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2006/02/04

ヒンギスとシャラポアの戦い

マルチナ・ヒンギスとマリア・シャラポワの試合を観ていた(東レ・パン・パシフィック・オープン。もち、テレビで)。
ヒンギスのストレート勝ち。
シャラポアも凄いけど、上には上がある。
ヒンギス、久しぶりに観たけど、随分、大人になっていた。
シャラポア、今日の戦いを糧に一層、成長して欲しいね。
今度は実戦とはいかなくても、ちゃんとしたテレビで観戦したい!
テニスのボールがよく見えない。

余談だけど、朝のラジオで知ったのだけど、「元Jリーガー司法試験合格   G大阪でプレー 八十祐治さん」だって。
「サッカーJ1のガンバ大阪などで選手としてプレーした八十(やそ)祐治さん(36)が、今年の司法試験に合格した。Jリーグ発足の93年にガンバに入団し、その後JFLのヴィッセル神戸(現J1)など3チームを渡り歩き、2000年に現役引退した後、1日12時間の猛勉強。4度目の挑戦で超難関を突破した。弁護士志望で、将来は「選手の第2の人生を法的観点からフォローしていくような仕事ができれば」と意気込んでいる。」とか。
 凄いな。ラジオではサッカー人生で培った集中力の賜物と語っていたけど、内助の功もあったんだね。

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富山関連情報(第一弾?)

 小生、こう見えても富山出身なのである。富山で生まれて育って18年、仙台暮らしが6年、東京在住が早四半世紀以上。
 ま、東京に暮らしてのあれこれは随時、書いてきたことでもあるし、仙台でのことは折に触れてということで、今回は富山に関連する話題を順不同で触れておきたい。
 えっ、これがどうして富山に関係あるの? という話題もあるが、まあ、読めば分かるということで。


◎ まずは故・高峰譲吉博士の話題。
高峰譲吉の「アドレナリン」107年目“名誉回復” 科学 YOMIURI ONLINE(読売新聞)」という記事(2006年1月4日9時0分 読売新聞)で、「化学者の高峰譲吉(1854~1922)らが発見した「アドレナリン」が4月から、医薬品の正式名称として使われることになった。」というもの。
「これまでは米国の学者が命名した「エピネフリン」を使用してきた。高峰の業績を正しく評価すべきだとの声が高まり、厚生労働省は医薬品の規格基準を定めた公定書「日本薬局方」を改正、1900年のアドレナリン発見以来107年目の“名誉回復”をはかる。」とか。

「厚労省によると、薬品の一般名として欧州ではアドレナリン、米国とメキシコは日本同様にエピネフリンを使っている。エピネフリンは、高峰より先に抽出したと主張した米国人学者が名づけた。後に、その学者の方法では抽出できないと判明したが、米国ではエピネフリンを使い続けた。

 日本も米国にならったのか、アドレナリンは日本薬局方では長い間、正式名称「エピネフリン」の別名扱い。96年の改正では別名からも消えた。高峰の業績に詳しい菅野富夫北海道大名誉教授らが「発見者の母国であり、正式名称にしてほしい」と厚労省に申し入れていた。」というのだ。

ケムステニュース~化学ニュースサイト~実験ノートを復刻し公開へ」によると、「高峰は1854年に富山県で生まれ、米国を舞台に化学・薬学で世界的業績を挙げた。消化酵素「タカジアスターゼ」の抽出や、助手の上中啓三とともに成功したアドレナリン研究で知られる。」
 そう、「高峰は1854年に富山県で生まれ」がポイントです。

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2006/02/03

「匂い」のこと…原始への渇望

 表題をかくのごとくにしたからといって、小生、人一倍、匂いに敏感、というわけではない。
 むしろ、全く逆である。鈍感以下といっていい。
 実のところ、鼻呼吸ができないのだから、匂いを嗅ぐ云々以前なのである。

 そうそう、数年前、匂いでの失敗談として、「ガス中毒事故余聞」を書いたものだった。
 この中では、「学生時代にもガス事故事件があった。それは締め切った部屋で石油ストーブが不完全燃焼していたことによるものだった。その時は、たまたま哲学科の先輩が小生がゼミに出ないことを心配して小生のアパートを訪問してくれた御蔭で未遂に終わったのだが」とあるが、先輩は、小生がドアを開けた瞬間、ガス臭い匂いにびっくりしたと開口一番、言った。先輩も驚いただろうが、小生だって、そんな事態にまるで気づいていなかったことに驚いたものだ。

