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2006/12/30

玉の道遠路はるばる越までも

 今日も石の話題である。
 またまた堀 秀道氏著の『宮沢賢治はなぜ石が好きになったのか』(どうぶつ社)を読んでいて興味を惹かれた石(ヒスイ)の話を扱う。

 もう十年以上も昔になるが、鳥越憲三郎著『古代朝鮮と倭族』(中公新書)を読んで感銘を受けたことがある。
 小生のこと、内容は大概、忘れてしまった。
 それでも、幾つか、今でも印象に残っている説がある。

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→ 昼頃、駅に出る用事があり、その帰り、せっかくなのでライトレールに乗ることに。三ヶ月ぶりだ。雪の富山をのんびりと。

 とりえあず、出版社サイドの謳い文句(内容説明)によると、「中国雲南省辺りの湖畔で水稲栽培に成功し、河川を通じて東アジアや東南アジアの広域に移住していった人々があった。これら文化的特質を共有する人々を、著者は「倭族」という概念により捉える。この倭族の中で朝鮮半島を経て縄文晩期に日本に渡ってきたのが弥生人である。著者は、倭族の日本渡来の足跡を理解するため、径路となった朝鮮半島および済州島を踏査。そこには日本では失われつつある倭族の習俗・慣習が脈々と息づいていた。」というもの。

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2006/12/29

モーツァルト…石の道辿ってみれば前史より

 堀 秀道氏著の『宮沢賢治はなぜ石が好きになったのか』(どうぶつ社)を読んでいたら、「一九九一年は、モーツァルトの没後二〇〇年の記念の年であった。そして、この年に「モーツァルト石(Mozartite)」が発見命名されている。」という記述に出会った。
 作曲家の名前が鉱物名になったのは初めてだったという。
 但し、「命名者は「モーツァルトの記念の年の発見であること、モーツァルトが歌劇『魔笛』をはじめ、作品の各所で地質鉱物に理解を示しているから」というやや漠然とした抽象的な理由を述べるにとどまり、それゆえ新鉱物を審査する国際鉱物学連合の新鉱物委員会の方でもとまどったらしい」とか。
 結局、国際投票で三分の二に達する票をえてモーツァルト石に決定された」ようである。
 二〇〇五年には日本(愛媛県)でもモーツァルト石が発見され、世界で二番目の発見となったとか。

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← 田舎の家の茶の間から裏庭を望む。昼過ぎだったろうか。
 
 前日に引き続き、上掲書ネタとなるが、まあ、個人的な嗜好(琴線)に触れてしまったからには、メモしておくしかない。
 今年、「モーツァルト・イヤー(生誕二五〇年)ということで、堀 秀道氏が朝日新聞の人にこの話をしたら、愛媛のモーツァルト石が写真入りで報道され、テレビでも紹介された」という:
モーツァルト石に再注目:キーワードの泉」(愛媛のモーツァルト石の画像を見ることができる)
モーツァルト石(Mozartite)」(モーツァルト石全般について詳しい)。

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2006/12/28

色のことまさぐるほどに奥深し

春光・色の話」にて、吉岡幸雄氏監修の、「色の万華鏡」というサイトを紹介しつつ、主に日本語における「赤」や「黒」「白」「青」などの言葉の使われ方や、そうした表現に至る由来などをメモしている。
(但し、「春光」については、「「春光」とは春の色のこと」にて扱っている。)

 日本では、あまり「あお」と「みどり」が区別されていなかったことは、「あお」と言いつつ、実際は「みどり」色を意味していたりすることは、近年までの信号機の「青」は、実際には「緑」色だったのに、それほど違和感なく「青」と呼称していたことでも、その片鱗が知れる。
 空の青、海の青より、森や草原の緑のほうが人類には長く親しまれてきたということがあるのだろうか。

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→ 堀 秀道著『宮沢賢治はなぜ石が好きになったのか』(どうぶつ社)

 田舎にて、家事の合間に細切れに空く時間を使って、堀 秀道氏著の『宮沢賢治はなぜ石が好きになったのか』(どうぶつ社)を読んでいる。
 図書館に立ち寄ったら、新刊本のコーナーにこの本が燦然と輝いて掲げてあったのだ。
 燦然と……。
 ほんの二ヶ月ほど前、「宮沢賢治…若き日も春と修羅との旅にあり」にて、宮沢賢治の石(鉱物)好きな側面について若干のメモを綴ったばかりの小生には、まるで、これみよがしに、そう、これをキミが借りなきゃ嘘でしょというふうに、その本が浮き出て見えたのである。

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2006/12/27

銀の匙掬ってみれば苦き恋

 帰省の列車の中で、ずっと中勘助著の『銀の匙』(ちくま日本文学全集 29)を読んでいた。最初は、仕事の車中で読むつもりでいたが、冒頭の数頁を読んで溜め息が出て、車中で読むのは勿体無くなってしまった。
 ついで、自宅で読み始めたのだが、日中から夜にかけては断続的にだがマンの「ファウスト博士」などを読んでいることもあって、大概が手にするのは寝床に入ってから。
 すると、やはり数頁もしないうちに寝入ってしまう。

