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2006/12/25

蕪村忌や語る人なき苫(とま)のあり

 本日のテーマは、「蕪村忌」です。
[書いている最中、ジェームス・ブラウンさん逝去の報が入りました。ご冥福をお祈り申し上げます(ジェームス・ブラウンさんに直接関係するエッセイではないのですが、旧稿に「ゲロッパといえば」があります。(当日追記)]

今日は何の日~毎日が記念日~」で「12月25日」の頁を開いてみる。
 なんと今日はクリスマスである!
 って、誰でも知ってるか。

 浮き世離れしているから、改めてクリスマスの文字を見るとびっくりしてしまう。
 小生には無縁な「イエス・キリストの降誕の日」であるが、これまでクリスマスについて殊更、テーマとして俎上に載せたことは無い。
 敢えて(それも相当無理して)挙げるなら、「サンタさん担ぐ荷物は本がいい?!」にて、サンタさんらしき謎の闖入者の画像を載せたことがあるくらいか。

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→ お疲れ様。あとはゆっくり休んでね……。って、一体、塒(ねぐら)は何処にあるの?

 あとは、これまた無理を承知で挙げるとして、「無精庵明月記 「茶の湯とキリスト教のミサ」に寄せて」にて、茶道(利休)とキリスト教の関係に若干、触れている。
「利休が考案したと言われる茶杓に、十字架のモチーフを読み取る向きもある」など、あれこれ書いている。

 今日の歴史にも「1975年 子門真人の『およげ!たいやきくん』(高田 ひろお:作詞/佐藤 寿一:作曲)発売、ヒット」など、いろいろあるが、ここは素っ飛ばす(何故か小生、子門真人氏の『およげ!たいやきくん』には思い入れが深い。この件については、後日、書くことがあるだろう、多分。尚、「子門真人 Fan's Page Simon Shock!!があるようだ)。

 誕生日の項へ移る。
 我が富山(の一部)の殿様の先祖でもあった、前田利家が生まれた日(加賀藩、1538年)であり、小生がガキの頃からの英雄の筆頭に数えていたアイザック・ニュートンの生まれた日(1642年)でもある。
 先ごろ、我がブログでも採り上げたことのある、スクリャービンの誕生日も今日(1871年)なのだった。彼のCDを借り出してきて、さんざん聴いたものだから、テレビで何かのオープニングに掛かっていた曲が、スクリャービンの作曲になる物だと遅まきながら気づいたりして、妙にこそばゆい気がしたり(但し、サイトによっては誕生日が違う?! 新暦かどうかの違いのようだが)。
 好きな画家ユトリロ(1883年)、展覧会へも足を運んだ堂本印象(1891年)、学生時代からフリーター時代に結構、同氏の本や対談に元気付けてもらった詩人の金子光晴(1895年)、ガキの頃のある意味での英雄でもあった植木等(1926年)ら各氏の誕生日でもある。いずれも単独であれこれ書きたくなる人物たちである。

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→ 蕪村画「薄に鹿(茅艸鹿)図(うすにしか)」(「文化遺産オンライン」より。ところで、「薄」って、「すすき」って読むんじゃないの……? 画像が小さくてハッキリしないけど、多分、鹿はススキの原を分け入っているような気もする……。)

 一方、気になる(?)忌日の項はというと、謎の死を遂げた孝明天皇(1866年)、カレル・チャペック(1938年)、学生の頃、読んでいたツァラ(1963年)、小生の学生最後の年に亡くなって、その縁で映画を随分と観たチャールズ・チャップリン(1977年)、大好きな画家のホアン・ミロ(1983年)、端倪すべからざる作家の大岡昇平(1988年)、我が少年時代、同氏の入門書にお世話になった数学者の矢野健太郎(1993年)、いつかしっかり向き合いたいと思いつつ、その機会を逃してばかりの作家・中村真一郎(1997年)…と、やはり単独で採り上げたい人物たちの名が並ぶ。

