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2007/03/08

「土を喰う日々」からあれこれと

3月8日 今日は何の日~毎日が記念日~」を覗く。今日もいろいろあったことが分かる。
 採り上げたい事件や人物は少なからずあるのだが、今日が誕生日である作家の水上勉のことを少々かなと思う。

 というのも、あるサイトで小生の拙稿である「ウロボロス…土喰らうその土さえも命なる」が面白いと紹介されていたのを昨日、7日に見つけた。

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← 水上勉著『土を喰う日々』(新潮文庫)

 紹介されるのは光栄なのだが、感想は付されていなかったので、どこがどう面白かったのか分からないのが歯がゆい。
 その拙稿の中で水上勉著の『土を喰う日々』(新潮文庫)を採り上げていたのである。
 まあ、これも何かの縁だろうし、せっかくの機会なので、思いつくままメモっておこうと思ったわけである。
 けれど、水上勉のことを採り上げるにはいささか準備不足の感が否めない。
 なので今日は、彼の本『土を喰う日々』に啓発されて数年前に書き綴った瞑想の数々を断片的に示すのみに留めておく。

 拙稿「ウロボロス…土喰らうその土さえも命なる」から、『土を喰う日々』に関連する記述部分を転記する:

 われわれが直接口にするどんな食べ物も、見かけは洗練され糊塗されていても、何らかの生き物の変形であって、要するに生き物を食べていることに他ならない。
 水上勉に『土を喰う日々』(新潮文庫)という本がある。副題に「わが精進十二ヶ月」とある。
 これは、「少年の頃禅寺で精進料理をつくり、かつ本を書いた時点でも自分で野菜達を作り料理を作り続けている作家」の本なのである。名著だと思っている。
 
土を喰う日々」!

 言いえて妙ではなかろうか。我々は誰しもウロボロスの輩(ともがら)なのである、などと決め付けたりしたら野暮の極みなのだろうけれど、息をするだけで、大気中の無数の微生物を吸い込み殺してしまうことを想うと、菜食主義や精進料理など、小生には片腹痛くなる(体質で野菜しか食べれないなどの理由は別儀として)。
 生きているだけで、自分のものか他人のものか分からない尾っぽに喰らい付き、齧り、貪り、煮、焼き、ソースをかけ、大地を、この世を喰っている。
 その我々も、遅かれ早かれ灰となる。煙となる。霞となる。そうして土となって、土壌を肥やし養い喰われる立場になるわけである。


 ふと、小生には上掲の拙稿以前にも水上勉著の『土を喰う日々』を採り上げたことがあったはずと、探してみたら、案の定、あった:
人は死ぬと土に還る

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→ 2月28日、夕刻の銀座にて。土とは対極を成す時空。

 ここでは、本稿から、『土を喰う日々』を読んで触発された小生の随想部分を転記しておく:

 そうだよ、もともとは、小生だって数百年は歴史を辿れる百姓家の生まれだったのだ。御先祖さまは、ずっと田圃を耕し土を肥やし土の成果を口にして来たのだ。そして一生を土と共に生きて、やがて土に返ったのだ。まるで野ざらしのような墓場に先祖の遺骨が納められている。火葬が常だったので、死んだ体が土に真っ直ぐに還るというわけではないが、焼けた灰は土に戻されるし、焼けた煙は天を迷い舞った挙げ句、何処かの田か野原か川に舞い降り、土の肥やしとなったのだし、形は違っても、迷う道があれこれあっても、所詮は土に還ることには変わりがなかったのだ。
 小生が田舎にいた頃は、我が家の庭からお袋が、ネギとか茄子とか(玉葱とかジャガイモとかキャベツとか)をもいできて、それを簡単に調理して食卓に出されたものだった。そんなガキの頃の風景には、無知な自分はうんざりしていたものだ。そろそろ素朴な料理より、カレーとか菓子パンとか外食に憧れ始めていたのである。思えば、勿体無いことをしたものだ。もっと味わってけばよかったと思っても、もう、手遅れである。
 土を喰らう…、昔は誰もがそうして日々を暮らしてきたのだ。土の変幻した果実を口にする喜びを感謝してきたのだ。土が身近にあったのだ。水上氏は、「ご馳走とは、旬の素材を馳せ走ってもてなすことだ」という。
 だとしたら、百姓であるということは、日々が御馳走責めだったということではないか。等身大の生活が、こんなに便利になった中で、これほど困難であるとは、皮肉も極まったものである。
 土の中には無数の生物が生きている。それこそ数万どころか、数億、あるいはそれ以上の微生物達が生きている。生まれつつある。死につつある。腐りつつある。食いつつあるし、食われつつある。
 大地を踏む感触がわれわれに豊かな生命感を与えてくれるというのは、実は、そうした生命の死と生との巡り巡る循環に直に触れているからではないだろうか。
 そして遠い感覚の中で幾分早くわれわれより土に還った先祖の肌の温もりを感得しているからなのではないか。
 御茶で一服しながら、そんなことを思ったのである。
                        (02/05/26)

