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2006/08/19

馬橋パレード…オートバイとの別れ

 8月20日(日)には千葉県松戸市西馬橋(最寄り駅は常磐線の馬橋駅)にて例年通り、我がサンバチーム・リベルダージ(G.R.E.S.LIBERDADE)の馬橋パレードが行われる。というか、予定となっているのだが、「G.R.E.S. LIBERDADE---Schedule:チーム公式予定---」の頁を開いても、詳しい場所やパレードの開始される時間などが分からない。
 そこで、参考(となるかどうか分からないが)に、昨年のパレードレポートを紹介しておく:
05馬橋パレード(1) [2005年08月22日(月)] 」~「馬橋パレード(15…もうすぐ浅草) [2005年08月24日(水)]
 但し、少々ややっこしいが、「05馬橋パレード(9) [2005年08月22日(月)] 」までは、「03年度馬橋パレードの時のレポート」なのである。
05馬橋パレード(10) [2005年08月22日(月)] 」以降が昨年(05年)度のパレードレポートなのである。

 
 記事を読むと4時(16時)開始となっているが、仄聞するところ、今年のパレード開始時間は、「15:45」で、途中、休憩を挟んで、後半のパレードが始まり、後半も含めてパレードが終了するのが「17:15」の予定のようである。

 実を言うと、今週はずっと、この祭りの主宰者側のホームページをネットで探していたのだが、小生の検索力ではとうとう見つからなかった。
 上掲のレポートにも書いたが、「表題には、「馬橋パレード」などと表記しているが、催された「まつり」の正式名称は、「坂川清流灯篭祭り」である」。
「趣旨は、パンフレットによると:坂川・新坂川がきれいになり、地域を活性化し、21世紀をになう子供たちに「ふるさとの川」「ふるさとの街」になることを願って…。」とあった。
 但し、あくまで去年の話である。

 今年のパレード(祭り)については、詳しい事情は一切、今の所、不明。後方のやいっちとしては(ちゃんとした広報の方は我がチームにいる!)面目躍如とはならない…申し訳ない限りである。
 馬橋パレードは、浅草サンバカーニバルの前哨戦、乃至は直前のお披露目(最終的なチェック)の意味合いがある。サンバカーニバルと違うのは、アレゴリアなどの山車類がないこと等々で、かなり本格的なパレードが展開される。
 パレードコースも広く本格的。商店街や駅前のパレードでもコース的には浅草を覗くとトップクラス。
 但し、今年は花小金井のコースが駅前の改修が終わった(?)こともあって、かなり立派だったことを書き添えておく。

 天候には恵まれそうだし、昨年の3位という実績を土台に、チームの陣営も一層充実し、今年は一層の飛躍が期待できる。その予感とムードに溢れている。
 最高のパレード(祭り)を期待したい。

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2006/08/18

ポール・デルヴォーの絵の悪魔性

 ポール・デルヴォーについては、今更小生が語る必要も無いだろう。
ポール・デルボー(1897-1994)」なるサイトを覗くと、簡潔ながらバランスの取れた紹介をしてくれている。
 デルヴォーの画にはキリコらの影響を見る人が多い。

 実際、上掲の文中、「彼の作品は遠近法をわざと崩した奇妙に歪んだ空間の中に、よく見るとあり得ないような鉄道の線路があったり、そこに無表情の裸体の女たちがいたり、独特の緊張感を持った時空を作り上げています。同じシュールレアリズムとはいっても、ダリやマグリットとはまた違った性質を持っています。それはいかにも狂気のように見えて、よくみると正常な神経の中に踏みとどまっているのです」とある。

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 例えば、「夢の美術館、絵画」という頁を覗くと、小生の好きなフリードリッヒ(フリードリヒ)を初め、好きな画家の作品が並んでいて嬉しいのだが、その頁の中で、シュールレアリズムの画家たちの作品が一覧できるようになっている。
 デルヴォーと同じベルギーのルネ・マグリット、サルバドール・ダリ、ジョルジオ・デ・キリコ、マックス・エルンスト、そしてポール・デルボー…。
 似たような世界と安易に決め付けてはいけないが、無縁とも言い切れないのは確かなのだろう。
 

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2006/08/17

泳げたぞ!