 ある意味、そんな自分の肉体的事情があるからこそ、匂いに一方(ひとかた)ならぬ関心があるのかもしれない。口呼吸で匂いを嗅ぐわけにもいかず、一体、健常者として鼻呼吸をされている方というのは、つまり、世の大概の方というのは、どんな正常な感覚生活を送っておられるのか、気になってならないのだが、殊更に訊くわけにも行かないし、また、敢えて尋ねるようなことでもないのだろう。
 健常であるということは、それが当たり前のこととしてその健常さを生きているわけで、その健常さを自覚する必要も何もない。
 目が見える人に、見えることに自覚的であれ、というと教訓的、説教がましい感があるように、匂いに敏感かどうかは別にして常識程度に(どの程度が常識的なのか、さっぱり分からないものの)鼻呼吸を日常的に行っていて、恐らくは必要な程度には匂いを嗅ぐことが出来ている人は、自覚的たる必要など毛頭ないのだろう。

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2006/02/02

今日は何の日

今日は何の日2月2日」というサイトを覗いてみた。
 未明に、NHKラジオ(の「今日は何の日」というコーナー)で横井庄一さんが帰国したという話を漏れ聞いたので、今日がその日なのか、改めて確かめたかったのである。テレビでは横目で見ている限りは、この話題がまるで扱われていないようだ(小生が気づかないだけかもしれないが)。
 すると、「「恥ずかしながら……」横井庄一さん帰国(1972)」として、「恥ずかしながら、生きながらえて帰ってまいりました」――グアム島のジャングルに潜んでいた元陸軍軍曹横井庄一さんが、1972年2月2日午後2時15分、羽田着日航特別機 948便で帰国した。第2次世界大戦終了後、28年間に及んだたったひとりの戦争が終わった日。」とあった。

 そうか、やっぱり1972年の今日、横井さんが帰国されたのだ。

 そう、当時、「恥ずかしながら、生きながらえて帰ってまいりました」という横井さんの言葉は随分と話題になった、そのことは覚えているが、小生が高校三年の終わり頃、そろそろ受験の時期が迫っていたとは、今にして思い出した。
 この話題に興味を覚えつつも、受験で必死で心ここにあらずだったようである。
事件史探求」の「横井さん発見(事件史探求)」という頁を覗くと、「羽田空港に着いた横井さん」、そして「横井さんから二年後に帰国した小野田さん」の画像が載っている。
「帰国を果たした横井さんは、記者会見で「終戦は、米軍が落とした宣伝びらで知っていたこと、もし出て行ったら軍法会議で処刑されることを恐れていた」ことなどを話した」というのは、テレビでそう語る横井さんの様子を見ながら、戦中の生きて捕虜の辱めを受けずという教育の徹底振りを痛感させられたものだった。

(グアムについては、「グアムの戦後補償問題」を参照のこと。)

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2006/02/01

今日も冷たい雨が降る(索引)

季題【季語】紹介 【2月の季題(季語)一例】」を眺めてみると、今月は比較的季語が少ない。
 ただ、火曜日には氷雨のような冷たい雨が東京などでは降っていたが、またまた寒波の襲来である。それでも、歳時記上は春の到来でもある。
 これから徐々に春の季語を採り上げ春めいた浮ついた…じゃない、浮かれた…じゃない、ウキウキしたような気分も高まってくるに違いない。
 とはいっても、若い頃は春の息吹に負けない横溢する生命力をじ自分の中にも感じないわけではなかったが、ある年代を過ぎたところから春はやたらと憂鬱、というより億劫でならなくなっているのを否定しきれなくなった。
 うまく説明はできないが、土や木や特に虫などの生命力に負けそう、負けているということのようだ。
 
 さて、今月も季語随筆を淡々と続けていくつもりだが、今日は、とりあえずこの季語随筆を始めて二度目の二月なので、昨年の二月に採り上げた季語・季題・題目などを列挙しておきたい。
 過去の検証と反省になるし、(意図的に敢えて重ねて採り上げるのならともかく)何よりダブりを避けたいという意味もある。
 念のため、断っておくと、「」内は季語である。中には四月に相応しい季語もある。()内は主なテーマと書いた日付である:

