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2006/12/23

地と海とグランブルーに繋がれる

 このところの習いで、「今日は何の日~毎日が記念日~」の「12月23日」を覗いてあれこれ想像をめぐらしていた。
「1948年、巣鴨刑務所で東條英機・廣田弘毅ら7人のA級戦犯に絞首刑を執行」というのは、瞑目すべき歴史的事実だと思う。この件に関し、マスコミなどでは23日、どのような扱いをされるのか(あるいは全く無視なのか)、興味深いところである。
 東條英機、廣田弘毅、松井石根、土井原賢二、木村兵太郎、板垣征四郎、武藤章……。

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→ 「グラン・ブルー」(出演: ジャン・レノ, ジャン=マルク・バール 監督: リュック・ベッソン  20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン)

 今日はジャック・マイヨールの忌日である。しかも、自殺。
 あの「グラン・ブルー」のジャック・マイヨールが自殺とは。うつ病だったというから、病気のせいと思うしかないのか。
「大の親日家でもあった」というが、「10歳の時に、佐賀県唐津市の七つ釜ではじめてイルカと出会い、その後の生活の原点とな」ったことも、その理由だったのだろうか。

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2006/12/22

忙中閑あり…あり過ぎか?!

 今日のテーマ:昨日も音楽三昧…ヨハン・シュトラウス、ジョージ・ガーシュイン、畠山みどり

 21日は営業の日で、年末ということもあり、日中から夜にかけては結構、忙しかった。
 それでも、実車が空車に切り替わった合間を縫って音楽三昧。読書のほうは、夜半まではほとんどできない。その点、音楽(ラジオ)は走行中も(空車の時は)BGMとして聴けるから嬉しい。
 昨日は久しぶりという曲(演奏者)を幾つか聴くことが出来た。
 たとえば、ヨハン・シュトラウス、ジョージ・ガーシュイン、畠山みどりなど。

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← ヨハン・シュトラウス2世

 まずは、午後2時からのNHK-FM(ミュージックプラザ 1部 -クラシック- 松川 梨香)では、しばしヨハン・シュトラウス三昧。
 番組表によると、ヨハン・シュトラウス2世と表記してある。ヨハン・シュトラウスとは別人なのか。小生はそれすら知らない!

 念のために調べてみると、ヨハン・シュトラウス2世ヨハン・シュトラウス1世(Johan Strauss I(Vater)、1804年3月14日 - 1849年9月25日)の長男である(当たり前か!)。

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2006/12/21

貫之の渡りし川を空に見ん

今日は何の日~毎日が記念日~」の「12月21日 今日は何の日~毎日が記念日~」を覗いて、今日という日を古今東西に渡って想いを馳せるのがこの頃の習いになっている。
 さて、今日はとツラツラ眺めていたら、補足の項に「『土左日記』起筆」とある。「土佐日記(土左日記)」の冒頭に、以下のようにあるとか:

男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり。
それの年の、しはすの、二十日あまり一日の、戌の刻に門出す。そのよしいさゝかものにかきつく。

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→ 19日、六本木ヒルズのけやき坂にて。毛利庭園が凄いらしい!

土佐日記 - Wikipedia」とは、「紀貫之が土佐の国から京まで帰京する最中に起きた出来事や思いなどを書いた日記」で、「930年(延長8年)から934年(承平4年)土佐の国の国司だった貫之が、任期を終えて土佐から京へ戻るまでの55日間の紀行を、女の作者を装って平仮名で綴った」もの。
「この時代男性の日記は漢文で書くのが当たり前であり、そのため、紀貫之に従った女性と言う設定で書かれた」などなど、古典の授業が嫌いだった(というか、授業が嫌いだった)小生も、そういった知識を聞き及んだように記憶する。
 小生が、学校という場を離れて「土佐日記」を読んだのは、大学生になってからではなかったか。
 世の人が読む土佐日記なるものを弥一も読んでみんとて読んだのである。

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2006/12/20

思い出は淡き夢かと雪の降る

思い出は淡き夢かと雪の降る…テーマは、ナダレンジャーやエッキーなどでも有名な納口恭明氏、そして雪形など]

 前都知事の青島幸雄氏が今朝、亡くなられた(「<訃報>青島幸男さん74歳=前都知事、放送作家、タレント」より)。小生にもと知事時代の青島幸雄氏にはあれこれ思うことがないわけではない(なんとなく反骨精神と反権力意識だけで都知事になってしまったようで、ビジョンを持っているようには思えなかったから、都知事になることを危ぶんでいた…)。

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← 『長谷川町子全集 (24) いじわるばあさん 1』(朝日新聞社)

 でも、物心付いて間もない頃、我が家にもテレビがやってきて、小生は呆気なくテレビっ子になった。今はまともなテレビがないが(それは買えないという事情もあるが、買うとテレビ三昧になるのは目に見えているから、でもあるような気がする)、自分の世界を豊かには育めなかった小生には、テレビ中心(あとは漫画!)の生活となり、テレビのない生活なんて考えられなくなった。

 そんな小生には青島氏は都知事よりも、まずは放送作家でありタレントであり役者でもありという、テレビを中心にした多彩ぶりを発揮された方として印象に鮮明である。
「ハナ肇とクレージーキャッツ」の曲の作詞も手がけられていたが、小学生だった小生には知らず知らず青島氏の影響を受けていたようである。

