花筏…紅筏などいかがかと
昨夜、仕事中(暇の徒然に)ラジオに耳を傾けていたら、「花筏(はないかだ)」という言葉を聴いた。久しぶり。
「花筏(はないかだ)」という花がある。「葉の中央につく花を、筏に人が乗った姿に見立てたネーミング」だという。清楚な雰囲気の漂う、ともすると見過ごされそうな花。
「花筏(はないかだ)」という言葉には別の意味がある。「桜の花が散って花びらが水に帯状に浮かんで流れるさまを「筏」に見立てていうことばでもあ」り、夕べの話に出てきたのも、後者の意味で紹介され使われていた。
← 都内、芝公園にて。黄色い絨毯。日溜まりだと暖かそう!
一応は仕事中(走行中)ということもあり、話の内容の大半(ほぼ全て)は忘れてしまった。ただ、話者は、紅葉疲れし風に吹き千切られ川面に浮んび流れるさまを、「桜の花が散って花びらが水に帯状に浮かんで流れるさま」から連想し援用する形で、この言葉を口にされていたようだった。
昨日から車中では、中勘助著の『銀の匙』を読み始めた(『ちくま日本文学全集29 中 勘助』(筑摩書房)所収)。さすがだと思う。最初の一節から彼の世界へ引き込まれていく。何気ない表現が続く。大袈裟な表現など皆無。ひたすら淡々と思い出の中の光景が綴られていく。その繊細でひたすら懐かしさの念の募る光景。
中勘助の文章に触れていて、花筏という言葉を久しぶりに耳にしたことと併せ、なんとなく感懐深い夜となった。
落ち葉は、都会にあっては風に舞い路上に吹き散り、やがて吹き溜まっていく。
が、大概は、路傍に溜まる前に掃き寄せられ、ビニール袋に詰められ、何処かへ運ばれていく。場合によっては堆肥にされることもあるようだが、公園の木々の根元に吹き溜まる落ち葉たちでさえ、敷き詰められることもなく、いつしか処理されていく。
それどころか、掃除する手間を省くためであり、また、落ち葉が路上に舞い、あるいは道路上を舞い踊って、それが車などの走行の障害になるのを避けるためなのだろう、葉っぱが紅葉し尽くす前に、枝葉が切り落とされていく。
黄色に赤に染まった葉が散って裸木になるのは風情があるが、小枝などが切り払われた裸木は、腕の先、指の先をバッサリ、断ち切られたようで、その切り口の白々した生々しさは見るだに痛々しい。
致し方ないことではあろうけれど。

→ 『ちくま日本文学全集29 中 勘助』(筑摩書房)
そう、車、特にオートバイで道路を走りぬける際には、路肩に溜まっている落ち葉は危険である。枯れ葉とはいえ、タイヤに踏まれると、僅かながらにも樹脂なのか樹液の名残なのか、脂のようなものが染み出ている。
まして、雨などに枯れ葉が濡れると、最悪である。
泥濘(ぬかるみ)の上を走るような、上滑りする感覚が一瞬、過(よ)ぎって背筋を凍らせる。
それは、雨の日のマンホールの上を走るにも似た恐怖でもある(「マンホールとオートバイと」参照)。
ついでながら、「花筏(はないかだ)」に似た言葉に、「花筵(はなむしろ)」があることを書き添えておく。
「桜が舞い散ると、その下の地面が花びらで埋め尽されてしまいます。その厚く散り敷いた花片の上に坐ること、あるいは花見時に使用する敷物のとも言われ」るが、小生も、「個人的には桜の花で作られた筵」だと理解している(「閑話抄」参照)。
余談だが、家紋の名称や古典落語にも『花筏』があるそうだ(「ようこそ花筏部屋へ」)。
← 三田綱坂(みたつなざか)を上る途中、後ろから車が来ないのを確かめ、ちょっと停車してパチリ!
さて、唐突に「花筏(はないかだ)」の話を持ち出したのは、夕べ、その話を聞いたからなのだが、同時に、では、落ち葉が風に舞って、川面ならばいかにも筏のように、公園などの広場であれば筵(むしろ)のようになっている状態をどう呼称するのか、疑問に思い、ふと、「紅筏(べにいかだ)」(乃至は「紅莚(べにむしろ)」)はどうだろう、と思いついたからである。
無論、花筏(花筵)が桜の花びらの色、淡いピンクだとしたら、落ち葉は黄色い葉もあるし紅葉した葉もあるが、紅葉という言葉、そして印象の上で「紅」を優先させて、「紅筏(莚)」と呼称してみるわけである。
そうはいっても、紅葉し涸れた落ち葉が散り敷かれた一面の原(川面か公園かは別にして)を表現する言葉が既にあるに違いないとも思われる。
ま、暇の徒然に、ふと思い浮かんだ言葉に過ぎない。きっと、すぐに冬の風に吹き飛ばされていくのだろうね。
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コメント
銀の匙…読んでみたくなりました。
時間は今も有りませんが、時間は自分で作らないとストレスに振り回される毎日です。
裏日本、聞いたことあるなあ。
中国地方は『山陰』ていうのが有るよ。 私の住んでるほうは『山陽』です。
ここは色々勉強になるのよ。 ありがたい!
投稿: ヨッピ | 2006/12/18 00:04
ヨッピさん、大変な中、来訪、コメント、ありがとう。
感激です。
表紙の写真、見ましたよ!
「銀の匙」、車中で読むつもりだったけど、今夜からは案の定、自宅で(寝る前に)読むつもり! 車に乗るまで我慢できない!
中勘助は病弱で、伯母のお蔭で育ったような人。子供の頃は虐められっ子だったのです。
ある意味、今の時代の子に(親にも)読んでもらいたいような。
裏日本、一昔前は貶めるイメージが篭められていた。
今は、そんなことも知らない人が多くなっているようで、どうして「裏日本」って言葉(表現)に難があるのか分からないようです。
山陰、山陽もそうですね。古代の一時期は、明らかに山陰地方(出雲)がクニの中心だったのにね。
ま、新たに勃興する(成り上がる?)勢力は、それまで勢力をもっていた部族や地域を貶めるために、そういった呼び方をしたのでしょうね。
投稿: やいっち | 2006/12/18 02:22