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2007/02/15

あれこれとブログ綴ってこれからも

 例によって、「2月15日 今日は何の日~毎日が記念日~」を覗いてみたら、冒頭に、「春一番名附けの日」とある。
 東京などでは、昨日14日に「春一番」が吹いた。律儀というか、ちょっと早まった感があるが、それでもお天道様も「春一番名附けの日」だと分かっていて、タイミングを合わせようとしたのだろうか。
 なにしろ、初雪よりも先に春一番なのだから、空だって調子が狂うというもの。

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← 蘇峰公園内にある徳富蘇峰縁(ゆかり)の「山王草堂記念館」にて撮影。書斎の様子。

 小生は既に、一昨年、「春一番」なる記事を書いている。昨年もだが、今年も春一番の頃となると、この記事へのアクセスが増えるが、この記事を書いたのは、「2005/02/24」で、実際には、23日に吹いたのだった。
(旧稿である「東風吹かば」へも例年より早く、一月の終わり頃からアクセスが増え始めている。)

 今日15日は「西行忌」でもある。
歌人・西行法師の1190(文治6)年の忌日」なのだが、「亡くなったのは旧暦2月16日であるが、願はくは花の下にて春死なむ そのきさらぎの望月の頃の歌より、15日を忌日としている」とか。

 この「西行忌」についても、小生のこと、一昨年には「利休忌・西行忌」にて、昨年は「西行忌だったけど」にて扱っている。
 小生には、歌に関して、柿本人麻呂・西行・芭蕉が常に念頭にある。彼らの本、彼らに付いての本を少しは読み漁ってきたのだった。
 
 翻って、今日は「兼好忌」でもあるのだが、吉田兼好については扱ったことがないはず(何かの話の流れで触れたことがあるだけ)。
 どうも、和歌や俳句、そして詩もだが、小説や随筆文にコンプレックスがあって、敷居が高いのかもしれない。
 
 そのくせ、我がブログサイトの名前に無精庵「徒然草」「方丈記」「風土記」(今は名称を「サンバ館」に変更したが、旧名称が「万葉記」)などを堂々と(図々しくも!)使っているのだから、首尾一貫していないことはなはだしい(ちなみに、「無精庵」の「無精」とは、家主である小生自身の暮らしぶりや性癖から自然に連想してしまったもの。数年前まで、小生のハンドルネームだった!):
無精庵徒然草」(中心的なブログ)
無精庵サンバ館」(従来は「万葉記」であり、読書感想文の巣窟だったが、昨秋、思い切ってサンバ関連記事を独立させ、専門の倉庫に模様替え)
無精庵方丈記」(小説、俳句、川柳などの創作の穴倉。小生が一番、力を入れているのは創作である。今年は、この二年のスランプから脱しつつあるので、ある程度、このブログが活性化するはずである)
無精庵越中節」(富山とオートバイとタクシーとサンバと音楽エッセイの館。近いうちに閉鎖する予定)
無精庵風土記」(駄文・駄洒落・語源探索の殿堂!を目指すサイト?! これも近い将来、閉鎖の予定)
無精庵明月記」(コラムの蔵屋敷! これも近々閉鎖の予定)

別格:
国見弥一の部屋」(我がホームページ。丸六年を経過した。旧館であり、本館である)

 ブログを04年の八月末から九月にかけて始めた時、ブログなるものがよく分からず(今も理解しているかどうか怪しいものだが)、長続きするかどうか自分でも覚束なく、まあ、とりあえず、文章だけのサイトになるのだけは容易に予想が付いたので、僭越にも無謀にも、上記の名称を拝借してしまったのである。
 それが、取りあえずは、細々ながら二年と五ヶ月も続いてしまっている。
 多分、もう少し、続けられるものと思う。
 アクセス数(ページビュー数)が「無精庵」全体で40万を既に越えている(ホームページは別にして)。
 こうなると、安易には名称を変えるわけにはいかない(と勝手に思っている)。自意識過剰?
 まあ、無精庵万葉記は無精庵サンバ館に名称替え・模様替えしたのだし、追々は他のサイトも無難な名称に変更するつもりでいる。
 どんな名称がいいだろうか。

 話が余談になるばかり。
 さて、今日はというと、「徳富蘇峰が『国民之友』を創刊」(1887年)した日でもある。これを知ってか知らずか、小生、つい先日、11日に徳富蘇峰縁(ゆかり)の「山王草堂記念館」(蘇峰公園内にある)へも自転車散策したことは、既に書いている
 写真もたっぷり撮ったことだし、その当日(あるいは翌日には)、レポートを書くはずが、ひょんな事情もあって(ホームページをどういうソフトで立ち上げたのか自分で分からないでいる!)、書くタイミングを逸してしまっている。
 なんとか、近いうちに意地でも書きたいと思っている。

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→ ピーター・アトキンス著『ガリレオの指 現代科学を動かす10大理論』(斉藤 隆央訳、早川書房)

 今日が誕生日という方が、小生が多少なりともブログなどで採り上げたことのある人物に限っても、ガリレオ・ガリレイ(ガリレオについての本ではないのだが、一昨年読んだ、ピーター・アトキンス著『ガリレオの指』は秀逸)、ホワイトヘッド井伏鱒二(「黒い雨の降る夜」など参照)、九鬼周造(最近、彼のエッセイ「偶然の産んだ駄洒落」を発見!)などがいる。

 今日が忌日という方は、渡辺綱、新田次郎(「八甲田山」の作家。昨日、大きな雪崩事故があった!)、 木下利玄などがいる。

 本日の記事は、上記した九鬼周造の随筆「偶然の産んだ駄洒落」について、若干のことをメモっておきたかったのだが、もう今日は疲れた。後日を期す。
 こんな偉人に我が駄洒落や駄文を励まされたようで嬉しかった。
 この随筆をネットで偶然、発見したのは、つい一昨日のこと。
 ある意味、小生には彼のこの随筆に遭遇したことが(我が長年のアイドルとなっている人に卓上の写真を貰ったのと併せ)、我がバレンタインチョコに思えたのである。

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コメント

今晩は。おひさしぶりです。
徳富蘇峰のことが書かれていたので一言。
私、忠臣蔵が好きで、1人生き残った寺坂吉衛門
について興味があり、調べていく中で、様々な寺坂擁護の意見があったにもかかわらず、蘇峰は
寺坂は卑怯にも怖気づき逃亡したということを生涯変えなかった。
文豪徳富蘆花の兄でもあったこともあり、その影響力は特に大きかったようです。
このことを知って、とても、悪いイメージ持っていました。
なかなかすごい人だったのですね。
西行はいいですね。
山頭火、西行とても惹かれます。

投稿: tibisato | 2007/02/15 19:11

小生、数年前、伊香保温泉に行ったことがあり、そこには徳冨蘆花記念文学館があって、覗いたことがあり、徳富蘆花の本を少し読んだことがある。
近くに徳富蘇峰の草堂が(転地されて)あったのは知っていたので、今回、見物に。
でも、彼の文章は読んでいないのです。
なるほど、こういうエピソードもあるのでね。
忠臣蔵は神聖視するのが近年の常識かな。
生き残ったのが卑怯と思うのが古風な価値観の持ち主の見方なのでしょう。
でも、近代の価値観からしたら、生き残ったことに価値を見出し評価する人もいいのかも。
寺坂のことについては、もっと知りたいね。
誰か作家が小説に仕立てているのだろうか。きっと面白い作品になるでしょうね。


投稿: やいっち | 2007/02/16 08:47

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