詠み人の知らぬ歌にぞ思い込め
[本日のテーマは、作家の新井満氏訳詩・作曲で、テノール歌手・秋川雅史氏の歌った「千の風になって」の周辺]
今年は、帰省していたので、大晦日はテレビで「第57回 NHK紅白歌合戦」を父母らとじっくり見ていた。最初から最後まで、ほぼ全て見ていたと思う。
この数年は年末年始を外して帰省していたので、我が家では必ず見ることになっている紅白歌合戦も、見る機会が余り無かった(東京のテレビは画面がいじましいので、見ると疲れる)。
DJ OZMAのバックダンサーの裸モドキのパフォーマンスには、NHKらしくなく、びっくりした。
嬉しかった(でも、流しで食器類を洗っていた最中だったので、ジックリ観ることができなくて、ちょっと悔しかった!)。
← 青梗菜さんにネットでいただいた賀状です。
おお、NHKもここまでさばけてきたのかと、小生、感心することしきりだったが、「DJ OZMAのバックダンサーが裸と見間違いかねないボディスーツを 着用して出演した件について、NHKではこのような姿になるということは 放送まで知りませんでした。 衣装の最終チェックであるリハーサルでは放送のような衣装ではありませんでした」とのことで、なんだ、そういうことかい、と、逆にガッカリ。
まあ、自分たちは知らなかったということにするしか手はなかったのだろう。
演歌や歌謡曲からポップス、そして最新の若者のダンス系の曲まで幅広く聴くことができて、勉強ということではないが、感懐がいろいろあって楽しかった。
感銘を受けた曲(歌手)は少なからずあったし、いたけれど(今井美樹さんの「プライド」をテレビで視聴できて嬉しかった!)、中でも、「千の風になって(Do not stand at my grave and weep)」は際立っていたように思う。少なくとも小生は、他の曲や歌手名は忘れても、テノール歌手だという秋川雅史氏の歌った「千の風になって」は忘れないだろう。
とにかく、背中がゾクゾクするほど感動した。でも、秋川雅史氏の歌唱力が素晴らしいのか、曲がいいのか、歌詞がいいのか、あるいは演出が素晴らしかったのか、分からなかった。
その全てがうまくマッチングしていたのだろう。
「秋川雅史 OFFICIAL SITE」
→ 秋川雅史歌「千の風になって」(TEICHIKU RECORDS)
近頃、評判を呼んでいてテレビは分からないが、ラジオでは掛かっていたはずなのに、仕事中はラジオをオンにしっ放しなのに記憶に無いなと思っていたら、一年か二年前にラジオで聴いたことがあったと、このブログを書いているたった今、思い出した!
それも、訳詩をされた新井満氏へのインタビューを聴いたことがあったのだった!
秋川雅史氏については、NHKのサイトでは、「'67年生まれ愛媛県西条市出身。4歳からバイオリンとピアノを始め、後に声楽家である父の指導のもと声楽家の道へ。いま最も注目のテノール歌手」と紹介されている。
原詩自体が従来より評判になっていたようで、いろんな方が訳されているようだが、紅白では新井満氏の手になる訳で秋川雅史氏が歌っていたようである。
新井満氏のホームページ:「マンダーランド通信」
同氏による訳詩紹介:「千の風になって」
著作権の問題もあるのだろうが、一節だけ転記する。以降の訳詩は上掲のサイトでどうぞ:
私のお墓の前で 泣かないでください
そこに私はいません 眠ってなんかいません
千の風に
千の風になって
あの大きな空を
吹きわたっています
原詩は、作者不詳ということなので、全文を示しておく:
A THOUSAND WINDS
Do not stand at my grave and weep,
I am not there, I do not sleep.I am a thousand winds that blow;
I am the diamond glints on snow.
I am the sunlight on ripend grain;
I am the gentle autumn's rain.When you awake in the morning hush,
I am the swift uplifting rush
Of quiet in circled flight.
I am the soft star that shines at night.Do not stand at my grave and cry.
