« 2006年7月2日 - 2006年7月8日 | トップページ | 2006年7月16日 - 2006年7月22日 »

2006/07/15

読書拾遺……ハイラル通信

 過日、「香月泰男と<神農>」なる記事を書いたことがある。立花隆氏著の『シベリア鎮魂歌 香月泰男の世界』(文藝春秋)を読んでいて、豊富な画像もあって楽しめたし、本書に所収となっている1970年文芸春秋刊「私のシベリヤ」のテキスト(香月著となっていた)が実は立花隆氏の手になるもの(インタビューして立花隆氏が文章に仕立てた。二人でワインをがぶ飲みしつつ、胸襟を開いての談話だったとか)だったことを知ったり、香月泰男の世界に触れることが出来た。
 改めて、香月泰男の作品を自らの目で見たいものと思っている。
 elma さんの「「香月泰男のおもちゃ箱」新潮社刊より」なる記事が、「「香月泰男のおもちゃ箱」は、彼の別の面をみることができる。子どものように喜んで作っていたという作品に谷川俊太郎さんが詩をつけたものだ」ということで、参考になる。
 
Kaduki1

→ 拡大できる。

 どういうタイミングなのだろうか、小生は、立花隆氏著の『シベリア鎮魂歌 香月泰男の世界』を6月末に借り出してきて、7月1日に、「2005年07月の索引(香月泰男の世界)」と題した頁で初めて記事に仕立てたのだが、7月1日付の朝日新聞の「be on Sunday」という別刷りの中で、香月泰男が特集されていたことを一昨日、知った。
 小生は、別刷り版は取り分けておいて、後で纏めて読むのが習慣だが、他の書籍類に紛れて、二週間ほども経ってからようやく目にすることになったのだ。

 特集の題名は「戦地から360通の絵手紙 香月泰男と家族 ハイラル通信」(山口・三隅)である。一面には、香月泰男の愛した久原山を左奥に、朝もやの田植えが終わった頃の田園の中を三両編成の列車が行くという写真が大きく載っている。
 丙種合格し「31歳で召集令状を受けた香月泰男は、1943年4月から2年余り、旧満州のハイラルに軍隊の営繕係として駐屯した。その間、山口県で暮らす妻、婦美子さんと3人の幼子に、絵を描いた軍事郵便はがきを毎日のように出し続けた。」(別刷り記事より)。
 これがハイラル通信と呼ばれるもの。

続きを読む "読書拾遺……ハイラル通信 "

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2006/07/14

鶴見俊輔…戦争が遺したもの

 今更ながらなのだが、「思想の科学」を創刊したことなどで有名な鶴見俊輔氏に関心を抱いてしまった(以下、尊敬の意味を篭めて敬称は略させてもらいます)。
(以下、雑文となるので、「鶴見俊輔 - Wikipedia」で確かな知識やプロフィールを確かめてください。)
 名前は小生も知らないわけではない。が、そもそも「思想の科学」という言葉の組み合わせに最初から毛嫌い状態となってしまった。「思想」にも「科学」にも、まあ、捉えようによっては含むものも一様ではないし、要は篭める意味合いや使われる脈絡次第なのだが、「思想の科学」となると、そんなのあり? と、即座に拒否反応を起こしてしまった。
 多分、その雑誌は一冊も読んでいないだけではなく、そもそも興味本位にしろ、手に取ったことすらないに違いない。
 人によっては、「共同研究 転向」で彼を知る人もいるだろう。
 小生などは、アメリカのプラグマティズムの日本への紹介者として名前だけは知っていた。
 プラグマティズムという思想がが皮相な気がして、その紹介者である鶴見俊輔まで関心の対象外に追いやったわけでもない。

Turumi2

→ 小熊英二 著『〈民主〉と〈愛国〉』は大部な本。せめて、冒頭の第一部 第一章「モラルの焦土」だけは目を通してもらいたいと思う。

 そもそも、小生が哲学に興味を抱き始めたのは高校二年の夏前後の頃からだが、その最初の頃に読み浸った哲学者の本というと、ラッセルだった(「ラッセル『数理哲学入門』を読んだ頃」参照)。
 詳しいことは略すが、「ラッセルの『数理哲学入門』は私を直ちに虜にした。ペアノからフレーゲへのラッセルの論の運びは、数学的論理の厳しさと厳密さとで頭の芯が痺れるような明晰感を私に与えてくれた。その先、ラッセルは彼の階型理論へと論を進めていくのだが、その明晰・厳密な運びは、それまでに私が読んだどんな本にもない全く異質な世界を垣間見せてくれたの」だった。

続きを読む "鶴見俊輔…戦争が遺したもの "

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/07/13

結純子ひとり芝居 地面の底がぬけたんです

 まる二日にわたるココログメンテナンスがようやく終わったようだ。管理画面へもアクセスできる。
 この間も小生は、「無精庵越中節その他にて更新を続けていた。
 同じ記事をアップするのもあまり意味がないし、新規の記事の案内(とそれらの記事へのリンク)だけ示しておく。

