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2007/04/30

桃色のゲリラ眠れる我起こす

 日曜日、「ART LAN@ASIA~アジアの新☆現代美術!!」なる展覧会へ行ってきた。
 開催場所は、横浜市は関内駅に程近い、日本大通にある「ZAIM」である。
 腰の重い小生が、この展覧会へ行こうと思い立った切っ掛けは、ひょんなことであるサイトをネットで見つけたことに端を発しているのである。

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← 増山麗奈著『桃色ゲリラ ― PEACE&ARTの革命』(社会批評社

 過日、小生のブログのアクセス記録を見ていたら、「春画」というキーワードで小生の記事「ヤンセンや北斎のエロ学ぶべし?!」にアクセスしたものがあった。
 小生のサイトは春画に限らず、H系は(も)弱い。まだ未開拓の分野で、これからは追々手がけたいと思っている。

 どうして、「春画」で拙稿「ヤンセンや北斎のエロ学ぶべし?!」がヒットしたのか調べてみようと思ったら、確かに、文中に「ホルスト・ヤンセンがゾッコン惚れ込んだ北斎。北斎春画にどんな着想を得たのだろうか」などとある。

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2007/04/29

いいじゃないの今が幸せならば?!

 27日は営業の日だった。金曜日で月末で連休前ということもあり、営業の回数は予想通り、多かった。
 そんな中、ラジオで断片的ながら注目すべきニュースを聴くことができた。
 最高裁判所で、ある裁判について判決・判断が下されたのだ。

 翌日のテレビでこの問題がどのように採り上げられるのか見たかったが、会社の行事=明け集(明け集会:明け集とは何ぞやについては、拙稿「読書拾遺:装幀家・菊地信義氏」に若干の説明がある)があって、見ることが叶わなかった。
 保守的な論調、タカ派有利の風潮が高まっているから、娯楽番組全盛の昨今の事情を鑑みると、裁判結果が報じられるのみだったのかもしれない(それさえも、あったのかなかったのか分からない)。

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2007/04/28

来てくれる人は誰でも歓迎さ

 小生のブログは、「ココログ」を使わせてもらっている(どちらがどちらのというわけではないが、ミラーサイトとして「アメブロ」の「無精庵徒然草」がある。やや入り組んだ事情があって、こうした方式を採る結果に至った)。
 日にアクセスが400から600、ページビューが700から900ほど。よって、一ヶ月のアクセス(来訪者)数は、18,000ほどであり、ページビューは、26,000ほどである。

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→「悠 Breathing Spaces ジャン・シャオチン」(パシフィック・ムーン・レコード)を聴きながら書いていた。題名の通り、ゆったりゆるやかたおやかに。一ヶ月ほど前の記事「夢路にて古筝(こそう)から胡弓へと川下り」で既に採り上げたことがある。過日、また聴きたくなって再度、図書館で借りてきたのである。

 ページビューというのは、アクセスした頁をちらっと覗いただけではなく、とりあえずはサイト内の他の頁(あるいは画像やリンク先など)も覗こうとしてくれたという証左になるわけで、一応は記事に関心が湧いたのだというしるしにもなり、案外とバカにできない。

 お気に入りなどに入れてくれているのか、URLを直接辿って覗きに来てくれる方もいるようだが、多くはネット検索の網に小生のブログの記事に記載されている何かの言葉がヒットしてのアクセス、というケースのようである。

 我がサイトは大人気の頁(サイト)というわけではないが、言葉(用語)によっては、小生のブログ(サイト)が検索事例(件数)の上位に浮上することがある。
 中にはトップも?!

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2007/04/27

事故現場明日は我が身と思えども

[以下、4月24日朝の日記を転載する。前日の夜半過ぎ、営業中(実車)、事故現場の傍を通りかかった。発生して間もないらしく、事故処理車やパトカーなどは来ていたが、救急車は未だのようだった。タクシー業務に携わっているということもあり、事故現場の傍は営業のたび、必ず何箇所かで通り過ぎる。明日は我が身ということもあり、自戒の念も篭めて、日記を書いたのだった。同じ日に三度も続けて書いているのは、それぞれの日記(記事)にコメントを貰ったから、コメントへのレスでこのような形になっている。一部、手直しした。さすがに事故の様子を写す画像はない!]

