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2006/12/29

モーツァルト…石の道辿ってみれば前史より

 堀 秀道氏著の『宮沢賢治はなぜ石が好きになったのか』(どうぶつ社)を読んでいたら、「一九九一年は、モーツァルトの没後二〇〇年の記念の年であった。そして、この年に「モーツァルト石(Mozartite)」が発見命名されている。」という記述に出会った。
 作曲家の名前が鉱物名になったのは初めてだったという。
 但し、「命名者は「モーツァルトの記念の年の発見であること、モーツァルトが歌劇『魔笛』をはじめ、作品の各所で地質鉱物に理解を示しているから」というやや漠然とした抽象的な理由を述べるにとどまり、それゆえ新鉱物を審査する国際鉱物学連合の新鉱物委員会の方でもとまどったらしい」とか。
 結局、国際投票で三分の二に達する票をえてモーツァルト石に決定された」ようである。
 二〇〇五年には日本(愛媛県)でもモーツァルト石が発見され、世界で二番目の発見となったとか。

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← 田舎の家の茶の間から裏庭を望む。昼過ぎだったろうか。
 
 前日に引き続き、上掲書ネタとなるが、まあ、個人的な嗜好(琴線)に触れてしまったからには、メモしておくしかない。
 今年、「モーツァルト・イヤー(生誕二五〇年)ということで、堀 秀道氏が朝日新聞の人にこの話をしたら、愛媛のモーツァルト石が写真入りで報道され、テレビでも紹介された」という:
モーツァルト石に再注目:キーワードの泉」(愛媛のモーツァルト石の画像を見ることができる)
モーツァルト石(Mozartite)」(モーツァルト石全般について詳しい)。

 堀 秀道氏によると、『魔笛』をめぐって四名の鉱物研究者が深くかかわっていた」のであり、「モーツァルト石」の命名者は、このことに注目した」のだという。

宮沢賢治はなぜ石が好きになったのか』(どうぶつ社)では、『魔笛』の主題が謎に満ちていること、「モーツァルトは有名な秘密結社フリーメーソンの会員であり、その思想が込められているとされている」としたうえで、『魔笛』をめぐる鉱物研究者の面々を紹介してくれている(p.28-31):

 フリーメーソンの起源は古く、明確ではないが、石の職人の組合に端を発しているという通説がある。モーツァルトの時代のフリーメーソンのオーストリアのリーダーは、ボルン(Ignaz von Born, 一七四二~一七九一)であった。ボルンは鉱山学、冶金学者で鉱物と化石の研究者でもあった。彼は三五九二種の鉱物コレクションカタログを一七七五年につくっている。後年(一九〇六年)、班銅鉱(はんどうこう、Bornite)という重要鉱物が献名されていることからも、初期の鉱物学に大きな貢献があった人物であることがわかる。『魔笛』の重要人物の高僧ザラストロ(Sarastro)はこのボルンをモデルにしたと考えられている。ちなみに、新鮮な時には銅色をもち、後に表面が青紫色になる変色性をもつ班銅鉱はザラストロの役にもぴったり当てはまっている。
 次に台本作者は興行師のシカネーダー(Schkaneder)とされるが、これは表向きで、真の作者、少なくとも陰の共作者はアウグスブルグ生まれのギーゼケ(Karl Ludwig Gieseke, 一七六一~一八三三)とする説が強い。彼は若い頃、ウィーンで大学に通いつつアルバイトとしてシカネーダー座に加わり、座主のシカネーダー同様に役者から台本作りまで何でもやっていたという。フリーメーソン会員でモーツァルトとも一緒だった。
 彼は後にグリーンランドの鉱物の研究に長年を費やし、アイルランドの首都ダブリンで鉱物学の教授となった。一八一七年から一九年にかけてダブリン協会への鉱物標本を入手するためにウィーンに滞在していた折に、『魔笛』の原作者であることを告白したとされる。
 なお彼にはギーゼケ石(Giesekite)が献名されたが、現在これは霞石の分解生成物として鉱物種から外されている。
 さて次は、ドイツの文豪ゲーテである。ドイツ鉱物学会の創立会員でもあるゲーテは『魔笛』に深い関心をもち、台本の改作と続編を試みたといわれるが、舞台上演には至らなかった。
 最後の関連人物はK番号(作曲年代順に付けられたモーツァルトの作品番号)で知られるケッヘル(Ludwig von Kochel, 一八八〇~一八七七)である。オーストリア人でモーツァルトと同じくウィーンで没したが、彼の活躍はモーツァルトの死後となった。法律学で学位を取り、その後、植物学と鉱物学と音楽に興味をもった。彼の仕事の中で今日まで有名なものは、いわゆる「ケッヘル番号」である。植物学と鉱物学は当時は両方とも、分類し記載する学問であったから、両方の分類法を知っており、しかもベートーベンの手紙の校閲でも知られるケッヘルは膨大なモーツァルトの作品の分類整理には最適の人物であったはずである。彼は『魔笛』にK.620番を与えた。(ちなみにK.621の歌劇『皇帝ティトの慈悲』は作曲も初演も『魔笛』の少し前であり、『魔笛』はモーツァルトの最後の歌劇である)
(中略)
 道化役のパパゲーノが背負っていた鳥籠は昔の鉱山の坑夫が鉱石をかついでいたものに似ていること、それから岩山での「水と火の試練」というのは古代の鉱山の精錬を思わせ、またフリーメーソンの儀式をも暗示している。
 
