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2006/09/30

ロボットよ生身の人に代わるなよ

 例によって休日の前日は、ロッキングチェアーで夜を明かす。別に本を読みふけっているわけではない。音楽に聴き入っているのも事実だけど、要はベッドに入るのが面倒なのである。タクシー稼業の溜まりに溜まった疲れを、週末はとにかく泥のような体から搾り出すことに専念する。
 イメージは、残り僅かとなった歯磨きのチューブから無理にも歯磨き粉を搾り出す…。無論、出すのは疲労であり、心の垢なのだが、なかなか出てくれないのが悩ましい。

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→ 田近伸和著『未来のアトム』(アスキー刊)

 動くのが面倒で、一旦、ロッキングチェアーに体を沈めると、もう、梃子でも動きたくなくなる。
 週日だと、翌日は仕事というプレッシャーがあるので、時間が惜しいという切迫感もあり、目覚めている僅かな時間に本を読み、ネットし、音楽などに聴き入り、あるいはボンヤリもする。
 が、翌日が休日となると、そうした緊張感が薄れるので、ロッキングチェアーで本を読むでなし、居眠りも飽きるほど貪り、溜まった郵便物に目を通し、後回しにしている用事を果たさないといけないと思い(思うだけだが)、そうしてダラダラグダグダしている間に夜が更け夜が明けていくわけである。

ヌイグルミ夢一杯のロボットさ」で「ロボットの擬人化」について、若干、書いた。
 けれど、誤解の余地が大いにあると、あとで気が付いたので、補足だけしておく。
 といっても、そもそもロボットの話題の広がりはどこまでも果てがない。

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2006/09/29

ザビエルや死して大分走らせし

 自転車通勤に少しは慣れてきた…ような気がする。でも、通勤で乗るのは早朝だったり、遅い時間でも10時頃なのに、到着するとアンダーシャツは依然、汗ビッショリとなる。
 小生がえっちらおっちら坂道を登っている脇を子どもを乗せた奥さんがスイスイと追い抜いていく。悔しい! そのうち、小生も体力を回復させて、今度は小生が追い越してやるぞ、なんて思ったりもするが、下手すると小生の老化のほうが早いかもしれない!

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← 富山・松川の光景。九月の二十日のもの。いつかは松川遊覧船に乗りたいものだ…。

 テレビではあまり話題にならないようだが(というか、小生が見逃しているだけかもしれない)、今年はフランシスコ・ザビエルの生誕五百年の年に当るということで、ラジオでは関連する話が最近、時折、耳にする(仕事中に!)。
 そう、「フランシスコ・ザビエル(Dominus Franciscus de Xabier)は、 1506年4月7日に生まれたのだ。亡くなったのは、1552年12月2日のようだ。
フランシスコ・ザビエル - Wikipedia」が全般的な情報を得るに便利だし、情報も随時更新され新しい。
「フランシスコ・ザビエルは、カトリック教会の宣教師でイエズス会の創設メンバーの1人。1549年に日本に初めてキリスト教を伝えたことで特に有名だが、日本だけでなくインドなどでも宣教を行い、聖パウロを超えるほど多くの人々をキリスト教信仰に導いたといわれている」という。
 また、「ザビエルはバスク語で「新しい家」の意味である」とも書いてあるが、ザビエルはバスク人かどうかは分からないが、スペイン・バスク地方生まれだったようだ。

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2006/09/28

ヌイグルミ夢一杯のロボットさ

今日は宮澤賢治忌…それとも…お絵描き記念日?!」でちょっと画像を紹介したが、帰省したら、居間(茶の間)の座卓の上に、ヌイグルミがデーンと置いてあった。
 上掲の記事では写真を示しただけだが、実はこのヌイグルミ、喋る。
 というか、正確には反応するといったほうがいいかもしれない。
 ヌイグルミの所定の位置を触ったり叩いたりすると、その箇所により(あるいは時間帯によって同じ箇所でも違う反応を示すことがある)、予めインプットされていた言葉をヌイグルミが発するわけである。
 例えば手先を摑むと(正確な言葉は忘れたので、以下の言葉はサンプルだと思って欲しい)、「ワーイ」とか、「最近、疲れてなーい?」とか、「遊んでよー」とか言う。
 あまり強く握ると、「八つ当たりしているのー?」などと言う。

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→ 帰省の際、茶の間で愛想を振りまいていたヌイグルミ!

