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2006/06/10

一喜会…患者を生きる

天にいたる波も一滴の露より成れリ:「一喜会」安岡佑莉子さんのこと。」を読んでいて、その流れで「天にいたる波も一滴の露より成れリ:温泉座のお稽古であった。」を読んでいったら、朝日新聞に高知のがん患者会「一喜会」のことが連載中とあり、「高知がん患者会「一喜会」へようこそ」へのリンクアドレスが示されていた。
 早速、飛んであちこち読むと、「一喜会」なるブログがあり、その中の「一喜会_ 患者を生きる①」から「一喜会_ 患者を生きる⑤」が当該の記事。
 予定では、朝日新聞で連載されている「患者を生きる 母娘で闘う」は6回だとのことだから、「患者を生きる⑥」も早晩、載るはず。
 小生、余儀ない事情で新聞は取っていないので、こうしてブログを読むことで遅まきながら気づいた次第だ。

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今年も…ハッピーバースデー・ツーユー!

 大急ぎで説明しておくが、「ハッピーバースデー・ツーユー!」は、日本語で言うと、「梅雨入り宣言!」です。今年も梅雨(ツーユー)に入った(ハッピーバースデー)日を迎えた(東京など関東は9日)という意味に過ぎません。
 昨年、「ハッピーバースデー・ツーユー!」なる記事を書いたとき、「弥一さん、お誕生日でしょうか?それならおめでとうございます」なんてメッセージを戴いてしまい、恐縮してしまったので、敢えて断り書きを冒頭に書いておく次第である。
 とはいっても、昨年の記事にしても、冒頭のっけに「とうとう梅雨入りである。今年も景気良く、ハッピーバースデー・ツーユー(梅雨=つゆ)と叫んでおく(声に出さないで)」と明記してあったのだけど。
 ま、梅雨入り宣言が出たら、ハッピーバースデー・ツーユー!って歌うのが小生のここ数年の習いだと思ってくれたらそれでいい…。

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 とはいっても、気象にも弱い小生の勝手な印象からしたら、先月のうちに既に梅雨入りしていたのじゃないかという気がする。それほど、先月は雨降りの日、曇天の日が多かったのだ。
 なんてことを思うのは、梅雨入り宣言した翌日の今日の天気が晴れ! だからなのか。

 雨(梅雨)を巡っては、過去、結構、駄文を綴ってきた:
雨の目蛇の目/梅雨入りに傘のことなど
梅雨のあれこれ(睡蓮編)
「雨音はショパンの調べ」あれこれ(付:訂正と追記)」(但し、これは秋の長雨の時季を迎えてのもの)

掌 編 作 品 集」の目次を眺めてもらえば分かるが、題名に「雨」の文字が使われている掌編が相当数ある。使われていなくても、「銀箭(ぎんぜん)」など、もろ、雨が狂言回しの役割を担っている。
 ちなみに、ネタバラシになってしまうが、「銀箭(ぎんぜん)」とは、激しい雨脚の夕立のことを意味する…。

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「石原裕次郎と啄木と」追記など

 別記の形で示す小文「石原裕次郎と啄木と」(公表当時のまま)は、小生が五年前に書いた記事である。
 その中で、故・石原裕次郎氏が歌ってヒットした『錆びたナイフ』(萩原四朗 作詞/上原賢六 作曲)の歌詞が石川啄木のある歌の一節に似ているとだけ指摘して終わっている。これでは、下手すると、故・萩原四朗氏が盗作・盗用したかのような印象を読まれる方に与えてしまう。
 その歌も、小生、表記が正確ではない形で引用している。正しくは、「東海の小島の磯の白砂にわれ泣きぬれて蟹とたはむる」である。
 この短歌と萩原四朗氏作詩の『錆びたナイフ』の歌詞とが似ている…。

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→ 路上で美女発見! 目の保養?!
 
 この記事は、ラジオで裕次郎特集を聴く機会があり、その際、「ヒット曲の『錆びたナイフ』が啄木の…云々」という説明を聞いているのだが、その肝心の部分を仕事中ということもあり、聞き逃しているのだ。
 ネット検索で情報を求めたが、当時(五年前)は、うまく必要な情報源を発見することができなかった。この追記を書くに当っても検索してみたが、萩原四朗氏自身を扱ったサイトも頁もない(見つからない)。生没年さえ(あるいは今も健在なのかすら)分からないのだ!