 目聡い人は、あれれ、かもしれない。
 小生、肝心の人を見逃している!
 そう、今日は「蕪村忌」。つまり、「俳諧師・画家の與謝蕪村の1783(天明3)年の忌日」なのである(余談だが、小生、どうも、俳諧師という呼称の語感が堪らなく不快である。あるいは、自分の日頃の近所での行動ぶりを連想させるから、でもあろうか。俳人はもっと辛い! 全くの予断だが、薬剤師も「ヤクザ医師」に聞こえたりする。別に恨みがあるわけじゃない。小生の耳が、あるいは人間性のレベルが窺われるというだけの話である)。
 
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← 「紫陽花郭公図(あじさいほととぎすず)」(「文化遺産オンライン」より)

 もっと、目聡い人は、小生のことだから最後に切り札として「蕪村忌」を残していたのだなと思ってくれただろう(そうした奇特な方々には感謝の言葉も無い!)。

 さらに鋭い人は、小生がこのブログを当初は季語随筆と銘打って一昨年の九月上旬に始めたにも関わらず、今に至るも、「蕪村忌」をテーマに扱ったことがないことに薄々感付いているに違いない(そういう人は万が一にもいないだろうが。小生自身、実は、とっくに扱っていたものと思い込んでいたのだ!)。

 蕪村という存在は気にはなっていたが、若い頃は、若干、敬遠していた気味も自分にはあるようだ。芭蕉のような鋭さや謎めいた面を感じず、逆に生活臭のようなものを嗅ぎ取って、俳画に魅了されつつも、一茶共々、正面切って採り上げるのが億劫だったような気がする。
 尤も、「一文字(ひともじ)…それは葱」や「案山子のこと」、「炭 太祇のこと」などで言及はしているのだが。

 さて、例によって「与謝蕪村 - Wikipedia」のお世話になる。
 俳号はいろいろあって、「蕪村忌」は「春星忌」とも言う。

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→ 「野馬図 (やばず)」(「文化遺産オンライン」より)

 名前の「与謝」は、「母親が丹後与謝の出身だから名乗ったという説もあるが定かではない」とか。
(余談だが、政治家の与謝野馨氏は、その先祖が丹後・与謝郡出身だとのことで、同氏は与謝野鉄幹・晶子夫妻の血筋を受け継いでいるようである → 「与謝野馨 与謝野家の人々」参照。さらに先祖を辿れば、同氏はあるいは与謝蕪村ともつながる? 少なくともご先祖様は蕪村と同郷なのかもね。)

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← 萩原 朔太郎著『郷愁の詩人  与謝蕪村』(、岩波文庫)

写実的で絵画的な発句を得意とした」という蕪村。
 あれこれ書き連ねるより、蕪村については、『郷愁の詩人  与謝蕪村』(萩原 朔太郎著、岩波文庫)や「松岡正剛の千夜千冊『蕪村全句集』与謝蕪村」、『与謝蕪村』(安東 次男著、講談社、文庫)、『俳人蕪村』(正岡 子規著、講談社学芸文庫)などに委ねるとして、俳諧師なのだから、ネットで見つかる蕪村の句を幾つか掲げておこう(数知れないサイトで容易に見つかるので、格別、サイトアドレスは示さない):

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→ 正岡 子規著『俳人蕪村』(講談社学芸文庫)

陽炎や名もしらぬ虫の白き飛ぶ
凧(いかのぼり)きのふの空のありどころ
みじか夜や毛むしの上に露の玉
四五人に月落かかるおどり哉
ゆく春やおもたき琵琶の抱心
月天心貧しき町を通りけり
さみだれや大河を前に家二軒
春の海終日(ひねもす)のたりのたり哉
菜の花や月は東に日は西に
春の水山なき国を流れけり
春雨やものがたりゆく蓑と傘
易水(えきすゐ)にねぶか流るる寒さかな

 ああ、きりがない!あとは、「蕪村の俳句集」などでどうぞ。

 以下は、よせばいいのに不遜にも句作したくなる我輩の、蛇足も蛇足、ゲソでございます。


蕪村忌に我が身の末を重ねつつ
蕪村忌に即席麺を食べてみん
蕪村忌や膝に落ちるは露の玉
蕪村忌や語る人なき苫(とま)のあり
蕪村忌やクリスマスには影薄し

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