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2006/06/17

1000万円がお小遣い!

 小生は政治向きの話を書くのは気が進まない。気が重くなってしまう。
 でも、たまには一言。

 福井俊彦日銀総裁のファンド投資がいよいよキナ臭くなってきた
 村上ファンドの設立と経営に大きく関与していたのがオリックスの宮内義彦オーナーで、村上ファンドのアドバイザー(03年3月の総裁就任時にアドバイザーは辞任)になっていたのが日本銀行の福井俊彦総裁という図式。

 その村上ファンドがかのライブドアをも食い物にして莫大な利益を手中にしていたのは周知の事実(正確には、村上世彰容疑者(46)は、証券取引法違反(インサイダー取引)容疑で逮捕されている最中であくまで容疑者である)。
 村上ファンドの設立に当って、福井俊彦日銀総裁はポケットマネー(!)として1000万円を投資し、少ない年で数十万円(!)多い年は数百万円の運用益を上げていたという。
(「福井総裁が13日の参院財政金融委員会で行った説明によると、村上前代表と知り合ったのは、98年に富士通総研理事長に就任した直後。同総研が、通産省(現・経済産業省)にいた村上前代表からアドバイスを受けていた経緯があったという。
 福井総裁は、役所をやめ、ファンド設立に動いた当時の村上前代表を「日本のコーポレートガバナンス(企業統治)の改革のために先頭を切り開こうとしている」と評価。「激励のため」として、総研の有志が1000万円ずつ運用資金として拠出したと語った
」という。)

 一方、「証券取引法違反(インサイダー取引)容疑で逮捕された村上世彰容疑者(46)と、通産省(現経済産業省)に同期入省した官僚ら10人弱が「同期ファンド」として、村上容疑者率いる投資ファンド(村上ファンド)に計約1000万円を投資し、3年間で1-2割の運用益を上げていたことが、16日関係者の話で分かった。」という。

 小泉純一郎首相や安倍晋三官房長官らが福井総裁を擁護する発言をしており、政府・与党は問題視しない姿勢で臨んでいるように、現行の法律や日銀などの内規(「日本銀行員の心得」)からして問題はない。
 なんたって現役の経済産業省の役人も村上ファンドに堂々と投資していたくらいだし。
(小泉純一郎首相が教育基本法などの重要法案を抱えている中で、国会の会期を延長しないのは、福井総裁と村上ファンドとの不透明な関係、このことが齎す日銀の政策決定の上での支障などを国会で追及され、結果、重要法案は通りそうもない、通らないだけではなく痛くもない腹を探られるのが嫌だったからではないかと邪推したくなる。)

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2006/06/16

「灯ともし頃」と「逢魔が時」の間

 水曜日の営業中、仕事も峠を越えた頃合、そう夜半をとっくに回った頃、昔風な言い方をすると丑三つ時だろうか、何処かの公園の脇に車を止めて、坪内 稔典氏著『季語集』(岩波新書 新赤版)を読んでいたら、懐かしい言葉に出会った。
「灯ともし頃」である。最近、使っていないし、文章の中でも目にしていない。
 その刻限というのは、読んで字の如しで、紙燭(しそく )などで灯を灯してまわった、そんな灯ともし頃なのだろう。正確に決まった時間というより、そろそろ薄暗くなり灯りが必要な時間帯を示すのだと思われる。
 昔は、灯りというと貴重だから、実際に灯りを灯すのは一部の裕福な人に限られていたようだし、その場合でも相当程度に暗くならないと灯りなど使うはずもなかった。
 まあ、周りが暗かったようだから(きっと想像を絶して闇が深かったのだろう)、蝋燭一本でもあったら、その周辺はパッと明るくなったのに違いない。

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→ 某社の広告を見ていたら…。

 実際には、お寺さんじゃないのだから、何かの台か皿の上の蝋燭をそのまま部屋の片隅に置いたりするより、和紙か何かで蝋燭を覆い、風で吹き消されるのを防いでいたようだ。
 それでも風を巻き込んでしまうかもしれないし、もっと懸念されるのは、何かの拍子に倒れる灯りが倒れること、そして灯が周りに燃え移ることだったろう。
 とにかく、火の扱いには注意を払ったのだろう。