 すると、その間違い乃至は不十分な記述は早く訂正しておけとばかりに(?)、昨夜、車中でラジオより、関連の話をラジオのアンカーの方から聴くことができた。
 要点を纏めると、主に以下の数点:
 萩原四朗氏は若い頃より石川啄木に傾倒しており、この『錆びたナイフ』も、啄木に影響されての作詞なのは、意図的なものだった。
 また、啄木の短歌では「いたく錆びしピストル出でぬ砂山の砂を指もて掘りてありしに」が、「砂山の砂を 指で掘ってたらまっ赤に錆びたジャックナイフが 出て来たよ」となっているのも、ピストルでは歌詞になりにくいということで、ジャックナイフに変更した。
 啄木から本歌取りしたことを明白にするため、小島の磯などの言葉をそのまま使っている。

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2006/06/09

世界を見る「めがね」

何日君再来…おおたか静流」の末尾に坪内 稔典著『季語集』(岩波新書 新赤版)からの知見として、「日本は嘗ては二季の国だった。それが中国文化の流入の中のひとつとして四季がやってきて、それ以来、四季を自覚するようになった」云々と書いてあったとメモっている。
 当該箇所は長くもないので(前後の脈絡が途切れるが)本書から転記しておく:

 ところで、日本には四季がある、という言い方がしばしばされる。それはその通りなのだが、でも、日本の自然に初めから四季があったわけではない。民俗学的な考え方では、四季の前に二季があったとされている。正月から盆、盆から正月までの二季であり、農業はこの二季を骨格としてきた。四季は大陸から入ってきた新しい区切りであり、『万葉集』などにその区切りが現れるが、広く普及するのは『古今和歌集』や『源氏物語』などを通してである。特に一〇世紀の当初に成立した『古今和歌集』は歌を四季に分けており、その四季観は現代に至るまで、もっとも基礎的なものとして存在する。俳句の歳時記を開くと、たとえば、時鳥(ほととぎす)が夏を告げる鳥になっているが、それはまさに『古今和歌集』以来の伝統なのだ。
 要するに、四季という区切りが登場したことで、日本列島に春夏秋冬という四季が現れたのだ。四季とは一つのめがねのようなものだ。このめがねをかけると自然界が四季に区切られるのである。

 本書『季語集』でも『枕草子』が参照されている。その冒頭に「春は曙。やうやう白くなりゆく。山際(やまぎわ)少しあかりて紫だちたる。雲の細く棚引きたる」とある。
 ネットでは、「たのしい万葉集」という小生が折々覗かせてもらっているサイトが、「万葉の四季 」というテーマを(も)設けてくれている。

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2006/06/08

何日君再来…おおたか静流

 体調が思わしくないので、ネット上をぶらぶら。
 まず、「徒然なるままに:南国風味」でオヤッ。
 素敵な画像と気の利いた短い文章との絶妙のバランスがいい。来訪者が多いのも納得。
 見られるように、奇妙な画像が載っている。ブラシのような。
 本文には「たわし」とある。コメントを読むと、どうやら「ブラシの木」のようだ。
 解説を読むと、「蒲桃(ふともも)科」とあって、また、愉快。
「オーストラリア原産」のこの樹木は、まさに、「花が、ビン洗いのブラシにそっくり♪」
 だから、ブラシの木。そのまんまだ!

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 そういえば、以前、紹介したことのある「エノコロ」や「キンエノコロ」も、見るとホッとする植物だ。
 ちょっと、「野原のことなど」なる頁を覗いてみて(絵の説明などが載っています)。ある人の手になるキンエノコロの素敵な画が載っている!

 そうそう、拙稿の「桑の実を小籠に摘んだはまぼろしか」に寄せてくれたコメントの中に、「苗代苺も畦道や雑木林の下に生えているのを見つけてはよく食べました。同じような木苺類で、明るいオレンジ色のものもありましたっけ。名前は良く知りませんが、オレンジのの方が甘かったことは良く覚えています」というものがあった(太字は小生の手になる)。
 オレンジ色…。
 当初、「桑の実を小籠に摘んだはまぼろしか」の中で参照した、「武蔵野だより 桑苺(桑の実)」なる頁に載っている「桑苺(桑の実)」の中の各種ある色の実を勘違いしているのかと思ったが、文意からしてちょっと無理がある。
 分からないのだが、ネット検索してみたところ、「カジイチゴ」なのかなと思ったり:
カジイチゴ写真-1
カジイチゴ
 後者には、「花は3月から5月にかけて咲き、果実は5月から6月にかけて橙色に熟す。昔はよく食べたものであるが、最近は少なくなった。」といった説明が載っている。

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2006/06/07

バシュラール…物質的想像力の魔

 このところ、高島野十郎について、それもその周辺についてあれこれ書く機会を持ってきた。その切っ掛けに付いては「土屋輝雄・久世光彦・高島野十郎…」に書いている。
 要は、上掲の記事を書いた何日か前に久世光彦氏逝去されたこともあり、同氏の『怖い絵』(文藝春秋刊。文春文庫所収)を借り出してきたのが最初の契機だった。その本の中の一章で高島野十郎の蝋燭画を巡る形で久世氏の思い出が綴られており、さらに『怖い絵』の表紙にも当該の高島野十郎の蝋燭画が使われていたのだった。

