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2007/03/25

食い意地や定められしは下りのみ

 尾篭な話だが、あるサイトでのお喋りの流れで、ひょんなことから下痢や便秘の話しになった。
「トイレで力みすぎです」と言われ(書かれ)、便秘で苦しんだ旧稿を思い出したのである。
 エッセイというよりドキュメント風な拙稿は、下記:
ドキュメント 脱 糞 だ! (旧タイトル:痔物語、あるいは、我が生涯最悪の日)」(平成13年7月8日午後作)
 この小文自体、「ある人の痔の手術物語をネットで読んで、つい小生が国見弥一を名乗る遥か以前の懐かしき苦闘を思い出し」て書いたのだった。

 上掲の文を紹介したら(原稿自体は評判が良かったのだが?)、「ゴーダマ・シッダルタ(釈迦)も下痢で涅槃に逝ったそうですね」という情報を寄せてくれた。

 小生、えっ、そうだったっけ、である。
 この小生だって、若い頃があり、釈迦や仏教、キリスト教、イスラム教なども少しは勉強したことがある。「親鸞の弟子である唯円によって、書かれたとされる」『歎異抄』は、高校時代、二度三度と読んだものだった。
歎異抄』などを読んだその成果は、絶望的なほどに残らなかったが。
 ただ、理系志望だった小生を哲学へ転向させる結果に大きく預かっていたような。

 仏教や釈迦についても、少しは文献を漁ったが、その中に『ブッダの真理のことば・感興のことば』(中村 元 翻訳、岩波文庫)がある(小生は、学生時代より、中村 元氏に畏敬の念を抱いてきた)。
 少しは偉い人の薫陶を受けた成果があっても良さそうなものだが、現実は見るも無残で、この何年(少なくとも十数年?)は宗教書を敬遠してきた気味がありそうな。
 というか、もっと言うと、仏教は掴みどころがなくて、良くて知恵の塊、経験的知識か精髄のの集積のように思えて、ついキリスト教の論理性(なのかどうかは別として)のありそうな文献に、つい惹かれてしまう傾向にあったようにも思う。

 とにかく、「ゴーダマ・シッダルタ(釈迦)も下痢で涅槃に逝った」という話は、あるいは学生時代などには読み齧って知らないではなかったかもしれないが、今となってはほとんど(いや、全くかもしれん)初耳同然なのだった。

 早速、ネットで関連の情報を漁ってみた(検索のキーワードは何だったか忘れた!)。
 すると、下記が上位に浮上してきた:
釈迦がきのこで涅槃する - アヴァンギャルド精神世界 - 楽天ブログ(Blog)
 どうやら、「釈迦は、きのこを食べた後に入滅した」のは、一つの事実(定説)として定着しているらしい。詳しい事情や経緯はこの頁を読んでもらいたい。
 経緯はともかく、釈迦の説法が一つの知恵として含蓄がある。

 純陀(チュンダ)に供されたキノコ(栴檀樹耳)を食べた「釈迦は血便を伴う激しい下痢に襲われ、(中略)、やがて入滅していく」のだった。
(この際、「釈迦は、「このきのこを他の大勢の弟子たちには与えないようにしなさい」とチュンダに命じ」たというが、あるいは釈迦は予め、キノコの危険性を予知していたのか、それとも、美食家だったのか、キノコ好きだったのか、背景がよく分からない。)

仏画(32)平成17年度美術史ゼミナール 番外編「釈迦八相」場面別解説 「八相涅槃」編」なる頁を覗かせてもらうと、「釈尊の生涯における主要な事蹟」が描かれた「釈迦八相図」を見ることが出来るし、その解説も読むことが出来る。
 ここでは、「八相涅槃図 京都 万寿寺本 鎌倉時代(13世紀)」の中の、「純陀供饌」に焦点を合わせる。
 純陀(チュンダ)より、「台座に乗った釈尊が食物の供養をうけている場面」が描かれている。
「経文には血便に苦しむさまも描かれリアルである」という。

藪医迷僧の診療説法0306」を覗くと、「最後の朝餐」なる項に、下記のようにある(無断転載禁止なので、詳しくはこの頁を覗いてみて欲しい):
「金属細工人の子である周那(チュンダ)の供養を受けたのが釈尊最後の食事となった。その日、下痢と下血を起こしながら、約30km歩いた。口渇と疲れを訴え、休んで水を飲み、川で沐浴し水を飲み、そしてその夜に死亡された。昼間30kmも歩いた人が、その夜に死亡するということは、夜になって心筋梗塞等の新たな急性疾患を起こした以外は通常考えにくい。しかし、下痢をしながら歩いたために、脱水状態が進んで合併症を起こして亡くなられた可能性も考えられる」

下痢と下血を起こしながら、約30km歩いた」!!

 釈迦の「涅槃図」については、下記が画像も多く、参考になる:
月刊 京都史跡散策会 第3号 (佛涅槃図について)

 さて、釈迦の超人的であり且つ「食物を乞いながら説法して歩き、老い、ある日、食にあたり激しい下痢と苦痛にさいなまれながら路傍で死んだ」という極めて人間的な死の在り方をどう解するか。
 小生は、「釈迦の悟り」(ホームは、「Camp 徒然草」)の、特に「死」の項に示される見解に共感する:
「悟りを開いたからといって不老不死が得られる訳ではない。人間は死すべきものであるというのは、釈迦の思想の出発点である。釈迦は人間のこの根本的な有限性から出発し、終生そこから離れることがなかった。釈迦の死は、その教えが空想的でもなければ、人間ばなれしたものでもなかったことを証明している。釈迦は、人間は死すべきものであることを繰り返し説き、そして自ら死んだのである。」

 さらに、「人の子のために十字架に磔になったキリストと違って、釈迦の死は純粋に個人的な死である。誰のためでもない、釈迦自身の肉体の老いと病のゆえに死んだのである。釈迦は他の無数の衆生と同じように生まれ、死んだ。この意味で、釈迦の教えはどこまでもこの世界に生きる人間についての教えであった。」

 小生は、凡そ二十年前の<事件>を描いた「ドキュメント 脱 糞 だ!(旧タイトル:痔物語、あるいは、我が生涯最悪の日)」での体験よりもっと悲惨な目にも遭っている。
 部屋の中で倒れてしまい、あまりに急激に症状が悪化したため、救急車を呼ぼうにも、一メートルと離れていない電話にさえ手が伸びなかった。翌朝、僥倖に恵まれたのか、たまたま生存していたのだった。
 そう、その日のことは、結果的に決して我が生涯最悪の日ではなかったことになる。
 今も、自業自得とはいえ、絶望的なほどに孤立しているし。

 釈迦がどんな悟りを開いたのか、小生には一生、分からず仕舞いだろうと思う。人間に限らず、心も肉の身も変幻し変貌して止まないもののはずである。
 仮に、何か悟るところがあったとしても、死に至る病は止むはずもないとも思っている。何処かで道を踏み外した人間は最後の最後まで外しっ放しなのではないか。
 それでいいのか。いいわけがない。
 でも、他に道がある? あるとして、道が見える? きっと、小生には見えないのだろう。

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