 先月末、例のプールでの事故を契機にプールの話が話題の俎上に。
 事故は怖いが、それはそれとして、自分自身のプールでの思い出がちょっと蘇ってもいたのだった。

 小生が泳げるようになったのは、恥ずかしながら40歳の時だった。
 そんな年齢に至るまでにも、学校では勿論、友達や家族とプールや海へ遊びに行くことは幾度となくあった。そうした時に泳げないというのは情けないもので、泳げる人たちが平泳ぎなどでスイスイ泳ぐのをよそ目に、海なら浜辺、それも波打ち際でパシャパシャしているしか他にどうすることもできない。

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→ 94年の夏、一人特訓し、ついに泳げるようになった懐かしの「平和島公園プール」(画像は、「大田区ホームページ」より) 夏場以外は屋内プールで!

 小学生の頃はともかく、中学生ともなると、同級生らもかなりの割合で泳げるようになっている。だから尚の事、水泳の授業ともなると、その時間をやり過ごすのが実に大変だった。
(冷静に振り返ってみると、泳げない連中というのは、クラスの中にも少なからずいた筈だ。が、自分が泳げないというコンプレックスが周囲の状況を見えなくしていたものか、みんなが泳げるように感じていたようだ。)

 ただ、幸いなことに学校の方針なのか、それとも体育の教師(あるいは学校側の)の配慮(手心)だったのか、泳ぐことを強制されることはなかった。

 もしも、そんな仕儀に遭ったなら、あるいは今以上にいじけた人間になっていたかもしれない。
 それでも、多くの同級生が格好良く泳ぐのをただ眺めているのは、少しは負けん気のある小生としては悔しいものがある。

 プールに入る。
 まず、その段階がコンプレックスとの戦いとなる。

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2006/08/16

地球照より地球ショー

 このところ、月の話題が多くなっている。お月さんばかりを贔屓にしては、いつも照ってくれている太陽さんが嫉妬して真っ赤に燃え上がってしまうかもしれないなんて、心配になるが、思えば、太陽はいつも燃えているのだった。
 なので、ここは一つ、太陽に媚を売るわけではないが、一昨日だったか、車中でラジオから太陽発電の話題が聞こえてきたこともあるし、最新の太陽光発電の話題を採り上げようと思ったが、ネット検索したら、何処だったかに充実したサイトがあって、それを読んだら、めげてしまった。
 何も小生ごときがでしゃばる必要などまるでないと思い知らされたのだった。

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← 14日の夜半近く、都内某所にて。日中は晴れていたが、夜になって次第に雲が掛かってきた空。白っぽく光っているのが月。右側の薄明かりは街灯。遥かに間近な街灯より月の光の強さが勝っている! 画像は拡大可能。

 ただ、それでも従来のパネル(板)状の太陽光発電装置ではなく、液状に近いものが研究段階では成功していて、それを用途に応じて、必要な場所に塗料を塗るようにして塗布するようになるとなったら、太陽光発電(ソーラー発電)の用途と可能性は一気に広がる。
 車のボディやビルや家屋の屋根のみならず、外壁や窓ガラス、道路面、さらには砂漠や草原、海の上…と、何処でも発電、何処でも電池ということになる、なんてことなど、書こうかなと思っていた。
 が、やはり、先日も「青い月 赤い月」と、月に関する記事を書いてしまって、太陽に関する話題は先延ばししてしまった。
 そこへ、クレーン船が送電線を傷つけたことに起因する、首都圏の大規模停電で、ああ、小生が電池や発電の話題を採り上げなかったばっかりに、事故が発生してしまったと、反省しきりなのだった(…そんなわけないけど)。

 こうなったら、開き直って、もう少し月の話題を。そう、地球照のことなど。

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2006/08/15

デルヴォー…凍てついた夢想

 過日、図書館で三冊の本を借りた。
 そのうちの一冊は、例によって車中で読むための本で、(内容が、ではなく)車のドアポケットに軽く収まるような薄手の本を物色。科学関係のエッセイ書、俳句や詩の本などなど探し回ってもピンと来るものが無く、そのうち、美術書のコーナーへ。
 すると、ジャン・ピエ-ル・キュザン/ディミトリ・サルモン著の『ジョルジュ・ド・ラ・トゥ-ル 再発見された神秘の画家』(「知の再発見」双書、創元社)に目が。そう、ジョルジュ・ド・ラ・トゥ-ルという名前に引き寄せられたのだ。

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 活字が細かいのが車中での読書には難があるが、でも、小さいとはいえジョルジュ・ド・ラ・トゥ-ルの画の数々を車内で楽しむことが出来る!

