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2006/09/23

道行きや虚実皮膜の風の盆

 今日も、午後、自転車を駆って、市内をうろうろした。某店で、水墨画の本を買った。小林東雲著『水墨画を始める人のために』(池田書店)である。
 まだ、水墨画用の筆一式は買ってなくて、府でペンで描いているだけだが、水墨画に凝りそうな予感。
 夜、食事や片付けのあと、せっせと筆ペンで書道用箋にあれこれ描いて楽しんでいた。
 ただ、指先に神経が通っていないようで、細かい線がまるで描けない。
 だからといって、大胆な線を描けるというわけでもなく、ま、これから気長に練習していくしかない。

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← ゆくゆくは俳画を描きたい!

 ほんの少しだが、今夜もヤモリちゃんが姿を現すのではと、密かに心待ちにしていたけれど、期待はずれに終わってしまった。残念。
 
 ま、気を取り直して、本題に入ることにする。

 一昨日のブログ「今日は宮澤賢治忌…それとも…お絵描き記念日?!」で紹介した内田 康夫著の『風の盆幻想』 (幻冬舎)を昨夜、読了した。

 本書の粗筋などについては、「有鄰 No.456 P5 人と作品 奥泉光と『モーダルな現象』/ 「有鄰らいぶらりい」」が分かりやすく、過不足なく説明してくれているので、このサイトを参照願いたい。

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2006/09/22

姿なき守護神ならん守宮かな

 昨日(木曜日)の夜、家事を終え、自室に引っ込み、ちょっとパソコンの載っている机に向おうとしたら、椅子の脚付近に何か小さな影が。
 見ると、「ヤモリ」だった!
 だった! と「!」マークなど付けるのは余計なのかもしれないが、富山の家でヤモリを見るのは、久しぶりだし、やはり、部屋の中で爬虫類か両生類か分からないが、見慣れない生き物を見るというのは、ちょっとドキドキする。
 そういえば、昼間には、蜘蛛を自室で見たっけ。木曜日は生き物を部屋でよく見かける日だ。他に、蛾も見たし、蚊にも悩まされた。この部屋で寝ると体が痒くなるから、きっと、ダニが一杯、うようよしているのだろう。
 ダニが多いから、ダニを餌にしている蜘蛛も、丸々と太っていたのかもしれない。

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→ 木曜日の草むしりの成果!

 さて、目にしたのはホントに小さな小さなヤモリで、頭の天辺から(鼻先から?)尻尾の先までを測っても、小指よりも短い。
 一瞬、足で追い払おうかと思ったけれど、珍しいので、しばし観察。
 小生の気配を感じているはずだろうに、一向に動く様子は見えない。
 あるいは、小生の姿に驚いて、身動きできないで居るのだろうか。
 小生としても、短い時間を無駄にしたくないので、仕方なく、机の上にあるティッシュペーパーを一枚、引っこ抜き、そのティッシュでヤモリ君、それともヤモリちゃんを追い払おうとする。
 でも、背中や尻尾を擽ってみるのだけど、動いてくれない。
 仕方なく、ティッシュで尻尾の辺りを突っついてみる。ようやく、チョロッと動いてくれた。
 けれど、小生の足ほどの距離を移動し、机の脚の下近くに位置したところで、また静止。
 これでは、場所的に、小生が椅子に腰掛けると、ぶらぶらする足先で踏んづけそうだ。
 なので、ティッシュで再度、ヤモリちゃんの尻尾の先を突っつく。
 すると、今度は反応がよくて、チョロチョロ動き、すぐに姿が見えなくなった。

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2006/09/21

今日は宮澤賢治忌…それとも…お絵描き記念日?!

 昨日、水曜日は用事があって富山市の中心部(繁華街)へ。もち、ママチャリで颯爽と!
 何故だか、天気のいい日、ママチャリを駆ると、昔、「8時だよ、全員集合!」という番組で加藤茶がお巡りさんの格好をし、白い車体の自転車に乗って舞台に登場する際に歌っていたピンカラ兄弟の「わたしがぁ ささあげたぁ その人に~ あなただけよと すがって 泣いた ♪」という歌が口を突いて出てくる。
 東京で乗っているタイヤの口径の小さい自転車だと、こういったド演歌はまず出てこない(坂が多くて余裕がないってこともあるけど)。

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 詳しい事情は省くが(他人様と関係するので)、貰った商品券で本を購入した。それも二冊も! 一昨年の四月から本も新聞もやめているが(新聞はキャンペーンの時、サービスで一時的に取ることがある)、今回、二冊買ったことで、この約30ヶ月で合計四冊となる。
 衝動買いなので、デパートの小さな書籍売り場にあるものから選ぶしかなく、迷った挙句、買ったのは以下の二冊。

 一冊は、内田 康夫著の『風の盆幻想』 (幻冬舎)である。
 内田 康夫氏に付いては、若干の因縁があるので、ミステリーものは基本的に読まない小生なのだが、同氏の本はこの本で三冊目か四冊目となる。