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← 発炎筒(自動車用緊急保安炎筒) 「国際化工株式会社__発炎筒Q&A

死亡(?)事故現場!
●(2007年04月24日 08:56
渋滞。また、工事渋滞か。
違う。赤色灯が見える。事故だ。
カーナビに渋滞情報が出ないってことは、起きて間もないってことかもしれない。
段々、近づいていく。
案の定だ。警察の事故処理車やパトカー。警察官が注意喚起用の赤い発炎筒を路上に並べている。
車同士なのか…。
いよいよ事故現場の真横付近。
すると、路上に人の体が。

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2007/04/26

千の星生みしは辛苦の賜物か

 過日、ゆきつけの図書館で予約しておいた最相 葉月さん著の『星新一 一〇〇一話をつくった人』(新潮社)が届いたということで、早速、借り出しに向った。
 三年以上、書店へは(原則として)足を運ばない小生、新聞も取らなければ、雑誌も一切、購入しない小生が、本書が刊行されていることを知ったのは、全くの偶然で、これまた過日、図書館へ行った際、新聞の閲覧コーナーで新聞を読んでのこと。

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→ 最相葉月著の『星新一 一〇〇一話をつくった人』(新潮社)

 図書館へ行った際は、せっかくなので新聞の閲覧コーナーに寄ると決めている。
 その日は日曜日で、書評の特集がある日。
 どうせ買えないのだし、と思いつつも、目は書評の欄を飛ばすことは出来ない。
 まあ、情報だけは得ておこうと覗いてみたら、上掲の本の書評を見つけたというわけ。
 本書の刊行は3月。書評を読んだのは四月の中旬頃だったろうか。
 以前の小生なら、新刊本で気になった本は書店でチェックする。あるいは雑誌や出版社の情報で情報は摂取するようにしていた。

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2007/04/25

≪遥香ちゃんを救う会≫

[以下は、某サイトで見かけた記事です。「是非こちらの文章をコピーしてプロフィールや日記に掲載お願いします」ということなので、勝手ながら原文のまま転記掲載するものです。]

 岩下遥香(いわしたはるか)ちゃんの心臓移植のためにご協力をお願い申し上げます。
 遥香ちゃんは、「拘束型心筋症」と言う心臓移植が必要な病気です。
 国内では15歳未満の小児からの脳死による臓器提供はなく、海外での移植しか道はありません。
 アメリカ・ロマリンダ大学病院での受け入れが決定しておりますが、手術費・渡航費・滞在治療費などで1億1千万円という莫大な費用がかかります。
 はるかちゃんはすでに肺高血圧をきたしており、さらに悪化した場合、心臓移植だけではなく、肺移植も行わなければならなくなります。
 時間的余裕はなく、一刻でも早い心臓移植の実現が必要であります。
 遥香ちゃんを助けるべく、皆様の温かいご支援をよろしくお願い申し上げます。

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↑ 当該サイトへのリンク用のバナー画像(200px X 40px)

遥香ちゃんを救う会
 ダイヤルQ2「はるかちゃんいのちのダイヤル」
 TEL:0990-50-1111
 ※315円(税込)自動振込みとなります。
 ※NTT回線の固定電話に限ります。
 (IP電話では使用できない場合があります)

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春深し円をなぞってパイまみれ

まったりと過ごす日曜楽しかり」で紹介している上原ひろみさんのCD『ブレイン』( トニー・グレイ (演奏), マーティン・ヴァリホラ (演奏), アンソニー・ジャクソン (演奏) 、ユニバーサルミュージック)を聴きながら、以下の記事を書く。
 だからって、記事内容と上原ひろみさんのCD『ブレイン』とは、直接には何の関係も無い。

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← 上原ひろみブレイン』( トニー・グレイ (演奏), マーティン・ヴァリホラ (演奏), アンソニー・ジャクソン (演奏) 、ユニバーサルミュージック) 今日は、ずっとこのCDを聴いて過ごした…。

 ただ、ラジオでは何度か聴いたことがあっても、こうしてCDで繰り返し聴くのは初めてであり、小生には未体験ゾーンに誘われるような、不思議な感覚に身を委ねつつ書いているというに過ぎない。

 さて、「まったりと過ごす日曜楽しかり」では、デビッド・ブラットナー著『π[パイ]の神秘』(浅尾敦則訳、アーティストハウス) (画像は、「Amazon.co.jp 通販サイト」より)も、書名程度だが紹介している。

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2007/04/24

王子江『天地斎徳 日月同明』を巡って

 以前、といっても数年どころではなく、十数年も前のこと、東京書芸館で歌川広重の『東海道五十三次』を買ったことがある。無論、全55枚揃!
 まだ、サラリーマン時代で、いろんな思い入れもあってどうしても欲しかったのだ。
 日記に書いたことがあるが、ガキの頃、居間の襖や壁にいろんな浮世絵が(あるいは壁の染みや汚れを隠すためだったか)貼ってあったのを今でも思い起こすことが出来る。
 写楽の役者、歌麿、鈴木春信の美人画、そして広重。