 ところで、「灯ともし頃」の正確な意味合いを調べようとネット検索していたら、「薄暮 ・灯ともし頃 ・黄昏 ・逢魔が時」は同類語だという記述を見つけた。
 小生はちょっと驚いた。「薄暮 ・灯ともし頃 ・黄昏」までは、なんとなく類語だってのは理解ができなくもない。「黄昏」を「たそがれ」と読み、「誰そ彼」という意味合いが含意されている、なんて学生時代に習ったような、もやっとした記憶がある。
 が、「逢魔が時」も黄昏や灯ともし頃と類語とは、小生、全く理解が及ばない。学生時代…高校時代に斯く習ったのかもしれないが、きれいさっぱり忘れてしまっている。

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2006/06/15

火曜日朝はセンターの講話

 「蝋燭…ランプ…電球…蛍光灯」の冒頭で書いたように、「日本のワールドカップ初戦対オーストラリア戦を見たいばかりに、(本来、月曜日の予定の)営業を日曜日に振り替えた」のだった。
 が、実は営業の日程を変えたのは、他にも狙いがあったからだった。
 一つは、火曜日の朝に会社で東京タクシーセンター(正式名称は「財団法人 東京タクシーセンター」で、われわれは日常、失礼ながらセンターと略称する)による巡回指導というか講話があるからだったのである。
 月曜日に営業があり、それが終わるのは火曜日の朝。つまり明けの日に、会社主宰による研修(講話)ではなく、今度はセンターによる講話があるというわけだ。
「読書拾遺:装幀家・菊地信義氏」(2006/05/29)の中でも愚痴めいたことを書いているが、明けの日の朝に仕事が終わった後、さらに必要なのは分かるとしても一時間から二時間の研修(講話)があるというのは、生活のリズムが狂うという意味で、実に辛いのだ。
 そこで、営業の日を月曜から日曜に変更し、火曜日は前夜、寝ておいて、朝、そこそこの睡眠時間を摂った上でわざわざそのためのみの出勤になるが、明けの講話(講習)を拝聴するため会社へ向うという形を採ったのである。

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→ 壁面に描かれるは悪戯なのか、はたまた芸術か?! 結構、お気に入り。

 センターによる講話は、本来は年に一回、センターのある江東区南砂までドライバーがそれぞれに拝聴しに赴かなければならないのだが、我が社は人数が多く、各営業所単位でも数十人という人数が揃うので(多分、そういう理由だろうと思う)、センターから担当官がわざわざ来てくれるわけである。
 そもそも東京タクシーセンターは本来、どんな業務を行っているかについては、「お客様のページ 業務紹介」「お客様のページ」などを参照のこと。

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2006/06/14

連句って和歌らない

 立花隆氏著の『天皇と東大 下 日本帝国の生と死』(文芸春秋)がすこぶる面白く、先週末、一気に読了した。
 本書を返却したら所定の書架に『天皇と東大 上   大日本帝国の生と死』があったので、迷うことなく借り出してきた。
 読了し返却した『天皇と東大 下』については、「今年も…ハッピーバースデー・ツーユー!」の中で若干、感想を書いているが、あまりに大部すぎて(上下巻合計で1450頁以上)、まとまった形での感想は書けないだろう。
 とにかく今は、『天皇と東大 上』だ。

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 実は、『天皇と東大 下』を読了したあとは、これまた大部(900頁)の小熊 英二著『〈民主〉と〈愛国〉―戦後日本のナショナリズムと公共性』(新曜社)を読み始めていたのだが、150頁ほど読んで中断し、『天皇と東大 上』に取り掛かってしまったのだ。
(『〈民主〉と〈愛国〉』については大部なので、是非、読んで欲しいとは勧めきれないが、せめて図書館などで冒頭の第一部 第一章「モラルの焦土」だけは目を通してもらいたい。30頁あまりなのだ。恐らく、その30頁ほどを読むと、本書が手放せなくなるに違いない…。)