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 こういった本に内容説明など野暮なのだろうが、「哀切な胡弓の調べと幽玄な踊りで全国的に有名な富山・八尾町の「風の盆」祭り。その直前、老舗旅館の若旦那が謎の死を遂げた。自殺で片付けようとする警察に疑問を感じた浅見と内田は独自の調査に乗り出す。そして、飛騨高山、神岡と越中八尾を結ぶ、秘められた愛にたどり着く―。」といった話らしい。

 言うまでもなく、今年も見物し損ねた富山・八尾町の「風の盆」祭りが俎上にあるとなると、読まないわけには行かない。ま、衝動買いの典型だ。
 以前、読んだ、「おわらブーム」に火をつけたことでも有名な、高橋 治著の『風の盆恋歌』(新潮社)とどうしても読み比べることになるだろう。

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2006/09/20

柳の図柄(ウイロウ・パターン)のこと

 昨日の日記(月曜日の夜半過ぎに書いたもの)「路傍の草、子規忌を想う」の冒頭で、小生は以下のように書いている:

 田舎で家事三昧である。
 というと、やや大袈裟か。
 今の所、従前通り、食事の準備と片付け、買い物がほとんど。草むしりとか部屋の掃除、庭木の剪定、家庭内の雑事……などなど、やるべきことは山ほどあるが、ちょっと手が出ない。

 悔しいので、火曜日は、食事関連の雑事は勿論、買い物も午前と夕方に行って来たが、午後、草むしりをやった。何処か妖しい雲が垂れ込めていて、外でじっとしていると涼しいを通り越して、半袖だと寒いほどの天気だったことも、その気にさせてくれた。

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→ 草むしりの成果の一部。この後、チューリップか何かを植えるらしい。土が中央部に盛ってあるので、土葬をイメージしたりして。

 実際に草むしり(と若干の草刈)をやったのは、一時間半に過ぎないのだが、家の中の掃除(窓拭きとモップ掛け)、洗濯もあって、買出しから帰った夕方には、とうとうダウン。一時間ほど、寝てしまった。食事のこともあり、起き上がろうとしたら、体の節々が痛い!
 幸い、夕食は、姪っ子が子どもを連れてやってきて、小生も含め一同の世話をしてくれたので、ちょっと楽をさせてもらった。
 
 草むしり…。
路傍の草、子規忌を想う」のコメント欄で、生け花談義をし、「やはり、野におけ蓮華草」などと分かったようなことを書いたりしているが、その実、田舎では庭の雑草をせっせと刈り取ったり、毟り取ったりしている。その言行の不一致をちらっと思う。

 それにしても、小生、「やはり、野におけ蓮華草」という言葉には、ちょっと引っかかるものがある。機会があったら、その辺りのことも書いてみようかな。
 
 さて、本文に移る前に我がチーム・リベルダージのパレード情報を。
 9月24日(日):「新浦安パレード

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2006/09/19

路傍の草、子規忌を想う

 田舎で家事三昧である。
 というと、やや大袈裟か。
 今の所、従前通り、食事の準備と片付け、買い物がほとんど。草むしりとか部屋の掃除、庭木の剪定、家庭内の雑事……などなど、やるべきことは山ほどあるが、ちょっと手が出ない。

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→ 17日、夕方、富山駅に着き、今からライトレールに乗るところ。手振れして、駅に近付きつつあるライトレールの雄姿がまるでぼやけてしまった。

 食事となると、両親と小生自身の食事の準備もあれこれあるが、食事の最中がまた大変で、居間を兼ねている茶の間が食事の部屋でもあるのだが、その茶の間(和室風)と台所とを何度も往復する。
 往復するだけなら、どうってことはないのだが、茶の間は座卓となっているので、食事も椅子ではなく座布団を敷いた状態。つまり、食事する時はお尻を畳にどっかりと下ろして。
 が、醤油など調味料を持ってくるのを忘れてたら、立ち上がって台所へ。茶の間へ戻って、どっかり、腰を下ろす。
 そのうち、たっぷりと作った味噌汁のお代わりとなると、また、重い重い腰を上げて台所へ。
 朝食、昼食、夕食と、そんな繰り返し。合間にはお八つも。
 日頃、怠惰と怠慢を決め込んだ生活を送っている小生。こんなところで、ツケが回ってくるわけで、日に三度の食事の準備・世話・片付けで、もうへとへとになってしまう。
 食事の合間の時間はというと、家の雑用を引き受けるどころか、奥の小生の居室で読書…さえもできずに、敷きっ放しの布団にゴロンとなって、居眠り三昧である。

 情けないこと、この上ない。

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← 18日夕方、買い物の帰り、夕焼けが素晴らしかったので、思わず自転車を止め、パチリ!