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 ついで、「もうすぐ「没後30年 高島野十郎展」」の中で若干のことを書いた。この記事は、同名のタイトルの展覧会が六月に開催されるという記事が朝日新聞に載っていたことが引き金になって書いたもの。
 そうはいっても、図録はともかく、また、実物も見ていないのは仕方がないとして、高島野十郎の伝記本である多田茂治著の『野十郎の炎』(葦書房)さえ、読んでいなかった。
 幸い、図書館で借り出すことができ、既に読み終えた。いろいろな発見があった(例えば、当然ながら他にも傑作があるとか、多くの交友関係の事実など。蝋燭画の野十郎というのは、ある面からはその決め付けてきなキャッチコピーも妥当じゃないとは言えないとしても、野十郎の多彩な世界を狭くしてしまっているという感想を抱いたことが最大の収穫)。
 本書『野十郎の炎』については、後日、新ためて触れる機会を設ける。
 ここでは、ちょっとだけ、バシュラールの周辺を巡っておく。高島野十郎の蝋燭画ということで、小生、自身が書き綴ってきた、「蝋燭の焔」を着想と想像の発火点とした、一連の「蝋燭の焔」文シリーズ(?)を書いてきた。そしてそれらの文からの断片集である「蝋燭の焔に浮かぶもの」を季語随筆でも書いている。

 言うまでもなく、これらの「蝋燭の焔」文シリーズ(?)の遠い原点には、学生時代に読んだガストン・バシュラール著の『蝋燭の焔』(渋沢 孝輔訳、現代思潮新社)がある。
 ただし、脳裏の中に印象として残ったバシュラール(の蝋燭の焔)であり、一方において、昨年、ジョルジュ・ド・ラトゥール展も催されたラトゥール「ふたつの炎のあるマグダラのマリア」や「蚤をとる女」、あるいは「書物のあるマグダラのマリア」や「聖ヨセフの夢(聖ヨセフの前に現われる天使)」などの画が想像力の源泉でもあった。
 但し、後者のラトゥールの一連の蝋燭画も、あくまで小生の脳裏に反響してやまないイメージと印象としての源泉なのだが。

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2006/06/06

桑の実を小籠に摘んだはまぼろしか

 過日、あるサイトを覗いたら「苺」の画像と句が載っていた。
 そんな時期なのか…。
 ふと、もう十数年も昔、それとももっと前のことを思い出した。
 居間でゴロンとしていたら、お袋が台所の戸を開け、居間を覗いた。見ると、お袋の手には小さな苺が。
 聞くと、家の畑で採れたものだという。朝食や昼食の際、食卓を賑わすのが畑で取れたばかりの野菜たち。ジャガイモ、ナス、キュウリ、タマネギ、ネギ…。そういえばトウモロコシも。
 でも、小生にとって苺は初めてだった。
 そして意外でもあった。
 なんとなく、苺は農家がちゃんと育てないと生らないものという思い込みがあったのだ。
 小生は18で田舎を出た。
 といっても、別に家出をしたわけじゃなく、大学が郷里の家とはずっと遠い地にあり、冬休みや夏休み、春休みに帰るだけ。
 苺が生る五月末や六月は、高校生以来、過ごしたことがなかったのだ。
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 が、社会人になって、順番に交代で休みを取ることもあって、何かの折、六月に入ったばかりの頃に帰省していたのだった。
 我が家で苺が採れる!
 小生にとっては、大袈裟かもしれないが、カルチャーショックのような感動があった。
 まあ、それだけ、田舎の風物を普段は見過ごしてきたということ、田舎の手伝いの類いはサボってきたということなのだが。
 自宅の庭で採れた苺。小さな苺だった。でも、食べることができる!
 甘酸っぱいというより、酸っぱかった。でも、美味しかった。
 が、その時から、今まで六月には帰省していない。なので、その後も苺が採れているのか、実は知らない。採れた苺を食べた際に、昔から我が家で苺が採れていたのか、などといった少しは気の利いた質問をしたかどうかも覚えていない。

 今、こうして書いていて、おぼろげながら、少し思い出してきた。
 そうだ、苺を田舎の家で見たのは、ある手術をするため、東京にある会社から長期での有休を貰い、入院の準備のため、一時的に帰宅していたのだ。
 というのも、実際の入院や手術は京都にある病院で行うことに決まっていたのだ。
 多分、一日か二日のちょっとした帰省の時に苺を見たのだ。それが93年の六月のことだったのである。