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 ドラマが多く興味深い史実もたっぷり書き込まれ、小説を読む楽しさで読み進められる。小生は、戦前の日本の異常なナショナリズムとアジア各国で日本軍が犯した蛮行の愚かしさを高校から大学の頃の読書体験などで思い知らされた。
 図書館などで数知れない戦争当時の回想や記録の本を読んで、ひたすら泥沼のような空漠たる思いに陥っていった。
 そこにいる人の良さそうな小父さんであっても、いざ戦争となると人間の弱さというものなのか、卑屈さと野蛮さを剥きだしにして信じられない素行に走ってしまう。人間不信というわけではないが、その弱さが自分の中にも断固巣食っていることを感じ、哲学するにしても、その暗部に向き合わない皮相な言辞だけは避けたいと思った。
 軍国主義に狂奔してしまった日本。その元凶は何処にあるのか、何処で道を間違えたのか。再び愚を繰り返す恐れはないのか。教育基本法や憲法改正論議を仄聞すると、あるいは既に戻れない坂道を転がり始めているのではないかと懸念されてならない。

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 さて、寝床では大岡 信著の『おもひ草』(世界文化社)をちびりちびりと読み進めている。小生は彼の著作のファンなのである。

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2006/06/13

ロナウジーニョ…サンバ…リベルダージ!

蝋燭…ランプ…電球…蛍光灯」の冒頭で書いたように、「日本のワールドカップ初戦対オーストラリア戦を見たいばかりに、(本来、月曜日の予定の)営業を日曜日に振り替えた」…。
 にもかかわらず、負けちゃった。
 小生、目出度いときに、そう例えば敬愛する方の誕生日を一人で勝手に祝う時などに、好物の宅配ピザを注文し、Mサイズのそれをコカコーラと共に一気に食する。
 今日も、初戦の勝利を信じて前祝いとばかりに食べていた。食べている真っ最中に中村選手が先取点をゲット。思わず口に入っているピザを忘れて歓声を上げそうになった。手にはピザを持っていたので、拍手も出来ず。

 ああ、それなのに負けちゃった。それも後半終了間際に一気に3点、立て続けに入れられてしまうという悪い形で。
 ピザも勝利の前祝いのはずが、ただの自棄食いになっちまったい!

 ま、選手らには気持ちを切り替えてもらって、次の試合での勝利を目指してもらうしかない。

 日曜日には営業はめったにない。なので、ラジオの番組も何処へ入れたらいいか、決まっておらず、次々にチャンネルを変え、FMとAMを切り替え、局や番組を彷徨っていた。
 何処の局(番組)で聴いたのか忘れたが、たまたま、「ロンドンのコヴェント・ガーデンにある王立歌劇場を本拠地とするロイヤルバレエ団」に籍のある(籍を置いたことがある)、バレリーナの「吉田都 - Wikipedia」さんの、日本でのバレー公演環境の厳しさといった話(「吉田都 公式Webサイト」)なども聴けた。

 そんな中、日曜日の夕方を車中で迎えたなら必ず聞こうと思っている番組がある。
 それは、「J-WAVE WEBSITE NOEVIR SAUDE! SAUDADE...」である。

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2006/06/12

蝋燭…ランプ…電球…蛍光灯

 小生、本来は月曜日、つまり今日が営業の日なのだが、日本のワールドカップ初戦対オーストラリア戦を見たいばかりに、営業を日曜日に振り替えた。問題はまともに映るテレビ(モニター)を所有していないこと。何処かへ観戦に出かけるしかないか。
 それにしても、昨日の雨の日曜日はこれでもかというほど、日中は忙しかった。息つく暇がないほど。トイレにしても食事にしても、隙を見て人影のない場所を見つけて隠れるようにして逃げ込まなければならない。
 よし、このお客さんを下ろしたら、トイレだ、食事だと思っていても、下ろして数十メートルも行くと、次のお客さんが手を上げている。あああ、やっぱり回送表示に切り替えておけばよかった…。