 土、そして大地の恵み。
 こんなことを思うのも、小生が東京に長年住んでおり、土というと、鉢植えや緑地帯、たまに河原で見かけ、あるいは実際に足下に感触を覚える程度という生活の故なのだろうか。
 小生には、「大地はコンクリートの彼方に」という小文がある。
 これなど、都会に窮屈さを覚える時、その息苦しさから少しでも逃れたい一心で書き綴ったような気がする。
 やや感傷的な上掲の一文から、眼目(?)となる箇所を抜粋して示す:
 大地から根っこを断ち切られた人間。自然から黴菌も蛭も毛虫も追い払って、まるで盆栽か生け花のような、そう、造花のように綺麗な、よい安全な自然だけを抽出してしまった人間。脱臭された脱色された殺菌された、つまりは生気の萎えた人間世界。
 私が今、寂しいのは、きっと、自分が一番、そんな世界に馴れた人間だと気付いているからかもしれない。自然を欲すると口では言いながら、実際には、蚊も蝿も蛇もゲンゴロウもダニも埃もない世界で快適に暮らしたいと思っている、そんな人間だと分かっているからなのかもしれない。
 もう、二度と大地と触れ合うことはないのかもしれない。だから日毎に気力も萎えていくのかもしれない。だから、人に接することができないのかもしれない。心が涸れ果てているのも、自然を忌避してしまったからなのだ。
 そうだと分かっているのに、何故、踏み止まろうとしないのだろう。
                         (01/12/15)

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← 2月21日、都内国道沿いの某所。月光を浴びる寺…。違うよね。月がこんなに明るいはずがない! 街灯に浮ぶお寺である。そんな光景を他所に、路肩に車を止めて、小生、しばし安眠?!

 こうした感懐がもう少しだけ度が過ぎると、「十三夜の月と寒露の雫と」や「真冬の満月と霄壤の差と」といった文章(境地?)に至るわけである。
 ここでは、「真冬の満月と霄壤の差と」から若干、抜き出してみる:

 (前略)天は、光は遍くその輝きを恵んでいる。己をも彼をも海をも山をも、あの人をも。空を舞い飛ぶ鳥をも、地を這う虫けらをも、そしてやがては地の底に眠る命のタネたちをも。
 照らし出されているのは自分だけではない。だから、自分は主役ではないのだ …と思えばいいのか。思ってもいいのか。
 きっと、今こそ、今度は自分が輝く番になっているのだろう。今の今までたっぷり光を浴びてきたのだ。光は体の中にさえ有り余るほどに浸透している。60兆もの細胞の全てが光の恩寵を受けている。光が形を変えて血肉となっている。形を変えて脳となり、あるいは脳や腸を突き動かしている。命の源となっている。命の源から溢れ出す光の泉となっている。瀑布の飛沫さえ光を浴びて煌いている。
 きっと、地上の全てが光の塊なのだ。魂とは光の塊のことなのではないか。だとしたら、今度は己が己の力で輝きだす時に至っているということではないのか。体と心の肉襞深くに集積した光の塊に、迸るための出口を指し示す時に至っているということではないか。
 この平凡とさえ思えない自分にも、月は、天の光は今も呆れることなく恩恵を与えている。
 人は死ぬと塵と風になるだけなのだろうか。魂とか情念の類いも消え果るのだろうか。もしかしたら塵となって風に舞うだけ、というのもある種の信仰、ある種の思い込みに過ぎないのではないか。死んでも死に切れなかったら。最後の最後の時になって、その末期の時が永遠に続いたとしたら。時間とは、気の持ち方で長さがいかように変容する。死の苦しみの床では、死の時がもしかしたら永遠に続かないと、一体誰が保証できよう。
 アキレスとカメの話のように、死の一歩手前に至ったなら、残りの一歩の半分は這ってでも進めるとしても、その残りの半歩も、やはり進まないと死に至らない。で、また、半分の半分くらいは何とか進むとしても、結局は同じことの繰り返しとなる。
 永遠とは、死に至る迷妄のことかもしれない。最後の届かない一歩のことかもしれない。
 だからこそ、天頂の月は自分には遥かに高く遠いのだろう。
                        (03/01/19)

 こういった一連の文章を綴った挙句、今の小生はどんな境地(境涯)にあるのか。
 悲しいかな、心の中は殺伐としたものである。こころを多少なとも豊かにするといったことは叶わず、夢のまた夢と成り果てている。
 一寸先は闇である。ただ、年の功だろうか、闇の色は決して暗色一辺倒ではなく、白い闇もあれば赤い闇もあると薄々ながら知れてきたことは云えるような気がする。
 まあ、気がするだけなのだが。

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コメント

>大地から根っこを断ち切られた人間。

今日の文章はいいですね。自然賛歌!
私も田舎育ちだからかもしれません。
今は、ほんの少ししか、自然に触れることができません。
そして郷愁のみです。年をとったかな?

投稿: elma | 2007/03/08 19:32

elma さん、コメント、ありがとう。
郷里も、昔は町ではあっても、実質、農村風景だった。家の脇の道もみんな砂利道か土の道だったし。
それが今じゃ、すっかり舗装されて。
確かに雨や雪の日など歩きやすいけど。土とは庭の隅っこで気休め程度に接するだけ。田圃も人の手に渡ったし。
まあ、理屈の上では、コンクリートだってガラスだって鉄だって、人工物ではあるけど、もとはといえば自然なのだけど…。
年を取るほど、気持ちは自然回帰しますね。

投稿: やいっち | 2007/03/09 08:57

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