I am not there; I did not die.Author Unknown

新井満氏によると、「千の風になって」という歌を作って五年になるという。
作者不詳の詩。
ただ、ネット検索してみると、「原作者はメアリー・フライ(Mary Frye)というアメリカ人女性」だという説を主張されているサイトが見つかった。その真偽は、小生には確かめようがない。
一応(という形で申し訳ない)、そういう説があるということでサイトを示しておく:
「「千の風になって」の詩の原作者について 執筆:オーママミア Quinn」
「各国で行われる戦争記念日、慰霊祭では、必ずといってよいほどこの詩が登場し、遺族の心を和らげてい」るというこの歌だが、詳しくは上掲のサイトを覗いていただくとして、ここでは、「1932年にメアリーが書いたオリジナルバージョン」を示すのみに留めておく:
Do not stand at my greave and weep
Words by Mary FryeDo not stand at my grave and weep
I am not there, I do not sleep
I am in a thousand winds that blow
I am the softly falling snow
I am the gentle showers of rain
I am the fields of ripening grain
I am in the morning hush
I am in the graceful rush
Of beautiful birds in circling flight
I am the starshine of the night
I am in the flowers that bloom
I am in a quiet room
I am in the birds that sing
I am in the each lovely thing
Do not stand at my grave and cry
I am not there I do not die

← イノシシ(福鈴)
実は、紅白で五年という歳月、原詩の作者が不明ということから、小生、てっきり、あの歌が訳され、この頃になって日本でも評判になってきたのかと勘違いして聴いていた。
その歌(詩)とは、やはりAUTHOR UNKNOWN(読み人知らず)の歌で、作者については諸説があるようだが、「ベトナム戦争で心身ともに深く傷つきながら、立ち直っていった若者」が書いたとも、言われているようだ。
五年前。つまり、同時多発テロが発生した頃から、じわりじわりと評判を呼んでいった詩である。
以下、ホームページから拙文を転記しておく:
詩という祝福(余談)
02/03/16記過日、ネットでホームページをあれこれ検索していたら、あるホムペの中に素敵な詩を発見した。誰が書いたものかと作者を見ると、AUTHOR UNKNOWNとある。読み人知らずの歌なのである:
大きな事を成し遂げるために 力を与えてほしいと神に求めたのに
謙虚を学ぶようにと弱さを授かった
より偉大なことができるようにと健康を求めたのに
より良きことができるようにと病弱をあたえられた
幸せになろうとして富を求めたのに
賢明であるようにと貧困を授かった
世の人の称賛を得ようとして成功を求めたのに
得意にならないようにと失敗を授かった求めた物は一つとして与えられなかったが
願いはすべて聞き届けられた
神の意に添わぬ物であるにかかわらず
心の中で言い表せないものは全て叶えられた
私はあらゆる人の中で
最も豊かに祝福されていたのだ(ニューヨーク州立大学病院の壁に書き残された詩)
[ 小生が見つけたサイトは:「Angel Talk」
http://www.bh.wakwak.com/~pinocco-chan/index.html(← 既に削除)
表紙のAngel Talkというロゴをクリックすると、詩が現れてくる ]以下は、その原詩。
A CREED FOR THOSE WHO HAVE SUFFERED
I asked God for strength, that I might achieve
I was made weak, that I might learn humbly to obey...I asked for health, that I might do greater things
I was given infirmity, that I might do better things...I asked for riches, that I might be happy
I was given poverty, that I might be wise...I asked for power, that I might have the praise of men
I was given weakness, that I might feel the need of God...I asked for all things, that I might enjoy life
I was given life, I might enjoy all things...I got nothing that I asked for - but everything I had hoped for
Almost despite myself, my unspoken prayers were answered.