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← 王子江 『天地斎徳 日月同明』 (東京書芸館

 無論、複製である。ガキの小生にも本物ではないと分かる。
 それでも、テレビがあり(その前はラジオが鎮座していた)、食事の部屋であり、団欒の空間である茶の間(居間)にそれらが何故か(父の趣味には違いなかろうが)貼ってあるそれらを、CMの間に、あるいは漫画を書くのに飽きてふっと見上げた瞬間にどうしても目に入ることになる。
 広重は「蒲原」と「庄野」だった。

 もう、それらの画は目に焼きついてしまっている。
 ようやく買える余裕もできたので、身の程知らずにも思い切って購入したのだった。
 残念ながら、保栄堂版の『東海道五十三次』(全55枚揃)の所在は今は不明である。借金のかたに人手に渡った…のかもしれない。

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2007/04/23

まったりと過ごす日曜楽しかり

4月23日 今日は何の日~毎日が記念日~」を覗かせてもらうと、今日は、「サンジョルディの日,世界本の日」だという。
「スペイン・カタロニア地方には、この日、守護聖人サン・ジョルディを祭り、女性は男性に本を、男性は女性に赤いバラを贈る風習がある。この日は「ドン・キホーテ」の作者セルバンテスの命日でもあるため、スペインでは「本の日」とされている」とか。
 さらに、"世界図書・著作権デー(World Book and Copyright Day)"であり、「こども読書の日」でもあるとか。

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← 上原ひろみ『ブレイン』( トニー・グレイ (演奏), マーティン・ヴァリホラ (演奏), アンソニー・ジャクソン (演奏) 、ユニバーサルミュージック)

 とにかく、今日は本に縁の深い日のようだ。
 小生、こう見えても、少しは本を読む。
 が、本は買わなくなった。正確に言うと、買えなくなった。
 三年前の四月冒頭から本を買わない、もっと言うと、書店へは立ち入らないと決めたのである。小生なりの財政再建の真っ只中で、下手するとあと十年は続きそう。
 この三年間に全く本を買わなかったかというと、さにあらず。十冊は買っている。
 ただ、その大半は、同じく行くのを控えている美術展(画廊巡り)を、つい禁を破って参観に行き、売店で買ってしまった展覧会のカタログなのである。

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2007/04/22

掌編、書いたよ

 ある方のサイトで、スパムメールのことが話題になっていたので、主にピンク系の迷惑メールをネタに掌編を書いてみました:
トーストとミルクとホセと

 ま、お遊びですってば。
 今日は休日だから、暇の徒然に書いてみたのさ。


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2007/04/21

乗らぬならせめて挨拶欲しいよね

[以下は某所に書いた今朝の日記呟きであり独り言なので、やや生硬な表現があるが、寛恕願いたい。原題は「喫煙者への乗車拒否!」だった。文末などの()内の文章は、ここに転記するに際しての追記。]

 小生の車は禁煙車である。
 禁煙車であることの小生にとってのメリットは今の所、あまりない。
 ただし、メリットが全くないわけじゃない。煙草の煙にむせぶこともないし、吸殻の始末や煙草の灰でシーツが汚れることも少ないけど。

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→ 昨日の午後、青山墓地下の公園脇にて。ツツジ。いよいよ小生の好きなツツジの季節の始まりだ。ほぼ一年前の記事「ツツジの宇宙」など参照してもらえれば。「ツツジの季節の終焉…緑滴る」なんて記事もあるよ。

 座席の真っ白なシーツや足元のゴムマットが汚れるのは、雨の日は別として、ほとんどが喫煙者の煙草のせい。吸殻はさすがに捨てないけれど、灰はシーツに、ゴムマットに。
 そんな情けないことが少なくなった。

 でも、今の所、マイナスが大きい。
 禁煙車だから乗ってくるという人は今の所、皆無。
 逆に禁煙車だから乗らないという人が多い。
 というより、禁煙車だからと露骨に敬遠する人が目立つ。

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2007/04/20

銃と薬コズモポリスの主役なり?!

