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2006/08/12

月の魔力?

 水曜日の営業も峠を越した夜半過ぎだったか、久しぶりに冴え冴えとした月影を見た。撮れる腕前も撮れた実績もないのに、月影にデジカメを向けて撮影にトライ。
 結果は見事に失敗。
 さて、金曜日の営業が終わりに近づいた土曜日の未明、といっても、朝の五時を回って半に近づいていたから未明というのも無理があるかもしれないが、あるバス通りを走ったら、事故現場に遭遇。昨夜からだと、一体、何件目の事故現場との擦れ違いだろうか。
 が、土曜日の朝に見たものは、真っ赤な乗用車が電柱か住宅の門かにぶつかりフロント部分が大破している。警察官が早く通り抜けろと指示するもので、じっくり見て確かめるわけにはいかなかった。
 昨日の営業で見た、一番の事故ということになる。
 ちなみに、昨夜は、8日から続く危険予測日の真っ只中にあったようだ。
→「The Moon Age Calendar

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← 画像では月の形が崩れているが、実際は、ほぼ満月だった。久々の月光があまりに眩しくデジカメも降参?!

 さて、車中では、「人麻呂と長明の「泡」つながり」にも記したように、池内 了(いけうち さとる)著の『天文学者の虫眼鏡―文学と科学のあいだ』(文春新書)を読んでいる。
 さすがにじっくり読んでいられるほどには暇ではないので、未明などにちらちら読むのだが、そんな中で、月に関する話題を昨日は読んだのである。
 そのうちのある項目は、題名が「月の魔力?」となっている。

 或る日、警察当局から、ある本を出すに当って、コメントを求められた(あるいは推薦文のようなものか)。
 それは、俗説としては最近、話題に出てくる説がまさにテーマになっている本らしい。
 つまり、月齢と交通事故との相関関係が、少なくとも統計的に見られるという考え方が主眼となっている。
 この考え方は、あるいは警察など一部関係当局では俗説に留まるものの、それなりに信憑性があると思われつつある説らしくもある。
 小生も以前、採り上げたことがあるが、その科学的探究が、あるいは統計的解析や資料が不十分で、小生の能の不足もあって、中途半端な記述に終わっている。

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2006/08/11

戦争体験の継承

 小生は毎年、今頃に照準を合わせる形で、15年戦争に関するあれこれを綴ってきた。
 例えば、原爆モノとして虚構の形で:
闇に降る雨」(04/08/13 記)
黒い雨の降る夜」(03/04/07 記)
日蔭ノナクナツタ広島ノ上空ヲトビガ舞ツテヰル」(August 09, 2005)

 戦記・戦争記録モノとして:
本間猛著『予科練の空』を読んで」(02/12/15)
堀川潭/著 『悲劇の島』(March 27, 2005)
常石敬一著『七三一部隊』」(March 14, 2005)

 敗戦後の日本に関連して(02年3月から4月にかけて):
『敗北を抱きしめて』雑感(1-3)
ジョン・ダワー著『敗北を抱きしめて』雑感(4-6)
ジョン・ダワー著『敗北を抱きしめて』雑感(7-9、余談)

出発は遂に訪れず…」(2005/06/30)
荷風散人『断腸亭日乗』雑感」(01/06/04-08)
山田風太郎『戦中派不戦日記』あれこれ」(June 27, 2005)

西野 瑠美子著『なぜ「従軍慰安婦」を記憶にきざむのか』」(May 09, 2005)

富山大空襲と母のこと」(2005年09月19日)