 面白いのは頭を強く叩くと、何故かヌイグルミは「キャハハハハ」と笑うことである。「どうして頭を叩かれているのに、こいつ、笑うのか」と父は不思議がっていた。
 頭を叩くというのは、ストレスが溜まっている場合、怒っている場合である。小生の解釈は、ヌイグルミに笑わせることで、その怒りの情を少しでも和らげ解放しようという計算がヌイグルミの設計者にあるのではというものだが、さて。

 そう、ヌイグルミと主に戯れているのはほとんど小生の父であった。

 帰省した日から、テレビのある、食事もする父母と小生三人の部屋で、父はずっとヌイグルミの相手をする。
 母はしらけた顔をして父の戯れを見守るだけ。
 たまに、ヌイグルミを放っておくと、ヌイグルミは「遊んでよー」と、おねだりする。
 すると、父は、今はテレビ、見てるとか、食事中だから今は静かにしとらんとダメだろ」と、またヌイグルミの手を触ったり頭を叩いたりして、ヌイグルミにちょっかいを出す。

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2006/09/27

クールベや始原の旅のあたたかき

 外は凄い雨。時折、雷鳴も。
 昨日の仕事も、夜に入って風雨となり、ちょっとトイレに立ち寄っただけで、びしょ濡れになる。
 まあ、傘を差せばちょっとは違うのだろうが、仕事中に傘は持ち込まない。代わりに、朝刊を使う。読み終えた新聞を傘というか帽子というか合羽の代わりとばかりに、頭から被せて、雨の中、トイレへ、コンビニへ。
 でも、雨だけだとなんとかなっても、風が吹いていると新聞の傘も無用の長物になりかねない。
 尤も、風雨だと傘だって同じだろうが。

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→ エンヤ『シェパード・ムーン』(WEAミュージック)

 問題は自転車での通勤である。朝は、家を出た直後に降り始めたが、すぐに上がってくれて、会社へは濡れずに済んだ。
 但し、体はやはりびしょ濡れ。
 そう、小生には過激な坂道走行で汗が噴き出してきて、会社へ着くころにはアンダーシャツは汗ビッショリなのだ。
 それでも、雨が降らなかっただけ、まし。
 一日の仕事が終わり、朝、会社へ車を向ける。ああ、雨の中、自転車で帰宅するのは嫌だなと思っていたら、幸い、上がってくれ、晴れた朝の道を、快適に走行して帰ったのだった。ラッキー!
 一週間ほど帰省してきて、先週末は久しぶりに図書館へ。
 横川善正著『ティールームの誕生―「美覚」のデザイナーたち』(平凡社選書←「柳の図柄(ウイロウ・パターン)のこと」で若干、紹介済み)や渡辺正雄著の『文化としての近代科学―歴史的・学際的視点から』(講談社学術文庫←「ケプラーの夢(ソムニウム)」にて本書を参照しての雑文を書いている)の二冊と、これはCDだが、三村奈々恵さんの『ユニヴァース』 (ソニーミュージックエンタテインメント)を返却。
 代わりに、車内で読むための文庫本ということで、久世 光彦著『夢あたたかき―向田邦子との二十年』(講談社文庫)を、CDを物色していて、珍しく且つ運よく書架にあったエンヤの『シェパード・ムーン』(WEAミュージック)を借りることが出来た。

 田舎で衝動買いした若林美智子さんのCD『風の盆恋歌』や、まだ借り出し中のアルビノーニのアダージョの入っている『バロックフェスティヴァル バロック名曲集』などととっかえひっかえ聴いて楽しんでいる。

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2006/09/26

三木清…非業なる最期も知らず恋路かな

今日は何の日」というサイトを覗いていたら、今日9月26日は、「ワープロの日」だという。
 何故に今日がワープロの日なのかというと、「1978(昭和53)年、東芝が世界初の日本語ワープロを発売した。値段は630万円だった」とか。
 日付はともかく、「東芝が世界初の日本語ワープロを発売した」こと、「値段は630万円だった」ことなどは、テレビで折々特集などで紹介されたりするので、知る人も多いだろう。
 小生が初めて自前のワープロを持ったのは、1989年1月15日(当時は成人の日で祭日だった)。この休日を利用して以前から欲しいと思っていたワープロを求めて秋葉原へ向ったのだった。
 友人たちがその数年前から仕事で使っていたので、その姿を見て単純に格好いいと思った小生、欲しくて堪らなくなったのだ。

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→ PJ-100(ソニー) 「日本の歴史的コンピュータ」より。懐かしい!

 それに会社で孤立を深めていた小生は、個人的にも曲がり角にあった。詳しくはスペースの都合もあり書かないが、自分は何のために生きていると問い詰めていって、書くこと、文章表現に全ての情熱を注ぐことと思った。
 けれど、生来の不器用で、文章を書くと、すぐに腕が上がってしまう。
 鉛筆は夢中になるとすぐに芯が折れる。ボールペンは、さすがに切っ先が折れることはないが、力の加減をせずに書くものだから、少し長い文章を書くと、すぐに腕が上がってしまうのだ。
 その辛さを大学の卒論を書いた際(最初に出した卒論は不採用になった!)に、何度も書き直したりして、散々味わった。

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2006/09/25

新浦安パレード…第6回ゆ~ゆ~カーニバル(2)

 会場の入り口付近を曲がったら、いきなり、チームの面々がゆっくり歩いてくるのが見えた。あの雰囲気は…、もしかして…、もう、パレードは終わった?!
 時計を見る。正午を過ぎて35分。いや、いくらなんでも終わったはずはない。
 でも、予定が変わるということもありえる…。

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← 今度は逆光じゃないよ。やっぱり太陽が似合う!