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2006/06/05

はじまりはダ・ヴィンチから

 布施 英利著の『はじまりはダ・ヴィンチから―50人の美術家を解剖する』(エクスナレッジ)を読了した。
 車中で読むに相応しい本ということで、選んだ本。著者が解剖学者だということもあるし、今、何かと話題になっているダ・ヴィンチという名前が題名に入っていることもあって、気になり、手に取ってしまった。
 内容は、「美術へのアプローチは、人から。50人の美術家がつくった世界を鑑賞しよう。絵画から、建築、ファッション、アニメ、フィギュア、消しゴム版画まで、美術を解剖する方法、おしえます。『エクスナレッジ・ホーム』等掲載」といったもの。
 布施 英利氏は、東大医学部助手(解剖学)をしていたこともあり、養老孟司氏に、さらには小生の読み浸った三木成夫氏に直接学んだこともあるという、小生の羨望の的となっている人でもある。

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 来年で没後二十年となり、ますます声名のあがっている三木成夫氏について、そして小生の敬愛する養老孟司については、以前、あれこれ書いたことがある:
無精庵万葉記 西原克成著『内臓が生みだす心』
無精庵万葉記 養老孟司著『毒にも薬にもなる話』余談
 養老孟司氏の著書では、小生が読んだ限りでは、『身体の文学史』(新潮文庫)が秀逸。
 三木成夫氏の著書では、『胎児の世界』(中公新書)が(一定の留保はありつつも)秀逸。

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 迂闊だったのは、布施 英利氏は、東京藝術大学の大学院(美術解剖学)を修了された経歴も持っていることはともかく、レオナルド・ダ・ヴィンチの研究をしていたことを知らなかったこと。
 布施 英利氏の著書の題名、あるいは目次の中に(当然、本文にも)やけにダ・ヴィンチが登場するな…と漠然と思っていたのだが、ダ・ヴィンチというと手記に人体の解剖図があるし、解剖学と無縁じゃないからかなと思う程度だった。
 そうした面もあるのだろうが(美術解剖学!)、彫刻に自ら手を染めていたなど、美術そのモノへの傾倒もあってのことだと、今更ながらに再認識している。
 美術研究と解剖学と。西欧は古くから美術(絵画や彫刻)というと、人物画の場合は特に人体の解剖や骨格の研究が前提であり常識でもあった。ルネサンス期のイタリア…、その前にギリシャ!

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2006/06/04

kiss me, girl, and your old one

 ネット上の記事をたまにでも読まれる方は、既にご存知だろう。こんなニュースが載っていた:
Yahoo!ニュース - 産経新聞 - 「君が代」替え歌流布 ネット上「慰安婦」主題?
 ニュースソースは、「(産経新聞) - 5月29日3時16分更新」である。
 ということは、産経新聞を採っている方は、読まれ話題になっていたのかも。

 あるいは読み逃した産経新聞購読者のためにも、あるいは他の新聞を読まれる方のためにも、さらには「君が代」の周辺で起きている事象に関心のある方のためにも、一部、転記させてもらう。
 冒頭に、「卒業式、入学式での国歌斉唱が浸透するなか、「君が代」の替え歌がインターネット上などで流布されている。「従軍慰安婦」や「戦後補償裁判」などをモチーフにした内容だが、本来の歌詞とそっくり同じ発音に聞こえる英語の歌詞になっているのが特徴で、はた目には正しく歌っているかどうか見分けがつきにくい。既に国旗掲揚や国歌斉唱に反対するグループの間で、新手のサボタージュの手段として広がっているようだ。」とある(太字は小生の手になる)。
「卒業式、入学式での国歌斉唱が浸透するなか」と、さも確定した論じるまでもない事実であるかのように、断定調で始めるところが、さすが、産経新聞だ。

 浸透している?! 少なくとも東京に関しては立っての斉唱が強制されているってのが現実ではないか。
 歴史を遡ると、国旗にも今の国歌にも、血塗られた悲惨な過去がダブって見える、というのが小生の正直な感覚だ。せめて深甚な反省があったらと思うが、自国では正面からの反省はなく、 極東国際軍事裁判(東京裁判)で裁かれ、サンフランシスコ講和条約で決着させる形という中途半端なものに留まっている。
 極東国際軍事裁判に異議があるというのなら(小生もある。アメリカ軍による原爆投下など、徹底して指弾すべきだし、東京大空襲などに見られるように、民間人を無差別に虐殺した行為は日本へどころか、人類への犯罪ではなかろうか)、自分たちの手で15年戦争の歴史を掘り返し見直すかというと、そんなことは素知らぬ顔の人が多い。国会の権限を以て、過去の資料を国などから提出させ、徹底した討議を行ってみたらどうだろう。
 新聞社など、そういったキャンペーンを張ってみたらどうなのか。

 話を元に戻す。

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