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2006/08/10

人麻呂と長明の「泡」つながり

 やや古い本になるが、池内 了(いけうち さとる)著の『天文学者の虫眼鏡―文学と科学のあいだ』(文春新書)を車中で読んでいる。といっても、日中は忙しいので、実際に手に取れるのは夜半を回って丑三つ時も過ぎた頃となる。
 車中にはスペースの問題もあるので、ハードカバーの単行本などは持ち込めない。また、活字の細かいものも、車中は室内灯を使っても薄暗いので辛い。
 というわけで、図書館で、車中に持ち込むに相応しい本を探すのは、なかなか難しい。
 まず、関心を呼ぶような内容でないと困る。その上で、ほどほどの活字の大きさで、本も文庫本か新書などから物色する。
 その意味で、やや古くはあっても、『天文学者の虫眼鏡―文学と科学のあいだ』は格好の本だった。
 まだ読みかけなのだが、さすが天文学者だけあって、文学作品を読み解くに際し、文学プロパーの人とは違う視点を駆使してくれる。
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 夏目漱石と寺田寅彦。夏目漱石の小説(に限らない。俳句なども)には、当時の最新の科学の話題が頻繁に登場するが、寺田寅彦など漱石を取り巻くそれぞれに一家言を持つ人たちと分野を問わない、理系・文系という枠組みを超えた話題が飛び交ったのだろう。
 文学をやるのに科学の勉強をする必要が断固、必要というわけではないが、科学に関わる話題が会話にしろ地の文にしろ出てくる際に、頓珍漢な記述だと辟易してしまう。
 玄人(クロウト)はだしとはいかなくても、ペダンチックな小生くらいは感心させてくれないと困る。
 それは精神科学の領域でも同じなのだが。

 本書を読んでいて、『方丈記』が話題になっていたので、今日は教えられたことをメモしておく。文学プロパーの人ならば常識に類することかもしれないが、小生には目新しく感じられたし、そもそも小生、「無精庵方丈記」(他に「無精庵徒然草」や「無精庵万葉記」など)といったブログを持っている。
 なのに、「方丈記」に限らず古典に関わる話題をあまり採り上げていない、そんな忸怩たる思いもある…。

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2006/08/09

ドライミストより打ち水っ娘?!

 7日は営業の日だった。立秋。だが一番、暑い盛りでもある。
 立秋なのに、現実は暑い盛り。こうなったら、立秋ではなく、立腹という二十四節気を立てたくなる。
 と思ったら、今、外はザンザン降りの雨。台風が関東にも近づくかもしれない。

 さて、7日の暑さのせいで、日中はそこそこに忙しかったが、夜半を回ると、人影は見かけるが乗ってくれる方とは出会えない。
 夜中過ぎ、何処かの駅に車をつけて、ぼんやりラジオからの話に聞き入っていたら、「ドライミスト」の話題が小生の耳目を引いた。

「ドライミスト」って何。
 世事に疎い小生、既に世間では常識になっていることでも知らないことは多い。それに身近に尋ねる相手もいない。

 どうやら、愛知万博で広く認知された「涼」のシステムのよう。
能美防災/ドライミスト」がネット検索の上位に登場。
 冒頭に、「「愛知万博(愛・地球博)」では、暑さ対策の一環として導入された技術「ドライミスト」が活躍しています」とある。
 以下、ドライミストの原理と特長が説明されている。
 ラジオでも話があったが、「「ドライミスト」は、微細な水の粒で人工的な霧を発生させて、水が液体から気体に変わる際に周囲から熱を奪う気化熱を利用して周辺の気温を下げるシステムで」、以下の特長があるという:

 ・周辺の気温を2~3度下げることができます。
 ・温度を下げるためのエネルギー消費は、非常に少なく家庭用のエアコンの1/20です。
 ・極めて微細な粒子の水滴は、すぐに蒸発するため、人に触れてもほとんど濡れるという感触がありません。
 ・温度、湿度、風速などの各種センサにより、気象条件に応じて自動運転をしています。

 原理は当該の頁の説明を見て欲しい。

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2006/08/08

釣谷幸輝…モノトーンの海を泳ぐ

 日曜日、ちょっといいことがあった。例の片付け作業が工事の終了もあり、ひと段落付いて、やや気抜けしたこともあって、グッタリしていたら、田舎から小包が届いた。

 中身が凄い。いろいろ入っていたが、メインはメロン!