 ちょっと驚いたのは、<内容紹介>の後半に、「蝋燭の光に照らし出された人物像など、光と闇、聖と俗の二面性を鮮やかに描き出したこの画家は、没後は急速に忘れ去られ、20世紀になってから劇的な形で再発見された。本国フランスでも話題を呼んだ、ラ・トゥールの生涯と絵画の「再発見史」」とあるのは、まあ納得できるとして、問題は前半。
「17世紀の画家ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの名は既に世界的であるが、日本での認知度は未だ低い。しかし、一度でもその作品を見た者にとって、彼の絵は忘れがたい印象をもたらす」だって。
 えっ、ラ・トゥールって、「日本での認知度は未だ低」かったっけ?!

ジョルジュ・ド・ラ・トゥ-ル 紀伊國屋書店BookWeb」なる頁を覗けば、<日本語版監修者序文より><著者略歴><監修者略歴>などがきされている。
 このうち、現在、国立西洋美術館主任研究官の高橋明也(たかはしあきや) 氏の話をネットでも読める:
ジョルジュ・ド・ラ・トゥール展を語る

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2006/08/14

青い月 赤い月

月の魔力?」と題した小文を一昨日、書いた。その記事に対しelmaさんより戴いたコメントが小生に「ブルームーン」のことを思い出させてくれた。
 断っておくが、フルムーンではない。ブルームーン、つまり、「青い月」である。
 小生、以前、既に「ブルームーン」の話題を採り上げたことがあったと思っていたが、どうやら思い込みだったようで、未だのようだ。
ブルームーン」と題した掌編を書いた際に、「ブルームーン」をキーワードにあれこれ調べたのが印象に残っていて、関連する雑文を書いたと思い込んでしまっていたのかもしれない。

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→ 小浦昇/絵 青居心/詩『青い月の物語』(ダイヤモンド社)……著書の表紙の銅版画も筆者の手になる。

 せっかく、「ブルームーン」なる言葉、それとも現象が話題に上ったのだ、もう一押しして「赤い月」と併せ、若干のことをメモしておきたい。
 今回は、掌編「ブルームーン」の中で扱っているカクテルのこと、バラのこと、「こちらブルームーン探偵社」などは扱わない。
 また、「赤い月」というと、なかにし礼氏の小説、あるいはその映画化された作品を思い浮かべられるかもしれないが、今回はその話題も素通りする。
 主に自然現象の中の「ブルームーン」に焦点を合わせる。

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2006/08/13

賢治の俳句…花はみな四方に贈りて菊日和

 小生が取っているメルマガの一つに、渡辺 宏氏が発行している「宮沢賢治 Kenji Review」がある。
 1999年2月20日の創刊で、今も続いている!
 バックナンバーも見ることが出来る。
 ホームページは、「宮沢賢治の童話と詩 森羅情報サービス

 そのメルマガ「宮沢賢治 Kenji Review 385」にて、賢治が俳句を作っていたことを知った。
 知っている人は知っている常識に類することなのかもしれないが、小生は初耳だった。

Sionkosien

→ 紫苑さんに戴いた暑中お見舞い画像です。郷里の熊本工の応援に甲子園に行ってきてのショットとか。14日は、天理高校戦が待っている。我が郷里の代表校は今年も初戦で敗退。彼我の差は大きい!

 宮沢賢治については、拙稿に「幽霊の話は後に尾を引く」があるが、正面切っては扱ったことがない。扱う能がないというべきか。
 賢治の詩読んで、その世界を楽しむだけで十分という話もあるが。
 それでも、勉強のためにメモだけ残しておく。

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