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2006/12/16

裏日本・表日本…きれいは汚い!

 過日、折々覗かせてもらっている某ブログサイトで「裏日本」という懐かしい言葉(表現)に出逢った。
 小生の中では(思い込みに近い常識に過ぎなかったのだが)、「裏日本」という言葉は随分と昔に死語の範疇に入っているものと思っていた。
 差別用語というより、使わないのが良識だという、まあ、言葉の鬼籍に仕舞われている言葉(表現)なのだと思っていたのだ。
 当該のブログでは、裏日本という言葉を別に陰気な表現(一時期は蔑称的使われた、悲しい歴史のある用語)だとは思っていないようで、今も普通に(マスコミも含め)使われている言葉だと思われていたようである。
 無論、悪意の類いは一切、感じられなかった。
 むしろ、旅の記録(日記)では裏日本と呼称されている、我が富山を含めた地域を好意的に描かれている。

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← 「環日本海諸国図」。「この地図は、富山県が建設省国土地理院長の承認を得て作成した地図〔承認番号 平6総使第76号〕を転載し」たものだとか。詳しくは文末にて。

 ただ、少しは「裏日本」(当然ながら、相関する言葉、対となる言葉として「表日本」)という言葉の使われていた時代のこと(といっても、その末期のことを少々)知るもの、そして出身がまさに裏日本のど真ん中である富山である小生としては、若干のことを書いておきたい。
 願わくは、以下の記述が、当該の記事を書いた方への論難だとは誤解されないことを祈るばかりである。

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2006/12/15

山口青邨…ひたむきに秋海棠を愛しけり

 このところ、「今日は何の日~毎日が記念日~」を覗くことが増えている。特に忌日(何故か誕生日は素通り?!)。
12月15日」の頁を覗く。
 実は今日は目的があった。赤穂浪士の討ち入りの日が14日なのか15日なのかを確かめるためだった。
 どうやら旧暦の元禄15年12月14日の出来事だが、討ち入りは翌15日だったようだ(当然、新暦1703年1月30日乃至は31日のこと)。
 小生は今の地に居住する前は、高輪に住んでいて、歩いて10分ほどのところに泉岳寺があった。
(我が高輪居住時代については、ここには詳述しないので、次の拙稿などを参照願いたい:「岡本綺堂『江戸の思い出』あれこれ」「東京は坂の町でもある」「清正公信仰とハンセン病」「2.島崎藤村『春』を読みながら」)

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→ 川瀬巴水『泉岳寺』(「川瀬巴水…回顧的その心性の謎床し」参照のこと。)

 高輪には他にも歴史に記録される地があるのだが、浅学菲才の小生、両親が来た時も泉岳寺を訪れる。しばしば線香の煙が濛々と立っていたりする。
 泉岳寺に行きがちだったのは、討ち入りが赤穂四十七士という、その47という数字に80年前後頃から、こだわりを覚えてきたから、でもある(47という数字へただならぬ因縁を感じる理由は、長くなるので別の機会に譲る)。

 が、「12月15日」の頁をつらつら眺めていたら、山口青邨という俳人の忌日であることを知る。
 小生、まだ、山口青邨(やまぐち せいそん、1892年5月10日 - 1988年12月15日)については通り一遍のことも知らない。

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2006/12/14

サンタさん担ぐ荷物は本がいい?!

 このところの我が記事をつらつら眺めてみたら、読書拾遺的な日記を書いていないことに気づいた(思えば、この秋、習慣付いてしまった、CD聴取関連の話題も書いていない)。

 オートバイタクシー、時事的な問題(太平洋戦争開戦記念日)、ラジオで聞きかじった話街中で見かけた事柄(名称)のこと誰彼の忌日の話題などなど、話があちこち飛びまくっている(小生の関心が散漫だから、という言い方も有り得る)から仕方がないのだが、寝ること、書くこと、読むことが全ての小生、読書のほうも、牛歩というか遅々として進まないながらも、少しは読んでいる。

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← 何処かの家の壁を登るサンタクロースさん。煙突、探してるのかな。頑張って! 我輩の家じゃないのが残念! あれ? あの…、サンタさん。荷物、担いでないよ。忘れてきたのかな?→

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 ただ、読書感想文を書く余裕が持てないのである。
 最近(今月に入って)、読んだ、あるいは読んでいる最中の本、さらには近々読む予定の本、読めたらいいなと思っている本などを、書名だけになるだろうが、列挙しておく。

 最近、読んで感銘を受けた本の筆頭に挙げなければいけないのは、何と言っても鶴岡真弓氏の『 「装飾」の美術文明史―ヨーロッパ・ケルト、イスラームから日本へ』(日本放送出版協会)である。

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2006/12/13

マンディアルグ形而上下の愛に生き

今日は何の日~毎日が記念日~」の「12月13日」の項を覗いてみたら、ピエール・ド・マンディアルグの忌日だという!
 他に、今日が忌日の人は、銅版画家の長谷川清とか、画家のカンディンスキーとか、気になる人はいろいろいる。
 小生、何も忌日の項ばかりに関心を抱いているわけじゃない。