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→ 同じく、茶の間から裏庭を望む。昼過ぎから一気に雪に。夜に入ってからは銀世界。

 石(鉱物)つながりというわけでもないが、『魔笛』に関連して『賢者の石』の話を若干、付記しておく。
 といっても、サイトを示すに留めておく:
モーツァルトの「魔笛」誕生の裏話
「モーツァルトの最晩年、1791年は、ご存じ「レクイエム」が作られ(かけ)た年ですが、同時に不滅の名曲「魔笛」が作曲された年でもあります。ところが、この1年前に、「魔笛」と同じような筋、同じような配役のオペラがウィーンで上演されており、その成立にはモーツァルトが深く関係していたことがごく最近の研究で明らかになりました。」以下、詳しくは当該の頁を覗いてみて欲しい。
 まあ、モーツァルトやクラシックファンなら常識に属する話だろうが。

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← 堀 秀道著『宮沢賢治はなぜ石が好きになったのか』(どうぶつ社)

 この話題に付いては、下記も参考になる:
オペラ「魔笛 Die Zauber flöte K.620」 <作曲の経緯> a.オペラ「賢者の石」の存在なくして「魔笛」は無い?! ほか
「この「賢者の石」は長く忘れ去られていた。しかし、先ず1796年に声楽部分のスコアとフランクフルトの出版社によって刊行された台本がフィレンツェの音楽協会図書館で、アルフレド・アインシュタイン(1880-1952)(音楽学者。かの有名な物理学者アルベルト・アインシュタインの従弟)によって発見された。そして決定的なのは1997年のデヴィッド・ブーフ(アメリカの音楽学者)による発見であった。彼はハンブルクの図書館からこの「賢者の石」の手写譜を発見した。これは長く第一次世界大戦(1914-18)中にソヴェト連邦政府に接収されていたが、1990年頃にやっとドイツに返還されたものの一つであった。これによって「賢者の石」の中にモーツァルトの曲が3曲あるのが明らかになった。彼の名がその手写譜に明記されていたからである。」など、音楽ファンならずとも興味深い話が載っている。
 本ブログ記事では、「石(鉱物)」をキーワード(テーマ)にしているので、興味の湧いた方は、リンク先などを覗いてみてほしい。

 なお、「賢者の石」というと、錬金術のことに触れなくてはならないだろうが、これはテーマとして別個に扱うべきだろうから、今は下記サイトを示すだけに留めておく:
錬金術と賢者の石

 エジプトなどに端を発している錬金術や賢者の石への渇望と探求の分厚い歴史が欧米にはある。その延長に近代の科学(化学)があるわけだ。
 精神医学者のオリヴァー・サックスが幼少年時代、いかに化学好きだったかについては、オリヴァー・サックス著『タングステンおじさん―化学と過ごした私の少年時代』(斉藤隆央訳、早川書房)などを読むとつくづくと思い知らされる(「週末まったり日記(ロクタル管篇)」など参照)。
 石(鉱石)への関心。フリーメーソンについては、謎が多く、またその起源についても、「中世イギリスの石工職人のギルド説」など諸説がある。
 小生などは、その土台として石(岩)の文化の長い歴史という背景があるのだろうと、勝手に思っている。

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→ オリヴァー・サックス著『タングステンおじさん―化学と過ごした私の少年時代』(斉藤隆央訳、早川書房)

東京ミネラルショー2006」が毎年、催されているが、このショーの立ち上げにも堀 秀道氏は尽力されていたようである(今年度は、つい、10日前に終わったばかり!)。

 基本的に木の文化と思われる日本にも近年、鉱物ブームがあったりするようだけど、まだ、化石人気にも敵わないようだ。これから、鉱物への関心はもっともっと広がりを持つだろうと予感する。
 
 その意味でも、堀 秀道氏著の『宮沢賢治はなぜ石が好きになったのか』(どうぶつ社)は恰好のガイドブックになると、まだ半分も読んでいないのに、小生は確信しているのである。

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コメント

新年おめでとうございます、今年もよろしく。
モーツァルトもベートーヴェンもフリーメーソンでしたよね。
ベートーヴェンの第九の合唱部分の歌詞もフリーメーソンの知識がないととけませんね。
坂部恵さんの坂部恵集が岩波から刊行中ですね、弥一さんご興味ありますか?
この人は自分を表現するのにいつも「わたくし」というのがおもしろい。
ちなみに僕が「僕」を使うのは自分が未熟な人間であることを示す為です。
さて神田明神様に初詣に行ってきます、明日は美術館に初詣。
1/2から開館する美術館ほんとに多いですねー。

投稿: oki | 2007/01/01 12:05

新年、あけましておめでとうございます。
楽曲に雑学的知識など不要と思いつつも、つい、あれこれ詮索しちゃいますね。
今年は、歌劇(オペラ)も聴くようにしようと思っています(あくまで聴くだけ。観に行くことは無理だし)。

坂部さん、やはり初期の頃のものが勢いがあっていいように思う(あまり、近年のものは読んでいないし)。

小生が小生というのは、「わたし」「わたくし」「ぼく」「オレ」などのどれも落ち着きが悪く、もう、思い切って「小生」乃至は「我輩」で通しています。
その分、創作でいろんな自称を使うから、ま、いっか、ということで。
今年も、美術館通いは無理。財政再建に専念。

投稿: やいっち | 2007/01/01 17:21

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