2006_07110607100041

→ 7月10日の夜半過ぎ、あるいは丑三つ時に近かったろうか。久しぶりに月影を見たので、今のうちにと撮ってみた。やや朧だけれど、画像よりはっきりとしたお月さんだった。画像をクリックすると、ちょっとだけ大きくなる。

 待ちかねて焦がれし月も照れるのみ   (や)

 初めての観劇レポート「結純子ひとり芝居 地面の底がぬけたんです」については、「結純子ひとり芝居 地面の底がぬけたんです-無精庵越中節」にてアップ。
 結純子さんのひとり芝居は圧倒的な存在感があって迫力があった。
(今日ほどじゃなかったけど、昨日も蒸し暑かった。そんな中、届いたばかりの靴での初のお出かけなのだった。靴擦れすることもなかったし、履き心地はまずます。二度ほど、あちこちで爪先など踏まれたけどね。)

ハンセン病の周辺」は同じく「ハンセン病の周辺-無精庵越中節」にてアップ。
 この記事は、芝居を観るための地ならし的なもの。

蓮の花が咲く時、音がする?!」は、「蓮の花が咲く時、音がする?!-無精庵越中節」にてアップ。
 他に、「「第28回 薬王寺・柳町 七夕まつり」資料集」も気が向いたら御覧ください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/07/11

霧の都ロンドンと漱石と推理小説

 瀬戸川 猛資著の『夢想の研究―活字と映像の想像力』(創元ライブラリ)を読んでいたら、漱石と推理小説に付いての、興味深い記述があった。
 どうやらその関わりの淵源は漱石のロンドン留学の時期にありそう。
 なので、その周辺を探ってみることにした(時間がないので、かなり流し気味に書く)。

2006年の漱石」なる頁の冒頭に、「古いものを大事にするロンドンには、のちの漱石、夏目金之助が確実に投函しただろう郵便ポストが今も残っている。
 金之助は、 1900 年 9 月 8 日に横浜港を出発、パリを経て 10 月 28 日にロンドンに着き、 1902 年 12 月 5 日ロンドンを発って帰国の途についた。 1900 年代はじめの 2 年 1 ヶ月を、彼はイギリスで鬱々と過ごした。英文学者夏目金之助から、近代日本を代表する文豪夏目漱石に向かう契機となったのが、このイギリス留学だったことはよく知られている。」とある。
 漱石のロンドン留学のこの必ずしも長くはない時期は、ある意味、日本の文学(に限らないだろうが)に深甚なる影響を齎した時期であり、ロンドン体験は一つの文学的事件だったと言っても過言ではないだろう。
 こんなことを思い出したのは、今読んでいるサイモン・シン著の『ビッグバン宇宙論』で、ニュートンやアインシュタインの若き日の逸話、短期間の間で為した世界観・宇宙観の革命の時の心理状態の記述を読んでいたからだ。
 ニュートンもだろうが、アインシュタインも自分が極める思考実験の結果のあまりの非常識さに自分が異常な道に踏み込んでしまっているのではという苦しみが常に付き纏っていた。
 
 漱石が留学した時期は、「1901 年 1 月 22 日、イギリスのビクトリア女王は 81 歳で亡くなった。 1837 年 18 歳で即位したから、その統治は 64 年に及び、歴代のイギリス王のなかでもっとも長い。女王の時代は、産業革命で先行した大英帝国の繁栄の時代でもある

 この頁の記事を読むのは興味深い。同時に、ロンドン滞在の時の心境も含め、『私の個人主義』(講談社学術文庫版)などに漱石自身が書いている。

続きを読む "霧の都ロンドンと漱石と推理小説"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/07/10

「タクシー事情」あれこれ

 過日、「タクシー運転手の条件厳しく」という記事が新聞紙上に載っていた。
 ネット検索してみると、「タクシー運転手の条件厳しく…国交省が検討へ」という記事が未だ削除されないで残っていた。

 遅かれ早かれ削除されるのだろうから、個人的な関心事でもあるし、ここに転記しておく:

 タクシーによる交通事故が過去最悪の水準で推移していることを受け、交通政策審議会(国土交通相の諮問機関)の小委員会は20日、運転手になれる条件の厳格化などを提言する報告書をまとめた。現在は、第2種運転免許を持っていればタクシーの運転手になれるが、過去の交通事故歴などを要件に加え、問題のある運転手や事業者を排除するのが狙いで、国交省は来年度中の実施に向け、本格的な検討を始める。

 タクシー市場は、2002年、国による数量規制が撤廃、01年度に約20万8000台だったタクシー台数(個人タクシーを除く)は04年度には約21万9000台に増加。実際にはタクシー客は減っていることから「供給過剰」に陥り、この間、走行距離の総計は約0・3%増にとどまっている。にもかかわらず、タクシーが起こした人身事故は01年の約2万6000件から、03年には5%増の約2万7300件を記録、翌04年も同水準だった。