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→ 蓮華草さんに戴いた紫陽花の画像です。「水無月の手紙」を読んでね。

 降る雨は我が心からと紫陽花の

 でも、嬉しい悲鳴である。めったにない繁忙の状態なのだ。食事も、コンビニで買ったおにぎり2個を路肩に車を止めて5分ほどで済ませ、前日、スーパーで買っておいた草もち3個パックで空腹を誤魔化す…。
 日曜日に45回の営業回数。プロなら分かるだろうが、結構な回数なのである(今年最高は50回)。

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← 会場の前を二度三度…。

 これでも、夜中などにしっかり寝込んだからこの回数に留まっているわけで、体力があったら、楽に50回以上の営業回数を記録できていたろう。
(俵萌子さんのがん患者会「1,2の3で温泉に入る会」で披露される劇団「温泉座」の本番があるという「女性と仕事の未来館」の前を二度か三度ほど通ったが、ああ、ここにネット上の知り合いの方がいるんだなと思うのみ。)

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2006/06/11

「没後30年 高島野十郎展」始まった!

没後30年 高島野十郎展」が三鷹市美術ギャラリーにて始まった。
 首を長くしてこの日を待っておられた方も、小生のブログを覗かれる方の中に結構、いるのではと(アクセス解析などのデータからも)推察される。
 小生はこれまで高島野十郎関連の記事を二つほど書いてきた(末尾を参照)。
 さらに、高島野十郎というより、蝋燭の焔に焦点を合わせるというやや変則的な形ながら、「バシュラール…物質的想像力の魔」(2006/06/07)の中でも扱っている。同時にこの記事では、高島野十郎の伝記本である多田茂治著の『野十郎の炎』(葦書房)を読了した、ひいては近日、本書の感想文を書くと予告(?)している。

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 こうまでしている小生のことだから、きっと「没後30年 高島野十郎展」の開幕の日に展覧会に足を運んだろうと思う人がいるやもしれない。
 さにあらず。小生の腰の重さは、並大抵のものではないのだ。体調が思わしくないこともあって(前日の金曜日はサッカーを見ながらロッキングチェアーで夜明かししてしまった。そのせいもあるのかどうか)、動く気になれない。
 まあ、実のところ、立花隆氏著の『天皇と東大 (下)』(文芸春秋)が面白くて手放せず、金曜日から土曜日の夕方近くにかけて残りの三百頁ほどを一気に読みきったのである(本書については、あまりに中身が濃く情報も膨大なので、逆に「今年も…ハッピーバースデー・ツーユー!」でメモ書きするに留めざるを得なかった。とにかく面白く、小説を読むように読み進められるので、一読を、と思う)。
 その余勢を駆って、小熊英二氏著の『〈民主〉と〈愛国〉 ――戦後日本のナショナリズムと公共性』(新曜社)を読み始めた(『天皇と東大 (上)』がいつ借りられるか見通しが立たないこともあるし)。これがまたすこぶる面白い!
 
 幸い、土曜日の夜半近く、「美術散歩-ルネサンスから抽象絵画まで」のとらさんから、コメントとTBを賜った。
 そのコメントが凄い。「この展覧会の初日に行ってきました。そこで偶然に「野十郎の炎」の著者多田茂治氏にお会いしました」というのだ!
 展覧会のレポートはとらさんのブログ「Art & Bell by Tora 没後30年 高島野十郎展」や、ホームページである「美術散歩」の中の「美術館散歩06-2 没後30年 高島野十郎展:三鷹市美術ギャラリー」などにて読める。
 いつ行くか分からない、行っても碌なレポートの書けない小生より余程、紹介し甲斐がある!
 また、『野十郎の炎』の新装版が展覧会の場で売られていたとか。

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