 ドン・デリーロ 著の『コズモポリス』 (上岡 伸雄訳、新潮社)を読了した。
 一気に読んだ。ということは面白かったから?
 とも言い切れない。評価乃至は読後感は自分の中で二分している。高い評価と無駄を配した、いかにもアメリカ流の小説の典型の一つに過ぎないのではないか…。

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← ドン・デリーロ 著『コズモポリス』 (上岡 伸雄訳、新潮社)

 どこか殺伐な会話に辟易して、幾度も読むのを放棄しようと思ったのも事実なら、これがアメリカのある種の現実…というより現実感そのものなのではないかという思いとが交錯して、最後まで揺れて止まなかったのである。
 一番、放棄したくてならなくなったのは、最初から最後まで主人公へ感情移入できなかったことに最大の理由がある。
 犯罪者、それこそ、長崎市長を銃殺した暴力団の奴だって、文学の主人公として描かれたなら、作家次第では愛憎半ばしつつも読み手の心を掴んで最後まで放さないということは十分ありえる。
 が、本書を読んで、最初から主人公にまるで魅力を覚えなかった。反感さえ抱かなかった。

 少し読み進めたら、あるいは憎みつつも、こういう人間が存在している! ここにいる! という強烈な現実感で共感する感覚を覚えるかもと思ったが、最後まで他人事に終始してしまったのである。
 そもそも、小説の主人公の設定は、安っぽい大衆小説なら魅力的、あるいは出来すぎのはずである。
 若くして投資家として成功を収め巨額の富を得た男。巨大なリムジンでマンハッタンを流す男。
 だが、それだけにはとどまらない。

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2007/04/19

徳川恒孝…江戸の世や今こそ思うありがたさ

 最近、何か扱い忘れているテーマがある…。
 何だろうと思ったら、読書拾遺!
 それもあるが、夕べ、ラジオで聴いた話シリーズを最近、全く、書いていない。
 って、そんなシリーズがあったかどうかも定かではない。
 あったことにして、久しぶりにメモってみる。

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→ 徳川恒孝著『江戸の遺伝子―いまこそ見直されるべき日本人の知恵』(PHP研究所)

 昨日は営業。冷たい雨の降る都内を車でウロウロ。
 といっても、景気が悪いこともあり、都内というのは大袈裟で、ほとんど城南の域を出ない。
 それも、渋谷や六本木を避けているから、海辺の城南限定。
 オートマ限定の免許は聞いたことが誰しもあるだろうけど、城南限定のタクシードライバーってのも珍しい?!

 家を出るのは朝の9時半過ぎ。営業は10時半過ぎの開始(朝礼から)で、途中必要以上の(異常なほどの)休憩を三度は断固取り、翌朝の6時過ぎまで車中で過ごす。
 そう、営業のたび、車中泊している…じゃない、車で営業しているのだ!

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2007/04/18

ヤンセンや北斎のエロ学ぶべし?!

4月18日 今日は何の日~毎日が記念日~」を覗いてみた。
 今日が忌日という人物に、まあ、孔子は別格扱いさせていただくとして、葛飾北斎、ギュスターヴ・モロー、山本五十六、アルベルト・アインシュタイン…などと、気になる人、小生のガキの頃のヒーローだった人と、いろいろいる。

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← ギュスターヴ・モロー Gustave Moreau「出現 (L'Apparition)」(1874-1876年 105×72cm | 水彩 | Musee du Louvre, Paris.)

 フランスの画家ギュスターヴ・モローについてはいつかは採り上げたいと思いつつ、果たせていない。今日は彼にスポットをとも思ったが、思えば葛飾北斎についても、他の人物との関連で言及したことはあっても、正面から俎上に載せたことはなかったような。

 といって、今更小生に彼に付いて語るべき何物もない。ただただ学生の頃から北斎の天才ぶりというのか、異形ぶりというのか、世界の同時代の傑物に比しても遜色のない際立った凄みに驚き呆れてきたのだった。

 知りたいことは、ネットでも、「北斎の生涯」や「葛飾北斎 - Wikipedia」などを覗けば大凡のことは分かる。
 そうはいっても、北斎は桁外れの創作家・芸術家・表現者なのだから、作品の数々を見るに限る。

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2007/04/17

この木なんの木、気になる木、機、器

 今日は後日談を二つ。
 一つ目は、「ウンチク癖はウォシュレットじゃ流せない」について。
 二つ目は、<コブシ>か<ハナミズキ>か、について。

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← 「温水洗浄便座一体形便器の無料点検・修理に関するお知らせ TOTO」(TOTO

ウンチク癖はウォシュレットじゃ流せない」なる記事では、あくまで、温水洗浄便座であるところの「ウォシュレット」を話題にしている。
 確かに、「ウォシュレット(Washlet)とは、東陶機器(以下、TOTO)が発売する、温水洗浄便座の名称である」。
「ゼロックスする」が特定の会社の商品名であり固有名詞(の動詞的形態を採った名称)であるように(古い?!)、あるいは「ホチキス」がやはり某会社の商品名(固有名詞)であって、一般的な呼称としては「ステープラー」であるように、「ウォシュレット」もまた、「東陶機器(以下、TOTO)が発売する、温水洗浄便座の名称であ」り、一般的な呼称としては、温水洗浄便座なのだろう。