「絵踏(えぶみ)」(岩佐又兵衛や辻惟雄や February 01, 2005
「春の風邪」(ホントに風邪でした! February 02, 2005
「猫の恋」(藤原定家と猫の恋 February 03, 2005
「いぬふぐり」(いぬふぐり言葉探訪 February 04, 2005
「春菊徒然」(食材としての春菊 February 05, 2005
「磯竈(いそかまど)」(リオのカーニバル February 06, 2005
「猫柳(ねこやなぎ)」(川柳(かわやなぎ) February 07, 2005
「雪祭り」(雪の思い出あれこれ February 08, 2005
「下萌(したもえ)」(ジャイアント馬場 February 09, 2005
「番外編」(February 09, 2005
「春時雨」(種田山頭火 February 10, 2005

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2006/01/31

冬の草…枯れ草それとも冬青々?

 今頃の時期に相応しい季語と思っていいのか、「冬の草」という季語がある。
 小生、昨夜、ショックなことがあり気持ちが落ち込んでいるので、真冬の寒さの中で懸命に生き堪えている草に感情移入などしようかという思惑もあって(?)、この季語を選んでみた。
 しばしばお世話になっている、「YS2001のホームページ」の「季語(ふ)」を覗くと、「冬の草(ふゆのくさ) ⇒ 冬草(ふゆくさ)へ」となっている。
 見ると、「冬草(ふゆくさ:冬でも青々としている草) [冬-植物] 別名⇒冬の草(ふゆのくさ)、冬植物(ふゆしょくぶつ)、冬青草(ふゆあおくさ) 関連⇒枯草(かれくさ)、枯野(かれの)」と説明されている。

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→ 30日、温和な昼下がり。とある公園にて。冬枯れの桜。まだ葉っぱが落ちきれずに…。

 なるほど、冬の寒さにあってただ耐えているだけじゃなく、「冬でも青々としている草」なのである。縮こまっているんじゃないってことだ。冬にあっても草らしい清冽な青さを保っているのでないと、季語としての「冬の草」は句に織り込めないわけだ。
「冬青草(ふゆあおくさ)」といった別名があるのも、むべなるかな、である。

 関連する季語として「枯草(かれくさ)、枯野(かれの)」が上で挙げられているが、「冬の草枯る(名草枯る」も関連してそう。

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← よく見ると、蕾だろうか、芽吹き始めている。

 ただ、「俳句練習帳 【俳句と季語の仏訳練習】」なる頁を覗いたら、「2003/11/20 ③【冬草】」の項に、「冬草(ふゆぐさ)枯れたもの、枯れかかっているもの、青々としているものなど冬の草を総称する。」と説明されている。
 となると、また頭が混乱してくる。
 その項には、「呟いて生きるとは何 冬青草   楠本 憲吉」といった句が掲げられている。
 この句だと、青々とした草というより、枯れかかっている、だけどそれでも傍目には仄かにであっても、命が息衝いている意味合いが感じられる。

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2006/01/30

竜の玉探し

 もうすぐ一月も終わりである。早い! ついこの間、新年を迎えたばかりのような気がするのに。一体、小生、この一ヶ月、何をやっていたんだろう。
 一月の季語表を眺めるのも、僅か。改めて、「季題【季語】紹介 【1月の季題(季語)一例」を一覧してみると、昨年の一月、この一月と、結構、採り上げたつもりだけど、それでも本年も触れずに年越しとなりそうな季語・季題がまだまだ溢れている。

sion-casablanca

← 紫苑さんにいただいたこの画像は、29日、最後の新春パーティ会場のあったホテルニューオータニの2階ロビーに活けられたカサブランカだとのこと。

 ただ、自分の狭く貧しい生活圏の中では、日常、いつの日か馴染みになりそうにないような季語も多い。一頃までなら、ちょっと近所の風景を眺めたら、あちこちに見られたものも、今では廃れてしまった風習も多いようである。
 自分が一人暮らしで、一人、怠惰を決め込んだら、何もせずに日々が過ぎ去っていく…。だからかと思っていたら、気が付いたら、それより早く世の中の変化が進んでいて、自分のほうこそが浦島太郎宜しく、昔ながらの風習・慣習に未練がましく拘っているばかりで、あるいは自分の季語随筆も、時代遅れの頓珍漢な仕儀に過ぎないのかと思えたり。

