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2007/02/10

オノレにはドーミエていたキホーテか

[今日のテーマは、「オノレ・ドーミエ」の油絵作品です。]

2月10日 今日は何の日~毎日が記念日~」を覗くと、今日もいろいろなことがあり、いろんな方が生まれ、あるいは亡くなられている。
 既に採り上げたことのある人物も居る。
 例えば、今日が誕生日の平塚雷鳥(らいてう)については、約2年前の「青き踏む(踏青)」なる記事の中で扱っている。
 同じく今日が誕生日の田河水泡については、彼の忌日に当る日に、「ラディゲにはのらくろ生きる我遠し」の中で扱っている。
 やはり今日が誕生日の漫才師の島田洋七も、何故か、かの高橋尚子選手が優勝した時の東京国際女子マラソンを見物してのレポート記事「東京国際女子マラソン…感動のラストシーン」の中で扱っている。

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← 島田洋七著『佐賀のがばいばあちゃん』 (徳間文庫) 素晴らしい本だった。島田洋七の人間性や文才が抜群なのか、佐賀のがばいばあちゃんが傑物だったのか。

 どうして場違いのはずの彼がマラソン見物レポートに登場するかと読み返してみたら、マラソン見物の帰り、図書館へ寄って、前日のラジオで話題になっていた、島田洋七著の『佐賀のがばいばあちゃん』 (徳間文庫)を借り出していたのだった。
 そう、「東京国際女子マラソン…感動のラストシーン」の「感動のラストシーン」は、読んでもらえれば分かるが、この本のラストシーンともダブらせての題名だったのである。

 今日が忌日に当る、オノレ・ドーミエも採り上げたことがあった。『ドーミエ諷刺画の世界』なる記事である。
 
 さて、今日は、本来なら一度、過去に採り上げた人物は、よほどの事がない限り、再度は扱わないのだが、その方針に反して、今ひとたび、オノレ・ドーミエ(Honore Daumier 1808-1879)の世界に触れてみたく思っている。

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→ 『ドーミエ諷刺画の世界』(喜安 朗編、岩波文庫刊) 「晩年、1872年頃から眼の病気を患い、やがて失明に至っている」が、晩年まで風刺の精神を貫いたのだった。

オノレ・ドーミエ - Wikipedia」を覗けば、大概のことは教えてもらうことが出来る。
 彼は確かに版画家(それも風刺画)として注目を浴びることが多い。評価も主にそうした観点からなされているようである。
 実際、小生も、上掲の一文では、あくまで諷刺画の世界に焦点を合わせている。まあ、『ドーミエ諷刺画の世界』(喜安 朗編、岩波文庫刊)を読んでの感想を書くという事情もあったのだが。

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← ドーミエ 「洗濯女  Laundress on the Quai d'Anjou (Laveuse au Quai d'Anjou)」 「オノレ・ドーミエ (写実主義)」より。ミレー作の「落ち穂拾い、夏」と比べるのは、筋違いだろうが、写実的な世界とはいっても、ミレーの自然味溢れる、生命の賛歌、好日的な世界とはあまりに違う生活感に驚いてしまう。パリ市街地の庶民の生活実態に身近だったからこそのドーミエ的絵画世界なのだろうか。それにしても、素晴らしい作品だ!

 が、彼の世界はもう少し幅広い。
 例えば、彼は彫刻も試みたことがあったようだ。あと一歩(数歩?)でジャコメッティかという雰囲気も漂うが、やはり生活感が濃厚だ:
伊丹市立美術館-館蔵品-ドーミエ彫刻

 そう、ドーミエは、「単なる風刺画家ではない」のである:
ミレーが好き ドーミエ

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→ ドーミエ 「Two Sculptors」 「オノレ・ドーミエ (写実主義)」より。この迫力。絵画的な優劣は別にして、画面に漲る気迫はドーミエならではのもの。

 ブログでは、「賢者の石ころ 徒然に風刺画の巨人『オノレ・ドーミエ』」なる頁も画像の選択も文章も参考になるし、読み応えがあった。
 上掲した画像「洗濯女」については、「40歳以降は油彩を本格的に手がけます」として、「「洗濯女」はセーヌ河畔で洗濯を請け負い働く母親の逞しさと、子供を気遣いながら階段を上がってゆく姿が、夕暮れの残照に染まる対岸の建物を背景にして見事に描かれてます」などと書かれてある。
 また、バルザックやドラクロアのドーミエの絵画に対する評価もその頁に書いてある。

 石版画が多いドーミエだが、「その生涯に、三百数十点の油絵を残してい」るという。
賢者の石ころ 徒然に風刺画の巨人『オノレ・ドーミエ』」なる頁には、さらに、「当時のパリ市民の日常生活や、鉄道車両内の情景などを大胆な構図と筆使いで表現し、印象派や表現主義を先取りしたものとして今日では高く評価され、晩年、執拗に繰り返し描いた「ドン=キホーテ」の連作は、哀愁をこめた彼の自画像の傑作であると評価されています」とも書いてあって、小生には勉強になった。

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← ドーミエ 「Sancho and Don Quixote」 「Honore Daumier Online」より。本作は、「晩年、執拗に繰り返し描いた「ドン=キホーテ」の連作」の一つ。彼は自らを権力に立ち向かうドン=キホーテと思っていたのだろうか。

 小生など、油絵の数々を見ていて、ゴッホを連想したりしたが、的外れだろうか。ゴッホはどうしても凡人たる小生には異常なまでの感性を痛々しく感じてしまうのだが、ドーミエには(僭越ながら)等身大の生活感を覚えて、その描かれた世界の厳しさを鑑みつつも、親しみが湧いてしまう。

 画像というと、やはり、下記サイトがいい:
アート at ドリアン 西洋絵画史
 その中の、「オノレ・ドーミエ (写実主義)」なる頁を参照させてもらった。
 また、「AllPosters.co.jpのオノレ ドーミエ ポスター」が豊富な画像を提供してくれている。

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