I am among all men, most richly blessed!AUTHOR UNKNOWN
日本語訳については、いろいろ試みられている。大概は、宗教的色彩を帯びた訳になっているといえそうだ。内容からして、そう解釈したくなるのも、無理はないだろう。
しかし、詩が発見され広く普及する契機となったのは、場所が病院ということもあってか、健康への願いというメッセージをも読み手は見逃さないだろう。
念のため、代表例ということではなく、一つの典型例ということで示しておく:
http://www.hi-ho.ne.jp/luke_tokita/tearoom/uta.html (← 既に削除)この詩の発見された場所である病院は、「ニューヨーク市立大学」であり、そのリハビリテーションルームの壁に書かれてあったと言われている(そういう説明と共に広まったことは事実のようだ)。
では、その壁に書いたのは誰か。諸説があるようだが、「ベトナム戦争で心身ともに深く傷つきながら、立ち直っていった若者」が書いたとも、言われている。
が、この説が正しいとして、書いたのがその某若者なのだとしても、作者は誰なのかは、依然として不明である。
原詩のタイトルである「A Creed For Those Who Have Suffered」は、直訳すると、「苦難にある者たちの信条」ということになる。あるサイトではcreedを信条ではなく告白と訳しているが…。 しかし、どうも、小生の感じでは、このタイトルは、後世になって誰かが一定の解釈や予断を持って付したのだという気がしてならない。内容の切実さ、切迫さに比して、タイトルが説教臭く思われるのである。
サイトを広く検索してみると、作者は「Written by an unknown Confederate soldier 」とある:
http://www.sanpedro.com/jbd/creed.htm(← 既に削除)さらに別のサイトを当たってみると、作者は「This poem was written by an unknown Confederate soldier during the American Civil war」とある。つまりアメリカの南北戦争当時、南軍兵士によって書かれたものだ、というわけである。
尤も、あるサイトを覗くと、作者の名と誤認されそうな形で、Roy Campanella という署名がされているが:
http://www.afn.org/~afn48651/creed.html(← 既に削除)いずれにしても、少なくともアメリカでは、この詩はかなり有名なものであるようだ。日本でも結構、知られているのかもしれない。小生の「発見」が、遅きに失しているのかもしれない。
ま、詮索は、これまでにして、改めて、じっくり読まれてみては、いかがだろう。

→ 「千の風になって スペシャル盤」(企画プロデュース 新井満 ポニーキャニオン)
今日、正月二日は、作家の野間 宏の忌日である(1915-1991・大正4年-平成3年)。
なので、彼を採り上げるつもりでいたのだが、やはり、紅白で聴いた秋川雅史氏の歌唱による「千の風になって」の感銘冷めやらぬうちに、一言、書いておきたくて、こんな話題になった。
まあ、一年の計は元旦にありというし、厳粛に始めるのも悪くはない。
野間 宏については、ブログ「野間宏著『暗い絵 顔の中の赤い月』」で若干、書いている。
また、「文学者掃苔禄」の「野間宏」に、いかにも野間宏らしいと思わせる一節(「崩解感覚」より)が掲げられている。
ここに、更にその一部を転記させてもらう:
何か堪えがたいものがとおりすぎる。が、彼は自分でそれをどうするすべもないのである。と眼の前に拡げていた架空線の網の目が、突然その太い触手をぬらぬらと動かし始めた。ぬらぬらと、幾本も交りあったその針金の手を動かして、それが彼の方に向ってやってくる。いやだ、いやだ、いやだ、いやだと彼は自分に抵抗しながら体の深みで言った。と、彼の眼の前がはっと黒くなつたかと思うと、彼の身体の上にあの手榴弾の爆裂した瞬問の、ぐにゃりとした感覚、意識と体液とが混合したようなねばねばした瞬間がおそいかかってきた。そして架空線の網の目は、厩の後の闇の中で彼のくらい視界にうつし出されたあの自分の眼球の中の白血球の珠ず玉の網の目に変り………ぐにゃりとした内部感覚、空中へふき上げられる自己意識。
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コメント
I asked God for strength, で始まる詩、
いくつかのフレーズが心に響きました。
ところで「詠み人知らず」というのは、
文章創出者のある種の理想形かも知れません。
作者が滅んでも生み出した作品は生き続けるわけですから。
まあ私の場合は ego が肥大しているゆえ、
作品は散逸しても名のみは残って欲しいと思いますが(笑)。
――弥一氏は如何に?
投稿: shikari unknown | 2007/01/02 23:05
こんばんはというべきか、おはようございますというべきか?今は真夜中です。正確には真夜中。
I asked God for strength, that I might achieve
I was made weak, that I might learn humbly to obey...