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2006/12/19

古今なる異形の人とトークせん

 今日もまた「今日は何の日~毎日が記念日~」を覗く。
 断っておくが、別に毎日、ここだけを覗いて過ごしているわけではない。記事を書くための資料や情報収集のためネット検索は別にして、特に週末などは方々の一度はコメントを貰ったサイトを覗いて回っている。先方からは来訪を賜れないけれど、小生は寂しがりやってこともあるのだろうけど、結構、先方のブログ上の近況など気に掛けている。
 だからって、どういう意味があるわけじゃない。袖触れ合うも他生の縁をネットの世界にも敷衍しているだけである。
 さて、「12月19日 今日は何の日~毎日が記念日~」によると、今日は、「トークの日」だって。
 まあ、これは予想できる。「19」だからね。
 でも、19日が「熟カレーの日」だってのは、何故?

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→ 我がサンバエスコーラ・リベルダージ(G.R.E.S.LIBERDADE)アレゴリア(Alegoria)カレーをほおばる少年。幸福の時。05年度浅草サンバカーニバルでの我がチームのテーマがカレーだった!

 すると、なんのことはない、やはり「19」を「ジュク」と読み、「熟」へと飛躍し、熟成なのかジックリ煮込むからなのか、「熟カレーの日」に繋げているってわけである。
 うーむ。カレーも美味いが、駄洒落ぶりも上手い!
 そういえば、最近、カレーを食べていない。次の休みに食べようかな。

 ちなみに、小生には、カレー関連の記事もある。日頃の食生活は簡素というか貧相なものだが、ネット上では贅沢三昧なのだ!:
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雑炊と粥とカレーと

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2006/12/18

クレーさん創造の神の贈り物

 このところ、「今日は何の日~毎日が記念日~」を覗くことが増えている。今日も!
12月18日 今日は何の日~毎日が記念日~」にも、いろいろある。
 つい、目は忌日の項へ真っ先に飛んでいく。これって拙い徴候なのでは、先行きが思いやられると感じつつも、覗きたいんだから仕方ない!
 高校時代の半ばから卒業の頃にかけて、何冊かの本を読ませてもらった哲学者の田中美知太郎氏が1985年の今日、亡くなられたのだった。

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→ アントニオ・ストラディバリ

 大学時代は、『プラトン全集』(岩波書店)を中心に、専ら訳書でお世話になった。ギリシャ哲学への関心もだが、彼の風貌もあって(ソクラテスの風貌!)、気にならずにはいられない存在だったのだ。

 他に18日が忌日の人には、平賀源内という興味深い人物がいる。
 さらに、1737年の項には、アントニオ・ストラディヴァリがいるではないか。
 って、小生が驚きの声をあげる必要もないのだった。別にヴァイオリニストでもないし、ヴァイオリンを弾こうと思い立ったこともないのだし。
 ただ、メンデルスゾーンを初めヴァイオリン協奏曲は好きである。
 ストラディヴァリというヴァイオリンの謎
 何ゆえストラディヴァリなのか。

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← トマス・レヴェンソン著『錬金術とストラディヴァリ―歴史のなかの科学と音楽装置』(中島 伸子訳、白揚社)

 この謎に付いては、昨年の夏に読んだトマス・レヴェンソン著『錬金術とストラディヴァリ―歴史のなかの科学と音楽装置』(Thomas Levenson 原著、中島 伸子訳、白揚社)が面白い。この書き手(本)が謎を何処まで解き明かしてくれているか、それは自ら読んで確かめてもらいたい。

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2006/12/17

花筏…紅筏などいかがかと

 昨夜、仕事中(暇の徒然に)ラジオに耳を傾けていたら、「花筏(はないかだ)」という言葉を聴いた。久しぶり。
花筏(はないかだ)」という花がある。「葉の中央につく花を、筏に人が乗った姿に見立てたネーミング」だという。清楚な雰囲気の漂う、ともすると見過ごされそうな花。

「花筏(はないかだ)」という言葉には別の意味がある。「桜の花が散って花びらが水に帯状に浮かんで流れるさまを「筏」に見立てていうことばでもあ」り、夕べの話に出てきたのも、後者の意味で紹介され使われていた。

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← 都内、芝公園にて。黄色い絨毯。日溜まりだと暖かそう!

 一応は仕事中(走行中)ということもあり、話の内容の大半(ほぼ全て)は忘れてしまった。ただ、話者は、紅葉疲れし風に吹き千切られ川面に浮んび流れるさまを、「桜の花が散って花びらが水に帯状に浮かんで流れるさま」から連想し援用する形で、この言葉を口にされていたようだった。

 昨日から車中では、中勘助著の『銀の匙』を読み始めた(『ちくま日本文学全集29 中 勘助』(筑摩書房)所収)。さすがだと思う。最初の一節から彼の世界へ引き込まれていく。何気ない表現が続く。大袈裟な表現など皆無。ひたすら淡々と思い出の中の光景が綴られていく。その繊細でひたすら懐かしさの念の募る光景。
 中勘助の文章に触れていて、花筏という言葉を久しぶりに耳にしたことと併せ、なんとなく感懐深い夜となった。

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「有峰慕情」は

有峰慕情は、創作ではないのですが、創作風にも読めるため、「無精庵徒然草 有峰慕情」から思い出話の部分を抜粋し、「無精庵方丈記」に掲載しました。

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