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2007/04/16

雪国を夜窓に映し康成忌

 久しぶりに「4月16日 今日は何の日~毎日が記念日~」を覗いてみた。
「1889(明治22)年、20世紀最大の映画作家・喜劇俳優のチャールズ・チャップリンがイギリスで生まれた」ということで、「チャップリンデー」だったり、小生の好きなシンガーソングライターの河島英五さんが亡くなられた日だったりする。
 今日はまた、「康成忌」、つまり、「小説家・川端康成の1972(昭和47)年の忌日」でもある。
 小生にとっては、1972年は高校を卒業し大学生になった年であり、春には「連合赤軍、あさま山荘事件」絡みの報道がテレビを占領していた年であり、好きな人と遠く離れた年であり、まあ、いろいろあった年で、印象深い年なのである。

 川端康成は、「門下の三島由紀夫の割腹自殺等による強度の精神的動揺から、ガス自殺した」のだった。

 が、小生、この自殺の理由が全く、納得できない。
 というか、生来の中途半端さが邪魔をして、この辺りのことを探求してみたことがないのである。
 晩年の創造力の枯渇のゆえ? まさか、やや中途半端ではあるが<夭逝>を果たした三島に川端が嫉妬したというわけでもなかろうが…。

 だから…、本稿で、今になって多少なりとも探ってみるというわけではない。

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2007/04/15

ウンチク癖はウォシュレットじゃ流せない

 下記は、某所に書いた日記(なのかどうか)。日記の題名は「ウォシュレット!! 」

田舎のトイレは数年前からウォシュレット。
小生、帰郷の折の密かな楽しみがウォシュレット。
たまらん!
ずーーーと、ウォシュレットしていたくなる。
これで開発され深みにはまった人も多いんだろうな。

 こんなテーマでブログの記事を書くのも今更だろうし、何を書くあてがあるわけじゃないけど、一度は触れたいウォシュレットなのである。
 小生はウォシュレットには縁遠く、実際に使ったのはウォシュレットが登場して随分経ってからのことだった。
 しかも、めったにない。
 あるいは、もしかしたら田舎に帰省した折に使うだけかもしれない。
 何年前に郷里の家に設置されたのか分からない。
 とくにかく、我が家にウォシュレットが?! と、妙な感動を覚えたものだった。
 小生の感覚からすると、どうにも似合わないような気がする。ほんの数十年前までは、つまり、小生のガキ時代にはポットン式トイレだった。
 それが、小生が学生となって郷里を離れ、何度目かの帰省をした折に我が家のトイレが世間並みに美麗なる和式の水洗に変貌を遂げていて感激したことも記憶に新しい(といっても、和式の水洗設置からも四半世紀以上!)。

 そして、今やウォシュレットの登場なのである。

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2007/04/13

原子力発電って大丈夫なの?

 原子力発電って大丈夫なのか? このままでいいのか?

 テレビなどニュースで電力会社の事故隠しが頻繁に報道されてはいる。が、朝晩のワイドショーでこの話題が採り上げられることは、まずない。観たことがない。
 あっても、触れる程度。今朝も、痴漢とか芸能人ネタとかが主。
 ワイドショー的な番組に期待するのがお門違いなのかもしれない。
 社会的影響の大きさを考えると、番組制作の姿勢、何を採り上げるかの価値観は、娯楽だからといった話では済まないものを感じる。

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← 1999年刊とやや古いが、『孤立する日本のエネルギー政策』(日本弁護士連合会 編、七つ森書館)「本のエネルギー需要と供給を分析、米、独などのエネルギー先進国を現地調査した上で、「エネルギー政策基本法」を提言。日弁連公式レポート。」という。「書評 孤立する日本のエネルギー政策」参照。

 小生は、電力会社の事故隠しは、マスコミが連日報道するに価するニュースだと思う。 場合によってはどこかのテレビ局がキャンペーンを張ってでも体当たりで報道すべきほどの意義を持つはず。
 つい、先日も、臨界状態ギリギリの事故があったのに、隠されていたことが露見したばかり。ほとんど爆発寸前だった。
 大体、事故の実態を電力会社の調査に任せるなんて論外ではないか。第三者の調査でも実質、仲間内、身内みたいなものだし。

参議院 予算委員会議事録 2007年03月19日 石川県志賀原子力発電所の臨界事故隠蔽について」を読むと社民党の福島みずほさんと甘利明大臣との遣り取りが読めて面白い。