 それでいて、近頃、コンビニなどでは恵方巻きなどに人気が集まったり、節分にちなむ商品やイベントが目白押しだったりする。マスコミの影響か、それともメーカーサイドの宣伝効果なのか、正月らしいものであっても、特定の風習・慣習にばかり焦点が合わさったりする。
 商品化や商売につながるかどうかが、眼目であるようで、その古来よりの意味合いなど、度外視されているようだ。

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→ Charlie K. さんの手になるリベルダージ新年会(G.R.E.S. LIBERDADE "FELIZ ANO NOVO 2006" )の一場面!(例によって本文と画像とは関係ありません。一連の新年会の画像を観て頂いているものです。)
 
 さて、今日は「竜の玉」を採り上げる。小生、この季語のことは全く知らない。
 竜の玉って、何? 目玉のことをメタファーしている? まさか竜の大事な玉ちゃんのことじゃなかろうし。

「竜の玉(りゅうのたま)」とは、「[冬-植物] 別名⇒竜の髯の実(りゅうのひげのみ)、蛇の髯の実(じゃのひげのみ)、弾み玉(はずみだま)」で、「ユリ科の蛇の髭(じゃのひげ)の実のことで、花後の緑の玉は、冬にはコバルト色に変身し、硬くて良く弾むことから「はずみ玉」ともいわれる。」という。

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2006/01/29

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旧題:「高塚、高塚、高塚!!!(副題・ジョーンズの練習日記 1/29の巻) 」


(06/10/14 削除)

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アクセスいろいろ

 このniftyによる「ココログ」というブログではある程度のアクセス解析ができる。その一つにどの記事へのアクセスが日に何度あったかがカウントされる、というものがある。
 昨日とか今週などに書いた記事へのアクセスが多いのは一応は分かるが、古い記事へのアクセスが多い場合がある。
 検索に懸かるキーワードも日に3回以上、同じキーワードだったら、どんな検索語彙だったのかも示してくれる。
 よって、そのネット検索に使われた語彙(語彙の組み合わせ)から、ああ、だからこの記事がネット検索での網に懸かったのだなと分かる場合もある。

 以下、少なくとも半年以上以前の日付の記事の中で、今週アクセス回数が多かったものを幾つか挙げてみる。カッコ内は書いた日(アップさせた日)であり、その隣の数字は今週アクセスされた回数):

雪祭り」(February 08, 2005、120~)
すいません…すみません」(June 23, 2005、60~)
火鉢」(December 12, 2004、60~)
猫柳(ねこやなぎ)」(February 07, 2005、約40)
鏡と皮膚…思弁」(June 21, 2005、30~40)
川端龍子の世界へ」(August 02, 2005、30~40)
侘助(わびすけ)」(January 24, 2005、30~)
「かんじき」からアイスマンを想う」(December 16, 2005、30~)
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→ Charlie K. さんの手になるリベルダージ新年会(G.R.E.S. LIBERDADE "FELIZ ANO NOVO 2006" )の一場面!(例によって本文と画像とは関係ありません。一連の新年会の画像を観て頂いているものです。)

 断るまでもないが、アクセスがあったということが、即、たとえ部分的にでも読まれたということとは等価ではない。

 参考に、 どのような検索フレーズが多いか、上位のものを列挙してみる:

「日々是好日  意味」「サンバ  写真」「手紙  季語  1月」「すいません  すみません」「鏡と皮膚  感想」「菅原道真  短歌」「鏡と皮膚  谷川渥」「ねこやなぎ  木」 「体温計  水銀」「青写真  原理」「一期一会  意味」「 水仙  季語」
 検索ワードだと、「雪祭り」がダントツで、この一週間だけで134回。以下、「季語 80」「写真 54」「鏡と皮膚 45」(カッコ内はアクセス回数)と続く。
 もっと、旬の話題を扱えばアクセスは増えるのだろうけど、ま、マイペースでやるしかないね。無理せず(但し楽しい無理はするけど)淡々と、が小生のモットーだし。

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