 小生は不安の念に小さな胸と大きなお腹を痛ませつつ、大丈夫だ、パレードはこれからだと言い聞かせ、余裕を装って、屋台の居並ぶコースを歩き出す。子どもたち向けのアトラクション。まるで似ていない郷ひろみの物真似ショーの終盤などを観て、そうしてやおらパレードの出発地点へ。
 そうだ、会場の入り口付近でチームの面々を見たのは、それは、入り口付近にあるチームの控え室のある会館からパレードの準備を万端整えて、スタート地点へスタンバイに向う光景に遭遇したに過ぎなかったのだ。

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→ 誰に微笑みかけてるの?

 チームのメンバーでありながら、幽霊会員の小生、小さからぬ体を小さくして、デジカメで撮影を始める。四年前にパレードを見始めた頃から知っている(小生が見てしっているだけで、先方が小生を知っているかどうかは別だが)ダンサーも少なくなって、新しい顔をパレードのたびに見かける。

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新浦安パレード…第6回ゆ~ゆ~カーニバル(1)

 24日(日)、「新浦安パレード」という記事で案内していた、「第6回ゆ~ゆ~カーニバル」へ行ってきた。
 といっても、時間の都合もあるので、実際には、我がサンバチーム(エスコーラ)・リベルダージ(G.R.E.S.LIBERDADE)のパレードを見、パレードの合間に屋台を覗いて回っただけなのだが。

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→ 最初に撮ったのはピカチューでした!……よく見たら、ボディに「ハムちゃん」って書いてある?!

 実際、明海大学・チアリーダーの演舞もあったようだし、阿波踊りもあったわけで、フリーマーケットなど見逃したものは多いし大きい。
 このカーニバルの内容などについては、上掲の記事を参考にして欲しい。但し、記事の中で、「パレードは一本だけ」などと書いているが、実際には休憩10分を挟んでの前後半の2本あった。出鱈目な記事(情報)で申し訳なく思っている。

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← 最初のダンサーは笑顔!

 パレードへ行く前夜は、例によってブログ記事を書いていた。それは、「フリードリッヒ…雲海の最中の旅を我は行く」というものだが、記事を書く最中にフリードリッヒを専門に扱う素晴らしいサイトを見つけ、フリードリッヒの作品の数々やサイト内の記述を読んでいたりして、書き始めたのは夜半前だったのに、書き終えたら、三時半を回っていた。

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→ オイラに気がついてくれたのかな?

 しかも、記事をアップさせてからも、また、このサイトの「カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ - サムネイル画像付き作品紹介」に戻って、作品群に見入っていたりした。

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2006/09/24

フリードリッヒ…雲海の最中の旅を我は行く

 昨日、土曜日の日暮れ前、四時過ぎ、帰京し、部屋に入った。
 郷里の家を出たのは午前の11時半頃だから、四時間半の短い移動の旅だったことになる。
 列車の繋ぎがスムーズだったというべきか、味気なかったという感が否めないというべきか。
 今回の移動では、自転車通勤で日々背負っているデイパック(リュックサック)が非常に都合がよかった。

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← 富山駅のホームから呉羽山の方角を望む。反対側には立山連峰の姿が見えるはずだが、生憎の雲で視界が遮られていた。

 いつもは大き目の手提げのバッグに着替えも含め、パソコンや本などを詰め込んでいるのだが、やはりパソコンが重く、まして帰省の折には、東京駅でお土産などを買い込み、紙袋がもう一つ増えたりするから、列車内はともかく、駅での移動は辛かった。
 手に、あるいは肩にバッグの重みがズシリと来ていたのだ。

 それが、デイパックだと、背中に負っているからだろうか、同じ(あるいは、楽さに乗じて普段より多目に荷物(本)を詰め込んだりしたかも)重さのはずなのに、とっても楽。

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→ 車窓から富山湾、そして日本海を望む。やがて、列車はトンネル続きの上越へ。

 それどころか、背中がシャキッとするようで、反って背負っているのが楽しいような気さえする。手には、往路は土産物の入った紙袋、帰路は貰った鱒寿司やお菓子、ペットボトル、バッグに入りきらなくなった本などの入ったナイロンバッグをぶら下げているのに、なんとなく余裕だったりする。

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