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← アンドレ・ピエール・ド マンディアルグ 著『薔薇の葬儀』(田中 義広訳、白水社)。「エロスと死、残酷と幻想、毒の禁忌、悪魔と愛――マンディアルグの世界は三島由紀夫や谷崎潤一郎との接近によりさらに豊穣な実りをもたらした」とか。

 今日が誕生日という人に、女優の芦川よしみ(好きなタイプの人! 怪我、治ったのかな。そろそろ復帰とか)、同じく女優の樋口可南子さん(篠山紀信氏撮影、樋口可南子さんがモデルのヘアヌード写真集『ウォーター・フルーツ』、発売、即、買いました! 今も、振り向くと、画集の収まった棚に燦然と輝いております。蛸と絡む映画! でも、どうして旦那が糸井重里なのか…)、今は代替わりしてしまった(でも、仕事の日は今も、夜半からのこの番組が依然として我がBGMなのである)『ジェットストリーム』などで有名な故・城達也氏、ハインリヒ・ハイネ、『蒲団』『田舎教師』などの作家・田山花袋、漫画家の岡崎京子さんと多士済々。
 この誰もが採り上げてみたくなる人物なのだが、今日は、ピエール・ド・マンディアルグ。
 といっても、傍を掠めるだけ。

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2006/12/12

ラディゲにはのらくろ生きる我遠し

今日は何の日~毎日が記念日~」を徒然なるままに覗いていたら、今日、12月12日が忌日である作家に「レイモン・ラディゲ」がいることを教えられた。

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← ラディゲ著『肉体の悪魔 改版』(新庄 嘉章訳、新潮文庫)。初めて読んだ時、中身より、著者が16歳から18歳の頃に書いたということ、ジャン・コクトーに激賞されたこと、20歳で死んだことに痺れていた! 最後に本書を読んだのは何時だったろう。今、読んだら、どんな感想を持つだろう。

 さらに今日は、『のらくろ』で有名な田河水泡の忌日でもある。
 小生の漫画体験の原点は、まさしく田河水泡の『のらくろ』だった(ペンネームについてのエピソードが面白い!)。

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2006/12/11

オートバイ我が唯一のパートナー

 小生は今年、辛い別れを経験した。
 といっても、人との別れ、ではない。
 オートバイとの別れ。
 おおよその経緯は、「馬橋パレード…オートバイとの別れ」にメモしておいた。
 まさに、メモ書きに終わっている。
 たまたま、上掲の記事を書いた日、つまり、8月19日は、819ということでバイクの日なのである。
 その日に合わせたわけではないのだが、偶然、8月19日にバイクを手放したのだった。

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→ 「ホンダ シルバーウイング<600>」。我が最後のバイクは、このスクーターだった。

 その記事から、一部だけ転記する:

 小生がバイクの免許を取ったのは、1974年の夏。学生生活を送っていた仙台でのこと。当時、宮城県では(多分、全国共通だろうが)オートバイの免許は小型・中型・大型に分けられていて、小生はまずは小型に挑戦した。
 イタズラでも乗ったことの無い小生、少々苦労はしたが晴れて免許を取得。
 即座に中古の125ccバイクを買った。半年後の冬、大型に挑戦、一発合格!
 以来、上京した78年の春から81年の春までの3年間の中断を覗くと、ずっとバイクと生活を共にしてきた。共に歩いてくれる人生のパートナーには一度も巡り合えなかっただけに、オートバイは小生の人生のパートナーといって過言ではない。
 ずっと苦楽を共にしてきたのだ。
 免許を取って今年で32年。乗った期間は29年間だ。

 ということで、表題は、「オートバイ我が唯一のパートナー」としたが、実際は、「オートバイ我が唯一の人生のパートナーだった」ということになる。
 読み返してみたら、一部、間違いのあることに気づいた。

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2006/12/10

ウタリなる名前の担う意味豊か

 街中を車で流していると、変わった名前(名称、地名、川の名前など)に遭遇することがある。
 その一つに「ウタリ」がある。表記は、メモし損ねて正確なものは分からないし、書けない。
 確か、「兎多璃」だったと思うが、「兎太里」だったかもしれない。
 居酒屋風の店構えだったような気がするが、それも曖昧模糊。
 何処で見かけたのかも確然としない。
 気になる!

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→ 昨年の正月頃に書いた、「蓬莱(ほうらい)と徐福」なる記事に使った画像。郷里の浜の松林だ。

 ただ、うろ覚えながら、アイヌの言葉に「ウタリ」があったことは記憶の端っこにかろうじて引っ掛かっている。
「大辞林 第二版」によると、「ウタリ」とは、「〔アイヌ語〕親戚。同胞。人々。…たち。」だって。
 やはり、アイヌ語だった。
 でも、もっと知りたい!

 ここはネット検索が威力を発揮すると期待しよう。

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