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2007/01/09

松瀬青々…淋しさを青山に見る薄道

1月9日 今日は何の日~毎日が記念日~」によると、今日は「青々忌」だという。
 これは、「ホトトギス派の俳人・松瀬青々の1937(昭和12)年の忌日」なのだとか。
 小生には、松瀬青々(まつせ せいせい)という存在は初耳。

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← 年末の帰省。一週間の滞在を終え駅のホームに立ち遠望する。

松瀬青々生誕地」なる頁を覗くと、以下の説明が得られた:

青々は本名を弥三郎、明治2年当地で生まれた。幼少のときから漢詩、詩歌を学び、俳句を新聞や「ホトトギス」なとに投句していた。子規に賞賛され、明治32年上京して1年ほど「ホトトギス」の編集に従事した。帰阪後は朝日新聞社に入社、朝日俳壇の選句を担当、大阪に活況をもたらした。明治34年「宝船」「倦鳥(けんちょう)」を主宰、大阪俳壇の基礎をきづいた。昭和12年没。

「子規に賞賛され」たということは、写生的な句を作った人なのか。
 ネットの威力を生かすということで、ネット検索で渉猟してみる。

富士山-言葉で描かれた「富士山」- 松瀬青々」:
蒼茫に冨士をさがしつ明易き

福島区 Official Homepage」:
菜の花のはじめや北に雪の山

長橋の長き命や生身魂

伊賀市柘植町芭蕉公園の松瀬青々句碑」:
鴬やむかしを問へば風の音

青々の句碑
貝を見てあとは桔梗を眺めけり

貝塚市のあれこれ 市内にある歌碑や記念碑」:
弥勒仏の下生をいつと囀れり

秋津野里山ガイド(上秋津) 松瀬青々の歌碑」:
葛の花柄りて滝見に上りけり

1月のおすすめコース「ならまち散策」 元興寺の今昔を詠んだ詩」:
初冬や唐辛子干す塔の跡

青陵(ネット)俳句会 12月兼題」:
正月にちょろくさいことお言いやるな

柏原町 おさんの森とさとしの山」:
浄瑠璃の古蹟ゆかしや春の雨
この里に恋の茂兵衛や時鳥

十輪院 境内の四季」:
十輪院の棟の低きに山霞む

俳句俳話ノート ★青々忌」:
四方拝禁裡の垣ぞ拝まるる
ひとり寝の一枚かふや宝船
初夢の吉に疑無かりけり
年棚はやや筋違にゆがみけり
歯固やかねて佗しき飯の砂
うかとしてまた驚くや事始
七草の粥のあをみやいさぎよき

みのお句碑めぐり この句あの人」:
開成皇子あとを今しも月わたる

けんの食欲物欲見聞録 西国街道名物 敦盛そば
敦盛そばへ去りし夜客や後の月

京都の地球科学(四) 寛文二年の地震  尾池和夫」:
北むけば比良八講の寒さかな

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→ 北陸本線は、あと少しで上越方面へ向う。北陸の海ともしばしの別れ。

 以上、ネットで見つかるものを羅列したが、下記のサイトで青々らしさの際立つ句の数々が載せてある。数句だけ転記するが、一覧してみる甲斐があると思う:
日国.NET:俳人目安帖17 お帰りやす青々はん
舷や手に春潮を弄ぶ
まんだまだ暮れぬと囀りぬ
桃の花を満面に見る女かな
櫻貝こぼれてほんに春なれや
日盛りに蝶のふれあふ音すなり
淋しうてならぬ時あり薄見る
蛤も口あくほどのうつつかな
汁ぬくううれし浅蜊の薄味や

「日盛りに蝶のふれあふ音すなり」など、絶品かも。
「この句が対象としているのは、現実のものというより感覚的な世界である」と書いてあるが、確かに感覚的だが、同時に幻想味さえ漂っている。
「青々の師といえば、いちおう子規ということになる。しかし二人の句風はまったく対照的で、青々の作品に子規の指導の痕跡を見ることはほとんどできない」とも書いてあるが、「青々は、子規に出会う以前に、すでに蕪村の一部分だけではなく、全体を丸ごと自家薬籠中のものにしていたのであ」り、子規と袂を分かった青々は独自の世界を築き上げていく。

かわうそ亭 虚子の結婚、碧梧桐の結婚」や、特に「かわうそ亭 虚子の結婚、碧梧桐の結婚(承前)」なる頁の記事は、松瀬青々が話題の主というわけではないが、「この「車百合」発刊とほぼ期を同じくして、浪速俳壇の新進として松瀬青々は第一銀行を退職し、ホトトギス編集員として上京した。このとき、三十一歳。もっとも、この松瀬青々のホトトギス入社は虚子の専断であったらしく、子規はこの採用にはあまりいい顔をしなかった。そのせいかどうか、青々は一年たらずでホトトギスを辞めて大阪に帰り大阪朝日新聞の会計課に入った。」など、興味深いエピソードが載っている。

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← 長岡も過ぎ、越後湯沢に近づいた頃の風景。純白の眩しさが目に痛い。

 松瀬青々の句境は、花鳥風月を風雅に詠い込むとか、まして所謂、写生句とはまるで違う。写生的な句も見受けられるようだが、青々らしい句は、上記した「日盛りに蝶のふれあふ音すなり」や「蛤も口あくほどのうつつかな」などのような、感覚的…というより感覚をゆったり余裕をもって楽しむ、大人の俳句という感じがする。
 松瀬青々を<発見>できたのは、ちょっと嬉しい。こんな世界もありえるんだね。

 一世を風靡しつつあった子規とは別の道を矜持を持って歩いた松瀬青々。人間(じんかん)到る所青山(せいざん)ありと言うけれど、緑野に至るまでには、薄(ススキ)ばかりの道を一人歩く気分だったろう。

松瀬青々句集 妻木抄』(編集 大阪俳句史研究会/解説 茨木和生)など、「石川県関係人物文献検索 松瀬 青々」を覗くと、いろいろ文献があるようだ。

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コメント

こんにちわ。
今日は青々忌でしたか。こうして、松瀬青々の句を集めていただいたのを拝見しておりますと、「ああ俳句はいいものだな」と思いますね。

投稿: かわうそ亭 | 2007/01/09 08:48

かわうそ亭さん、こんにちは。
いろいろ参考になりました。
松瀬青々は、小生にとっては発見でした。
今、どのような評価されているのか知りませんが、佳句があって、もっと世に知られてもいいと思いました。

投稿: やいっち | 2007/01/09 09:22

 読みました。

投稿: せせい | 2012/07/07 23:33

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