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2007/04/12

寅彦よセンスの欠けら分けてくれ

トンビに油揚げをさらわれていた!」は、寺田寅彦著の本『ちくま日本文学全集35 寺田寅彦』(藤森照信解説、筑摩書房)をネタにしている。
 この本に限らないが、寅彦の随筆をめぐってはあれこれ書いてみたいこともあるが、やはり、小生の御託よりは寅彦の本を読んでいるほうが楽しいし、人にも寅彦の文を読むことをまずは勧める。

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→ 路肩などに散ったサクラの花びらたち。路上の花筏? 散ってしまえば、踏みつけにされるだけ。見向きもされない。サクラが好きだというのなら、葉桜や路上の花びらをも愛したらいいのに。

 それでも、上掲書の中の幾つかのエッセイには触れたくなる。
比較言語学における統計的研究法の可能性について」などは、素人の手遊びとは到底思えない内容である。語源を探り、地名の由来を探り、極東の地に残っている文物に古今東西を思うのは小生にとっても無類の楽しみなのである。
 寅彦の<素人芸>のレベルの高さに驚くばかりだ。
 目にし耳にするあらゆる事物に驚きの心、センス・オブ・ワンダー(驚異の念)を以て常に接することの出来た人なのだろう。

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2007/04/11

トンビに油揚げをさらわれていた!

 先週末まで事情があって十日ほど帰省してきた。列車の旅となると友が欲しい。人間の友は都合よくは見つからないが、本なら見つかるかもと図書館へ。
 バッグの隅っこに、場合によってはジャケットのポケットに収まるような手ごろな本。且つ間違いなく読書を楽しめる本、ということで、物色した挙句、無難というか安全牌に頼ることに。
 それは、寺田寅彦著の本『ちくま日本文学全集35 寺田寅彦』(藤森照信解説、筑摩書房)である。

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← 『ちくま日本文学全集35 寺田寅彦』(藤森照信解説、筑摩書房) ちなみに、画像にある似顔絵は寅彦本人の作だと推察される。本書に「自画像」というエッセイがある。

 高名な物理学者であり且つ俳人であり漱石山房の有数な人物であり、小生にとってはなんといっても無類の随筆家である寺田寅彦(の本)との付き合いは随分と長い。
 上掲書に所収のエッセイも、大概が一度か二度は他の寅彦集本で読んでいるはず。
 念のために所収となっている随筆の題名を示しておく:

団栗、竜舌蘭、糸車、蓄音機、映画時代、銀座アルプス、物売りの声、病院の夜明けの物音、自画像、芝刈、蓑虫と蜘蛛、鳶と油揚、電車の混雑について、日常身辺の物理的諸問題、物理学圏外の物理的現象、自然界の縞模様、西鶴と科学、怪異考、化物の進化、人魂の一つの場合、日本楽器の名称、比較言語学における統計的研究の可能性について、神話と地球物理学、俳句の精神、連句の独自性、映画と連句、地図を眺めて、天災と国防

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2007/04/10

掌編「蜃気楼の欠けら」アップ

 掌編「蜃気楼の欠けら」をアップしました。

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2007/04/09

あのゴミも浜辺に寄せし夢の文

 小生は10歳の頃から嗅覚に障害を負ってしまった。
 だから、匂いに鈍感。
 でも、だから、匂いや感覚(五感)の話題にやや敏感。
 これまでも匂いに関連する記事はあれこれと書いてきた。末尾に幾つか順不同で挙げておく。

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→ 「棕櫚の樹や麦の話と二毛作」のトップ画像「棕櫚(シュロ)」を真逆から撮ったもの。思いっきり、逆光! 念のために断っておくが、背後の館は他人の家である!

 ここでは、「匂いを体験する」(2006/02/26)を取っ掛かりにする。

 この記事では、「目で見る芸術としての絵画、耳で聞く芸術としての音楽はあるが、鼻で嗅ぐ芸術というものはない」云々という某人の問題意識や香水のことを話題にしているが、実のところ、記事の後半がメインである。
「小生は以前、一部屋のアパートに住んでいたが、珍しくユニットバスが付いている」まで頁を下げてもらいたい。
 ユニットバスの給水タンクの薬剤(小林製薬のブルーレット?)が引き金となって小生に巻き起こした異常に鮮明な感覚の覚醒事件なるエピソードが語られている。

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2007/04/08

棕櫚の樹や麦の話と二毛作

 先月、あるブログの記事を読んでいて、添えてある画像に感じるものがあった。
 画像の中の棕櫚、というより正確には、付されている文章にちょっと刺激を受けたのだ。
 子供の頃、家の庭に棕櫚(シュロ)の樹が三本生えていたと書いてあった。

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← 郷里の家の庭にある棕櫚の樹二本。疑問はこの樹を巡って。