 ただ、この和室風の茶の間と台所との往復、つまりは、ちょっとしたスクワットというか屈伸運動を何十回と為すわけで、四日も経験すると、小生のぷっくりとしたお腹に、ほんの少し、ほんの面影程度の割れ目ができる…ような気がする。
 でも、東京に戻ると、二日もしないうちに、出来かかった腹筋の谷間は、見る影もなく綺麗さっぱり消え去る。
 …どころか、以前にも増して、立派なお腹に逆戻りである。

 そうそう、買い物は自転車! 
 ママチャリなのでタイヤも大きく、ゆったりと走れるのが嬉しい。鬼門の坂道もないし。
 ただ、台風(13号)の余波の風があって、店への往路は順風で、帰路は逆風と極端に違う走行だったのが大変だったような楽しかったような。
 思えば、ここ数年の、田舎での自転車による買い物が小生に自転車に乗る感覚の楽しさを思い出させたのだった。

 こんなつまらぬことを書いた上で、子規(忌)の話題に移るというのは、恐縮するというより、彼我の違いが極端過ぎて、後ろめたいほどである。
 でも、これが現実なのだから、仕方がない!

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2006/09/18

ケプラーの夢(ソムニウム)

 日曜日は列車の旅をした。旅には本を伴う。
 待ち時間、あるいは列車の中のためには、渡辺正雄著の『文化としての近代科学―歴史的・学際的視点から』(講談社学術文庫)を持参。
 内容説明によると(前にも紹介したが)、「現代文明と豊かな生活をもたらした自然科学は神の造った秩序を求める西洋の学問の所産であった。太陽や月との距離を測定したギリシア人、驚くべき見事な宇宙体系を構築したプトレマイオス、近代科学革命の担い手、コペルニクスやニュートン…。各時代の思想・文化・社会との関係を重視し、人間の営みとしての西洋科学の歴史を興味深く綴る」というもの。

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 旅先で読む本としては、横川善正著『ティールームの誕生―「美覚」のデザイナーたち』(平凡社選書)を用意。あとしばらくしたら就寝時間だが、寝床ではこの本を手に寝入ることになるだろう。

 ところで、日曜日の午後、出かける準備をしながらテレビを観ていて、金山平三という画家の存在を知る。「開運!なんでも鑑定団」の再放送だったのだが、金山平三の作品が出品されたのだ。所有者(正確には親の所有物)はこれを売り払って家を改装し喫茶店にする資金にするつもりだった。
 が、うまくいかないもので、偽者で、数千円の値打ちしかなかった!
 ただ、番組では金山平三という画家を紹介してくれた。当然ながら、彼の作品が映し出されたのだが、実にいい!
 小生の映りの悪いテレビでも、彼の作品の凛とした「気品」が伝わってくる。ひと目で気に入ってしまった。
 今日のブログなど、彼を採り上げようかと、せっせとネットなどで情報を集めていたのだった。
 ちょっと情報が不足しているので、今は、以下のサイトを紹介するに留めておく:
金山平三 - Wikipedia
artshore 芸術海岸 金山平三の雪
天童市美術館
(「山形の風土を愛した画家  金山平三 山形の風景展 9月29日(金)~10月29日(日)」とのこと)

 話は戻って、渡辺正雄著の『文化としての近代科学』(講談社学術文庫)から話題を一つ。
 日曜日、列車中で読んでいて興味を引いたので、是非ともメモしておきたかったのだ。
 それは、表題にあるごとく、「ケプラーの夢」である。
 ケプラーとは、ヨハネス・ケプラーのこと。

 さて、ジョン・ミルトンの『失楽園』、ヘンリー・ムーア、サムエル・バトラー、ジュール・ヴェルヌ、H・G・ウェルズらに影響を与えた「ケプラーの夢(ソムニウム)」とは。

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2006/09/17

聴きながら読書拾遺

 今日(土曜日)は、自転車を駆り、夕方近くになって最寄の駅へ。ちょっと用事を済ませて帰りに図書館へ。
 駅前に、あるいは図書館の駐輪場に愛車を止めて用事を済ませる。まだ新車なので、置き去りしていくのが、盗難の心配もあって、ちょっと怖い。
 なんとなく、犬をスーパーなどの前に紐で繋いでおいて、そうして店内へ入っていく光景を想ってしまう。
 店先に置いていかれたワンちゃんは、躾(しつけ)のされている犬とか大人の犬だと、まあ、のんびり待っていようという気長な、余裕のある表情が垣間見られる。
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← 16日未明。都内某所にて。15日午前から始めていた仕事もそろそろ終わりという頃、久しぶりに朝焼けに遭遇。思わず、車を止めてデジカメってしまった!

 それが、子犬(や、あまり躾のされていない犬)だったりすると、もう、自分が置き去りにされているのではと、心配でならないのだろう、一刻も早く戻ってきて欲しくて、ワンワン、キャンキャン、鳴いている。
 我が自転車はどうだろう。建物の前に止められて、キャンキャン、鳴いているだろうか。
 うーん、どうやら、戻ってきて自転車がなかったらどうしよう、なんてビクビクしているのは、明らかに我輩のほうであるようだ。

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→ 『ティールームの誕生―「美覚」のデザイナーたち』(平凡社選書)

 ところで、過日、この拙ブログ「無精庵徒然草」が満二周年を迎えたと書いた。正確な日付を書くと、「2004/09/11」が初日である。
 その記念すべき記事の題名は、「秋の気配」だった。
例によって、休憩(待機)中に川柳を作っていた」などと書いている。
 そうだった。その年の七月から俳句や川柳作りに凝り始めたのだ。

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