自転車のある日々半年目
目出度くも、あと数日で小生の自転車との生活が半年となる。
正確に言うと、昨年の8月19日(バイクの日!)にバイク(スクーター)を手放したのである:
「馬橋パレード…オートバイとの別れ」(2006/08/19)
バイクの免許(小型)を取得したのが74年初で、取得後、即座に中古の125ccバイクを購入。
← 2月13日、日の出桟橋でしばし休憩。桟橋に立つ。いきなり大型客船の威容が。シンフォニーだ!
同年夏前には大型免許へランクアップ。夏、海へツーリングへ行こうとして個人タクシーに追突し、我が身は空を飛んだりして、初の事故を体験。
爾来、バイク歴は、途中、数年のブランクを含めると、三十年以上になる。
600ccだった最後のスクーターを売り払い、そのカネの一部で自転車を購入。但し、東京は坂の町ということで、というより、自分の体力にまるで自信がなくて、電動自転車を通販で購入したのだった。
待望の自転車が届き、自転車ライダー生活が始まったのが、8月23日だった:
「自転車ライダー生活本日開始」(2006/08/23)
「東京は坂の町でもある」(2005/06/01)
→ 懐かしい。もう、十年ほども昔、父母や姉夫妻らと一緒にこの船に乗り、運河を、海を観光したのだった。そう、symphony-cruiseしたのである。
御蔭さまで自転車通勤にも慣れてきて、小生の自転車は6段変速機構なのだが、以前は3か4段でないと上れなかったものが、同じ坂でも、元気があるときは5段のまま、懸命にペダルを漕いで上ったりすることもあったりする。
ギアが平均して一つは上げている(つまり、それだけ負荷が以前より大きくなっている)のである。
ちと、嬉しい。
小生は78年に上京してきたのだが、最初の数年は落合近辺だが、以後はずっと東京でも海沿いの地区を点々としている。最初の勤め口もまさに運河脇だった:
「芝浦のこと、「城の崎にて」のこと」(2006/05/06)
← 近くで見ると、威容を実感する。しかも綺麗だ。
そんなこともあって、タクシー稼業をしていても、新人の頃は別にして(懐かしさもあって、新宿=歌舞伎町を根城に営業していた)、主に城南それも海に近い地域を選び勝ちになる。少なくとも休憩は、つい、開放感を求めてだろうか、仕事の上では効率は悪いと分かっていながら、海辺(実際には運河沿い)の地区の何処かを捜し求めることになる。
潮風が好きなのだろうか。
でも、いくら運河とはいえ、潮風など嗅ぎ取れるものなのか。
そう、ほんの数年前などは運河はドブに特有の濁った腐臭っぽい匂いが漂っていたものだった。
→ でも、今は、船より、海を見たい!
しかも、小生が十年以上も以前まで働いていた倉庫のある芝浦や海岸地区は、夕刻ともなると人影も疎らな、何処か危ない雰囲気さえも漂う、刑事モノドラマの撮影には格好の地域だったのである(実際、しばしばドラマの撮影の舞台になっていて、<殺害>現場脇を通りかかったものだ)。
それが、「「水の都・東京」復活へ ~「運河ルネッサンス推進地区」を指定しました~|東京都」もあってだろうか、また、近年、新幹線が品川駅まで延伸したこともあって、湾岸地区は様相を一変した。
(ちなみに、我が富山市も「水の都」を標榜している!)
東京(特に港区など)の変貌振りを小生は、タクシーを走らせながら、具(つぶさ)に見てきたのである:
「都心の新風景」(03/10/17記)
「カラスのことあれこれ」(04/04/04記)
「黄砂に吹かれて」(2006/04/25)
← 船着場。その向こうは、晴海か豊洲だろうか。
いずれにしても、町が小奇麗になってきたことは事実なのだろう。町並みが、そして空気も。運河さえ、さすがに潮の香とは言いづらいとしても、あのドブ臭さは嘘のようになっている。
但し、あくまで見掛け上のことなのは言うまでもない。
空気にしても、粒の大きな浮遊塵は、ディーゼル車の脱硫装置の設置その他の対策などで、目に見える粉塵は減ってきている。
が、その分、実は、大気中の埃の問題は深刻化しているとも指摘されている。目に見えなくなった分だけ、問題の深刻さが見えづらく(理解しづらく)なったとも言われているわけである。
「窒素酸化物(NOx)やディーゼル燃料に残留する硫黄に由来する硫黄酸化物(SOx)などの極微細な粒子状物質は期待されるほどには低減されるわけではない」のだ。
そう、肺(肺胞)などに悪さをするのは、現状の排気ガス対策では対策が間に合っていない、微粒子であり微細な浮遊塵なのだから。
まあ、本稿では野暮なことはこれまでにしておく。
→ 客船がやってきた。シーバス(水上バス)ならぬシータクシーだって。どうしてタクシーなのだろう。そりゃ、シンフォニーに比べたら小さいかもしれないけど。
とにもかくにも、あれこれ思い、あれこれを見つつ、主に湾岸地区に近いところを走っているわけである。上記したように、休憩も、海辺(運河脇)。
当然ながら、気に入った場所での休憩の折など、写真に撮っておく。
最近のものから:
「水鳥の戯れしごと我もけふ」(2007/02/08)
本文中に掲げる写真群も、過日、日の出桟橋近辺で休憩する機会に恵まれたので(且つ、たまたま乗降するお客さんが少ない時間帯に遭遇したので)、まさに桟橋まで出向いて、汐の香を嗅ぎ、潮風を頬に受け、海の光景(もどき)をしばし楽しんだ、その一齣を示している。
日頃、ちまちましたことばかりあれこれ思い煩い思いをめぐらしてしまう小生、海辺ならぬ運河の岸壁に立って、少しは大きな世界を感じてみたかったのだ。
「私は、浜辺で貝がらを拾って遊ぶ子供のようなものだ。」といったのは、かのニュートンである。そこまでは小生も僭越だとは思いながらも、同感・共感する。
でも、ニュートンは、「真理の大海は眼前に広がっている。」と続けている。
← シータクシーが船着場に着船。乗ってみたいナー。これで通勤してみたいナー。
小生には、到底、そんな言葉は吐けない。
あるいは真理の大海が眼前に広がっているのだろうとしても、小生は真理の欠けらさえも掴み取ることは敵わないだろう:
「磯遊(いそあそび)…混沌の海」
そう、せいぜい、下記のように思うのがやっとなのである:
(略)海岸線は、つまりは足元にある。が、その足元が常に揺らいでいるし、浸食されてもいる。
浸食されない幸運なる場合でさえも、つまり、海岸線をほんの僅か広げたり護岸することができた場合であってさえも、その目の先には広大なる海が広がる。海の先には崖はさすがにないだろうけれど、宇宙が広がっている。地球は宇宙の中の塵ほどの存在。揺れて定まらないのも、無理はないのだろう。真空はありえない、のだから。
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