 電話での話によると、さる筋からのもらい物で、二つあって、そのうちの一個を送って寄越したという。
 誰と一緒に食べる相手もいないので一人で丸ごと一個を食べた。

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→ 都内某所にて。八日の未明。終夜の仕事も終わりに近づいている。久しぶりの朝焼け。つい、車中からデジカメを出して撮ってみた。よく見ると、何処か怪しげな雲が。案の定、しばらくして雨がポツポツと。昼は雨降りとなったが、夕方までには晴れて、今度は見事な夕焼けとなった。台風の来襲を告げる茜なのか。

 家ではメロンがまだ固いのではと心配していたが、冷蔵でない形で送ってきたこともあってか、届いたメロンを冷蔵庫で冷やしてから手に取ってみたら、やわらかい。
 実際、切っても包丁の刃がススーと入っていく。
 二つに切り分け、それを更にそれぞれ切り分け、四等分になったメロンを今度はそれぞれ三等分。
 全部で12個の小分けになったメロンを皿に盛る。
 無論、メロンの汁を一滴たりとも洩らさないため。
 そして、切り開いた中は、期待以上にジューシー!
 メロン特有の甘酸っぱい香りと食べる際の口当たり。
 12等分のメロンを一人で食べて腹が壊れなかったかって?
 最後の数切れとなったら、うんざりしなかったかって?
 
 とーんでもございません。
 お蔭でお腹の中がメロメロになったけど、ぜーんぶ、おーいしく戴きましたよ。 

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2006/08/07

鷺草は白鷺の翔ぶがごと

 今週末(といっても、既に先週末になってしまったが)は連休だったが、「アンテナ端子取替工事無事終了!」に書いたような次第で、その前の週から部屋の片付け・整理に追われ、なんとか日曜日の午後には落ち着きを取り戻したものの、草臥れ果ててしまって、久々に連句を巻こうかというささやかな思いも吹っ飛んでしまった。
 このブログは、「国見弥一の季語随筆読書創作日記」と銘打っているが、肝心の季語随筆からやや遠ざかり気味。
 連句を巻くという一念は潰え去ったものの、せめて句の世界に触れておきたい。

 すると、あるサイト(「俳句のある風景」)を覗いたら、「鷺草」の画像が載っていて、そこには、吾亦紅さんの「鷺草のいのちに触るる風のいろ」や「鷺草の飛ぶを夢見る月夜かな」などの句が載っている。
 ここにはあれこれ書かないが、思うところ感じるところがあっての句のようである。

 小生、よせばいいのに、「鷺草は、かつては各地に咲いていた…それが湿地の減少に伴い、今では絶滅危惧植物に。となると、白鷺のような白い花は、白鳥の歌を形で示しているのかも」と前置きし、「鷺草や風の色にも夢紡ぐ」といった句でコメント欄を濁してきた。

 たまたまなのか、それともそういう時季なのか、折々覗いては一服させてもらう「花の俳句」なるサイトでも、「俳句のある風景」にお邪魔する前の日だったが、「鷺草(サギソウ)なる記事と画像を読み齧ったばかりだった。
 ここには、「鷺草は宙舞うごとく鉢の上」という句が載っていた。土曜日は慌しく気疲れしていて、何も句を残すことはできなかった…。

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2006/08/06

アンテナ端子取替工事無事終了!