Ranking1

 同省では、この背景にはタクシー運転手の“質低下”もあるとみて、過去の一定期間内に重大事故を起こした人を運転手として雇用できなくすることなどを検討。違反した事業者も行政処分の対象とする。また雇用後に重大事故を起こした運転手の許可を取り消したり、一定期間乗務を禁止したりする考えだ。
          (2006年6月21日 読売新聞)


 タクシーによる交通事故が過去最悪の水準で推移しているのは、小生自身、ひしひしと感じるところである。
 ただ、「同省では、この背景にはタクシー運転手の“質低下”もあるとみて」というのは、素直には頷けない。当局は、もっと率直に規制緩和という名の、タクシー(バスも含めて)の台数の野放し的増加の結果だと認めるべきだろう。

続きを読む "「タクシー事情」あれこれ"

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2006/07/09

ココログメンテナンス実施のお知らせ

「データベースソフトおよびオペレーティングシステムのバージョンアップ」メンテナンスを7月11日(火)からの約2日間の予定で行われるとのことです。
 正確には、「7月11日(火)14:00~7月13日(木)14:00の約48時間」だって。
 まる、二日間!

「メンテナンス目的」は、「データベースソフトおよびオペレーティングシステムのバージョンアップを行うことで、ココログデータベースの大幅なレスポンス改善を図り、ご迷惑をおかけしているココログ管理画面の操作が重いなどの状況を解消することです。」だって。
 詳しくは、「ブログ:ココログ:トップ」の中の、「What's New」欄、「ココログメンテナンス日時決定(7/11 14:00-7/13 14:00)(07/ 7)」項を閲読願います。

Tanikawasanbun3

→ 昨日、サイモン・シン著の『ビッグバン宇宙論』と一緒に、谷川 俊太郎著の『散文 私は生きるのを好きだった』(講談社+α文庫) を借りてきた。しかし、この「α文庫」版はビーケーワンなどでは、「弊社では現在お取り扱いができません」となっている。画像は晶文社のもので、72年刊行当時のもの。来週は、車中でこれを読むのが楽しみ!

 本館でありなんでもありの「無精庵徒然草」、書評エッセイの洞窟である「無精庵万葉記」、創作の庵…掌編、俳句、川柳の東屋である「無精庵方丈記」の各サイトについては、この間も、閲覧は可能ですが、コメントやトラックバックは不可となるとか。
 ブログの責任者としては、まず、その間、新しい記事は書けないし、そもそも管理画面自体へのアクセスができなくなるのが辛い。
 上記の期間、閲覧して、コメントを書いてやろうかなと思っても撥ねられるようですが、別に拒否しているわけじゃないので、ご理解を。
 気が向いたら、ホームページの「掲示板」、あるいは「画像掲示板」にコメントを書き込むことも可能。

 尚、メンテナンスの間は、ミラーサイトのameblo版「無精庵徒然草」にて更新する予定でいます。
 あるいは、場合によっては、「富山とタクシーとサンバの館」である「無精庵越中節」か、「コラムの蔵屋敷」である「無精庵明月記」で更新するやもしれません。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

宇宙論の旅に終わりなし

時と空綾なす宇宙終わりなき

 七夕、天の川、天界のロマンというわけではないが、過日、予約していたサイモン・シン著の『ビッグバン宇宙論 (上)』『ビッグバン宇宙論 (下)』(青木 薫訳、新潮社)が上下巻揃って届いたという連絡が来た。
 予約した時には新刊本ということもあってか(6月下旬刊)、先約が何人か入っていて、しかも、当然ながら上巻のほうが多めの人数である。
 司書の方には下巻のほうが先に来るかもしれないとも言われていたっけ。
 小生は小説ではないのだし、それでも構わないと答えておいた。

4105393030011

→ サイモン・シン著『ビッグバン宇宙論 (上)

 予約したのは先週の半ば頃だから、予想外の早さだし、まして上下巻が共に揃ってなので、びっくりしたやら、嬉しいやら。
 七夕に織姫には出会えなかったけれど、七夕の嬉しいプレゼントだと思ったりして。
 これから読むのが楽しみである(他にも嬉しいことがあった。後日、書くかもしれない)。

 訳者は青木 薫氏である。小生は同氏の手になる訳本を何冊、読んできたことやら。
 また、著者のサイモン・シン氏は、世界最高のサイエンスライターとの定評を得ているインド系のイギリス人(インド人の世界への進出は近年、凄まじいものがある)。
 そのサイモン・シン氏の本は、『フェルマーの最終定理』や『暗号解読  ロゼッタストーンから量子暗号まで』共に同じく青木 薫氏の訳で既に楽しく読ませてもらったことがある。

続きを読む "宇宙論の旅に終わりなし"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2006年7月2日 - 2006年7月8日 | トップページ | 2006年7月16日 - 2006年7月22日 »