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← 富山駅前にて。夕刻。冷たい雨。雪でなくて良かった。

 別につまらないからではない。
 全く逆で、彼の世界に一気に魅入られてしまって、ふと、自分の幼児の頃はどうだったかなどと瞑目してしまったりして、気がついたら夢の世界へ、というわけなのだった。
 もう、こうなったら、帰省の旅の友にしよう。中勘助が『銀の匙』で記憶の糸を辿っていくように、小生も田舎への道中を辿りつつ、東京から故郷へ、今からあの頃の世界へ戻っていく、そんな旅をしたいと思ったのである。

 初めて読んだのは高校生だったか、それとも学生時代だったか。その頃は、随筆とか思い出を綴るような散文は、敬遠気味のはずだったのに(本格的な文学や哲学にしか目が向かなかったはずの古典時代だった)、何故に中勘助の本を手に取ったのだろう。

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2006/12/26

エッシャーの迷宮に今目覚めけり

[以下は未公表の旧稿である。アップし損ねていた。書いて、原稿の様子を見て、あと少し手を加えたらアップしようと思っていたが、何かの用事に気を奪われ、それきりスッカリ忘れてしまったようだ。アップしたつもりでいたのだ。
 よって書いた日時が記憶に無い! 半端に終わっていることは重々承知だが、今更、書き足したりするのも面倒なので、一切、手を加えずアップする。
 アップアップである。
 ああ、それにしても、よりによって今日が雨とは、運が悪い。
 今日から帰省だというのに……。 (06/12/26 アップ時追記)]

座乱読後乱駄夢人名事典・歴史上のお友達?」なるサイトの記事を(申し訳なくも)漫然と眺めるのがこの頃のネット上での楽しみの一つになっている。
 あまり公にはしたくないが、水墨画をこっそりと(細々と)試み始めていて、自作の絵を描くサイトの数々が気になっていて、関連するいろんなサイトをお気に入りに入れて、ああ、うまいもんだー、今の自分じゃ、どうやってもこの域の絵は描けないなーと溜め息しきりの毎日なのである。

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→ DVD『M.C.エッシャー』(出演: M.C.エッシャー、レントラックジャパン)「M.C.エッシャーの作品と人生の軌跡を追う唯一の傑作ドキュメンタリー!」だって!

 そうはいっても、日頃は時間がなくて練習どころか、サイト巡りも侭ならない。
 が、日曜日の午前ということもあり、じっくり過去に遡って眺めてみたりした。

 すると、「エッセル」という記事に遭遇した。
 絵を見ただけでは、何処かの知らない小父さんである。名前からも、まるで思い当たる人物像を結ばない。
 記事を読むと、明治政府のお雇い外国人の一人で、「オランダ人のジョージ・アルノルト・エッセル」と言い、「治水技術者として来日し」たのだという。

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2006/12/25

蕪村忌や語る人なき苫(とま)のあり

 本日のテーマは、「蕪村忌」です。
[書いている最中、ジェームス・ブラウンさん逝去の報が入りました。ご冥福をお祈り申し上げます(ジェームス・ブラウンさんに直接関係するエッセイではないのですが、旧稿に「ゲロッパといえば」があります。(当日追記)]

今日は何の日~毎日が記念日~」で「12月25日」の頁を開いてみる。
 なんと今日はクリスマスである!
 って、誰でも知ってるか。

 浮き世離れしているから、改めてクリスマスの文字を見るとびっくりしてしまう。
 小生には無縁な「イエス・キリストの降誕の日」であるが、これまでクリスマスについて殊更、テーマとして俎上に載せたことは無い。
 敢えて(それも相当無理して)挙げるなら、「サンタさん担ぐ荷物は本がいい?!」にて、サンタさんらしき謎の闖入者の画像を載せたことがあるくらいか。

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→ お疲れ様。あとはゆっくり休んでね……。って、一体、塒(ねぐら)は何処にあるの?

 あとは、これまた無理を承知で挙げるとして、「無精庵明月記 「茶の湯とキリスト教のミサ」に寄せて」にて、茶道(利休)とキリスト教の関係に若干、触れている。
「利休が考案したと言われる茶杓に、十字架のモチーフを読み取る向きもある」など、あれこれ書いている。

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2006/12/24

すべてよし終わりダメでもすべてよし

[本日は、タクシー日記(レポート)です。]

目次:
 今日は祭日?!
 不況にめげず
 自転車トラブル?!
 好事魔多し?
 10年無事故・無違反
 キセル乗車
 バッテリーは外せます
 終わりよければ(?)全てよし!

今日は祭日?!

 23日、土曜日も出勤だった。本来は休みの日なのだが年末の事情があって出番変更(営業所内では、あるいは会社内では、それとも業界用語なのか分からないが、「出変=デヘン」という俗称(略称)がある)したのだ。
 タクシーは基本的に会社が決めた日程に基づいて営業の日が決まる。その日が祭日だとか土曜日だとかは関係なく、営業所全体としての組み立てがあるわけだ。
 だから、曜日の感覚が分からなくなったり、さすがに土曜日だとは認識していても、昨日23日が祭日だとは、すぐには気づかない。

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← 都内某所の公園にて。すっかり日に焼けてしまって…。

 気づいたのは、走り出してしばらくしたら、通り過ぎるバスが2本の日の丸の旗を前面にクロスさせるような形で誇らしげに掲げているのに気づいた。
 あれ? なに? 何か目出度いことがあったの? 今日は祭日? あ、そうか、昨日のブログで23日が天皇誕生日だとは書いてあったが、祭日となっているとまでは考えが及ばなかった。

 なので、未だ、祭日だという認識に至らない。半信半疑のまま、走行を続ける。

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