ジュール・ヴェルヌ著『月世界旅行』」の冒頭で愚痴っていた部屋の整理とテレビ端子交換の工事、つつがなく終わりました。
 前夜は真夜中過ぎまで片付け、あとは夜が明けてからだと、未明の四時過ぎに就寝。
 セットしてあった目覚ましタイムの八時半にゲットアップ。最後の難関(美術書やアルバムなどが満載の棚)を全精力を傾注して突破。一体、何年前に壊れたか分からないテレビもベランダへ放置(テレビの電気コードが棚の背後の狭いところで差されていて、どうにも動かすことができなかったのだ)。
 九時過ぎには、今度は、工事の方が来るのを余裕(と若干のイライラ)で待つ次第に。
 たいしたものだ。やいっち君、やればできるじゃないか、まだまだ捨てたもんじゃないぞ(って、誰がオイラを捨てるんだ?!)、自分で自分にお褒めの一言を賜ったのであった。
 待ちきれず、十時頃だったか、外に。すると、あと数部屋で我が部屋の順番のよう。
 小生は新聞をあるいはホーソーンの短編集を読みながら、お茶など啜りながら工事関係者の来訪を待つ。

 チンポーン…じゃない、ピンポーンと、待っていた音が鳴る。

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→ 昨夕、整理作業に疲れ、気分転換も兼ね、近くの図書館へ。すると、祭りの準備作業中だった。浴衣姿の人たちが一杯。あーあ、この中の誰か一人でも手伝ってくれたらなー、なんて思いつつ眺めていたとか??

 工事そのモノは呆気ないほど簡単に終わる。片付けたとはいっても、もう捨てようながない本やアルバム類を机の上、床の上に積み重ねているだけだが、その間を縫うようにして工事の人が部屋を進み、テレビのアンテナ端子の設置場所へ。
 小生、電気にも電気工事にもすこぶる弱い。が、好奇心はあるので、扇風機を工事の人の背中に向けて回しながら(手で回したのではなく、電気の力で扇風機が動いている。小生は扇風機が倒れ落ちないよう支えていただけだが)、工事の様子をじっと眺めていた。
 ひたすら感心、感心。

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ダ・ヴィンチ…万物は波動して伝わる

 最近、読んだ本、あるいは読んでいる本の中で天才ダ・ヴィンチの「光」の性質についての図抜けた独創的な考えを説明する記述に二度までも出会った。
 一度は、既に返却していて、その箇所を確認できないのだが、確か、サイモン・シン著『ビッグバン宇宙論 上・下』(青木 薫訳、新潮社)においてだった(ちょっと記憶が定かではない)。
 次に出会ったのは、今、読んでいる最中のアンドリュー・パーカー著『眼の誕生――カンブリア紀大進化の謎を解く』(渡辺 政隆/今西 康子訳、草思社)において、である。
 というわけで、せっかくなので、ダ・ヴィンチの光の性質についての考えをメモしておきたい。

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 ダン・ブラウン著の『ダ・ヴィンチ・コード  上・下』(越前 敏弥訳、角川書店)が売れに売れ、映画化されて一定の興行成績を上げているようでもある。
 映画は観ていないが、小説のほうは、まあ、そこそこ面白かった(図書館で予約してようやく借りるまでに半年!)。
 しかし、ミステリアスの度合いというと、ダ・ヴィンチ本人の比ではない。天才の秘密も、まだまだ数世紀をかけて探られ続けるのだろう。

 さて、これまた小生の生来の怠惰で観ていないのだが、「科学者レオナルド・ダ・ヴィンチにスポット」を当てたという「レオナルド・ダ・ヴィンチ展」が昨年の秋口、六本木ヒルズ森タワーの森アーツセンターギャラリーで開催されていた。
【レポート】レオナルド・ダ・ヴィンチ展 - 科学者レオナルド・ダ・ヴィンチにスポット (MYCOMジャーナル) 山田久美」がこの展覧会について、非常に参考になる。
 一通り、読むだけでも興味深い。やはり行っておくべきだったと後悔頻(しき)りである。

レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452~1519年)というと、「モナ・リザ」や「最後の晩餐」といった絵画が有名なため、偉大な芸術家といったイメージが強い。しかしながら、今回の展覧会は、日本初公開となるダ・ヴィンチ直筆の「レスター手稿」の展示を中心に据え、芸術家としての側面よりも、科学者としての側面にスポットを当てた内容となっている」など、以下の記述は読んでも興味深い。

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