 でも、一番、そうだったのか! と思わせられたのは、「繊維状の樹皮で縄を綯ったこともあったなあ」というくだりだったのである。

 小生の郷里の家の庭には今も棕櫚の樹が二本、生えている。
 棕櫚なのか、蘇鉄(ソテツ)なのか、実のところ、小生には分からない(多分、唐棕櫚だろうと思うのだが、トーシローには決めかねる)。
 分からないどころか、小生は我が家の庭に植えられている樹はヤシの木なのかなと、少なくとも思っていたような気がする。
 下手すると、今も、うっかりするとヤシの木と呼びたくなってしまう。
 いつまで経っても、ヤシの実がならないし、あまり高く育ちそうな気配も漂ってこない。

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2007/04/07

あの世の沙汰もカネ次第?

 帰省している。自転車で富山市内を、あるいは車で市内から数十分圏内を走って回る機会が幾度かあった。
 気付くことは、お年寄りの方が実に多いということ。昨日からは新しい学期が始まるようだが、それまでは春休みということもあり、それなりに子供たちの姿も見かけた。
 お年寄りたちと子供たち、せいぜい高校生くらいまでの若い人は見かけるが、二十代、三十代の若い人を見かけることが実に少ない。

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→ 富山・滑川の岸壁にて富山湾の海を遠望。

 富山は、それとも地方は、学生よりも上の若い世代は何処に消えたのか。仕事中だから、車などで小生が出歩いた日中に見かけないのは当然?
 そうかもしれない。
 でも、出稼ぎなのかどうかは分からないが、仕事を求めて、刺激を欲して都会へと流れ去っていったのではないか、そんな推測をしてみたくなる。

 帰郷していて、たまたま小生の身の回りだけの事情なのかどうか分からないのだが、実に葬式や法事、何回忌の法要、その他の祭事が多い。
 それに絡んで思うことは(お寺さんの在り方も含め)いろいろあるのだが、まあ、詳しい実状をどれほどに知っているかというと、自分でもあやふやだと感じるので、あれこれ存念はなくはないのだが、今日は触れない。
 

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2007/04/06

花冷えや山も今宵は凍えしか

 昨日は、二十四節気の1つ清明(せいめい)だった。「中国で清明節は祖先の墓を参り、草むしりをして墓を掃除する日であり、「掃墓節」とも呼ばれた」という。
 というわけでもないが、花冷えの昨日、祖先の墓ではなく近親の祭壇に対面してきた。

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← 焼香の帰り、車中にて撮影。晴れていたし、はるか前方には立山連峰が見える、はずだったのだが。…黄砂のせい?

 郷里に居て、何件もの法事や一回忌や三十三回忌、通夜、葬式などがあった。この数年、祝い事も重なっているが、こうしたことも妙に重なっている。無論、小生の遠からぬ親戚筋で。
 小生は富山生まれだが、18歳で郷里を離れたもので、田舎の祭事にはほとんど不義理している。父母の兄弟・姉妹筋さえも欠礼している。不義理の限りを尽くしているのだ。
 せめて、幼少の頃、お世話になったある里のおばさん(母の姉)の祭壇に線香を上げてきた。
 自分が焼香を終えて、次は母となった。母は足が弱く、姉とともに体を支えていないと焼香できない。
 普段、あまり感情を表に出さない母が、もう、お骨が箱に収まってしまっている祭壇の姉に向って、泣きじゃくるようなふうに声を掛けている。
 そのほか、あれこれあって、なんだか寒いばかりの心境になっている。なんだか何も見えないような感覚。

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2007/04/05

無精庵方丈記にて更新

無精庵方丈記」に雑文をアップ:
水母・海月・クラゲ・くらげ…
「光陰矢の如し」の周辺

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2007/04/04

スカタンな話をもったいぶってみた

 過日、某サイトで「スカタン」という言葉に出会った。
 というか、「スカタン」自体は全く未知の言葉ではないし、ずっと以前、何処かで読んだか見たか聞いたかしたことのある言葉なので、再会したというべきなのか。
 でも、「スカタン」相手に再会もないだろうから、まあ久しぶりにこの言葉を目にした、という程度の表現に留めるほうが宜しかろう。
(念のために断っておきますが、本稿は駄文です!)

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→ 松本修著『全国アホバカ分布考』(太田出版) (画像は、「Amazon.co.jp 通販サイト」より)

 さて、「@nifty辞書」に拠ると「スカタン」の意味は以下の如し:

(1)当てがはずれること。だまされること。
(2)見当違いなことやへまなことをした人をののしっていう語。とんちんかん。まぬけ。すこたん。

 詮索好きな小生としては意味もだが、できれば「スカタン」の語源、あるいはこの言葉の出来てきた経緯を知りたい!

