実に多いということなのだ。
 不況がどこまで続くのか誰にも分からないようだ。しかも、今が経済的状況の点でどん底かどうかさえ、確(しか)とは云い難いのが情ない。
 ひたすら辛抱するしかないようである。生きていられること、それなりに歩いていけること、時には青空だって眺めることくらいはできることに感謝しつつ、しばらくは、のんびりゆっくりやっていくのがいいようである。
                          (02/12/15

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コメント

お久しぶりです。
やいっちさんのブログを知るきっかけは「公園の手品師」でした。
私と同じ思いの方がいらしゃる。思わずコメントしました。
通勤の車から流れるこの唄を知ったのはもう、ずいぶん前になりますね。
フランク・永井とは思いませんでした。
この唄を知ってから随分たち、私の生活ぶりや、状況もかなり変わりました。
改めて、書いてくださり有難う。
やいっちさんも色々おありでしょうが、元気で
ブログ活動を続けてくださるよう御願いします。
たくさんのフアンが応援していますよ。

投稿: さと | 2007/05/22 11:06

この記事を読んでメッセージを呉れた方が数人、居られます。
ということは、読まれて何かしらの思いを抱かれた方はもっと多く、居られるのだろうと思います。
苦しい時代や状況を懸命の思いで乗り切ろうとしている方が想像以上にいらっしゃるということでしょうか。

フランク・永井のこの歌、地味だから、昔も一定の支持はあったのでしょうが、不況があまりに長く現代にあっては、歌が発表された当時よりも胸に堪える歌になっているのかもしれないですね。

とにかく、諦めず、また、日々の中で少しでも楽しいこと明るいことを見つけ、人との交流を楽しむこと。
交流を通じて、お互いに刺激し合い、楽しめればと思います。

投稿: やいっち | 2007/05/22 15:20

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