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2006/08/26

沈黙の宇宙に鳴る音楽

 木曜日、いつものようにラジオをオンにしながら車を走らせていた。その時は、NHK-FMを聴いていた。流れてきたのはモーツァルトのピアノ協奏曲だったろうか。曲名は聞き逃した。仕事柄、断片的にしか聴くことは叶わない。
 途切れ途切れの音の連なり。でも、一旦、曲を聴き始めたなら、たとえ中途からであっても、一気に音の宇宙の深みに誘い込んでくれる。
 たとえば、何処かの人里離れた地を彷徨っていて、歩き疲れ、へとへとになって、喉が渇いたとき、不意に森の奥から清流の清々しい音が聞こえてくる。決して砂漠ではないはずの地に自分がいるのは分かっている。木々の緑や土の色に命の元である水の面影を嗅ぎ取らないわけにいかないのだから。
 でも、やはり、水そのものの流れを見たい。体に浴びたい。奔流を体の中に感じたい時がある。
 やがては大河へ、そして海へと流れていく川の、その源泉に程近い、細い清水。
 まるで、自分の中に命があったこと、命が息衝いていることを思い出させてくれるような川のせせらぎ。
 そう、何も最初から最後まで通して曲を聴かなければならないというものではない。むしろ、渇いた心と体には、その遭遇した水辺こそが全てなのだ。その水際で戯れ、戯れているうちに気が付いたら水の深みに嵌っていく。
 そのように、闇の宇宙の中を流れ行く音の川に出会うのだ。
 そう、誰しも、音の宇宙では中途でしか出会えないのだし、束の間の時、音の河を泳ぎ、あるいは音の洪水に流され呑み込まれ、気が付いたら闇の大河からさえも掻き消されていく。
 ふと、いつだったか、自分が書いた一文を思い出した。
 モーツァルトの曲の与えてくれる至福の音の世界とはまるで違う世界だとは重々分かっているのだけれど、連想してしまったものは仕方がない。

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2006/08/25

自転車で初出勤

馬橋パレード…オートバイとの別れ」そして「自転車ライダー生活本日開始」ときて、今日は「自転車での初出勤」をレポートしようかな。
 といっても、何も書くことがない。

 ひたすら、疲れた! というしかない。

 会社まで自転車で向うというのは、小生には、まさしく鈍(なま)った体に鞭を打つような仕儀だったのである。
 小生は東京に居住している。端っことはいえ、23区の何処か。海辺と言えば海辺、古くからの農村地帯だったと言えば、言えなくもない地域。
 バイクで通勤している間は、若干の坂道越え(さすがに峠越えとは気恥ずかしくて言えない)など、アクセル一つ吹かせば呆気なく駆け過ぎることができていた。
 でも、自転車となると、同じ二輪車ではあるが、まるで感じが違う。

Sionconcert

← 紫苑さんにいただいた画像です。相変わらず活動的! コンサートを終え全国高等学校野球選手権大会(甲子園)に応援に行った紫苑さん、次は軟式高校野球全国大会へ応援に行くのだとか。

 もう、十年近く前だったか、朝、目覚めると雪国になっていたことがあった。
 でも、仕事熱心な小生、バスも来ない、オートバイ走行は無理、タクシーなど掴まるはずもないという、そんな過酷な状況の中、テクテクと会社へ向ったことがある。
 オートバイだと5キロほどの道のりである。バイクにとっては緩やかなアンデュレーションの道かもしれないが、歩くものにはきつい坂の道を、積雪十センチ足らずの道を、しかも、夏場も冬場もなく年中、通して履いている普通の革靴でテクテクトロトロ歩いていったのだった。

 詳しくは書かないが、会社へたどり着いた時は、体はヘロヘロになっていた。

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2006/08/24

セミから空を考える

 過日、テレビ(NHK総合)でセミの羽化の様子を見ることが出来た。
 セミの羽化の光景なんて、別に珍しくない?
 では、都会のど真ん中だとたら、どうか。
 それも、新宿御苑とか不忍池とか皇居のお堀の近辺とか、そういった緑濃い、土の多い場所ではなく、都会の雑踏でのセミの羽化の光景だったから、小生、思わず見入ってしまったのだ。
 コンクリートジャングルである都会の、具体的には一体、どんな場所で羽化していたか。
 例えば、コンクリートのひび割れを縫って生えている雑草の茎。
 でも、一番、驚いたのは、放置自転車によじ登って、すぐそこを人々が行き交う、そのすぐ裏で羽化している様子だった。

Semiuka1


 生き延びるためには、どんなことでもやる。それが期待した理想的な場所でなくとも、切羽詰ったら、人さえ通らなければ、何かの動かない物体の壁面にへばりつき、都会の雑踏と喧騒を他所に、羽化という厳粛な儀式を執り行う。
 足音も人の声も聞こえているはずなのに、その画面には静寂があるばかりだった。
 よくぞ、こんな場面を撮ったものだと思った。
 というより、その前に、そういう光景に気付き見出したこと自体に瞠目すべきなのか。
 ニュース番組の中の、ちょっとしたエピソード特集の一齣。


 ネット検索していたら、『都会にすみついたセミたち』(写真・文=武田晋一・海野和男、偕成社)という本をヒットした。

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2006/08/23

自転車ライダー生活本日開始

 火曜日のブログ「読書拾遺…「鏡のなかの鏡」へ」の日記の項で、「昼頃、目覚めて、洗濯、軽食、外出(やたらと用事が多い)」などと書いている。
 先週土曜日の用事とは、今週の土曜日、恒例の浅草サンバカーニバルが催されるのだが、小生、スタッフとして下働きさせてもらう予定。スタッフといっても、まず人に目に付くことはないと思うのだが、それでも衣装というか、それなりの服装が必要となる。