の詩がいいですね・・・。
偶然なのか、暮れのCDショップで、買おうかなと思って手にしたのが、「千の風になって」秋川雅史さんの歌・・・試聴だけしました。
そして、私も以前のブログで取り上げたことがあります。
http://blog.livedoor.jp/elma0451/archives/50750528.html
投稿: elma | 2007/01/03 01:46
shikari unknown さん、コメント、ありがとう。
名を残したいのは山々です。
でも、とりあえず、一言、あるいはワンフレーズでもいいから、これはという表現を生み出すこと。
それができたら随喜の涙だ!
投稿: やいっち | 2007/01/03 02:10
elma さん、コメント、ありがとう。
A CREED FOR THOSE WHO HAVE SUFFEREDの詩もいいですね。これも、誰か、訳して曲にしたらいいなって思うんだけど。
「千の風になって」は素晴らしいです。秋川雅史さんの歌唱も素晴らしいし。
elmaさんの記事、きっと、小生の脳裏に残っていたはずなのに:
http://blog.livedoor.jp/elma0451/archives/50750528.html
歌になって聴かないと、その詩の良さを感じ取れない小生なのだとつくづく痛感しました。
投稿: やいっち | 2007/01/03 02:16
やいっち さん明けましておめでとうございます。月並みなご挨拶をして。
今年も拝読楽しみにしています。
『千の風になって』よいですね。
もう、2年以上前MLでお友達になったかたからプレゼントされました。
9.11事件後の追悼のときにも歌われたそうですね。
「詠み人知らず」で思い出すのが、万葉集、心を揺さぶられるような歌がたくさんあります。
『千の風になって』もそんな想いがしています。
夫の実家は大田区、元日に出かけました。
蒲田の駅前は元日でひっそり。
大田神社初めて知りました。
投稿: tibisato | 2007/01/03 20:41
あけましておめでとうございます。昨年はお世話になりました。また今年もよろしくお願いします。この詩すごいです。私も掲載したいです。良いですか。よろしくお願いします。
投稿: JN | 2007/01/03 23:10
tibisato さん
明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
『千の風になって』は、多くの方の心に響いているのですね。
小生も紅白でじっくり聴いて、感動しました。
小生は、詩のよさを歌にしてもらって初めて感じたほうなので、人より感性が鈍いのかって、自分にちょっとガッカリ。
太田神社。小生はずっと前から知っていたのだけど、詣でに行ったのは初めて。あちこちの他の神社も、初詣とはいかないけど、参ってみようかなって思っています。
投稿: やいっち | 2007/01/04 07:54
JN さん
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
クレーの記事の時にメッセージをいただきましたね。
ストラディヴァリのこと、詳しいのでしょうか。
どちらの詩も詠み人知らずなので、掲載は構わないと思います。
素晴らしい詩なので、いろんな方に読んでもらいたいですね。
投稿: やいっち | 2007/01/04 08:12
やいっちさんTBありがとうございます。
紅白で歌を聴く前に、このブログの記事を読みたかったと思いました。秋山氏の別の曲も聴いてみたいと思います。
もう一つ、ニューヨーク州立大学病院の壁に書き残された詩に感動しています。やはり、願いはすべて神様に聞き入れられているのだと思います。そして、最善の導きを与えてくださっている。その祝福された導きを受け入れなくてはと思います。
感謝を込めて (=^・^=)ノ
投稿: 盛岡のしろねこ | 2007/01/05 21:34
盛岡のしろねこさん、コメント、ありがとう。
TBだけして、挨拶もせず、失礼しました。
秋川雅史氏の歌唱、堂々としていて、素晴らしかったです。
ニューヨーク州立大学病院の壁に書き残された詩、素晴らしいですね。
ベトナム同様、イラクも泥沼化していますね。
首脳の政策の失敗のツケは、一般人(兵隊)が負うとい皮肉は昔も今も同じなのでしょうか。悲しい現実です。
苦さこそが神が与える祝福という皮肉。
この詩も、「千の風になって」同様、詠み人知らずなので、よかったら、転記などして宣伝してください。もっと広く読まれてもいいように思うのです。
投稿: やいっち | 2007/01/06 08:36