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2007/04/03

快川紹喜…心頭滅却の意味如何に

 昨日、月曜日も黄砂がほぼ全国的にひどかったようだ。日本もひどいが中国本土はもっと凄まじい黄砂現象に見舞われているようである。
 来年の夏は北京オリンピックが開催される。黄砂被害が影響しないのかと懸念されるが、黄砂の時期は過ぎているだろうから、大丈夫なのだろう(か)。
(「中国では、BC1150年頃に「塵雨」と呼ばれていたことがわかっている。また、BC300年以後の黄砂の記録が残された書物もある」というから、黄砂の歴史はあまりに長い! さすがに四千年の文明を誇る国だと、妙なところで感心したり…。)

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← 格好いい!!(大河ドラマ「風林火山」)より

 久しぶりに「4月3日 今日は何の日~毎日が記念日~」を覗いてみた。覗く時は連日のように覗くが、覗かない時はまるで開こうとしない。
 どうやら、最近、朝方にNHKラジオ第一の5時半頃に放送される「今日は何の日」を聞き逃しているから、人に影響されやすい小生、上掲のサイトを開く気にならなかったものと思われる。
 さて、ぼんやり頁を眺め降ろしていくと、忌日の項に気になる記述があった:

1582年 快川紹喜 (臨済宗の僧)  織田信長に抗し自焼

 小生の勘違い・記憶違いでなかったら、快川紹喜というと、「心頭を滅却すれば火も自ら涼し」で有名な禅僧ではなかったか。
(尤も、小生のあやふやな記憶の中では、「心頭滅却すれば火もまた涼し」だったはずだが…。)

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2007/04/02

黄砂に抱かれて草むしり!

 既に昨日となったが、4月1日の日曜日は予報では晴れだった。
 実際、前日は風雨に雷と春の嵐の様相を呈していたのがウソのような穏やかな日和となった。
 小生は今、事情があって郷里にいる。
 例によって束の間の家事見習いをしている。

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→ ヘミングウェー作「武器よさらば」(高村勝治訳、「グーテンベルク21」)

 晴れているが春の日差しで風もなく、外の作業が苦しくはないような気がする。
 いかにも春らしく、晴れの日が続くとも限らない。
 ということで、草むしりすることにしたのだった。

「クラスターなき世の中で暮らしたい!」(クラスター爆弾 2007/03/01
「春雨を待ちわびる日々花粉症!」(剣幸(つるぎ みゆき) 目次 2007/03/02
「南北に東西越える劇を見る」(鶴屋南北とシェイクスピア 2007/03/03
藤原新也…鳥葬も地・水・火・風の証かも」(2007/03/04
「国芳の多彩な画業猫ゆずり?」(歌川国芳 2007/03/05
「今日の日で古今東西くくれども」(あの日、あの場所で 2007/03/06
「箸のこと端までつつき橋架けん」(箸のこと/ロラン・バルト 2007/03/07
「「土を喰う日々」からあれこれと」(2007/03/08
「今年も沈丁花が咲きました」(思い出話?! 2007/03/09
三宅島で公道レースだって?!」(2007/03/10

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2007/04/01

バルザック誰もが主役の小説か

 今日4月1日はエイプリルフールの日。「四月馬鹿」とか時に「万愚節」とも言う。
 小生は、一昨年「万愚節(ばんぐせつ)」で大凡のことは書いたので、今日は、まさに人生がエイプリルフールそのもののような作家を俎上に載せる。

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← バルザック『ウジェニー・グランデ』(山口年臣訳、「グーテンベルク21」)

 つい、一昨日、「一杯のコーヒーが紡ぐもの」と題した記事を書いた。
 別にコーヒー繋がりを意識したわけでもないし、やがてはこの話題を持ち出すつもりで上記の日記を書き連ねたわけではないのだが、昨日、土曜日、過日より読み進めていたオノレ・ド・バルザック著の『ウージェニー・グランデ』を読了した。

 ただし、小生が読んだのは、『コレクターズ版 世界文学全集 23』(日本ブック・クラブ)で、この第23巻には、デュマ・フィスの「椿姫」(鈴木力衛訳)とバルザックの「純愛」(安川茂雄訳)が所収となっている。
 このうち、バルザックの「純愛」とは、「ウージェニー・グランデ」のことなのである。

 ととと。冒頭でコーヒー繋がりがどうした、などと書いているのに、肝心のことを書いていない。
 実を言うと、バルザックファンなら知っているだろうが、バルザックは無類のコーヒー党なのである!

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