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→ 8月22日(火)夕刻、都内某所にて。運河に屋形船が浮んでいる。いいなー、うらやましいなー。オイラの仕事は、今から佳境(?)に入る…はず…だったのだけど。

 白いアンダーシャツ(ランニングか袖なしTシャツ)、白い(デッキ)シューズ、踝(くるぶし)を覆わない白の靴下(乃至は履かない)、白いパンツ(トランクスじゃなくて)などなど。
 このうち、白のランニングシャツは持っているが、新規に買うことにした。
 白い(デッキ)シューズは、昨年、購入し使用した。
 白の靴下も購入(ついでに、仕事のために三足セットの黒い靴下を買った)。
 万が一のことを考え(?)、白いパンツに合わせ白色のトランクスも(普段着用に柄物のトランクスも。小生、トランクス派!)。

 いっそのこと、白い帽子も買おうかと思ったが、やりすぎか。
 白いパンツ着用ということなので、小生、黒やこげ茶のベルトしか持っていないし、かなり草臥れていることもあり、今後のことを考え、白いベルトを一本、買った。

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2006/08/22

読書拾遺…「鏡のなかの鏡」へ

 この記事の直前に馬橋パレードのレポートを書いている。内容は人様には大したことはないものだろうが、書くほうにしてみると、結構な労力を要する。
 いつもながらだが、量的にまとまったレポートを書き上げると、体の中のエネルギーを使い果たしたような感覚に襲われる。画像の処理だけでも、苦労しているし、二百枚ほどの画像の中からどれを選びレポートに掲載するかも、その選択の上の価値観が問われているようでもあり、なかなかにしんどい。

 普通なら、文章(レポート)を書いてから、そこに画像を嵌めていくのだろうが、小生の場合、ブログに載せる画像を選択してから、その画像の数に合わせて、文章を考える。
 駄文を綴るだけなら嫌いなほうじゃないし、実際にあったこと、経験したことを無難な範囲で書いていくのだから、楽なように見えて、案外と書くネタというものは少ないものだ。

Poco4

← pocoさんにいただいた、青森の「黒石よされ」の画像です。pocoさんは、ネット検索で、拙稿「夜目遠目笠の内」に出会ったのだとか。なお、pocoさんのホームページは、「フォトとメッセージ」です。

 選んだ50個弱の画像を適宜、嵌め込める量の文章を是が非でも書くしかない!

 それでも、パレードのあった翌日が休日だったから、まだ助かっている。朝の八時前までにレポートの(1)を書いてから、ベッドで就寝。
 使うべき画像(どんなにいい写真でも観客の顔があまりに目立つものは避ける、などの判断基準がある)も、「jpg」化も朝方までに大よそのところは済ませておいた。

 昼頃、目覚めて、洗濯、軽食、外出(やたらと用事が多い)。
 要件を済ませて帰ってきて、四時までにレポートの(2)で何を書くか、イメージを決める。テーマさえ決まれば、あとは馬力で一気に書き進めていく。

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2006/08/21

06馬橋パレード(2)

06馬橋パレード(2)」へ引っ越しました。 (06/11/26)

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06馬橋パレード(1)

06馬橋パレード(1)」に引っ越しました。 (06/11/26)

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2006/08/20

靖国と歴史認識に関連して

 このところ、小泉首相の靖国神社参拝を契機に靖国問題、ひいては先の戦争など歴史認識の問題がクローズアップされつつある。
 靖国神社側は、どういう権能があってのことか分からないが、A級戦犯者たちを合祀した。
 そのことにより、天皇家の靖国神社への参拝を阻むことになった。ある意味、後戻りできない形で靖国神社側は戦前の体質を露呈させてしまったということなのだろう。

 でも、それもまた仕方がない。靖国神社はあくまで民間の一つの宗教的施設なのであり、どのような思想・信条で運営されようと国家も政治家も忖度はしても、介入はできないわけで、ご自分たちの考えで存続を計るしかないのだろう。

 いずれにしも、今更、A級戦犯者たちの分祀など出来ない相談なのだろうし(そもそも分祀ってどういうことなのか、分からない)、分祀が可能だとしても、それはあくまで靖国神社からの分祀という経緯が付き纏う。
 一度、やってしまった(合祀という)事実は消えないのである。

 要は、明確になったのは、靖国神社が果たした役割に取って代わるという意味ではなく、天皇家も、アジアの犠牲となった方々も、戦争に行かされ犠牲となった人々も、クリスチャンの方たちも、共に追悼し平和を祈念するには、新たに国立追悼施設を作るしか他に道はないということだろう。

 そうした追悼施設ができて、一定の役割を日本において、またアジアにおいて果たすようになった段階になれば、そのときには、国家の指導者も靖国神社に(何処かの誰かさんのように、こっそり)参拝しても、他国にも日本の心ある人にも顰蹙を買われることはあっても、殊更、問題にはしなくなるだろう。

 それには、今から少なくとも五十年以上の反省の時間を要すると思われる。気の短い日本人には戦後60年余りは長いと感じるかもしれないが、アジアレベル、世界レベルからしたら60年など、つい昨日のことなのだ。特に、経済復興に邁進し、倫理的道徳的問題という辛い問題から眼を背け逃げてきた日本の人々には、これからようやく戦争の現実と歴史に向き合うことになるのだと思う。
 ようやく!

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